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著作権判例セレクション
【同一性保持権】版画美術館の増築等が問題となった事例
▶令和4年11月25日東京地方裁判所[令和3(ヨ)22075]
4 争点3(本件各工事によって版画美術館に加えられる変更が債権者の意に反する改変に該当するか)について
版画美術館に係る本件工事1(1)は、前記のとおり、版画美術館の西側の池や1階西側及び2階西側の壁等を撤去し、エレベーター棟を建設して、これを版画美術館に接続するものであるところ、版画美術館の躯体に関わる工事であり、小規模なものとはいい難い上、これにより鑑賞の対象であった池が失われ、この周辺の外観は大きく変わることになるといえる。
また、版画美術館に係る本件工事1(2)は、前記のとおり、エントランスホールと内ホワイエとの間の大谷石の柱の間に、ガラスの自動扉又はガラス壁を設置するものであるところ、版画美術館の躯体を直接取り壊したりする工事ではないものの、エントランスホールから内ホワイエにかけての連続する空間を分断し、空間的な広がりを狭めるものであるから、来館者が抱くエントランスホール及び内ホワイエの印象を少なからず変えることになるといえる。
さらに、版画美術館に係る本件工事1(3)及び(4)は、前記のとおり、工房、アトリエ及び喫茶室の壁並びに学芸員室と美術資料閲覧室との間の間仕切り壁を撤去するものであるところ、別紙既存平面図、図3及び図4のとおり、撤去される壁には、部屋と部屋を仕切る壁のみならず、喫茶室、アトリエロッカールーム及びアトリエの東側の壁も含まれており、この付近には、来館者用の出入口や歩道があることからすると、人々の注意を惹きやすい部分に大きな変更を加えるものといえる。
そして、前記のとおり、債権者は、債務者から版画美術館の改修を計画していることの報告を受けたときに、これに反対する意向を示しており、債権者が上記各改変を許容していたことを認めるに足りる疎明資料はない。
以上によれば、本件工事1(1)ないし(4)は、版画美術館の機能や外観に対して相当程度大きな変更を加えるものであり、実際、債権者は、これに反対する意向を示していたことからすると、債権者の意に反する改変であると認めるのが相当である。
5 争点4(本件各工事によって版画美術館に加えられる変更が「建築物の増築、改築、修繕又は模様替えによる改変」(著作権法20条2項2号)に該当するか)について
(1)
著作権法20条2項2号の「増築」及び「模様替え」は、建築基準法において用いられる用語ではあるものの、著作権法及び建築基準法のいずれにも定義規定がないことからすると、これらの用語の一般的な意味を考慮しつつ、両法に整合的に解釈するのが相当である。
この点、「増築」とは、一般的に、在来の建物に更に増し加えて建てることをいい、建築基準法6条2項等においてもこのような意味で理解することができる。また、「模様替え」とは、一般的に、室内の装飾、家具の配置等を変えることをいうが、同法2条15号、6条1項等からすると、建造物の構造、規模、機能の同一性を損なわない範囲で、これを改変することをいうと解すべきである。そして、これらの解釈は、著作権法20条1項、2項2号の趣旨に反するものではない。
そうすると、本件工事1(1)は、前記のとおり、版画美術館の西側の池や1階西側及び2階西側の壁等を撤去し、エレベーター棟を建設して、これを版画美術館に接続するものであるから、在来の建物に更に増し加えて建てるものであるといえ、「増築」に該当すると認められる。また、本件工事1(2)は、前記のとおり、エントランスホールと内ホワイエとの間の大谷石の柱の間に、ガラスの自動扉又はガラス壁を設置するものであり、版画美術館の躯体に変更を加えるものではなく、既存の柱を利用し、壁等を設けることによって、一連の空間を分割するにすぎないものであるから、建造物の構造、規模、機能の同一性を損なわない範囲での改変にとどまるものといえ、「模様替え」に該当すると認められる。さらに、本件工事1(3)及び(4)は、前記のとおり、工房、アトリエ及び喫茶室の壁並びに学芸員室と美術資料閲覧室との間の間仕切り壁を撤去するものであり、版画美術館の躯体に変更を加えるものではなく、内部の空間の区切り方や入口の位置及びレイアウトを利用しやすいように変更するにすぎないものであるから、やはり、建造物の構造、規模、機能の同一性を損なわない範囲での改変にとどまり、「模様替え」に該当すると認められる。
(2)
もっとも、著作権法は、著作物を創作した著作者に対し、著作者人格権として、同法20条1項により、その著作物の同一性を保持する権利を保障する一方で、建築物が、元来、人間が住み、あるいは使うという実用的な見地から造られたものであって、経済的・実用的な見地から効用の増大を図ることを許す必要性が高いことから、同条2項2号により、建築物の著作者の同一性保持権に一定の制限を課したものである。このような法の趣旨に鑑みると、同号が予定しているのは、経済的・実用的観点から必要な範囲の増改築であって、いかなる増改築であっても同号が適用されると解するのは相当でなく、個人的な嗜好に基づく恣意的な改変や必要な範囲を超えた改変については、同号にいう「改変」に該当しないと解するのが相当である。
これを本件について検討するに、前記1の認定事実によれば、本件工事1(1)ないし(4)が決定されるに至った経緯は、次のとおりである。すなわち、(以下、略)
以上の経緯によれば、版画美術館に係る本件工事1(1)ないし(4)は、債務者が、町田市立博物館の再編をきっかけとして検討を開始し、債務者が保有する施設を有効利用する一環として計画したものであり、町田市議会においても議論された上で、公募型プロポーザルを経て選定されたオンデザインによって作成され、さらに、随時、有識者や住民の意見が集約され、その意見が反映されたものというべきであるから、債務者の個人的な嗜好に基づく改変や必要な範囲を超えた改変であるとは認められない。
したがって、本件工事1(1)ないし(4)については、著作権法20条2項2号が適用されるから、版画美術館に係る債権者の同一性保持権が侵害されたとは認められない。
(3)
これに対して、債権者は、著作権法20条2号の「改変」に該当するというためには、版画美術館自体に「増築」や「模様替え」の必要があり、かつ、版画美術館の設計思想や特徴を極力尊重した上で、版画美術館の「増築」又は「模様替え」を行い、版画美術館の価値を更に高める改変を行う場合でなければならないところ、本件各工事は、合理的な理由もなく版画美術館を乱暴にも破損しようとするものであるばかりか、版画美術館の北側に版画美術館とは分離した新博物館(3000㎡、3階建て)を建築する案や、版画美術館の北側の平地に工芸美術館をコンパクトに配置する案等の回避策が存在する一方、これらの回避策を採用することが困難な事情は存在せず、債務者の計画よりも廉価に工芸美術館を建設することができるから、同号が予定した「改変」には当たらないと主張する。
しかし、前記(2)のとおり、著作権法は、建築物の特殊性に鑑み、同法20条2項2号により、建築の著作物の著作者に保障された同一性保持権に一定の制限を課したものであるところ、個人的な嗜好に基づく恣意的な改変や必要な範囲を超えた改変について同号の適用を制限することを超えて、その適用に更なる制限を課すことは、著作者の同一性保持権と建築物の所有者の経済的・実用的な利益との調整として同号の予定するところではないというべきであり、本件工事1(1)ないし(4)についても、このような観点から検討すれば足りる。
したがって、債権者の上記主張は採用することができない。