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著作権法条文解説
著作権法第79条(出版権の設定):
「1 第21条又は第23条第1項に規定する権利を有する者(以下この章において「複製権等保有者」という。)は、その著作物について、文書若しくは図画として出版すること(電子計算機を用いてその映像面に文書又は図画として表示されるようにする方式により記録媒体に記録し、当該記録媒体に記録された当該著作物の複製物により頒布することを含む。次条第2項及び第81条第1号において「出版行為」という。)又は当該方式により記録媒体に記録された当該著作物の複製物を用いて公衆送信(放送又は有線放送を除き、自動公衆送信の場合にあっては送信可能化を含む。以下この章において同じ。)を行うこと(次条第2項及び第81条第2号において「公衆送信行為」という。)を引き受ける者に対し、出版権を設定することができる。
2 複製権等保有者は、その複製権又は公衆送信権を目的とする質権が設定されているときは、当該質権を有する者の承諾を得た場合に限り、出版権を設定することができるものとする。
本条は、複製権又は公衆送信権を有する者(=「複製権等保有者」)が、当該権利(複製権又は公衆送信権)に対する一種の用益権として、出版者に対し出版権を設定できる旨を規定したものです。
なお、平成26年改正著作権法は、デジタル化・ネットワーク化の進展に伴い、電子書籍が増加する一方、インターネット上での出版物の違法流通が広がっていることに対応するため必要な改正を行いましたが、この「電子書籍に対応した出版権の整備」については後に詳述します。
ここでは、まず、「出版権」全般に係わる留意点について解説します。
▶ 出版権全般についての留意点
「出版権」とは、複製権等保有者が出版者に対し設定することができる、著作物を出版(電子出版を含む。)することに関する排他独占的な権利(一種の物権的権利)のことです。著作権者(複製権又は公衆送信権を有する者)がいわゆるライセンス(利用許諾)契約の下で「許諾」(63条1項)によって出版者に付与する‘出版権’(出版することの許諾を受けた者が有する、著作物を出版できる権利)とは違います(こちらは債権です)。著作権法上の正確な用語の使い方としては、「出版権」といった場合には、「設定」に基づく物権的な権利のことです。「許諾」に基づく債権とはその根本的な性質が大きく異なりますので注意が必要です。「出版権設定契約」と「出版(許諾)契約」の違いに関しては、出版業界の中にさえ、その違いを知らないか、もしくはその違いを意識していない方がまだかなり多くいるようです。
出版権の「設定」は、複製権等保有者とその著作物の「出版行為」又は「公衆送信行為」を引き受ける者との間で交わされる(締結される)出版権設定契約によってなされます。すなわち、出版権を設定するためには、出版権を設定するという特別な意思を契約で明確にしておく必要があります。契約書中に「複製権等保有者は、他の出版者に同一の著作物を使用させてはならない」とか、「複製権等保有者は、出版者に対し独占的に出版することを許諾する」旨の文言を用いている場合であっても、この契約は、一般に「出版権設定契約」とは解されません。「独占的(排他的)出版許諾契約」と解されます。出版権を設定するのであれば、その旨の意思表示を契約書中に明記しておくことが重要です。
(注) 将来著作する予定の(現時点でまだ著作されていない)著作物にかかる出版権の設定契約の有効性に関しては、一般的には消極的に解されます(そのような契約は有効ではない)。将来著作する予定の著作物について、出版許諾契約に基づいて、あらかじめ‘出版権’(許諾に基づいて著作物を出版する権利)を許諾することは、問題の著作物の完成を停止条件とする債権契約として、契約自由の射程範囲内のものとして有効であると思われます。これに対し、出版権を設定することに関しては、出版権が本来的に複製権又は公衆送信権の存在を前提として成立し得る用益物権的な権利であることから、同列に論ずることはできないと解されます。
▶ 第1項の意義と解釈
平成26年改正著作権法においていわゆる「電子出版権」と呼べる制度が新たに導入されました**。これは、インターネット等新たな情報伝達手段の発展に伴い、電子書籍が増加する一方、ネット上での違法流通が拡散していることに対応し、紙媒体による出版のみを対象とした従来の出版権制度を見直して、インターネット送信による電子出版等を引き受ける者に対しても適切な出版権を設定できることとしたものです。本制度の導入により、出版者がインターネット送信による電子出版について所定の権利者から出版権(物権的権利)の設定を受けると、当該出版者によってネット上での出版物の違法利用(無断送信)を差し止めること等が可能になるため、「紙媒体による出版文化の継承・発展と、健全な電子書籍市場の形成が図られ、我が国の多様で豊かな出版文化のさらなる進展に寄与する」ことが期待されています。
**雑誌を構成する著作物が出版権設定の対象となるかについては議論があったようです。従来法においても、雑誌を構成する著作物に出版権を設定することは可能であると解されていて、このことは、平成26年法改正による電子書籍に対応した出版権についても同様であると考えられます。この点について、雑誌に掲載されるすべての著作物の著作権者(複製権等保有者)と契約することは困難ではないかとの懸念もありますが、出版権の設定は著作物単位であり、雑誌を構成する一部の著作物についてのみ出版者と著作権者(複製権等保有者)が出版権設定契約を締結することは可能です。また、これまで雑誌に出版権が設定された例はほとんどないとの指摘もあるましたが、実際の契約にあたっては、雑誌の発行期間等に合わせた短期間の存続期間を設定したり、当事者間の契約(債権的合意)により出版態様を雑誌に限定したりすることなどの工夫により対応することができるものと考えられます。
複製権等保有者(複製権又は公衆送信権を有する者)は、その著作物について、以下①又は②の行為を引き受ける者に対し、出版権を設定することができます(1項)。
① 「出版行為」…文書又は図画として出版すること(電子計算機を用いてその映像面に文書又は図画として表示されるようにする方式により記録媒体に記録し、当該記録媒体に記録された複製物により頒布することを含む。)。
② 「公衆送信行為」…電子計算機を用いてその映像面に文書又は図画として表示されるようにする方式により記録媒体に記録された複製物を用いて公衆送信(放送又は有線放送を除き、自動公衆送信の場合にあっては送信可能化を含む。以下同じ。)を行うこと。
※以上の改正により、新たにCD-ROM等による出版やインターネット送信による電子出版を引き受ける出版者が、複製権等保有者との出版権設定契約により、出版権の設定を受けることができるようになりました。
改正前79条1項では、複製権者が、その著作物を文書又は図画として出版することを引き受ける者に対して、出版権を設定することができることとされていました。当該規定において「文書又は図画」とは、著作物を文字・記号・象形等を用いて有体物の上に直接再現させたものをいい、直接可視的な著作物の複製物をさすと解され、また、「出版」とは、著作物を文書又は図画として複製し、その複製物を刊行物として発売・頒布することをさすと解されていたため、出版権は、いわゆる紙媒体による出版のみを対象としているとするのが通説的な見解でした。ところが、今日では、紙媒体による出版に加え、CD-ROM等による出版やインターネット送信による電子出版も広く普及しています。そのため、平成26年法改正において、紙媒体による出版のみを対象とした従来の出版権制度を見直し、CD-ROM等により出版すること(上記①)やインターネット送信により電子出版すること(上記②)を引き受ける者に対しても出版権を設定できることとしました。
なお、平成26年法改正によっても、出版権設定契約によって発生する出版権の性質は変わらず、出版権は著作権を基礎として設定される準物権的な権利であることに変更はありません。
出版権を設定できる者は「複製権等保有者」すなわち「第21条(複製権)又は第23条第1項(公衆送信権)に規定する権利を有する者」です。従前は、出版権を設定することができる主体として「複製権者」に限定されていましたが、上述したインターネット送信による電子出版に対応した出版権の設定が可能になったことから、新たに「第23条第1項(公衆送信権)に規定する権利を有する者」が規定されました。
(注) 改正法の下でも、ビデオやカセット、CDやDVDなどの複製物(録音物・録画物)は、「文書又は図画」には含まれないと解されます(「文書又は図画として」認識することができない録音物や録画物は対象にならない)。したがって、複製権であっても、「録音権」や「録画権」を有するに過ぎない者は、ここにいう「複製権者」には当たらず、出版権の設定主体となることはできないと解されます。
「電子計算機を用いてその映像面に文書又は図画として表示されるようにする方式」とは、著作物が文書や図画としてパソコン等の映像面に表示される方式を想定しています。そして、当該「方式により記録媒体に記録し、当該記録媒体に記録された当該著作物の複製物により頒布すること」とは、典型的にはCD-ROM等による出版を想定したものです。
「当該方式により記録媒体に記録された当該著作物の複製物を用いて公衆送信を行うこと」とは、典型的には、インターネット送信による電子出版を想定しています。「公衆送信(放送又は有線放送を除き、自動公衆送信の場合にあっては送信可能化を含む。)」とあるのは、電子出版の形態として放送又は有線放送によることが想定されていないためです。
「出版行為又は公衆送信行為を引き受ける者」とは、自ら著作物を出版又は公衆送信することを予定し、かつ、その能力を有する者をいうと解されます。したがって、単に出版やインターネット送信に関する「仲介」や「代理」のみを行っている者、あるいは単に「印刷」だけを請け負う者などは、ここにいう「引き受ける者」には該当しないと解されます。
▶第2項の意義と解釈
複製権又は公衆送信権を目的とする質権が設定されている場合であっても、複製権等保有者は、当該質権者から承諾を得ることを条件として、出版権を設定することができます(2項)。複製権又は公衆送信権の本来的な効用を全うさせようとの趣旨によるものです。なお、質権者は、出版権設定の対価に対してもこれを差し押さえることができます(66条2項かっこ書参照)。