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著作権法条文解説
著作権法第81条(出版の義務):
「出版権者は、次の各号に掲げる区分に応じ、その出版権の目的である著作物につき当該各号に定める義務を負う。ただし、設定行為に別段の定めがある場合は、この限りでない。
(ⅰ) 前条第1項第1号に掲げる権利に係る出版権者(次条において「第一号出版権者」という。)次に掲げる義務
イ 複製権等保有者からその著作物を複製するために必要な原稿その他の原品若しくはこれに相当する物の引渡し又はその著作物に係る電磁的記録の提供を受けた日から6月以内に当該著作物について出版行為を行う義務
ロ 当該著作物について慣行に従い継続して出版行為を行う義務
(ⅱ) 前条第1項第2号に掲げる権利に係る出版権者(次条第1項第2号及び第104条の10の3第2号ロにおいて「第2号出版権者」という。)次に掲げる義務
イ 複製権等保有者からその著作物について公衆送信を行うために必要な原稿その他の原品若しくはこれに相当する物の引渡し又はその著作物に係る電磁的記録の提供を受けた日から6月以内に当該著作物について公衆送信行為を行う義務
ロ 当該著作物について慣行に従い継続して公衆送信行為を行う義務
▶ 本条の意義と解釈
本条は、出版権の設定が行われると著作権者(複製権等保有者)が当該出版権の内容と抵触する出版行為又は公衆送信行為をすることができなくなる点に配慮し、出版権者に課せられる義務としての「出版の義務」について規定したものです。本条に定める義務に関する違反があった場合には、特段の事情がない限り、複製権等保有者は一定要件の下で当該出版権を一方的に「消滅」させることができ(84条1項2項)、また、出版者には債務不履行(契約違反)による責任が生じることになります。
本条の下で、出版権者は、その出版権の内容に応じて、以下の二つの義務を負うことになります。ただし、設定行為に別段の定めがある場合は、この限りではありません**。
① 原稿の引渡し等を受けてから6月以内にその出版権の目的である著作物について出版行為又は公衆送信行為を行う義務(以下、公衆送信行為も会わせて「6月以内出版義務」といいます。)。
② その出版権の目的である著作物について慣行に従い継続して出版行為又は公衆送信行為を行う義務(以下、公衆送信行為も会わせて「継続出版義務」といいます。)。
**設定行為(契約)で、出版権者は出版義務を全く負うものではないとする特約を設けることはできない(そのような特約は無効)と解されます。これに対して、「出版権者の義務を免除する設定行為の有効性については、契約の一般原則により判断されるものであり、どのような設定行為の定めが無効な定めとなるかについては、当事者間の個別具体の事情等を勘案し、最終的に裁判所において判断されるものと考えられる」とする見解もあります。
従来法では、出版権者は、設定行為に別段の定めのない限り、原稿等の引渡しを受けてから6月以内に出版する義務を負うとともに、出版権の存続期間中、出版権者は慣行に従い継続して出版する義務を負うこととされていました。平成26年法改正において、電子書籍に対応した出版権の整備にあたり、従来の出版権規定と同様に、設定される出版権に対応した義務を負うことが適当であると考えられることから、インターネット送信による電子出版についての出版権の設定を受けた者は、原稿等の引渡し等を受けてから6月以内に公衆送信行為を行う義務や、慣行に従い継続して公衆送信行為を行う義務を負うこととなりました。
▶ 6月以内出版義務(1号イ及び2号イ)
改正前81条1号では、出版権者は、「その著作物を複製するために必要な原稿その他の原品又はこれに相当する物」の引渡しを受けた日から6月以内に出版する義務を負うこととされています。つまり、6月以内出版義務は、第1回目の出版行為が原稿等の引渡しを受けた日から6ヶ月以内に開始されることを要求するもので、予定されている出版行為のすべてが当該6ヶ月以内に完了することまで要求するものではありません。
引き渡す物としては、出版権の目的である著作物を複製するための素材ともいうべき著作物の内容が有形的に表現されている原稿等やこれに相当する物が想定されています**が、メール等により原稿等を電子データで提供することも行われている昨今の実態に照らし、平成26年法改正において、「その著作物に係る電磁的記録の提供」も新たに追加して規定されました。
**従来より、「原稿その他の原品」とは、出版権の目的となっている著作物が最初に表現された有体物をいい、例えば、原稿のほか、写真や音譜、美術の著作物であればその原作品などがこれに該当すると解されています。「これに相当する物」とは、著作物の複製について「原品」と同様の機能を果たし得るもののことで、例えば、原稿のコピーや、すでに発行されたことがある出版物があればその複製物などを指します。「引渡し」とは、原品又は相当物の交付を意味します。この場合、複製権等保有者から現実に交付を受ける場合はもちろん、複製権等保有者の指示によって第三者から原品等を入手する場合もこれに該当するものと解されます。なお、交付の際には、「その著作物を複製するために必要な」すべての原稿等の全部が揃っていることが必要であると解されます。
「6月」としたのは、出版業界の慣例・実情を考慮したものですが、当事者間でこれと異なる契約をすることは差し支えありません(例えば、第1回目の出版の開始を3ヵ月後にする、若しくは8ヵ月後にする、など)。
「出版行為を行う」とは、出版権設定契約の本旨に従って著作物の複製を完了させ、かつ、その複製物を頒布(譲渡)の状態(発売できる状態)に置くことをいうと解されます。したがって、印刷(複製)を完了したというだけでは未だ出版義務を履行したとはいえず、少なくとも複製の完了した著作物を販売店に対して発送することが必要であると解されます。
▶ 継続出版義務(1号ロ及び2号ロ)
出版権者は、設定行為に別段の定めがある場合を除いて、出版権の目的である著作物について、当該著作物を「慣行に従い継続して出版行為又は公衆送信行為を行う義務」を負います。
改正前81条2号は、出版権者の継続出版義務を定めており、出版権の存続期間中出版権者は慣行に従い継続して著作物を出版する義務を負うこととされていました。ここでいう「慣行に従い」とは、合理的な期間内における品切れ状態等を継続出版義務違反とみなすための趣旨であると解されています**。平成26年法改正において、電子書籍に対応した出版権の整備に伴い、新たに「慣行に従い継続して公衆送信行為を行う義務」(2号ロ)について規定を整備しましたが、継続出版義務についての趣旨は従前と同様です。具体的には、出版権の存続期間中は、出版権者は、配信ストア等から配信し続ける必要があることを意味しています。また、「慣行に従い」とは、例えば、配信ストア等のサーバーのメンテナンス等のため、必要な期間配信を行わなかったとしても、そのことによって義務違反とはならないことを意味しています。なお、雑誌を構成する著作物についても出版権設定は可能であると考えられますが、このような雑誌を構成する著作物について一定期間を超えて継続して出版行為又は公衆送信行為をし続ける慣行がないような場合には、一定期間を超えて継続して出版行為又は公衆送信行為をし続けなかったとしても、そのことにより継続出版義務違反とはならないと解されます。
**従前より、「継続して」とは、通常の流通過程において需要者が常に当該出版物を入手できる状態に置くこと(品切れ状態にさせないこと)を意味すると解されています。必ずしも常に出版物が店頭に存在することを要求するものではありませんが、少なくとも出版物がストックされており需要者の注文等に応じて需要者が入手できる状態に置かれている必要はあります。
▶ 但書についての若干の補足
「ただし、設定行為に別段の定めがある場合は、この限りでない」とは、個別の事案に応じて、当事者間の合意である設定行為(契約)により、例えば、原稿等の引渡しを受けてから出版行為等を行うまでの期間を変更することなどが認められるようにするために設けられたものです。
上述したように、出版権者は、自身の出版権に対応した義務を負うことになりますが、設定行為により、例えば、著作権者(複製権等保有者)が紙媒体による出版を希望し、当面インターネット送信による電子出版を見合わせたい場合において、紙媒体による出版についての出版権(80条1項1号)とインターネット送信による電子出版についての出版権(同項2号)の両方を設定し、当事者間において義務を柔軟に設定することも可能であると解されます。このように、同一の出版者に、80条1項1号(いわゆる1号出版権)と2号(いわゆる2号出版権)の両方の権利が設定されることは、効果的に海賊版対策を行う観点からは、有効な契約パターンであると考えられます。もっとも、このように出版者の義務を柔軟に設定した場合においては、著作権者(複製権等保有者)としては、後に電子出版を希望するに至ったとしても、著作権者(複製権等保有者)の意図に反して長期間電子出版されないという、いわゆる「塩漬け問題」が生じたり、出版権を設定した者以外の者に電子出版についての出版権を設定したいという意向をもったとしても設定することができないのではないか、といった懸念が生じたりすることが想定されます。このような懸念に対しては、あらかじめ契約の中で、著作権者(複製権等保有者)が電子出版を希望する場合には、出版権者と協議し電子出版を行う期日を定めることができる旨を定めておくことや、著作権者が第三者から電子出版を行う場合は、当該電子出版についての出版権の設定契約を解除することができる旨を定めておくことも一つの方策であると考えられています。