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『アメリカの著作権制度/著作者人格権』
▽ ベルヌ条約との関係
まずは、「著作者人格権」(Moral Rights)について規定しているベルヌ条約の条項(Article
6bis(1))を見てみましょう。
Independently
of the author's economic rights, and even after the transfer of the said
rights, the author shall have the right to claim authorship of the work and to
object to any distortion, mutilation or other modification of, or other
derogatory action in relation to, the said work, which would be prejudicial to
his honor or reputation.
《対訳》
著作者は、その財産的[経済的]権利とは別個独立に、当該権利が移転された後においても、著作物の著作者であることを主張する権利、及び当該著作物の変更、切除その他の改変、又は当該著作物に係わるその他の毀損的行為で当該著作者の名誉若しくは声望を害するおそれのある行為に対して異議を述べる権利を有する。
ベルヌ条約は、現在、著作権(広義)の国際レベルでの最低限の保護水準(a
minimum level of protection)を定める機能を実質的に有していると考えられます。そのベルヌ条約において、著作者が、著作権(著作財産権)とは別に、次の2つの「著作者人格権」を有することが明定されています。
① 「著作物の著作者であることを主張する権利」(the right to claim authorship of the work)
② 「当該著作物の変更、切除その他の改変、又は当該著作物に係わるその他の毀損的行為で当該著作者の名誉若しくは声望を害するおそれのある行為に対して異議を述べる権利」(the right to object to any distortion, mutilation or other
modification of, or other derogatory action in relation to, the said work,
which would be prejudicial to his honor or reputation)
したがって、ベルヌ条約のメンバー国は、著作者に対し、少なくとも上記2つの権利と同等の「著作者人格権」を認める条約上の義務があります。ところで、アメリカ合衆国がベルヌ条約に加盟したのは1989年のことです。このベルヌ条約への加盟により、アメリカにおいても、その連邦レベルで、著作者に「著作者人格権」を認めることが要請されました。
▽「視覚芸術家権法」(the Visual Artists Rights Act of 1990)の制定
1989年のベルヌ条約への加盟を契機として、「ベルヌ条約執行法」(the 1988 Bern Convention Implementation Act)とは別に、「視覚芸術家権法」(the Visual Artists Rights Act of 1990: VARA)が制定されました。
VARAは、アメリカにおいて「著作者人格権」(moral
rights)による保護を認めた初めての連邦法です。連邦著作権法106A条は、この1990年の視覚芸術家権法によって追加された条項です。ベルヌ条約は、その同盟国(メンバー国)における著作者人格権の保護を要請しているところ、連邦議会によるVARAの制定は、まさに、この要請に応えたものでした。
ここで、VARAが制定される以前はどうであったか、について簡単に言及しておきます。
VARAの制定以前は、連邦法レベルでは著作者に係わる「人格権」は認められていませんでしたが、連邦制を採用するアメリカ合衆国においては、いくつかの州では、すでに、立法を通じて、一定の範囲内ではあるものの、著作者に対する人格権的保護が承認されていました。VARAの制定以前、9つの州で、程度の違いこそあれ、著作者の人格権を保護する立法が行われていたとされています。
著作者の人格権は、また、州の不法行為法、プライバシー法及びパブリシティ法、連邦制定法であるランハム法(the Lanham Act;商標法)の規定(もっとも、ランハム法を「人格権の代用法」(a substitute for moral
rights)として使うことには、当時慎重な意見が多かったようです。)、並びに連邦著作権法における二次的著作物に対する著作者の排他独占的権利に関する規定(106条(2))等によっても、間接的に保護されていました。
著作者の人格権的利益を保護する判例理論としては、契約理論や不正競争法理論、著作権法理論を用いるものが有力であったようです。
《参考:契約理論を用いて著作者の人格権的利益を保護する構成の例》
例えば、ジャズフェスティバルでのコンサートの模様をすべて録音してCD発売する契約が演奏家(著作者)**とレコード制作会社との間で取り交わされていた場合に、実際に発売されたCDに本来のクレジットライン(credit line)が表示されておらず、しかも、60分の演奏時間があったにもかかわらず発売されたCDでは最初の10分間の演奏がオミット(省略)されていたような事例では、「本来のクレジットラインの非表示」(氏名表示権侵害に相当)及び「最初の10分間の演奏のオミット」(同一性保持権侵害に相当)を「契約違反」(breach
of contract)と評価することで、結果として、演奏家(著作者)の人格権(氏名表示権ないし同一性保持権)的利益を保護することになる。
**アメリカの連邦著作権法には“著作隣接権”という概念はありません。
▽ 著作者人格権の対象
すでに述べたように、アメリカ連邦議会は、1990年、建国以来はじめて、著作者に係わる人格権についての法律(VARA)を制定しました。もっとも、その射程範囲は「制限された」(limited)もので、立法された人格権は、日本風に言えば、「氏名表示権」(moral
rights of attribution)と「同一性保持権」(moral rights of
integrity)で、しかも、これら2つの人格権がすべての著作者に認められるわけではなく、厳密に定義づけられた(narrowly defined)「視覚芸術著作物」の著作者のみに認められる建前となっています。
以上2つの人格権(氏名表示権及び同一性保持権)は、ベルヌ条約で示されている典型的なもので、ほとんどの先進国で採用されており、アメリカもそれにならったものとされています。
▶「視覚芸術著作物」とは
アメリカにおいて、著作者人格権が認められるのは、「視覚芸術著作物の著作者」に限られます(106A条(a))。そして、「視覚芸術著作物」の中身については、定義規定(101条)でその射程範囲がまさに“厳密に”(narrowly)定義づけられています。
当該定義規定によれば、「視覚芸術著作物」とは、次のいずれかをいうものとされています:
〇「絵画、素描、版画又は彫刻であって、1点のみで存在するもの」
〇「絵画、素描、版画又は彫刻であって、当該著作者によって署名がなされかつ続き番号が付されている200点以下の限定版で存在するもの」
〇「彫刻の場合には、当該著作者によって続き番号が付されかつその著作者の署名その他作者を特定するマーク[記号・印]のある、鋳造され、彫られ若しくは組み立てられたものが200点以下で存在するもの」
〇「展示のみを目的として制作された静止画写真[スチール写真画像]であって、当該著作者によって署名されている1点のみで存在するもの」
〇「展示のみを目的として制作された静止画写真[スチール写真画像]であって、当該著作者によって署名がなされかつ続き番号が付されている200点以下の限定版で存在するもの」
一方、「視覚芸術著作物」には、次のものを含まないとされています。
×「ポスター、地図、地球儀、海図、技術的な図面、図表、模型、応用美術品、映画その他の視聴覚著作物、書籍、雑誌、新聞、定期刊行物、データベース、電子情報サービス、電子出版物、若しくは同様の出版物」(ここに掲げられる物品[品物]の一部又は部分を含む。)
×「販売品[商品]又は宣伝広告用、販売促進用、説明用、表紙用若しくは包装用の物品[材料]若しくは容器」(ここに掲げられる物品[品物]の一部又は部分を含む。)
×「職務著作物」(注) 例えば、1点ものの彫刻であっても「職務著作物」に該当すれば「視覚芸術著作物」に当たらない(したがって、106A条に基づく著作者人格権による保護を受けることができない)点に留意してください。
×「連邦著作権法の下で著作権による保護の対象とならない作成物」
連邦著作権法106A条の解説
▽ 氏名表示権及び同一性保持権(106A条(a))
▶氏名表示権
視覚芸術著作物の著作者は、第107条の規定を条件として、第106条に規定する排他独占的権利とは別個独立に、次の内容の「氏名表示権」を有するとされています。
① 当該著作物の著作者であることを主張する権利(the right to claim authorship of that work)(106A条(a)(1)(A))
② 自己が創作していない視覚芸術著作物の著作者として自己の氏名が使用されることを防止する権利(the right to prevent the use of his or her name as the author of
any work of visual art which he or she did not create)(106A条(a)(1)(B))
③ 視覚芸術著作物に関し、自己の名誉又は声望を害するおそれのある変更[歪曲]、切除その他の改変がある場合に、当該著作物の著作者として自己の氏名が使用されることを防止する権利(the right to prevent the use of his or her name as the author of
the work of visual art in the event of a distortion, mutilation, or other
modification of the work which would be prejudicial to his or her honor or
reputation)(106A条(a)(2))
▶同一性保持権
視覚芸術著作物の著作者は、第107条の規定を条件として、第106条に規定する排他独占的権利とは別個独立に、次の内容の「同一性保持権」を有するとされています。もっとも、以下のいずれの場合においても、第113条(b)に定める制限に従うことが条件とされています。
① 当該著作物に関し、自己の名誉又は声望を害するおそれのある故意の変更[歪曲]、切除その他の改変を防止する権利(the
right to prevent any intentional distortion, mutilation, or other modification
of that work which would be prejudicial to his or her honor or reputation)(この場合、当該著作物に関するいかなる故意の変更[歪曲]、切除その他の改変も、かかる権利の侵害となる)(106A条(a)(3)(A))
② 広く知られた名声のある著作物を破壊することを防止する権利(the right to prevent any destruction of a work of recognized
stature)(この場合、当該著作物を「故意又は重大な過失」により破壊するいかなる行為も、かかる権利の侵害となる)(106A条(a)(3)(B))
第113条(d)は、建物に組み込まれている、あるいは建物の一部を構成している視覚芸術著作物に関して、一定要件の下で、その著作者人格権を制限しようとする規定です。ちなみに、そのような視覚芸術著作物で、当該建物からその視覚芸術著作物を取り除こうとすると、106A条(a)(3)に規定するような「破壊、変更、切除その他の改変」をもたらす場合には、著作者人格権(106A条(a)(2)(3))は行使できないことになります(113条(d)(1)(A))。
なお、「時の経過又は素材の固有の性質に起因する視覚芸術著作物の改変(the modification of a work of visual art which is the result of the
passage of time or the inherent nature of the materials)」は、上記の「変更[歪曲]、切除その他の改変」には当たらない、とするなど、「改変」に当たらない一定の例外が106A条(c)で規定されています。
▽ 著作者人格権の行使(106A条(b))
著作者人格権は、視覚芸術著作物の著作者が現に「著作権」(106条)を有しているか否かを問わず、当該視覚芸術著作物の著作者のみが行使することができ、また、視覚芸術著作物が共同著作物(a joint work)である場合には、著作者人格権は、共同著作者の共有となります。
▽ 著作者人格権の存続期間(106A条(d))
著作者人格権は、原則として、正確に言うと、VARAの発効日(1990年12月1日)以後に創作される視覚芸術著作物に関しては、当該著作者(共同著作物については「最後の生存者(the last surviving author)」)の生存期間中存続するものとされています。著作者人格権の一身専属性の考え方は、基本的には、わが国と同様です。
▽ 著作者人格権の移転及び放棄(106A条(e))
著作者人格権は、移転することができません(may not be transferred)。その一身専属性からすれば、当然の帰結です。
ところが、少々特殊なのが、アメリカにおいては著作者人格権を、一定の厳格な要件はありますが、これを「放棄することができる(may be waived)」という点です。これには留意する必要があります。
著作者人格権の一身専属性からすれば、人格権の放棄はありえないとする見方もあるでしょう。この点、わが国においては明文で否定こそしていませんが、大勢の意見は、おそらく、「放棄できない」というものではないかと思います(そのため、実務では、その有効性について疑義のある「放棄条項」ではなく、著作者人格権の「不行使条項」を設けて対処しています)。
もっとも、著作者人格権の放棄条項を明文をもって立法することに関しては、連邦議会内部でも相当に議論があったようです。事実、VARAの制定当時、アメリカ著作権局は、連邦議会の要請に応じて、「(人格権の)放棄条項の影響」(the impact of the waiver
provisions)に関する調査研究を行っています**。
**この調査研究に関するレポートの詳細については、”Waiver of Moral Rights in Visual Artworks report (October
1996)-Executive Summary-“を参照。
**1996年に提出されたこのレポートの結論部分は、概ね、次のとおりです:
『(調査研究のために検討した)これらの情報源からは、次のことが確認できる:著作者人格権に関する連邦レベルでの立法はわが国では揺籃期にあること、芸術家、及びときにユーザーサイドにしても、ベルヌ条約によって確立されている国際的な著作者人格権についての認識がまだまだ足りないことから、VARAの人格権放棄条項の影響に関して正確な予測をすることは、現時点においては困難である。』
(原文) These sources
confirmed that because federal moral rights legislation is in its infancy in
this country, and because artists, and often users, are frequently unaware of
the international moral rights standard established by the Berne Convention,
accurate predictions on the impact of VARA's waiver provisions are difficult to
make at this time.
ベルヌ条約上、著作者人格権を保護するための法的救済の手段については、保護が要求される同盟国の法令の定めるところによるとされています(6bis(3))。
アメリカ連邦議会の解釈は、ベルヌ条約のメンバー国は、条約が定める最低限の保護水準を満たすよう要請されるが、ベルヌ条約においては、「人格権の放棄」については一切言及してない、つまり、人格権の放棄は、承認されているものでもなければ、禁止されているものでもない、したがって、個々のメンバー国は、独自のやり方でベルヌ条約を執行できるものと解される、というものでした。
この点について付言すると、一般的には、例えば、フランスのように、civil law(大陸法)の伝統を持つ国では、著作者及び著作物に対する幅広い保護が規定されているのに対し、イギリスのような、common law(慣習法)の伝統を持つ国では、人格権による保護に関しては、著作権法よりはむしろ契約法(contract law)により依存しているとも言われています。
著作者人格権の放棄に関する条項を挿入するに当たって、連邦議会は、視覚芸術家の代表や視覚芸術著作物の商業的利用者その他の利害関係人からのヒヤリングを行い、視覚芸術家の人格権は、「絶対的な」(absolute)ものとするべきではなく、「商業的な現実」(commercial
realities)によって当該人格権の絶対性は適度に抑えられるべきであると結論づけました。もっとも、実際の立法に当たっては、市場における「対等ではない交渉力」(unequal bargaining power)によって不当に圧力をかけられて著作者が人格権を手放したり、剥奪されたりするような事態がないよう手当てされました。
このようにして、連邦議会は、著作者人格権の放棄を許容する規定を設ける一方で、放棄の適法要件として、以下に解説するように、当該著作者によって署名された文書による証書をもって、しかも、その証書の中で、当該放棄が適用される著作物及びその利用態様を具体的に特定するというかなり厳格な要件を立てました。
▶放棄の適法要件
著作者人格権が有効に放棄されたものと認定されるためには、次の要件を満たす必要があります((e)(1)前段):
① 著作者によって署名される文書による証書の中で、当該著作者が明示的に放棄に同意していること(the author expressly agrees to such waiver in a written instrument
signed by the author)。
② 上記①の証書は、当該放棄が適用される著作物及びその利用態様を具体的に特定するものであること(such instrument shall specifically identify the work, and uses of
that work, to which the waiver applies)。
なお、共同著作物の場合には、そのうちの1人の著作者によって上記①及び②の要件を満たした放棄が行われると、当該放棄は、すべての著作者にとって著作者人格権を放棄したものとされます((e)(1)後段参照)。
著作者人格権(106条(a))と著作権(106条)とは別個のものです。したがって、著作権を移転したからといって、それだけで著作者人格権が放棄されたものとされることはありません。また、著作者人格権が放棄されたからといって、ただそれだけで著作権が移転したと解することもできません**。
**106A条(e)(2)
(2)
Ownership of the rights conferred by subsection (a) with respect to a work of
visual art is distinct from ownership of any copy of that work, or of a
copyright or any exclusive right under a copyright in that work. Transfer of
ownership of any copy of a work of visual art, or of a copyright or any
exclusive right under a copyright, shall not constitute a waiver of the rights
conferred by subsection (a). Except as may otherwise be agreed by the author in
a written instrument signed by the author, a waiver of the rights conferred by
subsection (a) with respect to a work of visual art shall not constitute a
transfer of ownership of any copy of that work, or of ownership of a copyright
or of any exclusive right under a copyright in that work.
《対訳》
(2)
視覚芸術著作物に関してサブセクション(a)の規定によって付与される権利の保有権は、当該著作物のコピーの所有権、又は当該著作物の著作権若しくは著作権に基づく排他的権利とは別個のものである。視覚芸術著作物のコピーの所有権、又は著作権若しくは著作権に基づく排他的権利の移転は、サブセクション(a)の規定によって付与される権利の放棄となるものではない。当該著作者によって署名される文書による証書の中で当該著作者が別に同意する場合を除き、視覚芸術著作物に関してサブセクション(a)の規定によって付与される権利の放棄は、当該著作物のコピーの所有権、又は当該著作物の著作権若しくは著作権に基づく排他的権利の移転となるものではない。
AK