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著作権判例セレクション

【パブリシティ権】パブリシティ権の原始的帰属を無効にした事例

▶令和4128日東京地方裁判所[令和3()13043]
() 本件で問題となって「本件契約」には次の条項が含まれていた。
2条
被告は原告に対し、1999年6月1日より2004年5月31日までの間、被告のアーティストとしてのすべての活動について全世界においてマネージメントを行うことを独占的に委託し、被告は原告の専属アーティストとして原告の指示に従い、以下の活動を行う。
① コンサート、映画、演劇、テレビ、ラジオ、コマーシャル、講演、取材、その他の出演業務(注:本件契約書では、この①記載の業務を「出演業務」と呼称している。)
② レコーディング
③ 音楽著作物その他の著作物の創作
④ その他一切のアーティスト活動
8条
被告の出演業務により発生する著作権、著作隣接権、著作権法上の報酬請求権ならびにパブリシティ権、その他すべての権利は、何らの制限なく原始的に原告に帰属する。
10条
被告は本契約期間中はもとより契約終了後においても、原告の命名した以下の芸名および名称を原告の承諾なしに使用してはならない。
 「C」
12条
被告または原告が、本契約の期間満了2年前までに相手方に対し、文書をもって別段の意思表示をしないときは、本契約は満了日より2年間、更新延長され、以後これを繰り返すことになる。

第3 判断
1 本件契約が終了しているか否かについて
⑴ア 本件契約書12条では、被告又は原告が、本件契約の期間満了の2年前までに相手方に対し、文書をもって別段の意思表示をしないときは、本件契約が更新される旨が定められているところ、確かに、本件において、原告と被告との間で本件契約を終了させる旨の書類は作成されていない。
イ しかしながら、被告が、平成22年に、原告の属する企業グループの創業者で、音楽プロデューサーでもあるBに対して、引退を申し出て、Bもこれを特に引き留めていない。そして、被告が芸能活動を停止した同年12月31日より後に、原告が被告の芸能活動について本件契約書2条に定められたマネージメント業務を行った形跡はない。特に、同条によれば、被告が原告に対してマネージメント業務を独占的に委託していることになるにもかかわらず、被告が平成27年9月頃から開始した芸能活動に関して、原告によるマネージメント業務が行われたことを認めるに足りる証拠もない。また、平成22年12月31日より後に、原告から被告に対して、いわゆる印税以外の金員の支払は行われていない。加えて、原告が令和元年11月29日付けで被告宛てに送付した書面において、原告自身、「本件契約が終了した後も」原告の承諾なしに本件芸名を使用するのは本件契約に違反する旨記載している。
ウ 上記イで指摘した事実関係からすれば、本件契約は、平成22年12月31日をもって、原告と被告との間で本件契約を更新しない旨又は本件契約を解約する旨の黙示の合意が成立し、これにより同日をもって終了したものと認めるのが相当である。
なお、確かに、本件報酬契約書5条及び本件移籍契約書4条の定めからすると、被告に支払われている上記の印税は、原告が著作権等の利用に関して利用者側から収受したものの一部を被告に対する歩合給の一部として支払う形式がとられていることがうかがわれるが、その実質は、特に、被告が芸能活動を停止した平成23年1月以降は、原告が、被告の出演業務により発生した著作権法上の権利を原始的に取得することに対する代償措置としての支払であると性格づけられるから、上述した事実関係の下で、いわゆる印税に相当する金員が歩合給の一部として支払われていることの一事をもって、本件契約が終了していないと評価することはできない。
⑵ 原告は、本件契約が終了していない根拠として、平成23年1月1日以降も、本件芸名のブランド価値の維持という観点から、被告の活動内容を把握し、その活動を容認するか否かの判断を行い、名称の使用について承諾の可否を決定するなどのマネージメント業務を行ってきた旨主張する。しかし、原告が行ってきたのは、被告も自認する、被告による名称の使用についての諾否に限られ、上記⑴イのとおり、本件契約の定める本来的なマネージメント業務は行っていない。そして、上記の諾否は、本件契約書10条に基づく本件芸名の使用に関するものであるといえるところ、同条は、本件契約の終了後においても原告が被告による本件芸名の使用の諾否を決めることができることを定めているのであるから、原告がそのような諾否を行っていたことをもって、本件契約が終了していないということはできない。
2 本件芸名に係るパブリシティ権の帰属先等について
⑴ア 人の氏名、肖像等は、個人の人格の象徴であるから、当該個人は、人格権に由来するものとして、これをみだりに利用されない権利を有する。こうした氏名、肖像等は、商品の販売等を促進する顧客吸引力を有する場合があり、このような顧客吸引力を排他的に利用する権利(いわゆるパブリシティ権)は、氏名、肖像等それ自体の商業的価値に基づくものであるから、上記の人格権に由来する権利の一内容を構成するものということができる(最高裁平成24年2月2日第一小法廷判決)。そして、芸能人等がその活動で使用する芸名等の名称についても上述したことが当てはまる。
イ 前記前提事実及び証拠によれば、被告が、平成12年から平成22年末までの約10年間に、多数のCDを発売したり、テレビ番組に出演したりするなどの本件芸名を用いた芸能活動を継続し、その芸能活動に係る配信やCDの販売は、現在も続いていることが認められる。このような事実関係に照らせば、上記期間における被告の芸能活動の結果として、需要者に被告を想起・識別させるものとして、本件芸名には相応の顧客吸引力が生じているといえるから、本来、被告に、本件芸名に係るパブリシティ権が認められるというべきである。
⑵ア ところで、本件契約書8条は、被告の出演業務により発生するパブリシティ権が原告に原始的に帰属する旨を定めている。この点、パブリシティ権が人格権に由来する権利であることを重視して、人格権の一身専属性がパブリシティ権についてもそのまま当てはまると考えれば、芸能人等の芸能活動等によって発生したパブリシティ権が(譲渡等により)その芸能人等以外の者に帰属することは認められないから、本件契約書8条のうちパブリシティ権の帰属を定める部分は当然に無効になるという結論になる。しかし、パブリシティ権が人格的利益とは区別された財産的利益に着目して認められている権利であることからすれば、現段階で、一律に、パブリシティ権が譲渡等により第三者に帰属することを否定することは困難であるといわざるを得ない。
イ もっとも、仮に、パブリシティ権の譲渡性を否定しないとしても、本件契約書8条のパブリシティ権に係る部分が、①それによって原告の利益を保護する必要性の程度、②それによってもたらされる被告の不利益の程度及び③代償措置の有無といった事情を考慮して、合理的な範囲を超えて、被告の利益を制約するものであると認められる場合には、上記部分は、社会的相当性を欠き、公序良俗に反するものとして無効になると解される。
そこで、まず、上記①について検討すると、確かに、本件契約が継続していた間の被告の芸能活動は、原告のマネージメント業務により支えられてきた側面があり、そのために原告において一定の営業上の努力や経済的負担をしており、本件契約書8条のパブリシティ権に係る部分は、そのような原告が投下した資本の回収の一手段として位置づけることができる。しかし、原告による投下資本の回収は、基本的に、原告と被告との間で適切に協議した上で、(専属契約について)合理的な契約期間を設定して、その期間内に行われるべきものであるから、本件契約書8条のパブリシティ権に係る部分によって原告の利益を保護する必要性の程度は必ずしも高いとはいえない。
次に、上記②について検討すると、本件芸名の顧客吸引力は、飽くまでも被告の芸能活動の結果生じたものであり、需要者が本件芸名によって想起・識別するのも実際に芸能活動等を行った被告であって、原告ではない。それにもかかわらず、本件契約書8条のパブリシティ権に係る部分は、被告が、原告の所属から離れた場合に、自らの活動の成果が化体した本件芸名を(原告の許諾なしに)芸能活動に使用できなくするものであり、実質的に、原告の所属から離れて芸能活動をすることを制約する効果を有し、さらには、本件契約の契約期間終了後の自由な移籍や独立を萎縮させる効果をも有するといえる。原告は、被告が本件芸名を用いないで芸能活動をすることは制約していないと主張するが、本件芸名に相応の顧客誘引力が認められる以上、本件芸名の使用を認めないことは、被告の芸能活動を制約することと変わらないといえる。そして、被告本人は、本件芸名を用いることができるか否かで、芸能活動の機会の多寡や出演料等の条件に差が生じている旨供述するところ、上述したとおり本件芸名に相応の顧客吸引力があることからすれば、当然の結果であるといえ、被告は、本件契約書8条のパブリシティ権に係る部分の存在により、現実的にも不利益を被っているといえる。したがって、本件契約書8条のパブリシティ権に係る部分によってもたらされる被告の不利益の程度は大きいといえる。
さらに、上記③について検討すると、本件契約書において、本件契約書8条のパブリシティ権に係る部分による不利益を被告に課すことに対する(被告への)代償措置の定めはなく、本件契約以外で、原告と被告との間で代償措置に関する合意がされたことを認めるに足りる証拠もない。なお、原告は、(被告が活動を停止した)平成23年1月以降も、いわゆる印税に相当する金員を被告に支払っているが、その中に、原告が本件芸名に係るパブリシティ権を原始的に取得することに対する対価又は代償措置に相当すると認められるものは存在しない。
以上で検討したことからすれば、本件契約書8条のパブリシティ権に係る部分は、原告による投下資本の回収という目的があることを考慮しても、適切な代償措置もなく、合理的な範囲を超えて、被告の利益を制約するものであるというべきであるから、社会的相当性を欠き、公序良俗に反するものとして無効になるというべきである。
なお、訴外会社、原告及び被告の三者間で締結された本件移籍契約書3条においても、本件契約書8条と同様に、被告の出演業務により生ずるパブリシティ権を原告に帰属させるといった趣旨の定めが設けられているが、上述したことと同様の理由から、公序良俗に反し無効であるというべきである。
ウ そして、本件契約書8条のパブリシティ権に係る部分(及び上述した本件移籍契約書の同趣旨の定め)が無効となる以上、本件芸名に係るパブリシティ権は、需要者が本件芸名によって想起・識別するところの被告に帰属するものと認めるのが相当である。
エ なお、原告は、本件契約書8条パブリシティ権に係る部分について、仮に、(パブリシティ権を)原始的に原告に帰属させる定めであるとは解されないとしても、被告が原告に対してパブリシティ権の独占的な利用許諾をした定めであると解される旨の主張をするが、本件契約の契約期間の終了後も無期限にパブリシティ権の独占的な利用許諾をするということは、パブリシティ権を原告に譲渡すること(原始的に原告に帰属させること)と変わりがないから、仮に、本件契約書8条のパブリシティ権に係る部分について、被告が原告に対してパブリシティ権の独占的な利用許諾をした定めであると解することができるとしても、上記イで認定判示した事情が認められる本件においては、少なくとも、上記部分のうち、本件契約の契約期間の終了後に係る部分は無効であると解するのが相当である。
3 本件契約書10条の有効性について
⑴ 本件契約書10条は、本件契約の契約期間中はもとより、本件契約の終了後においても、被告による(芸能活動における)本件芸名の使用を原告の諾否にかからしめるものである。
⑵ しかしながら、本件契約書8条のパブリシティ権に係る部分については、前記2⑵イで認定判示したとおり、無効であると認められるところ、本件芸名に係るパブリシティ権が被告に帰属し(前記2)、本件契約が既に終了しているにもかかわらず(前記1)、原告が本件契約書10条により、無期限に被告による本件芸名の使用の諾否の権限を持つというのは、本件契約書8条のパブリシティ権に係る部分の効力を実質的に認めることに他ならない。また、本件契約の終了後も、本件契約書10条による制約を被告に課すことに対する代償措置が講じられていることを認める足りる証拠もない。
そうすると、本件契約書10条に、原告が被告の芸能人としての育成等のために投下した資本の回収機会を確保する上で必要なブランドコントロールの手段を原告に付与するという目的があるとしても、前述したとおり、そもそも、投下資本の回収は、基本的に、原告と被告との間で適切に協議した上で、合理的な契約期間を設定して、その期間内に行われるべきものであって、上記の目的が、パブリシティ権の帰属主体でない原告に、被告に対する何の代償措置もないまま、本件契約の終了後も無期限に被告による本件芸名の使用についての諾否の権限を持たせることまでを正当化するものとはならない。
したがって、本件契約書10条のうち少なくとも本件契約の終了後も無期限に原告に本件芸名の使用の諾否の権限を認めている部分は、社会的相当性を欠き、公序良俗に反するものとして、無効であるというべきである。
4 以上のとおり、本件において、本件契約が既に終了している以上、原告が本件の差止請求の根拠とする本件契約書10条は無効であるから、原告の請求は、その余の争点について判断するまでもなく、理由がない。よって、主文のとおり判決する。