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著作権判例セレクション
【地図図形著作物】地質図・柱状図等の創作性及び侵害性が争われた事例
▶平成14年11月14日東京高等裁判所[平成12(ネ)5964]
(注) 本件は,被控訴人Mが執筆し,同市,同協議会ないし同県が発行した別紙記載の各文書に,控訴人らの作成した資料(地質図,柱状図等)が,無断で,かつ,引用であることを示す表示(「引用表示」)なしに掲載されたとして,著作物の公表権(著作権法18条),氏名表示権(同法19条)及び複製権(同法21条)を侵害されたとして,控訴人らが,被控訴人らに対し,同文書の印刷等の中止並びに文書の回収及び廃棄等を請求したものである。
1 被侵害文書と侵害文書の同一性(著作権法18条,19条あるいは21条に該当するための要件としての,比較される両文書の間の同一性をいう。),被侵害文書の創作性について
(1)
別紙2表1№1
ア 控訴人らは,ローム層間のテフラ層序の小区分,テフラ層序の大区分の切り方,火山活動の区分点とテフラ層序の大区分の対応関係,同一名のローム層と水成層の対応関係が,内容的に重要であり,これらの点について同一性が認められる以上,全体としても同一性が認められるべきであると主張する。
しかし,控訴人らが指摘する点が,この層序図において最も重要な内容であるとしても,被侵害部分と侵害部分との間には,原判決で摘示されたような相違があり,それぞれ,同一性がある部分と相違する部分が一体となって,見る者に異なった情報と印象を与えるものであるから,内容面を重視しても,同一性があるとはいえない。控訴人らの主張は,結局,個々の相違点が,子細な差異であることを強調するものである。しかし,仮にそうであるとしても,それらが累積して,全体として同一性を否定し得る差異となることもあり得るものである。
同一性が認められない部分があるとした原判決に,誤りはない。
イ 層序の記載については同一性が認められるものの,この部分に係る被侵害部分の記載に,著作権の保護に値する創作性があるということはできない。それは,この部分が,個々の地層名とそれらが形成された年代を横軸に対比させた上で,その先後関係を縦軸に配置したものであり,その表現方法は,一般的なものであって,同程度の学識経験がある者であれば,同じ体裁の図を作るものと認められるからである。また,「七国峠ローム層」等の名称も,地名と学術用語を組み合わせただけものであり,著作権法により使用を制限するに値するような個性が現れているとは認められない。
ウ 被侵害部分に記載されているような地層を発見し,その構成を特定し,その層序を決めることは,豊富な経験知識を前提に,膨大な現地調査とそれに基づく根気強い分析をすることを要するものであろうことは,想像に難くない。また,その結果得られた発見や仮説が大きな価値を有することもいうまでもないところである。しかし,著作権法は,発見や仮説そのものを保護し,これらを発見者や仮説の提唱者に独占させようとするものではない。控訴人ら主張のように,素材の取捨選択等の内容の重視を押し進めて,それが独創的であるとの一事をもって,表現に創作性がある,としたり,あるいは内容が同一であることから,表現にも同一性がある,としたりすると,その背後にある発見(発見された事実)や仮説の他者による表明が,事実上極めて困難となり,結局,発見や仮説そのものを保護し,発見者や提唱者によるその独占を認めることにならざるを得ない。このような結果は,著作権法の立場と両立し得ないことが明らかであり,このような結果をもたらす控訴人らの解釈を採用することはできない。
(2)
別紙2表1№2
控訴人らは,原判決が,同一性が認められる部分について,その記載内容が自然的事実であることを理由に創作性を認めなかったことに対し,被侵害部分の記載内容は,仮説であり自然的事実ではないから,同部分に創作性が認められるべきである,と主張する。
柱状図は,基本的に個々の地層の種類,厚さ,相互の上下関係(これら自体が,自然的事実であることは,事柄の性質上,明らかである。)を柱状に記載するものであり,その書式にも定型性があると認められるから,同程度の観察力と知識を有する者が上記事項についての同じ認識に基づいて作成すれば,同じあるいはほとんど同じ図面となるものと認められる。本件でも,被侵害部分は,柱状図としては一般的な書式で記載されており,そこに作成者の個性が表されているものとは認められない(「v」ないし「レ」印で軽石を表象することも,創作性があることとは認められない。)。このような柱状図を作成するためには,調査と分析に相当の手間と時間がかかるものであり,そこに作成者の思考の結果が現れていることは疑いようがない。しかし,この思考結果そのものは,著作権法による保護の対象となるものではない。
控訴人らは,当該部分の記載内容は仮説であり自然的事実ではないという。そのいわんとするところは,そこに事実であるかのように記載されているところは,事実であることがまだ一般的に確定されているわけではない,ということであろう。そして,柱状図の形で記載されているその内容が,真の地層の姿に合致していることが,まだ,他者により検証されるなどして,一般的に確立されるに至っていないということであれば,それは,正確には,「仮説」にとどまるものというべきであって,「事実」という言葉を当てるにはふさわしくない,ということもできるであろう。しかし,ここで重要なのは,そこに表現されている内容が上記の意味で事実なのか,仮説なのかということではない。重要なのは,それが事実であるとして,それが事実であるならばそれを述べる際に普通に採られる方法で表現されているということである。このような表現に,表現されている内容が仮説の域を出ないことを理由に創作性を認めることはできない。そういうことになれば,同様の表現であるにもかかわらず,事実そのものを表現したものには著作権法上の保護は与えられないのに,事実であることが確定されないものにつき事実であるとして表現したものは保護が与えられるということになり,結局,表現ではなく,事実についての仮説そのものの保護と独占を認めることにならざるを得ないからである。控訴人らの主張は,要するに,仮説自体(著作権法によっては保護されない。)の創作性とその表現(著作権法により保護される。)の創作性を混同して同一視するものであり,採用し得ないものという以外にない。
(3)
別紙2表1№3
控訴人らは,どのような地層区分で表現しているか(斜交層準仮説による区分か),その区分境界に類似性があるか,断層など重要部分に類似性があるかにより,同一性を判断すべきであると主張する。しかし,内容である,地層区分,区分境界,断層が共通しているとしても,その表現形態が異なれば,同一性を認めることができないことは,前述のとおりである。
原判決は,被侵害部分と侵害部分それぞれについて,これと一体となって読者に情報を与える立面図の有無,模式性(実際の地形情報を読者に伝える程度),地層の名称の表記の差異,対象地域の差異,地層の形状の差異を総合して,同一性がないとしているものであって,その判断に誤りはない。
(略)
(5)
別紙2表2№1
被侵害部分及び侵害部分は,いずれも層序図である。上記(1)で述べたとおり,テフラ層序の区分等については,同一性が認められるが,この部分には著作物性は認められないというべきである。
(6)
別紙2表2№2
控訴人らは,内容の同一性を重視すべきこと,自然科学上の事実ではないことを理由に,同一性を認めるべきであると主張する。しかし,表現内容が同一であり,表現対象が自然科学上の事実以外のものであるとしても,表現態様が異なっていれば,同一性があると認めることができないことになるのは,既に述べたとおりである。
(7)
別紙2表2№3
著作権法が,事実の発見そのもの,あるいは,思想や感情そのものではなく,それらを表した表現を保護することを目的としていることは,既に述べたとおりである。
「浸食小起伏面」という用語は,これが,「大磯丘陵に分布する二宮層群の基底の不整合面が,長期にわたって,陸上で風化削剥された広大低平な陸生浸食平坦面起源ではないか,そこに,海面が上昇してきて,二宮層が堆積したのではないか。」という発見ないし仮説を示し,この発見ないし仮説が大きな学問的価値を有するとしても,「浸食小起伏面」という用語自体は,地形学の用語を基にした語であって,一定程度以上の個性ある表現であるとは認められない。
これらの仮説の提唱者,あるいは事実の発見者の業績を明らかにするため,それが分かるように適宜文献を引用したり,注釈を加えたりすべきであるとしても,それを,著作権法による保護の問題として取り上げることはできない。
(略)
(9)
別紙2表2№5
控訴人らは,そもそも地層や鍵層自体を自然的事実ととらえること自体誤りであり,また,素材の取捨選択が重要であり,その観点からは,被侵害部分に創作性が認められるべきである,と主張する。
№5における,被侵害部分の柱状図と侵害部分の柱状図と対比すると,例えば,被侵害部分では,白オビの部分が更に横線で分割されているのに対し,侵害部分には横線がないこと,柱状の図形と一体となって,その内容を詳しく説明する縮尺(厚みを示す)や,地層の内容(構成粒子)の説明に差異があり,書式が共通するとしても,提供される情報に違いがあるから,果たして同一性が認められるか自体にも,疑問がある。また,地層の存在自体が,正確には,まだ自然的事実として確定されているものではなく,仮説にすぎないものであり,鍵層の記載が作成者の独創的な仮説を反映するものであったとしても,被侵害部分において,そのような仮説を表現するための表現方法自体は一般的な柱状図の書き方で記載されているものであるから,そこに,著作権法上の保護の対象としての創作性を認めることはできない。
被侵害部分の地質断面図については,地層名,鍵層名及び層序が,侵害部分の柱状図と共通するとしても,それだけで同一性を認めるには足りない。むしろ,両者を比較すれば,被侵害部分は,部分的にではあるが,実際の地形をも同時に表しており,表現方法が異なることは明らかである。
(10)
別紙2表2№6
控訴人は,同一性について,共通する部分だけを抜き出して比較すべきであり,また,説明が漢字仮名交じり文かアルファベット混じりかは,子細な差異である旨主張する。
しかし,控訴人らの主張するとおり,侵害部分の下半分のみを,被侵害部分と比較するとしても,侵害部分は,被侵害部分に比較して,地層の厚さ,地層の数等について,より詳しい情報が盛り込まれている。両者を比較した場合,むしろ異なった情報を提供するものとなっており,採用されている表現方法自体に格別の個性が認められないこともあって,これが表現自体に反映されていると認められるから,同一性があると解することはできない。
(11)別紙2表2№7
被侵害部分に創作性が認められないとした原判決に誤りはない。控訴人らの主張が,表現された内容の創作性と表現自体の創作性を混同して同一視する誤りを犯すものであることは,ここでも当てはまることである。
(略)
(13)別紙2表2№9
表現された内容が同一であることのみをもって,著作権法上同一である,とすることができないことは,既に述べたとおりである。被侵害部分と侵害部分とは,原判決が認定したとおり,用語や論旨の展開に相当程度の差異があり,これらを同一とすることはできない。
(略)
(17)別紙2表4№2,№4
控訴人は,被侵害部分①及び②を併せて,同一性を判断すべき旨主張する。
しかし,これらの被侵害部分が,常に一組で参照され,一体となって情報を提供するなど,これらを併せて同一性判断の対象とすべき事情を認めることはできない。
また,被控訴人は,侵害部分が,被侵害部分の一部を省略したものにすぎないと主張するが,その観点からすればそのようにみえるというだけであって,そのように理解されるのが一般的であると認めることはできない。また,原判決のいう模式性の差異とは,地層の存在とその上下関係を専ら表現したにとどまるか,地形情報も表示しているかの差異であると理解でき,その意味では,両者に差異があると認めることができる。
(略)
(19)別紙2表5
原告は,「畑沢火山」という用語は,思想的で創作的な仮説に基づく用語であり,創作性を有する,と主張する。
ある特定の場所に,火山があり,それが活動していたという事実ないし仮説に到達するためには,豊富な経験知識を前提に,膨大な現地調査とそれに基づく分析をすることを要するものであり,その結果得られた事実や仮説が尊重に値することはいうまでもないところである。しかしながら,著作権法は,事実の発見そのものを保護するものでもなければ,事実に関する仮説(より一般的にいえば思想・感情)そのものを保護するものでもない。したがって,「畑沢火山」が示す仮説が仮説自体としては独創的なものであるとしても,それだけで,その仮説を具体的に表現したものに著作権法上の創作性が認められることになるわけのものではない。
そして,「畑沢火山」という用語は,地名と「火山」という用語を組み合せたものにすぎず,その表現方法自体はごく普通のものという以外になく,そこに著作者の個性が表れているとは,到底認めることができない。