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著作権判例セレクション

【一般不法行為】廃墟を作品写真として取り上げた先駆者としての利益は法的保護に値するか

▶平成221221日東京地方裁判所[平成21()451]▶平成23510日知的財産高等裁判所[平成23()10010]
() 本件は,原告が,原告が撮影した「廃墟」を被写体とする写真(「廃墟写真」)と同一の被写体を,被告において撮影して写真を作成し,それらの写真を掲載した各書籍(「被告各書籍」)を出版及び頒布した行為が,原告の有する写真の著作物の著作権(翻案権,原著作物の著作権者としての複製権,譲渡権)及び著作者人格権(氏名表示権)を侵害し,また,被告が「廃墟写真」という写真ジャンルの先駆者である原告の名誉を毀損したなどと主張して,被告に対し,著作権法112条1項,2項に基づく被告各書籍の増製及び頒布の差止め並びに一部廃棄,著作権侵害,著作者人格権侵害,名誉毀損及び法的保護に値する利益の侵害の不法行為による損害賠償などを求めた事案である。

1 翻案権侵害の成否(争点1)について
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2 名誉毀損の不法行為の成否(争点4)について
(1) 原告は,写真集「亡骸劇場」に記述された被告の発言は,あたかも被告自ら「廃墟写真」というジャンルをゼロから作り上げたかのような事実を摘示するものであり,この事実摘示を目にした一般人が原告の廃墟写真に接したときは,反射的に,原告が「廃墟写真」という分野について被告の二番煎じを演ずる模倣者であるとの誤解を生ずるおそれがあることからすると,被告の上記発言は,原告の名誉を毀損するものであり,しかも,被告は,原告がプロの写真家として「廃墟写真」というジャンルを確立した先駆者であることを知りつつ,上記発言を行ったものであり,故意があるから,被告の上記発言は,原告の名誉を毀損する不法行為を構成する旨主張する。
そこで検討するに,被告の写真集である「亡骸劇場」には,被告がインタビューにおいて「亡骸劇場の撮影のきっかけは」との質問に対し述べた内容として,「1990年代前半,東京湾岸の風景を撮影していた頃,・・・スクラップ&ビルドの世界に興味を持っていました。そこで眼にした捨て去られた古い倉庫や貨物列車の引き込み線を撮影したとき,初めて「廃墟」というものを意識しました。それから全国に同じような場所がもっとあるだろうと考え,古い地図帳をたよりに鉱山跡を探す旅に出るようになりました。鉱山の廃墟を撮影していて気づいたのは,かつて鉱山を中心にしてでき上がった集落は鉱山が閉山したあと,同じように朽ち果ててしまったということです。」,「そんなゴーストタウンの学校や病院,遊園地,商店などを眼の前にしたとき,鉱山跡とはまったく違った別のジャンルの廃墟が撮れると確信し,「亡骸」シリーズの撮影を続けることにしたのです」との記述があることは,前記のとおりである。
原告の上記主張は,この記述部分が原告の名誉毀損に当たるというものである。
しかし,上記記述部分は,「鉱山の廃墟」を撮影してきた被告が,「鉱山の廃墟」とは別の種類の廃墟を撮影して,それらの廃墟写真を「亡骸劇場」に掲載するに至った個人的な経緯を述べたものであって,上記記述部分から,原告が主張するようにあたかも被告自らが「廃墟写真」というジャンルを創設したことを述べたものと認めることはできない。
また,上記記述部分には,原告及びその写真作品に言及した記載はないのみならず,被告が「廃墟写真」のジャンルにおいて原告の先駆者であるかのような印象を与える記載もない。
したがって,上記記述部分は,原告の名誉を毀損する事実の摘示を含むものとは認められない。
(2) 以上によれば,原告の被告による名誉毀損の不法行為の主張は,理由がない。
3 法的保護に値する利益の侵害の不法行為の成否(争点5)について
(1) 原告は,廃墟写真において被写体となった「廃墟」が,最初に被写体として発見し取り上げた者と認識されることによって生ずる営業上の利益,すなわち,当該廃墟を作品写真として取り扱った先駆者として,世間に認知されることによって派生する営業上の諸利益は,法的保護に値する利益である,②原告は,原告写真1ないし13について,上記①の法的保護に値する利益を有している,③原告が最初に廃墟写真として作品化した被写体を,営利の目的において撮影した写真を発表するに当たっては,原告の同意を得るか,少なくとも当該写真を掲載する書籍において,原告の作品を参照したことを明らかにする義務がある,④被告は,原告写真1ないし13を見て,それらの被写体のある撮影場所に赴き,同一の被写体の被告写真1ないし13を撮影し,被告各書籍及び「亡骸劇場」に,原告の同意なく,かつ,当該被写体を認識したのは原告の作品を参考にしたことなどの注釈も入れることなく掲載させ,これらの書籍を販売させたものであり,被告の上記行為は,原告が有する上記①の法的保護に値する利益を違法に侵害したものとして不法行為を構成する旨主張する。
しかし,原告の主張は,以下のとおり理由がない。
ア 原告は,廃墟写真において被写体となった「廃墟」が,一般には(少なくとも作品写真の被写体としては)全く知られておらず,それらの存在を認識し,かつ,それらに到達して作品写真に仕上げるまでに,極めて特殊な調査能力と膨大な時間を要していること,このノウハウと作品写真に仕上げるまでに要した多大な労力を根拠に,廃墟写真において被写体となった「廃墟」が,最初に被写体として発見し取り上げた者と認識されることによって生ずる営業上の利益,すなわち,当該廃墟を作品写真として取り扱った先駆者として,世間に認知されることによって派生する営業上の諸利益は,法的保護に値する利益であり,具体的には,①原告が自ら多大な費用と労力をかけて発掘した「廃墟」について,廃墟写真を撮影して写真集等に収録して発行し,これにより投下資本を回収することによる営業上の利益,②原告がその写真集に掲載されている廃墟写真の被写体である廃墟の発見者であると正しく認識されること,換言すれば,その写真集に掲載されている廃墟写真が,他人の発見した廃墟を追い掛けて撮影した二番煎じものであると誤解されないということは,その顧客訴求力を高い水準で保ち,これにより多くの著作権収入を得るということにつながるものであり,このような意味での営業上の利益,③原告が発掘した廃墟を撮影した写真が後発の雑誌,新聞,CDジャケット等に掲載され若しくはテレビニュース等のタイトル画像に使用される等して商品等又はサービスに組み入れられる場合には,通常,原告がその廃墟の発掘者として,既に撮影済みの写真について利用許諾を行ったり,業務委託契約を締結してその廃墟の写真を新たに撮影することとなるが,そのような原告の地位は,多大な費用と労力をかけて被写体たるに相応しい廃墟を発掘するプロの写真家たる原告にとって,投下資本の回収可能性を支えるものであり,このような意味での営業上の利益である旨主張する。
しかしながら,「廃墟」とは,一般には,「建物・城郭・市街などのあれはてた跡」をいい(広辞苑(第六版)),このような廃墟を被写体とする写真を撮影すること自体は,当該廃墟が権限を有する管理者によって管理され,その立入りや写真撮影に当該管理者の許諾を得る必要がある場合などを除き,何人も制約を受けるものではないというべきである。このように廃墟を被写体とする写真を撮影すること自体に制約がない以上,ある廃墟を最初に被写体として取り上げて写真を撮影し,作品として発表した者において,その廃墟を発見ないし発掘するのに多大な時間や労力を要したとしても,そのことから直ちに他者が当該廃墟を被写体とする写真を撮影すること自体を制限したり,その廃墟写真を作品として発表する際に,最初にその廃墟を被写体として取り上げたのが上記の者の写真であることを表示するよう求めることができるとするのは妥当ではない。また,最初にその廃墟を被写体として撮影し,作品として発表した者が誰であるのかを調査し,正確に把握すること自体が通常は困難であることに照らすならば,ある廃墟を被写体とする写真を撮影するに際し,最初にその廃墟を被写体として写真を撮影し,作品として発表した者の許諾を得なければ,当該廃墟を被写体とする写真を撮影をすることができないとすることや,上記の者の当該写真が存在することを表示しなければ,撮影した写真を発表することができないとすることは不合理である。
したがって,原告が主張するような,廃墟写真において被写体となった「廃墟」を最初に被写体として発見し取り上げた者と認識されることによって生ずる営業上の利益が,法的保護に値する利益に当たるものと認めることはできない。
イ また,原告が主張する被告の違法行為の態様は,原告写真1ないし13を見て,それらの被写体のある撮影場所に赴き,同一の被写体の被告写真1ないし13を撮影し,被告各書籍及び「亡骸劇場」に,原告の同意なく,かつ,当該被写体を認識したのは原告の作品を参考にしたことなどの注釈も入れることなく掲載させ,これらの書籍を販売させたというものであるが,前記ア認定のとおり,ある廃墟を最初に被写体として取り上げて写真を撮影し,作品として発表した者において,他者が当該廃墟を被写体とする写真を撮影すること自体を制限したり,その廃墟写真を作品として発表する際に,最初にその廃墟を被写体として取り上げたのが上記の者の写真であることを表示するよう求めることはできないことに照らすならば,仮に原告が主張するように被告が原告写真1ないし13を見て被告写真1ないし13の撮影場所に赴いたとしても,被告において被告写真1ないし13を被告各書籍に発表するに際し原告の同意を得るなどの必要はないというべきであるから,原告が主張する被告の行為は,その主張自体,社会的に是認できる限度を逸脱した違法なものに当たるものではないというべきである。
また,①被告各書籍及び「亡骸劇場」には,被告が被告写真1ないし13の各被写体を最初に撮影した者である旨の記載はなく,また,被告が原告に先立ってこれらの被写体を撮影したことをうかがわせるような記載もないこと,②被告各書籍に掲載された被告写真1ないし12については,それらの撮影時期が明記されていることに照らすならば,被告において原告が主張するような先駆者としての利益を害する主観的な意図があったものと認めることはできない。
ウ 以上を総合すれば,原告主張の被告の行為が不法行為を構成するものと認めることはできない。
(2) したがって,原告の被告による法的保護に値する利益の侵害の不法行為の主張は,理由がない。
4 結論
以上によれば,その余の点について判断するまでもなく,原告の請求は,理由がないからいずれも棄却することとし,主文のとおり判決する。

[控訴審同旨]
当裁判所も,控訴人の本訴請求はいずれも理由がないものと判断する。その理由は,次のとおりである。
1 翻案権侵害を中心とする著作権侵害の有無について
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2 名誉毀損の成否について
この点の当裁判所の判断は,原判決の「2 名誉毀損の不法行為の成否(争点4)について」において原判決が認定判断しているとおりである。
3 法的保護に値する利益侵害について
控訴人が原告各写真について主張する法的保護に値する利益として,まず廃墟を作品写真として取り上げた先駆者として,世間に認知されることによって派生する営業上の諸利益が挙げられている。しかし,原告各写真が,芸術作品の部類に属するものであることは明らかであるものの,その性質を超えて営業上の利益の対象となるような,例えば大量生産のために供される工業デザイン(インダスリアルデザイン)としての写真であると認めることはできない。廃墟写真を作品として取り上げることは写真家としての構想であり,控訴人がその先駆者であるか否かは別としても,廃墟が既存の建築物である以上,撮影することが自由な廃墟を撮影する写真に対する法的保護は,著作権及び著作者人格権を超えて認めることは原則としてできないというべきである。そして,原判決の「3 法的保護に値する利益の侵害の不法行為の成否(争点5)について」に記載のとおり,「廃墟」の被写体としての性質,控訴人が主張する利益の内容,これを保護した場合の不都合等,本件事案に表れた諸事情を勘案することにより,本件においては,控訴人主張の不法行為は成立しないと判断されるものである。控訴人が当審において主張するところによっても,上記判断は動かない。
第5 結論
よって,本件控訴は理由がないから,これを棄却することとし,主文のとおり判決する。