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著作権判例セレクション

【美術著作物の侵害性】水槽を模した電話ボックスの侵害性が争点となった事例

令和元年711日奈良地方裁判所[平成30()466]令和3114日大阪高等裁判所[令和1()1735]
[控訴審]
() 本件は,控訴人が,被控訴人らが制作して展示した美術作品(「被告作品」)は,控訴人の著作物である美術作品(「原告作品」)を複製したものであり,被控訴人らは控訴人の著作権(複製権)及び著作者人格権(氏名表示権及び同一性保持権)を侵害したとして,①被控訴人らに対し,著作権法112条1項に基づき,被告作品の制作の差止めを求め,②被控訴組合に対し,同条2項に基づき,被告作品を構成する公衆電話ボックス様の造作水槽及び公衆電話機の廃棄を求め,③被控訴人らに対し,不法行為に基づき,損害賠償金等の連帯支払を求めて訴えを提起した事案である。
原審は控訴人の請求をいずれも棄却した。これに対し,控訴人が控訴し,当審において,著作権につき,仮に複製権侵害が成立しないとしても翻案権侵害が成立すると主張した。

1 認定事実
()
2 争点(1)(著作物性)
(1) 著作物の要件について
控訴人は,原告作品が著作権法10条1項4号にいう「美術の著作物」に該当すると主張する。
著作物とは,「思想又は感情を創作的に表現したものであって,文芸,学術,美術又は音楽の範囲に属するもの」をいうから(同法2条1項1号),ある表現物が著作物として同法上の保護を受けるためには,「思想又は感情を創作的に表現したもの」でなければならない。第1に,思想又は感情自体ではなく「表現したもの」でなければならないということであり,第2に,「創作的に表現したもの」でなければならないということである。そして,創作性があるといえるためには,当該表現に高い独創性があることまでは必要ないものの,創作者の何らかの個性が発揮されたものであることを要する。
表現がありふれたものである場合,当該表現は,創作者の個性が発揮されたものとはいえず,「創作的」な表現ということはできない。また,ある思想ないしアイデアの表現方法がただ1つしか存在しない場合,あるいは,1つでなくとも相当程度に限定されている場合には,その思想ないしアイデアに基づく表現は,誰が表現しても同じか類似したものにならざるを得ないから,当該表現には創作性を認め難い。
原告作品は,その外見が公衆電話ボックスに酷似したものであり,その点だけに着目すれば,ありふれた表現である。そこで,これに水を満たし,金魚を泳がせるなどしたことにより,原告作品に創作性が認められるかが問題となる。
(2) 原告作品の著作物性について]
原告作品のうち本物の公衆電話ボックスと異なる外観に着目すると,次のとおりである。
第1に,電話ボックスの多くの部分に水が満たされている。
第2に,電話ボックスの側面の4面とも,全面がアクリルガラスである。
第3に,その水中には赤色の金魚が泳いでおり,その数は,展示をするごとに変動するが,少なくて50匹,多くて150匹程度である。
第4に,公衆電話機の受話器が,受話器を掛けておくハンガー部から外されて水中に浮いた状態で固定され,その受話部から気泡が発生している。
そこで検討すると,第1の点は,電話ボックスを水槽に見立てるという斬新なアイデアを形にして表現したものといえるが,表現の選択の幅としては,入れる水の量をどの程度にするかということしかない。また,公衆電話ボックスが水槽化していることが鑑賞者に強烈な印象を与えるのであって,水の量が多いか少ないかに特に注意を向ける者が多くいるとは考えられない。したがって,電話ボックスを水槽に見立てるというアイデアを表現する方法には広い選択の幅があるとはいえないから,電話ボックスに水が満たされているという表現だけを見れば,そこに創作性があるとはいい難い。
第2の点は,本物の公衆電話ボックスと原告作品との相違であるが,出入口面にある縦長の蝶番は,それほど目立つものではなく,公衆電話を利用する者もその存在をほとんど意識しない部位である。したがって,鑑賞者にとっても,注意をひかれる部位とはいい難く,この縦長の蝶番が存在しないという表現(すなわち,電話ボックスの側面の全面がアクリルガラスであるという表現)に,原告作品の創作性が現れているとはいえない。
第3の点は,これも斬新なアイデアを形にして表現したものである。そして,金魚には様々な種類があり,種類によって色が異なるものがあるから(公知の事実),泳がせる金魚の色と数の組み合わせによって,様々な表現が可能である。実際,1000匹程度の金魚を泳がせていた「テレ金」は,床面辺りから大量の気泡が発生していることと相まって,原告作品とはかなり異なった印象を鑑賞者に与える作品であると評価することができ,その表現に原告作品との相違があることは明らかである。もっとも,このように表現の幅がある中で,原告作品における表現は,水中に50匹から150匹程度の赤色の金魚を泳がせるという表現方法を選択したのであるが,水槽である電話ボックスの大きさとの対比からすると,ありふれた数といえなくもなく,そこに控訴人の個性が発揮されているとみることは困難であり,50匹から150匹程度という金魚の数だけをみると,創作性が現れているとはいえない。
第4の点は,人が使用していない公衆電話機の受話器はハンガー部に掛かっているものであり,それが水中に浮いた状態で固定されていること自体,非日常的な情景を表現しているといえるし,受話器の受話部から気泡が発生することも本来あり得ないことである。そして,受話器がハンガー部から外れ,水中に浮いた状態で,受話部から気泡が発生していることから,電話を掛け,電話先との間で,通話をしている状態がイメージされており,鑑賞者に強い印象を与える表現である。したがって,この表現には,控訴人の個性が発揮されているというべきである。
被控訴人らは,金魚を泳がせるためには水中に空気を注入する必要があり,かつ,受話器は通気口によって空気が通る構造をしているから,受話器から気泡が発生するという表現は,電話ボックスを水槽にして金魚を泳がせるというアイデアから必然的に生じる表現であると主張する。しかし,水槽に空気を注入する方法としてよく用いられるのは,水槽内にエアストーン(気泡発生装置)を設置することである。また,受話器は,受話部にしても送話部にしても,音声を通すためのものであり,空気を通す機能を果たすものではないから,そこから気泡が出ることによって,何らかの通話(意思の伝達)を想起させるという表現は,暗喩ともいうべきであり,決してありふれた表現ではない。したがって,受話器の受話部から気泡が発生しているという原告作品の表現に創作性があることは否定し難い。
なお,第1から第4までの点のほかに,控訴人は,原告作品が環境問題をテーマとしていることから,公衆電話機の色と電話ボックスの屋根の色がいずれも黄緑色であることを特に重視している(控訴人本人)。しかし,原告作品は,実際に存在するいくつかの公衆電話ボックスの中から選択したものとほぼ同じ外観をした水槽から成るところ,公衆電話機の色と屋根の色が黄緑色のものはよく見られるところであるから(公知の事実),この点だけをみる限り,そこに創作性を認めることはできない。
以上によれば,第1と第3の点のみでは創作性を認めることができないものの,これに第4の点を加えることによって,すなわち電話ボックス様の水槽に50匹から150匹程度の赤色の金魚を泳がせるという状況のもと,公衆電話機の受話器が,受話器を掛けておくハンガー部から外されて水中に浮いた状態で固定され,その受話部から気泡が発生しているという表現において,原告作品は,その制作者である控訴人の個性が発揮されており,創作性がある。このような表現方法を含む1つの美術作品として,原告作品は著作物性を有するというべきであり,美術の著作物に該当すると認められる。
なお,被控訴人らは,水槽以外の物を水槽化して金魚を泳がせるという表現は大和郡山市内では多数みられ,ありふれたものであると主張する。しかし,平成12年に原告作品が公表される前からそれらの作品が作成されていたと認めるべき証拠はなく,原告作品や,「テレ金」,「金魚電話」又は被告作品が公表された後,それらに触発されて作成されたということが十分に考えられるから,被控訴人らの上記指摘をもって,原告作品をありふれたものということはできない。
3 争点(2)(著作権侵害)
(1) 同一性又は類似性について
ア 共通点
原告作品と被告作品の共通点は次のとおり(以下「共通点①」などという。)である。
① 公衆電話ボックス様の造作水槽(側面は4面とも全面がアクリルガラス)に水が入れられ(ただし,後記イ⑥を参照),水中に主に赤色の金魚が50匹から150匹程度,泳いでいる。
② 公衆電話機の受話器がハンガー部から外されて水中に浮いた状態で固定され,その受話部から気泡が発生している。
イ 相違点
原告作品と被告作品の相違点は次のとおり(以下「相違点①」などという。)である。
① 公衆電話機の機種が異なる。
② 公衆電話機の色は,原告作品は黄緑色であるが,被告作品は灰色である。
③ 電話ボックスの屋根の色は,原告作品は黄緑色であるが,被告作品は赤色である。
④ 公衆電話機の下にある棚は,原告作品は1段で正方形であるが,被告作品は2段で,上段は正方形,下段は三角形に近い六角形(野球のホームベースを縦方向に押しつぶしたような形状)である。
⑤ 原告作品では,水は電話ボックス全体を満たしておらず,上部にいくらかの空間が残されているが,被告作品では,水が電話ボックス全体を満たしている。
⑥ 被告作品は,平成26年2月22日に展示を始めた当初は,アクリルガラスのうちの1面に縦長の蝶番を模した部材が貼り付けられていた。
ウ 検討
控訴人は,複製権又は翻案権の侵害を主張している。
著作物の複製とは,既存の著作物に依拠し,その内容及び形式を覚知させるに足りるものを有形的に再製すること(著作権法2条1項15号)をいい,著作物の翻案とは,既存の著作物に依拠し,かつ,その表現上の本質的な特徴の同一性を維持しつつ,具体的表現に修正,増減,変更等を加えて,新たに思想又は感情を創作的に表現することにより,これに接する者が既存の著作物の表現上の本質的な特徴を直接感得することのできる別の著作物を創作する行為をいう(最高裁昭和53年9月7日第一小法廷判決,最高裁平成13年6月28日第一小法廷判決頁参照)。
依拠については後記(3)において検討することとし,ここではそれ以外の要件について検討する。
共通点①及び②は,原告作品のうち表現上の創作性のある部分と重なる。なお,被告作品は,平成26年2月22日に展示を開始した当初は,アクリルガラスのうちの1面に,縦長の蝶番を模した部材を貼り付けていた(相違点⑥)。しかし,前記のとおり,この蝶番は目立つものではなく,公衆電話を利用する者にとっても,鑑賞者にとっても,注意をひかれる部位とはいえないから,この点の相違が,共通点①として表れている原告作品と被告作品の共通性を減殺するものではない。
一方,他の相違点はいずれも,原告作品のうち表現上の創作性のない部分に関係する。原告作品も被告作品も,本物の公衆電話ボックスを模したものであり,いずれにおいても,公衆電話機の機種と色,屋根の色(相違点①~③)は,本物の公衆電話ボックスにおいても見られるものである。公衆電話機の下の棚(相違点④)は,公衆電話を利用する者にしても鑑賞者にしても,注意を向ける部位ではなく,水の量(相違点⑤)についても同様であることは前記のとおりである。すなわち,これらの相違点はいずれもありふれた表現であるか,鑑賞者が注意を向けない表現にすぎないというべきである。
そうすると,被告作品は,原告作品のうち表現上の創作性のある部分の全てを有形的に再製しているといえる一方で,それ以外の部位や細部の具体的な表現において相違があるものの,被告作品が新たに思想又は感情を創作的に表現した作品であるとはいえない。そして,後記(3)のとおり,被告作品は,原告作品に依拠していると認めるべきであり,被告作品は原告作品を複製したものということができる。
仮に,公衆電話機の種類と色,屋根の色(相違点①~③)の選択に創作性を認めることができ,被告作品が,原告作品と別の著作物ということができるとしても,被告作品は,上記相違点①から③について変更を加えながらも,後記(3)のとおり原告作品に依拠し,かつ,上記共通点①及び②に基づく表現上の本質的な特徴の同一性を維持し,原告作品における表現上の本質的な特徴を直接感得することができるから,原告作品を翻案したものということができる。
(2) 被告作品の制作者について
被告作品は,電話ボックス様の造作水槽に水を入れ,金魚を泳がせ,受話器を水中に浮かせた状態で固定してその受話部から気泡を発生させることで制作することができるから,平成26年2月22日に本件喫茶店で展示をするに当たってこれらの作業をすることにより,被控訴人P2は被告作品を制作したということができる(前記2(2)のとおり,金魚の数によっては,異なる著作物ということができる。)。
また,前記認定事実によれば,平成26年2月22日に本件喫茶店で被告作品の展示を開始するに当たり,被控訴組合は,本件喫茶店を構成する旧ガソリンスタンドの改修等を行い,後に被告作品を構成する電話ボックス様の造作水槽等の所有権を取得していることからしても,被控訴組合は,この展示の当初から主体的に関与していたと認められる。
以上のとおり,被告作品を本件喫茶店の屋外部分に設置し,展示をすることを主体的に行ったのは被控訴組合であり,被控訴人P2はその意向に沿って,被告作品を制作したものであるから,被控訴組合が主体となって,被控訴人P2と共同して,被告作品を制作したということができる。
(3) 依拠について
前記認定事実のとおり,控訴人は,平成24年8月頃,「テレ金」についておおさかカンヴァス事務局に抗議して出品の停止を求め,原告作品の資料を送付したところ,金魚部のメンバーから控訴人に連絡があったため,控訴人は「テレ金」の内容を変えるように求めた。そして,金魚部は,平成24年のおおさかカンヴァスへの「テレ金」の出品を辞退した。この経緯からすると,金魚部のメンバーは,遅くともこの時までに原告作品の存在を知り,その制作者である控訴人が,「テレ金」が控訴人の著作権を侵害するとの主張をしていることを知ったと認められる。同時に,金魚部の指導者である P3教授もまた,同様の認識を持ったと認められる。
前記認定事実のとおり,控訴人は,平成25年12月,HANARART 2013 P4実行委員長に対し,「金魚電話」が控訴人の著作権を侵害しているとして抗議し,また,被控訴人P2に対しても同様の抗議をした。
これは控訴人が本人尋問において供述するところであるが,これに対し,被控訴人P2は,本人尋問において,控訴人と話をしたことはなく,原告作品のことも知らなかったと供述する。しかし,被控訴人P2は,平成23年5月頃には P3教授及び金魚部のメンバーと知り合い,以後,継続して関係を持っていた。また,被控訴人P2は,「テレ金」の部材を金魚部から承継した金魚の会の代表者でもあり,HANARART 2013 で「金魚電話」を展示するに当たっても,P3教授と話をし,その展示に関してアドバイスまで受けている。さらに,HANARART 2013 P4実行委員長は,控訴人からの抗議に対する控訴人宛ての回答書において,「以前の P1(控訴人)との間のいきさつもある程度聞き及んではおりましたが」と記載しており,ここにいう「いきさつ」は「テレ金」に対する控訴人の抗議のことを意味すると解するほかない。「金魚電話」を担当したわけでもない P4実行委員長が控訴人の抗議のことを聞き及んでいる以上,「金魚電話」の直接の担当者で,金魚部のメンバーや P3教授と親交のある被控訴人 P2が聞き及んでいなかったとは考え難いことである。これらのことからすると,被控訴人 P2の前記供述を信用することはできず,事実は控訴人の供述するとおりであると認められる。
そうすると,被控訴人 P2は,遅くとも平成25年12月までに,原告作品のことを知り,かつ,これについて美術家である控訴人が著作権を主張していることも知ったと認められる。
なお,被控訴人らは,被告作品は,金魚部が制作した「テレ金」を承継したものであるから,被告作品を制作しておらず,金魚部の学生は原告作品の存在及び内容を認識していなかったから,原告作品に依拠した事実はないと主張する。
しかし,前記(2)のとおり,被告作品の制作者は,被控訴人らであるということができる。また,次に述べるとおり,金魚部の学生が制作した「テレ金」も,原告作品に依拠したものであると推認することができる。
すなわち,原告作品を制作した平成12年12月頃,前記(1)の共通点を備えた作品はもとより,公衆電話ボックスを水槽に見立てた作品が存在したと認めるに足りる証拠はない。上記作品の基礎となったアイデア自体斬新といえるが,これに伴う前記(1)の共通点①に加え,創作性の根拠となった共通点②を備えたものが独立して制作されることは経験則上ないといってよいと考える。原告作品が展示されたり,報道されたりした状況は,前記認定事実のとおりであるが,上記「テレ金」制作に関わった人物たちは,美術を専攻する者であったことを考えると,原告作品を紹介する媒体やこれに関する情報に接する機会は多いといえる。また,原告作品と被告作品との相違点は,前記(1)のとおりであるが,そのような相違点が生じたのは,たまたま,金魚部が,使用されなくなった電話ボックスを入手し,これを使用して「テレ金」を制作し,これが被告作品に受け継がれたという経緯に基づくものであり,新たな創作を加えたというような状況はない。また,原告作品と「テレ金」との間には,金魚の数や気泡発生装置を別途備える点の相違点があるが,この相違点は,金魚の数が多かったため,気泡発生装置を別途備える必要があったことに基づくものに過ぎない。このような事情を併せ考慮すると,「テレ金」は,原告作品に依拠して制作されたものと推認することが可能である。
なお,被控訴人P2は,前記認定事実のとおり,金魚部が制作した(被告作品の前身ともいうべき)「テレ金」の最初の制作段階から,関与していたことが認められるが,その制作過程における状況について,具体的な制作状況を供述しているわけではない。
また,前記認定事実のとおり,控訴人が,おおさかカンヴァス 2011の事務局に抗議するとともに,金魚部のメンバーに対し,「テレ金」の内容を変えるよう求めたところ,特段の反論もなく,金魚部の方から出品を辞退した。
以上の事情を総合すると,被告作品が「テレ金」を承継するものであることを理由として依拠を否定することはできず,被控訴人らは被告作品を制作するに当たり原告作品に依拠したと認めることができる。
(4) まとめ
被控訴人らは,平成26年2月22日に被告作品を制作したことにより,控訴人の著作権を侵害したと認められる。
4 争点(3)(著作者人格権侵害)
(1) 氏名表示権侵害について
被控訴人らは,平成26年2月22日から平成29年8月22日まで,控訴人の氏名を表示することなく,原告作品の複製物である被告作品を本件喫茶店に展示したから,この間の展示について控訴人の氏名表示権を侵害したと認められる。
(2) 同一性保持権侵害について
被告作品は原告作品の複製物であり,前記3(1)イのとおり,その具体的表現において原告作品と異なっている部分がある。被控訴人らは被告作品を制作するに当たり原告作品を改変したと認められ,また,これは,少なくとも,公衆電話機及び電話ボックスの屋根の色が黄緑色ではないという点で,これらの色が黄緑色であることを重視する控訴人の意に反する改変である。
したがって,被控訴人らは,被告作品を制作することにより控訴人の同一性保持権を侵害したと認められる。
5 差止請求及び廃棄請求の必要性について
被告作品を構成する部材は現在,解体されることなく,水を抜いた状態で,その所有者である被控訴組合が保管している。被控訴人らは,これを水で満たし,金魚を泳がせること等により,被告作品と同じものを容易に制作することができる状況にある。
前記のとおり,被控訴人らは原告作品についての控訴人の著作権及び著作者人格権を侵害した。上記の経過からすれば,被控訴人らは,容易に被告作品を制作することにより,控訴人のこれらの権利を再び侵害するおそれがないとはいえず,控訴人が被控訴人らに対し,侵害の予防として,被告作品の制作の差止めを求める必要があることは否定できない。また,控訴人の権利の実効的な救済を図るためには,被告作品を構成する公衆電話ボックス様の造作水槽及び公衆電話機の所有者である被控訴組合に対し,その廃棄を求める必要があるというべきである。
6 争点(4)(故意,過失)
前記のとおり,被控訴人らは原告作品に依拠して被告作品を制作したのであり,また,被控訴人P2はその制作に先立ち,控訴人から,「テレ金」や「金魚電話」が原告作品についての控訴人の著作権を侵害するという抗議を受けていた。そして,被控訴組合も,平成26年2月22日に被告作品が本件喫茶店において展示された時からこれに関与していた。これらのことからすると,本件における著作権侵害及び著作者人格権侵害について,被控訴人らにはいずれも,少なくとも過失があったと認められる。
7 争点(5)(損害)
(1) 著作権侵害による損害 25万円
前記認定事実のとおり,原告作品は,平成12年から平成30年まで,美術展等で何度も展示された実績のある美術作品であるから,その展示について利用料が発生し得る著作物といえる。しかし,これらの展示において控訴人にいくらの利用料が支払われたのかに関する客観的な証拠は提出されておらず,また,原告作品に類する美術作品の利用料に関する証拠も一切提出されていない。一方,控訴人の著作権を侵害する被告作品が展示された期間は平成26年2月22日から平成30年4月10日まで4年以上の長期間に及ぶが,原告作品に類する美術作品が,所蔵品の展示とは異なり,利用料の発生する状況下で,このように長い期間に渡って同じ場所で展示されることはまれであると考えられるし,その場合の利用料がいかなるものであるかも,個々の事情によって大きく異なると考えられる。
また,前記認定事実のとおり,被告作品の展示方法について,控訴人と被控訴人らとの間で協議され,一旦は,平成29年8月21日以降,「金魚の電話ボックス『メッセージ』」と題する書面を掲示するようになったものの,納得のいかなかった控訴人から,同年12月28日,改めて,被控訴組合に対し協定書案を提出したところ,被控訴組合が上記提案を拒否し,平成30年4月10日,被告作品を撤去するに至ったという経緯がある。このような経緯に照らすと,協議の期間中,控訴人は,権利行使を控えていたということがいえる。
以上のことからすると,原告作品の過去の展示についての利用料に関する客観的な証拠が提出されたとしても,それに基づいた計算により本件における利用料相当額を認定することは困難である。
したがって,本件は,原告作品の利用料相当額を立証するために必要な事実を立証することが当該事実の性質上極めて困難な場合に当たるから(著作権法114条の5),原告作品の内容,性格を中心に,本件における全ての事情を考慮し,上記期間全体を通じた著作権(複製権)の侵害による利用料相当損害額を25万円と認定する。
(2) 著作者人格権侵害による損害 25万円
前記認定事実のとおり,控訴人は,平成10年に初めて発表した「メッセージ」という作品を基にして,平成12年12月までに原告作品を完成させ,これを平成30年までに何度も美術展等で展示してきた。その内容,性格に加え,この展示の経緯をも踏まえると,原告作品は,現代美術家である控訴人にとって極めて重要な作品であると認められる。
以上に加え,被控訴人らが控訴人の著作者人格権のうち氏名表示権及び同一性保持権を侵害したことを考慮し,著作者人格権(氏名表示権及び同一性保持権)の侵害によって控訴人が受けた精神的苦痛を慰謝するために必要な金額を25万円と認定する。
(3) 弁護士費用 5万円
本件の事案の難易,請求額,認容された額その他諸般の事情を斟酌して,弁護士費用として相当と認められる額を5万円と認定する。
(4) 賠償額合計 55万円
(5) 遅延損害金について
控訴人は,被告作品が制作され,本件喫茶店において展示された平成26年2月22日から遅延損害金を請求している。しかし,被告作品による控訴人の著作権及び著作者人格権の侵害は,本件喫茶店における展示期間の全体を通じて行われたものであるから,遅延損害金は,その終期である平成30年4月10日以降の請求に限って認容すべきである。

[参考:原審]
1 争点1(原告作品の著作物性)について
(1) 著作権法は,著作権の対象である著作物の定義について「思想又は感情を創作的に表現したものであって,文芸,学術,美術又は音楽の範囲に属するものをいう。」(同法2条1項1号)と規定しており,作品等に思想又は感情が創作的に表現されている場合には,当該作品等は著作物に該当するものとして同法による保護の対象となる一方,思想,感情若しくはアイディアなど表現それ自体ではないもの又は表現上の創作性がないものは,著作物に該当せず,同法による保護の対象とはならないと解される。
また,アイディアが決まればそれを実現するための方法の選択肢が限られる場合,そのような限られた方法に同法上の保護を与えるとアイディアの独占を招くこととなるから,この点については創作性が認められず,同法上の保護の対象とはならないと解される。
(2) そこで,原告作品の基本的な特徴に着目すると,①公衆電話ボックス様の造形物を水槽に仕立て,その内部に公衆電話機を設置した状態で金魚を泳がせていること,②金魚の生育環境を維持するために,公衆電話機の受話器部分を利用して気泡を出す仕組みであることが特徴として挙げることができる。
このうち,①については,確かに公衆電話ボックスという日常的なものに,その内部で金魚が泳ぐという非日常的な風景を織り込むという原告の発想自体は斬新で独創的なものではあるが,これ自体はアイディアにほかならず,表現それ自体ではないから,著作権法上保護の対象とはならない。
また,②についても,多数の金魚を公衆電話ボックスの大きさ及び形状の造作物内で泳がせるというアイディアを実現するには,水中に空気を注入することが必須となることは明らかであるところ,公衆電話ボックス内に通常存在する物から気泡を発生させようとすれば,もともと穴が開いている受話器から発生させるのが合理的かつ自然な発想である。すなわち,アイディアが決まればそれを実現するための方法の選択肢が限られることとなるから,この点について創作性を認めることはできない。
そうすると,上記①,②の特徴について,著作物性を認めることはできないというべきである。
(3) 他方,原告作品について,公衆電話ボックス様の造作物の色・形状,内部に設置された公衆電話機の種類・色・配置等の具体的な表現においては,作者独自の思想又は感情が表現されているということができ,創作性を認めることができるから,著作物に当たるものと認めることができる。
2 争点2(被告作品による原告作品の著作権侵害の有無)について
(1) 被告作品と原告作品の対比
被告作品と原告作品を対比すると,次の点を指摘することができる。
ア 公衆電話ボックス様の造作物
原告作品と被告作品は,いずれも我が国で見られる一般的な公衆電話ボックスを模した,垂直方向に長い直方体で,側面の4面がガラス張りの造作物内部に水を満たし,その中に金魚を泳がせている。
しかしながら,原告作品は屋根部分が黄緑色様であるのに対し,被告作品は屋根部分が赤色である。また,被告作品は実際に使用されていた公衆電話ボックスの部材を利用しているのに対し,原告作品はこれを使用せず,アルミサッシや鉄枠等を組み合わせて制作されている。
イ 造作物内部に設置された公衆電話機
原告作品と被告作品は,いずれも上記造作物内部に棚板を二枚設置し,上段に公衆電話機が設置されている。
しかしながら,原告作品の公衆電話機は黄緑色様であるのに対し,被告作品の公衆電話機は灰色であり,公衆電話機のタイプも異なっている。また,棚板について,原告作品は水色で,形は二段とも正方形であるのに対し,被告作品は銀色で,下段の形は三角形である。
ウ 受話器部分
原告作品と被告作品は,いずれも受話器がハンガー部分又は本体から外された状態で水中に浮かんでおり,受話器の受話部分から気泡が発生している。
(2) 検討
ア 著作権法は,思想又は感情の創作的な表現を保護するものであり,既存の著作物に依拠して作成,創作された著作物が,思想,感情若しくはアイディア,事実若しくは事件など表現それ自体でない部分又は表現上の創作性がない部分において既存の著作物と同一性を有するにすぎない場合には,著作物の複製には当たらないものと解される。
イ 前記1で判示したところによれば,原告が同一性を主張する点は著作権法上の保護の及ばないアイディアに対する主張であるから,原告の同一性に関する上記主張はそもそも理由がない。
なお,事案に鑑み,具体的表現内容について原告作品と被告作品との間に同一性が認められるか否かについて検討するに,前記で指摘したとおり,原告作品と被告作品は,①造作物内部に二段の棚板が設置され,その上段に公衆電話機が設置されている点,②同受話器が水中に浮かんでいる点は共通している。しかしながら,①については,我が国の公衆電話ボックスでは,上段に公衆電話機,下段に電話帳等を据え置くため,二段の棚板が設置されているのが一般的であり,二段の棚板を設置してその上段に公衆電話機を設置するという表現は,公衆電話ボックス様の造作物を用いるという原告のアイディアに必然的に生じる表現であるから,この点について創作性が認められるものではない。また,②については,具体的表現内容は共通しているといえるものの,原告作品と被告作品の具体的表現としての共通点は②の点のみであり,この点を除いては相違しているのであって,被告作品から原告作品を直接感得することはできないから,原告作品と被告作品との同一性を認めることはできない。
したがって,被告作品によって,原告作品の著作権が侵害されたものとは認められない。