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著作権判例セレクション
【差止請求】差止の射程範囲(電子ファイル交換サービスが問題となった事例)
▶平成15年12月17日東京地方裁判所[平成14(ワ)4237]▶平成17年3月31日東京高等裁判所[平成16(ネ)405]
2 争点(2)(被告○○○に対する差止請求の範囲)について
(1) 請求の趣旨1項について
本件中間判決で判示したとおり,被告○○○自らは,本件各MP3ファイルをパソコンに蔵置し,その状態でパソコンを被告サーバに接続するという物理的行為をしているわけではないが,本件サービスは,①MP3ファイルの交換に係る分野については,利用者をして,市販のレコードを複製したMP3ファイルを自動公衆送信及び送信可能化させるためのサービスという性質を有すること,②本件サービスにおいて,送信者がMP3ファイル(本件各MP3ファイルを含む。)の送信可能化を行うことは被告○○○の管理の下に行われていること,③被告○○○も自己の営業上の利益を図って,送信者に上記行為をさせていたこと等から,被告○○○は,本件MP3ファイルの送信可能化を行っているものと評価することができ,したがって,原告の有する送信可能化権の侵害の主体であると評価できる。
ところで,原告は,請求の趣旨1項において,被告○○○に対して,本件各管理著作物につき,同被告が運営する本件サービスにおいて,MP3形式によって複製された電子ファイルを送受信の対象としてはならない旨を求める。
しかし,上記請求の趣旨は,単に,原告が著作権を有する本件各管理著作物を複製した電子ファイルを送受信の対象とする行為について,その不作為を求めるものであって,法律が一般的,抽象的に禁止している行為そのものについて,その不作為を求めることと何ら変わらない結果となること,上記請求をそのまま認めると,執行手続きにおける差止めの対象になるか否かの実体的な判断を執行機関にゆだねる結果になること等の理由から,相当といえない。
(2) 差止めの対象となる行為の特定
そこで,差止めの対象となる被告○○○の行為をどのように特定した上で,原告の求める差止請求を認めるのが相当かを検討する。
まず,原告の有する送信可能化権を侵害する被告○○○の行為を客観的に特定すべきことが必要であることはいうまでもない。しかし,本件においては,この点を厳格に求めることは,以下の理由から妥当ではない。すなわち,第1に,本件中間判決で判示したとおり,本件サービスにおいては,被告サーバに接続している利用者のパソコンの共有フォルダ内の電子ファイルのみが送信可能化されており,当該パソコンが被告サーバとの接続を解消すると,上記電子ファイルは送信可能化の対象ではなくなることから,現に送信可能化されている個々の電子ファイルを差止めの対象とした場合は,その判決が確定する段階では,当該電子ファイルのほとんどすべては送信可能化が終了しており,その判決の実効性がないこと,第2に,将来送信可能化されると予想される電子ファイルを差止めの対象としようとしても,前述のように,本件サービスにおいては,本件各管理著作物を複製したMP3ファイルが,送信者により,時々刻々と新たに,送信可能化状態に置かれるため,当該電子ファイルを,あらかじめ厳格に特定することは,不可能であること等の事情が存在するからである。
ところで,証拠及び弁論の全趣旨によれば,本件サービスの利用者(送信者)が市販のレコードを複製したMP3ファイルにファイル名を付す場合,他の利用者(受信者)が電子ファイルの内容を認識し得るようなファイル名を付することが一般的であると認められ,そのようなファイル名としては,通常,当該レコードの題名や実演家名を表示する文字を使用することが最も自然であり,また,その場合の題名及び実演家名の表記方法は,当該レコードの表記方法と同一のものばかりではなく,適宜,漢字,ひらがな,片仮名及びアルファベット等で代替して表記することが推認される。
以上によれば,差止めの対象とすべき被告○○○の行為を特定する方法としては,送信側パソコンから被告サーバに送信されたファイル情報のうち,ファイル名又はフォルダ名のいずれかに本件各管理著作物の「原題名」を表示する文字及び「アーティスト」を表示する文字(漢字,ひらがな,片仮名並びにアルファベットの大文字及び小文字等の表記方法を問わない。姓又は名のあるものについては,いずれか一方のみの表記を含む。)の双方が表記されたファイル情報に関連付けて,当該ファイル情報に係るMP3ファイルの送受信行為として特定するのが,最も実効性のある方法といえる。
なお,本件の差止めの対象とすべき被告○○○の行為を上記のような方法で特定すると,利用者がファイル名を付する際に,単純に表記を誤ったり,原題名のみを表記したなどの場合には,本件各MP3ファイルであっても差止めの対象から除かれることになることが考えられる。しかし,証拠及び弁論の全趣旨によれば,上記のような場合は極めて稀にしか生じないものと認められることに加え,被告○○○が提供する本件サービスの性質上,他に差止めの対象とすべき本件各MP3ファイルを特定する的確な方法はないことに鑑みれば,上記の特定方法によっても原告の保護に欠ける結果とはならないというべきである。
(3) 過大な差止めを肯認するとの被告らの反論について
上記の点に対して,被告らは,ファイル名等に本件各管理著作物の「原題名」を表示する文字及び「アーティスト」を表示する文字の双方が表記されたファイル情報に係るMP3ファイルの中には,本件各MP3ファイル以外のMP3ファイルが含まれている可能性があり,そのようなMP3ファイルの送信可能化を差し止めることは,被告○○○が差止義務を負う範囲を超えて差止めを肯認することになるから許されない旨主張する。
しかし,いやしくも,利用者は,自ら創作した音楽の電子ファイルをMP3ファイル形式にして本件サービスにより送信しようとした場合には,可能な限り,市販のレコードとの混同を避けるはずであるから,市販のレコードの題名や実演家名と同一の名称を使用することはないと解するのが合理的であること,本件全証拠によるも,本件サービスにおいて,本件各管理著作物の「原題名」及び「アーティスト」を表示する文字の双方を表記したMP3ファイルであって本件各MP3ファイル以外の電子ファイルが存在することを窺わせるに足りる事実は認められないこと等に鑑みれば,ファイル名等に本件各管理著作物の「原題名」及び「アーティスト」を表示する文字の双方が表記されたMP3ファイルの中に本件各MP3ファイル以外の電子ファイルが含まれていることを前提とした被告らの上記主張は理由がないことになる。
[控訴審同旨]
4 差止を命じた主文の誤りについて
(1)
被控訴人の請求は,要するに,本件サービスにより,本件管理著作物が送受信の対象とすることを差し止めるというものである。
そして,本件差止主文が差止の対象としているものもそれであって,本件差止主文が送受信の対象としてはならないとしている「MP3(MPEG1オーディオレイヤー3)形式によって複製された電子ファイル」が本件管理著作物の複製に係るもの以外のものまでも含む趣旨でないことは,前記引用に係る原判決の説示に照らしても明らかであり,本件差止主文が処分権主義に反するということはない。なお,控訴人会社主張のような誤解を避けるために,念のため,本件差止主文の趣旨をより明確にする趣旨で,主文第3項のとおり,本件差止主文の一部を訂正することにする。
(2)
控訴人会社は,本件差止主文を実行することは不可能であると主張する。
しかし,本件サービスで検索の対象となるファイル名及びフォルダ名は,ほとんどの場合,原題名ないしアーティスト名だけから成り立つものと理解されるから,例えばファイルの頭文字「宇」から始まる原題名及びアーティスト名に絞って(原題名及びアーティスト名を表記する漢字,ひらがな,片仮名及びアルファベットそれぞれについて逐一合致するか否かを判定するなどという処理をする必要はない。),フィルタリングにより除外すべきものか否かの判断を繰り返す方法などを用いることにより,それ程の時間を要することなく(上記各証拠及び弁論の全趣旨),本件差止主文で送受信の対象とされているファイルを判定することができるのであり,本件差止主文の実行が不可能であるということはないし,また,そのようなフィルタリングを通過したものを逐次データベースに加えて,受信者からの検索要求に応じることも可能なのであって,本件差止主文を実行するのに,本件サービス全体を停止せざるを得ないことにもならないのである。