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著作権判例セレクション

【建築著作物】版画美術館と庭園が問題となった事例

令和41125日東京地方裁判所[令和3()22075]
2 争点1(版画美術館及び本件庭園の著作物性)について
(1) 版画美術館について
ア 建築物に「建築の著作物」(著作権法10条1項5号)としての著作物性が認められるためには、「文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するもの」(同法2条1項1号)に該当すること、特に「美術」の「範囲に属するもの」であることが必要とされるところ、「美術」の「範囲に属するもの」といえるためには、美術鑑賞の対象となり得る美的特性を備えていなければならないと解される(最高裁平成12年9月7日第1小法廷判決参照)。そして、建築物は、通常、居住等の実用目的に供されることが予定されていることから、美術鑑賞の対象となり得る美的特性を備えていても、それが実用目的を達成するために必要な機能に係る構成と結びついている場合があるため、著作権法とは保護の要件や期間が異なる意匠法等による形状の保護との関係を調整する必要があり、また、当該建築物を著作権法によって保護することが、著作権者等を保護し、もって文化の発展を図るという同法の目的(同法1条)に適うか否かの吟味も求められるものというべきである。このような観点から、建築物が「美術」の「範囲に属するもの」に該当するか否かを判断するためには、建築物としての実用目的を達成するために必要な機能に係る構成と分離して、美術鑑賞の対象となる美的特性を備えた部分を把握できるか否かという基準によるのが相当である。
さらに、「著作物」は、「思想又は感情を創作的に表現したもの」でなければならないから(同法2条1項1号)、上記の建築物が「建築の著作物」として保護されるためには、続いて、同要件を充たすか否かの検討も必要となる。その要件のうち、創作性については、上記の著作権法の目的に照らし、建築物に化体した表現が、選択の幅がある中から選ばれたものであって保護の必要性を有するものであるか、ありふれたものであるため後進の創作者の自由な表現の妨げとなるかなどの観点から、判断されるべきである。
イ 版画美術館の構成は、前記のとおりであり、これを踏まえて、版画美術館が「建築の著作物」として保護されるか検討する。
() 「美術」の「範囲に属するもの」か否かについて
a 版画美術館の壁は、直角に交わる大小様々な平面からなり、その東側は、連続的に直角に折れ曲がって雁行する形状となっている。
これらは、版画美術館の内部を外部と仕切ることにより、展示物や保管物が自然条件で毀損されることのないようにするとともに、来館者が快適に展示物を鑑賞することができるようにするなどのために不可欠な構造として、その形状に制約を受けざるを得ないものであり、建築物としての実用目的を達成するために必要な機能に係る構成といえる。
したがって、上記の形状については、建築物としての実用目的を達成するために必要な機能に係る構成と分離して、美術鑑賞の対象となる美的特性を備えている部分を把握できるものとは認められない。
b 版画美術館の外壁は、色合いの異なるレンガが積み上げられ、一定の間隔ごとに、地面から屋根まで鉛直方向に、細長い灰色のコンクリートリブが設けられている。
これらのうち、レンガ部分は、壁に貼り付けられたものと考えられ、版画美術館の内部と外部を仕切る壁そのものではないから、建築物としての実用目的を達成するために必要な機能に係る構成と分離して、美術鑑賞の対象となり得る美的特性を備えている部分を把握することができるといえる。
また、コンクリートリブ部分も、壁に貼り付けられたものと考えられ、版画美術館の内部と外部を仕切る壁そのものではないから、建築物としての実用目的を達成するために必要な機能に係る構成と分離して、美術鑑賞の対象となり得る美的特性を備えている部分を把握することができるといえる。
c 版画美術館の西側には、概ね丁字状の池及びその上段に位置する小さな池が版画美術館に接続するように設置され、人工的に引き上げた水が上段の池から流れ落ちる構造となっている。
これらは、美術館としての静謐な空間を演出し、来館者が心穏やかに展示物を見て回ることができるようにするために、来館者の鑑賞の対象として設けられたものといえることからすると、建築物としての実用目的を達成するために必要な機能に係る構成とは分離して、美術鑑賞の対象となり得る美的特性を備えている部分を把握することがで20 きるといえる。
d 版画美術館内のほぼ中央に位置するエントランスホールのうち、吹き抜け部分は、その周囲の壁面に、床面から2階の手すり部分まで、柱と同色の大谷石が貼り付けられ、その天井に、天窓につながる12個の略正四角柱状の空洞が設けられている。
この吹き抜け部分は、版画美術館の内部空間を区切るための壁又は天井そのものではないから、建築物としての実用目的を達成するために必要な機能に係る構成とは分離して、美術鑑賞の対象となり得る美的特性を備えている部分を把握することができるといえる。
e 以上の検討によれば、版画美術館は、少なくとも、前記bないしdのとおり、建物としての実用目的を達成するために必要な機能に係る構成とは分離して、美術鑑賞の対象となり得る美的特性を備えている部分を把握することができるから、全体として、「美術」の「範囲に属するもの」であると認められる。
() 「思想又は感情を創作的に表現したもの」か否かについて
前記のとおり、版画美術館は、A建築設計事務所が債務者との間で業務委託契約を締結し、同契約に基づき設計したものである。
そして、証拠及び審尋の全趣旨によれば、版画美術館を構成する部分のうち、例えば、前記()aの版画美術館の壁については、リズムを生み出すために、連続的に折れ曲がる形状とされたこと、前記()bのうちコンクリートリブ部分については、外壁のレンガが単調な印象にならないように、リズムを付けるために設けられたこと、前記()cの二つの池及び水が上段の池から下段の池に流れ落ちる構造については、周囲の緑の中に水を溜めて小さな滝を設け、これを版画美術館内から眺めることができるようにしたものであること、前記()dの吹き抜け部分については、多くの来館者がまず足を踏み入れることになる空間であり、大谷石で周囲を取り囲み、天井から自然光が必要十分に差し込むように工夫されたものであることが認められ、設計者が選択の幅がある中からあえて選んだ表現であるということができる。
一方、版画美術館の全体の設計や少なくとも上記ないしの各部分がありふれたものであることを認めるに足りる疎明資料はない。
以上によれば、版画美術館は、作成者の思想又は感情が創作的に表現された部分を含むものと認めるのが相当であり、全体として、「思想又は感情を創作的に表現したもの」であると認められる。
() 以上によれば、版画美術館は、全体として、「美術」の「範囲に属するもの」であると認められ、かつ、「思想又は感情を創作的に表現したもの」であると認められるから、「建築の著作物」として保護される。
(2) 本件庭園について
ア 本件庭園が「建築の著作物」として保護されるか否かを検討する前提として、そもそも庭園が「著作物」(著作権法2条1項1号)に該当し得るか否かについて検討する。
「著作物」を例示した著作権法10条1項のうち、同項5号の「建築の著作物」にいう「建築」の意義については、建築基準法所定の「建築物」の定義を参考にしつつ、文化の発展に寄与するという著作権法の目的(同法1条)に沿うように解釈するのが相当である。
そして、建築基準法2条1号によれば、「建築物」とは「土地に定着する工作物のうち、屋根及び柱若しくは壁を有するもの(これに類する構造のものを含む。)」等をいうところ、庭園内に存在する工作物が「建築物」に該当することはあっても、歩道、樹木、広場、池、遊具、施設等の諸々が存在する土地である庭園そのものは、「建築物」に該当するとは解されない。しかし、庭園は、通常、「建築物」と同じく土地を基盤として設けられ、「建築物」と場所的又は機能的に極めて密接したものということができ、設計者の思想又は感情が創作的に表現されたと評価することができるものもあり得ることからすると、著作権法上の「建築の著作物」に該当すると解するのが相当である。
ただし、庭園には様々なものがあり、いわゆる日本庭園のように、敷地内に設けられた樹木、草花、岩石、砂利、池、地形等を鑑賞することを直接の目的としたものもあれば、その形象が、散策したり、遊び場として利用したり、休息をとったり、運動したりといった実用目的を達成するために必要な機能に係る構成と結びついているものも存在する。そうすると、庭園の著作物性の判断も、前記(1)アの建築物の著作物性の判断と同様に、その実用目的を達成するために必要な機能に係る構成と分離して、美術鑑賞の対象となり得る美的特性を備えた部分を把握することができるものについては、「美術」の「範囲に属するもの」に該当し、さらに、「思想又は感情を創作的に表現したもの」に該当すると認められる場合は、「建築の著作物」として保護されると解するのが相当である。
イ 本件庭園の構成は、前記のとおりであり、これを踏まえて、本件庭園が「建築の著作物」として保護されるか否かについて検討する。
() せりがや会館口の両脇には、レンガ造りの門柱があるが、これは、芹ヶ谷公園の出入口を示すために設けられたものであり、芹ヶ谷公園を訪れようとした人にとっての目印として利用されるものであるから、庭園としての実用目的を達成するために必要な機能に係る構成ということができ、本件全疎明資料によっても、同構成と分離して、美術鑑賞の対象となり得る美的特性を備えた部分を把握することができるものとは認められない。
() せりがや会館口からマイスカイホールにかけてのスロープ、マイスカイホールのある広場、文学館口からバルコニーにかけての階段並びに美術館口から版画美術館の東側を通り、北に向かって設けられた歩道及び広場は、専ら、版画美術館に来館するために通行したり、本件庭園を散策したり、子ども達が遊んだりするための構造であるといえるから、庭園としての実用目的を達成するために必要な機能に係る構成というべきであり、本件全疎明資料によっても、同構成と分離して、美術鑑賞の対象となり得る美的特性を備えた部分を把握することができるものとは認められない。
また、これらの床には濃淡の異なる2色の茶色のタイルが貼られているが、これらのタイルは、歩行者等が歩いたり、走ったりしやすいようにし、通路等が、人々の往来や自然条件により、損壊することのないようにするための構造を備えることが不可欠であるから、庭園としての実用目的を達成するために必要な機能に係る構成というべきであり、本件全疎明資料によっても、同構成と分離して、美術鑑賞の対象となり得る美的特性を備えた部分を把握することができるものとは認められない。
() 文学館口からバルコニーにかけての階段の途中及びマイスカイホールの周囲に設けられた白い御影石のベンチは、本件庭園を訪れた人が休息をとるため等に使用できる構造を備える必要があるから、庭園としての実用目的を達成するために必要な機能に係る構成ということができ、本件全疎明資料によっても、同構成と分離して、美術鑑賞の対象となり得る美的特性を備えた部分を把握することができるものとは認められない。
上記階段の途中に設けられた、球体の一部が地表から盛り上がるような形状を有する直径100cm弱、高さ約10cmの石材は、通路の舗装の一部を構成するものであり、装飾的な要素がありつつも、歩行者等が歩いたり、走ったりしやすいようにし、通路等が、人々の往来や自然条件により、損壊することのないようにするような構造を備えることにより、その装飾的な要素が一定程度制限されているものと考えられ、また、訪れた子ども達が飛び乗るなどして遊ぶという遊具としての構造も備えているとも考えられる。そうすると、上記の石材は、通路と一体のものとして、庭園としての実用目的を達成するために必要な機能に係る構成といえ、本件全疎明資料によっても、同構成と分離して、美術鑑賞の対象となり得る美的特性を備えた部分を把握することができるものとは認められない。
() バルコニーは、モミジ園及び版画美術館より標高が高いところにあり、眼下にモミジ園を一望することができる設備であるところ、本件庭園を訪れた人が散策する過程で、本件庭園の景色を楽しむため場所を提供するものということができるから、庭園としての実用目的を達成するために必要な機能に係る構成といえ、本件全疎明資料によっても、同構成と分離して、美術鑑賞の対象となり得る美的特性を備えた部分を把握することができるものとは認められない。
() モミジ園には、多数のモミジ及びショウブが植えられており、遊歩道及び橋が設けられている。
これらの遊歩道等は、本件庭園を訪れた人が散策するなどするために不可欠の構造であり、庭園としての実用目的を達成するために必要な機能に係る構成というべきであり、本件全疎明資料によっても、同構成と分離して、美術鑑賞の対象となり得る美的特性を備えた部分を把握することができるものとは認められない。
また、モミジ等自体も、本件庭園内を心地良く散策することができるようにするために植栽されたものということができ、その植栽のされ方や配置等は、散策等の目的を有する庭園全体やその通路の構造によって一定程度制約されるものと考えられるから、庭園としての実用目的を達成するために必要な機能に係る構成といえ、本件全疎明資料によっても、同構成と分離して、美術鑑賞の対象となり得る美的特性を備えた部分を把握することができるものとは認められない。
() マイスカイホールについて、疎明資料及び審尋の全趣旨によれば、本件庭園が建設された時点では、彫刻を展示するための広場のみが設けられており、本件庭園が完成した後にこれが設置されたと認められる。
したがって、マイスカイホールは、本件庭園が建設された後に設置されたものであるから、本件庭園が「建築の著作物」として保護されるのか否かを検討する対象足り得ない。
() 本件庭園は、西側の標高が高く、比較的急な傾斜を経て、モミジ園及び版画美術館付近が谷の底となる地形を利用して、園内を散策したりすることができるように、通路や階段、ベンチ、門柱、広場等が設けられたものである。
そうすると、前記()ないし()のとおり、本件庭園内の通路や階段等は、いずれも庭園としての実用目的を達成するために必要な機能に係る構成であることから、本件庭園が備えるこれらの設備を総合的に検討したとしても、本件庭園において、庭園としての実用目的を達成するために必要な機能に係る構成と分離して、美術鑑賞の対象となり得る美的特性を備えた部分を把握することはできないというほかない。
() そして、本件庭園のその余の部分は、本件全疎明資料によっても、庭園としての実用目的を達成するために必要な機能に係る構成と分離して、美術鑑賞の対象となり得る美的特性を把握することができるものとは認められない。
以上によれば、本件庭園は、「美術」の「範囲に属するもの」に該当するとは認められず、「建築の著作物」として保護されない。
ウ これに対して、債権者は、本件庭園について、自然環境や地形を巧みに生かすように設計し、版画美術館を自然環境に溶け込ませ、静謐な環境の中に版画美術館が静かに佇むことを企図したものであるから、本件庭園は版画美術館と一体的関係を持ち、版画美術館と共に「建築の著作物」に該当すると主張する。
しかし、別紙敷地案内図及び同庭園範囲図から明らかなように、本件庭園は芹ヶ谷公園の一部を構成するものであり、版画美術館は本件庭園の4分の1程度の面積を占めるにすぎない。また、前記のとおり、本件庭園付近は、もともと西側の標高が高く、比較的急な傾斜を経て、東側に谷の底がある地形をしており、本件庭園はこのような特殊な地形を利用して設けられたものであるのに対し、版画美術館はこのような地形のうち平地部分に建設されたものであって、設計の前提となる条件が大きく異なるといえる。さらに、版画美術館の来館者が、基本的に、その展示物を見て回ることを目的とするのに対し、芹ヶ谷公園の一部を成す本件庭園の来園者には、版画美術館に来館した者のみならず、散策する者、休息をとる者、運動をする者、単に通り抜けようとして通行する者等がおり、利用目的が異なっている。
これらの事情に照らせば、本件庭園が版画美術館の建設と同時に整備されたものであり、相互の利用を考慮して設計されたものであるとしても、本件庭園は、版画美術館と一体となるものとして設計されたと認められず、版画美術館と一体として利用されるものと評価することもできないから、版画美術館と共に「建築の著作物」を構成するとは認められないというべきである。
したがって、債権者の上記主張は採用することができない。
エ 以上によれば、本件庭園が「建築の著作物」として保護されるとは認められないから、その余の点を判断するまでもなく、本件庭園に係る工事である本件工事2(1)ないし(3)の差止めを求める申立ては理由がない。