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著作権判例セレクション
【美術著作物の侵害性】桜の花のイラストの侵害性が問題となった事例
▶令和4年12月12日大阪地方裁判所[令和3(ワ)5086]
1 判断対象及び判断枠組
(1)
判断対象
本件訴訟手続において、原告は、訴え提起の段階で、訴状添付の原告著作物目録(別紙原告イラスト目録と同様である。)記載のとおり原告が主張する著作権の対象作品を特定し、「被告著作物」を、別紙「被告著作物目録」記載のとおり被告製品1ないし2に使用された被告イラスト1ないし同2の一部と思われるイラストをもって特定したのみで、被告から対比すべきは被告各製品の具体的表現である旨の指摘があったにもかかわらず、口頭弁論終結に至るまで、被告各製品のそれぞれに使用される具体的な表現を特定して主張することはせず、専ら被告製品2に使用されたイラスト(被告イラスト2)と対比して、複製、翻案ないし同一性保持権侵害に当たる旨を主張するにとどまった。
このような原告の主張によっては、「被告著作物目録」のイラストと、被告各イラストの関係や、被告イラスト2と被告イラスト2以外の被告各イラストの関係が不明であって、原告イラスト1又は同2と対比すべき被告作成に係る表現物の特定自体に明確性の観点から疑問なしとしない。もっとも、前記のとおり、本件の審理を通じ、原告が、原告イラスト1と被告製品2に用いられた被告イラスト2を対比して複製権、翻案権の侵害等を主張したとの経緯にかんがみ、原告は、被告イラスト2が専ら原告イラスト1に係る著作権の侵害を主張するものとして以下判断し、被告イラスト2以外の被告各イラストについては、被告各製品がいずれも被疑侵害物件とされて審判対象となっていることから、被告イラスト2の判断結果を参酌しつつ、侵害の有無を判断することとする。
なお、原告の主張や立証には、原告各イラスト以外の原告作成に係る表現物(マスキングテープ等に利用されたもの等)を著作権侵害の根拠とするかのような内容も含まれているが、前記原告の請求及び主張に照らし、原告が本訴において請求の根拠とした著作物は原告イラスト1、同2以外ではあり得ないから、その余の原告表現物に係る主張ないし立証は審理の対象外である。
(2)
判断枠組み
ア 複製ないし翻案について
著作物の複製とは、印刷、写真、複写、録音、録画その他の方法により有形的に再製することをいい(著作権法2条1項15号参照)、既存の著作物に依拠し、これと同一のものを作成し、又は、具体的表現に修正、増減、変更等を加えても、新たに思想又は感情を創作的に表現することなく、その表現上の本質的な特徴の同一性を維持し、これに接する者が既存の著作物の表現上の本質的な特徴を直接感得することのできるものを作成する行為をいうと解される。また、著作物の翻案とは、既存の著作物に依拠し、かつ、その表現上の本質的な特徴の同一性を維持しつつ、具体的表現に修正、増減、変更等を加えて、新たに思想又は感情を創作的に表現することにより、これに接する者が既存の著作物の表現上の本質的な特徴を直接感得することのできる別の著作物を創作する行為をいう。そして、思想、感情若しくはアイデア、事実若しくは事件など表現それ自体でない部分又は表現上の創作性がない部分において既存の著作物と同一性を有するに過ぎない著作物を創作する行為は、既存の著作物の翻案に当たらない(最高裁平成13年6月28日第一小法廷判決参照)。
イ 同一性保持権について
既存の著作物の著作者の意に反して、表現上の本質的な特徴の同一性を維持しつつ、具体的表現に変更、切除その他の改変を加えて、これに接する者が既存の著作物の表現上の本質的な特徴を直接感得することのできるものを創作することは、著作権法20条2項に該当する場合を除き、同一性保持権の侵害に当たる(著作権法20条、最高裁昭和55年3月28日第三小法廷判決参照)。
ウ 本件においては、これら複製、翻案等の意義に照らし、被告各イラストが原告イラスト1又は同2の著作権の侵害に当たるかどうかを判断することとする。
2 認定事実
(1) 桜の花の構造等について
(略)
(2) 原告イラスト1について
(略)
(3)
原告イラスト2について
証拠及び弁論の全趣旨によると、原告イラスト2は、原告イラスト1にみられる桜を想起させる要素を用い、所定の枠にその配置を原告イラスト1とは異なる態様で配置したものと認められるが、前記のとおり、原告自身は、特に原告イラスト2に固有の表現に基づく被告各製品との対比を具体的に主張しないので、これ以上に具体的な認定の要をみない。
(4) 被告イラスト2について
(略)
(5)
桜を題材としたイラスト
桜を題材としたイラストとして、原告イラスト1及び被告各イラスト以外に、次のようなものが認められる。
なお、ここで認定した他のイラストは、(証拠)を除き、原告イラスト1の公表前に作成されたか否かは明らかでないが、桜はわが国の春を象徴する花として古来より無数に絵に描かれてきたことは公知の事実に属し、現時点において前記のとおりの各表現が用いられているイラストが多数存在する事実は、原告イラスト1が作成された平成23年当時においても、当該表現が桜を表現する際に用いられる一般的な表現であったことをも証するものである。
(略)
3 争点2(被告各イラストが、原告各イラストを複製ないし翻案したものであり、かつ同一性保持権を侵害するものであるかどうか)について(被告イラスト2に関する判断)
前記2の認定によると、原告イラスト1は、現実の桜にみられる要素を原告なりの手法により適宜デフォルメして表現し、それらを組み合わせた上、認定に係る背景を付した所定の用紙上に配置するなどして1個のデザインとして完成させたものであって、認定した表現を含む表現の総体としては原告の個性が現れたものであって創作性があるといえ、著作物性を一応肯定できる(争点1)。
よって、進んで争点2について判断する。
この点、原告は、原告特徴①~⑨が原告イラスト1の表現上の本質的な特徴であり、そのうち原告特徴①及び③~⑨が被告各イラストと共通し、被告各イラストに接した者が原告イラスト1の表現上の本質的な特徴を直接感得することができると主張するところ、原告は、主に被告イラスト2との対比において複製ないし翻案を主張したので、まず被告イラスト2について検討する。
(1)
原告特徴①について
原告主張の原告特徴①は、前記第3の2(1)に主張のとおりであるところ、ここでいう「背景全体」とは、花の白いスタンピング(かすれ要素A)が原告特徴②として特定されてこれが除かれていることから、原告イラスト1から、正面視花要素A、側面視花要素A、つぼみ要素A、かすれ要素Aを除いた部分をいうものと解される。
そして、前記認定によると、同部分の具体的態様は、「色調の異なるピンク色や一部オレンジ色が、不明瞭にぼかし味をもちながら配色された」ものであって、これと対応する被告イラスト2の要素としては、「赤みのある紫、青みのある紫、オレンジ色などがグラデーション、ぼかしを伴って全体としてはマーブル状に彩色され、前記すかしを伴ったスタンピング要素Bがランダムに散りばめられている」背景部分が該当する。
この点、原告イラスト1と被告イラスト2の背景部分は、そもそもの枠の大きさが異なることに伴う広がりの規模や、背景として認識される部分の形状が大きく異なって特段の共通点を見出し難い上、被告イラスト2における、赤みのある紫、青みのある紫、オレンジ色などがマーブル状に彩色されている点は、原告イラスト1にはみられない被告イラスト2の特徴というべきであって、これらの相違点の与える影響は大きなものがある。
したがって、原告特徴①で指摘する内容は、被告イラスト2との共通点を構成しないというべきである。
(2)
原告特徴③ないし同④について
原告は、原告特徴③及び同④が被告イラスト2にもみられると主張するところ、前記認定によると、原告イラスト1には、5または6個の正面視花要素A等で構成されるまとまりが台紙の略左中央上、略右上及び略右下の3か所にあることが認められる。また、原告特徴④中の「空きスペース」に描かれた「適宜桜の花」が具体的に何を指すかは必ずしも明らかではないが、右上上端及び左中下端に見切れた正面視花要素Aが各1個、台紙略左下のおおむね中央に正面視花要素A1個をいうものと解され、これらが同位置に配されている。
一方、被告イラスト2においては、3個の正面視花要素B等で構成されるまとまり(別紙被告イラスト2分析図でいうγ及びεのまとまり)、4個の正面視花要素B等で構成されるまとまり(同分析図でいうδのまとまり)、5個の正面視花要素B等で構成されるまとまり(同分析図でいうα及びβのまとまり)が、袋体正面では15から20個、前記αからεまでのまとまりが回転を加えたうえでやや不規則に被告イラスト2の枠を埋めるように配されている。また、これらのまとまりが不整形な形状のためにできたまとまりのない部分に正面視花要素Bが単独で配されている。
そして、原告イラスト1にみられるまとまりと、被告イラスト2におけるまとまりを、それ自体で相互に比較しても、各構成要素(正面視花要素、側面視花要素、つぼみ要素)の構成や形態において同一のものは認められない上、被告イラスト2においては、まとまりの数自体や、まとまりの繰り返しによって与えられる印象が強く、後述の各構成要素の相違点と相まって、「5ないし6個の桜の花をまとまって描く」というアイデアのレベルを超えた具体的な表現上の共通性を認めることはできない。また、桜の花を数個まとめて描くこと自体は、自然の桜を描写する際に自然に着想することであって、他の桜のイラストにもみられるありふれたものといわざるを得ない。また、原告特徴④についても、原告イラスト1においては、被告イラスト2との対比において、まとまりとまとまりの間隔というものは観念しづらく、むしろまとまりの配置のない略左下部に1個の正面視花要素Aを配したとの印象が強く、具体的表現における共通性を感得できない。
以上によると、原告特徴③及び同④で指摘される内容は、被告イラスト2にみられる特徴とはいえず、共通点は認められない。
(3)
原告特徴⑤、同⑥及び同⑦について
原告は、正面視花要素Aに関して、原告特徴⑤、同⑥及び同⑦が特徴であり、同特徴が被告イラスト2にも存すると主張する。
この点、まず、正面視花要素Aと同Bの花弁についてみると、前記認定のとおり、原告イラスト1における花弁は、「白色で基部付近はピンクないし淡いピンク色が不均一の色調でぼかしたように配されている」のであり、花弁の白と背景のコントラストが強く意識される一方、被告イラスト2における花弁は「ごく薄い赤みないし青みのかかった紫色の下地に透明感のある白の小さなおおむね丸いドットが重なるように多数配されて前記薄紫の下地が透けて看取できる」態様で描かれており、花弁それ自体も淡く着色されている上、背景とのコントラストは弱く、全体として正面視花要素Bは同Aと相当に異なった印象を受けるものである。したがって、原告特徴⑤が被告デザイン2にも備わっているとは認められない。また、原告特徴⑥及び同⑦についてみると、完全に開花した桜を正面視で「5枚の花弁を放射線状に一体に、花弁ごとに区切らずに描き、花弁の中央部に略放射線状にランダムな長さ及び角度で8本又は9本描く」ことや、同様にやや斜方視で、「5枚の花弁を略扇形に一体に、花弁ごとに区切らずに描いた上で、弧の部分にランダムに山を複数描き、花弁の下寄りの部分に茶色の細い線でおしべ等を略扇形状にランダムな長さ及び角度で6本又は7本描き、その先端を茶色の小さい丸で描いている点」は、前記認定に係る自然の桜の態様及び他のイラストの表現に照らすと、桜のイラストにみられるごく一般的な表現であり、ありふれたものであって、そもそもかかる特徴は、原告イラスト1の本質的特徴に当たらない。
(4)
原告特徴⑧及び同⑨について
原告主張の「先端に白色のつぼみがついた茶色の花柄及びがく片を、花から適宜飛び出して描いている点」(原告特徴⑧)及び「つぼみには完全に閉じた状態のものと、半開き状態のものがあり、前者はふっくらとした雫形状で、先端がやや尖っていて、がく片は3本であり、後者は略扇形で弧の部分にランダムに山を複数描き、がく片は基本的に4本となっている点」についても、前記認定に係る自然の桜の態様及び他のイラストの表現に照らすと、桜のイラストにみられるごく一般的な表現であり、ありふれたものといわざるをえず、原告イラスト1の本質的特徴に当たらない。
(5)
その余の原告の主張について
原告は、原告イラスト1には、原告特徴⑩ないし同⑲といった特徴があり、これが被告イラスト2にもみられると主張する。
しかし、前記判示の趣旨に照らすと、個々の正面視花要素Aと同Bないしつぼみ要素Aと同Bなどの表現は、桜のイラストにもみられるごく一般的な表現であり、ありふれたものであって、これらが近似することから被告イラスト2に原告イラスト1の本質的特徴が感得できることにはならない。
(6)
まとめ
以上のとおり、被告イラスト2は、アイデアなど表現それ自体でない部分又は表現上創作性がない部分において原告イラスト1と同一性を有するにとどまり、これに接する者が、原告イラスト1の表現上の本質的な特徴を感得することはできないから、依拠性を判断するまでもなく、原告イラスト1の複製及び翻案に当たらない。よって、被告イラスト2を用いた被告製品2を被告が販売した行為は、原告の原告各イラストに係る複製権及び翻案権を侵害するものとはいえず、同様に、同一性保持権を侵害するということもない。