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著作権判例セレクション
【共同著作】口述筆記した者の共同著作性が争点となった事例
▶平成4年08月27日大阪地方裁判所[平成2(ワ)2177]
(注) 本件著作物(本件書籍一章から三章までの文章)の著作者はBであり、原告らが相続により本件著作物についての著作権を承継取得したとして、被告らに対して、原告らが本件著作物についての著作権を共有することの確認を求めるとともに、著作権に基づいて本件書籍の出版頒布の停止を請求した事案である。
本件における主要な争点は、「本件著作物の著作者はBか被告Dか」という点である。
(事実関係)
次の事実が認められる。
(一)Bは、昭和58年9月14日に突然吐血したことから重篤な肝硬変に罹患していることが判明し、その後、昭和62年8月に英国において肝臓移植手術を受け、その手術は成功した。
(二)被告Dは、Bと高校在学当時の同級生で、昭和59年2月に入院中のBを見舞ったことを契機にBと交際を続け、昭和60年12月頃には結婚することを約し、昭和61年2月にBの病状が悪化した後は病院に通って看病を続け、昭和61年4月からは入院中のBの留守宅に居住するようになった。更に、Bが昭和62年7月から11月まで肝臓移植手術を受けるために英国に渡航した際も同行してBの看病にあたり、11月に一緒に帰国した後は、Bと同居していた。
(三)被告会社代表者G及び企画営業担当者Fは、Bが肝臓移植手術を受け成功したとマスコミに広く報道された後の昭和63年5月20日に、Bが肝臓移植を受けた体験を一般読者にも分かりやすい読み物として書籍にまとめて出版したい旨を記載した企画趣意書をBに提示して、その体験を文章化して出版することを働き掛け、Bは、これを応じて、完成した際には被告会社に出版を許諾する予定で自らの体験を記した文章を執筆することを承諾した。
しかしながら、Bは、被告Dと相談して、自ら執筆することにより過度な肉体的疲労やストレスを招来することを避けるため、被告DもBと多くの体験を共にしていることから、まずBの口述をカセットテープに録音し、その後被告Dがこのテープの再生を聞いてそれを文章化する方法で原稿を作成することにした。
(四)Bは、昭和63年6月初め頃から、吐血した昭和58年9月14日以降Bと被告Dが結婚を約した昭和60年12月頃までの出来事を、口述してカセットテープに録音した。被告Dはこのテープをもとに文章化したが、その具体的方法は、パーソナルコンピューターでワープロソフトを用いて、まず、ほぼBの口述したとおりの文章を入力したうえで、文章構成、文体を考慮しながら、重複する部分を削除し、Bに、趣旨の不明な部分を聞き質して読者に分るよう書き改めたり、その時どのような気持ちであったか等の詳細や、他に読者が興味を惹かれるような出来事が無かったかなどを尋ね、その結果を自分なりに取捨選択して文章を補充訂正し、文章として完成させた。Bは、そのようにして作成された文章を点検のうえ補充訂正した。
(五)その後Bは、昭和60年12月末頃以降の部分については口述してカセットテープに録音することをしなくなり、Bが書いて欲しい事柄を口頭で被告Dに伝え、被告Dが、そのBの指示に基づいて、Bが明確に伝えた事柄とそれから推測されるBが書きたいと思っているであろう事柄に関して、Bと行動を共にした際の自らの体験や、それまでにBから聞いて記憶している事実関係を基礎に自由に作文を進め、それだけではできないときには、Bに具体的状況や気持ちを聞き質し補充しながら文章を作成した。Bはそのようにして被告Dが作成した文章を点検し、削除や補充訂正をした。
少なくとも、本件著作物のうち、本件書籍二章冒頭から八九頁五行目までの文章の原稿はこのような方法で作成された。
右部分までの原稿は、8月4日までの間に数回に分けて、フロッピィディスクに保存した状態で、Bから被告会社に交付された。
(六)ところがBは、突然罹患した重症の感染症が発症して昭和63年8月15日に入院し、同年10月29日に死亡したため、Bの本件著作物創作への関与はその段階で中断した。
2(判断)
(一)以上によれば、本件著作物のうち、本件書籍一章冒頭から末尾(同書籍四〇頁目)まで(以下「A部分」という。)の文章については、被告Dも、単なる補助者としての関与にとどまらず、自らの創意を働かせて創作に従事していたと認められ、他方、Bもまた、単に被告Dの創作のためのヒントやテーマを与えたという程度にとどまらず、その創作に従事していたと認めることができるから、この部分は、Bと被告Dが共同して創作した著作物であって、各人の寄与を分離して個別的に利用することができないものであると認めるのが相当である。なお、被告会社の担当者もこの部分の文章に若干の加工を加えているが、その態様は、Bと被告Dが共同で作成した著作の同一性を害しない程度のものであるから、右部分がBと被告Dを著作者とする共同著作物であるとの右認定に影響を及ぼすことはない。
次に、本件著作物のうち、本件書籍二章冒頭から八九頁五行目まで(以下「B部分」という。)の文章については、Bが具体的に口述して被告Dに記録させた部分はBが創作したと認めるべきであり、Bが抽象的に書いて欲しい事柄を指示しただけで文章表現は被告Dが自分で考えた部分や、Bの明示の指示はなかったがBの意思を推測して被告Dが自由に書いた部分は被告Dが創作したというべきであり、被告Dが書いた文章をBが点検して補充訂正した部分は両名が共同して創作したというべきであるが、B部分のうちのどの文章でBと被告Dのどちらがどれだけ創意を働かせたかは具体的には明らかでなく、その関与の態様毎に明確に区分することはできないから、結局、B部分全体がBと被告Dが共同して創作したものであって、各人の寄与を分離して個別的に利用することができないものであると認めるのが相当であり、被告会社担当者の関与に関してはA部分についてと同様であるから、B部分もBと被告Dを著作者とする共同著作物に該当するというべきである。
そうすると、被告らの自白が真実に反するとは認められないことになるから、被告らの自白の撤回は許されず、結局、本件書籍一章冒頭から五〇頁(本文の二割弱にあたる)までの文章はBと被告Dを著作者とする共同著作物であることに争いがなく、五一頁から八九頁五行目までの文章は、Bと被告Dを著作者とする共同著作物であると認定することになる。
(二)本件著作物のうち、A及びB部分を除く本件書籍二章八九頁六行目から三章末尾まで(以下「C部分」という。)の文章については、Bが、単独では勿論、被告Dと共同ででも、これを創作したと認めるに足りる証拠はない。なお、被告Dは、同部分を執筆するにあたり、Bが生前に作成した文章を参考にしており、一部にはB作成の文章中の記述と類似する記述も存するが、Bが生前に作成した文章をそのまま引用しているわけではなく、被告DがBの死後に新たに作成したものであって、Bは作成に関与していないから、BがC部分の文章を共同して創作したとはいえない(類似の部分がBの著作物の複製権侵害となるか否かの問題は別論である。)。
また、A部分は、昭和58年9月の吐血から昭和60年12月頃にBと被告Dが結婚同居を約するに至るまでの出来事を記したもの、B部分は昭和60年12月30日の病状の悪化から、昭和61年7月末頃までの入院中の病院における出来事を記したもの、C部分は、同年8月頃以降の、病院における出来事や、渡英及び英国における手術を経て昭和62年11月に帰国するまでの出来事を記したものであって、連続する事柄を記したものではあるが、それぞれにまとまりを有する文章であり、分離しても個別的に利用することが可能であると認められるので、AB部分の文章とC部分の文章が全体としてBと被告Dを著作者とする共同著作物にあたると認めることはできない。
(三)したがって、Bは、被告DとAB部分の文章の著作権を共有(その割合は民法250条により二分の一と推定される。)していた。
二 争点2(Bが被告Dに自己の共有持分を譲渡したか)について
1 Bは、昭和62年9月中旬に意識を回復した際に被告ら主張の如き意思表示をなしうる状態になかったことが明らかであり(被告D本人)、著作権の共有持分を譲渡した事実を認めるに足りる証拠はない。
2 したがって、Bは、死亡当時、AB部分の文章の著作権の共有持分二分の一を有しており、原告らはBの相続人としてBの右共有持分をBから相続により承継取得したというべきである。
三 争点3(被告会社に対する差止請求の当否)等について
1 被告会社の主張(一)(Bが被告会社に出版を許諾したか)について
Bが、被告会社に出版を許諾する予定で被告DとともにAB部分を執筆し、被告会社に原稿を交付したことは前記判示のとおりであるが、Bが被告会社に出版を許諾した事実を認めるに足りる証拠はない。
2 被告会社の主張(二)(著作権法64条2項等に基づく主張)について
被告会社の主張(二)の趣旨は明らかでないが、本件請求は、著作権に基づくものであることが明示されており、著作者人格権に基づき、あるいは著作者が存しなくなった後における人格的利益の保護としてなされているものではない。そして、著作権は著作者人格権とは別個の財産権であるから、著作権法64条2項の規定が存し、被告Dが著作者人格権を有するからといって、財産権としての著作権を有する原告らが著作権を侵害する者に対してその侵害の停止を請求することが制限される理由はなく、同様に、同法60条を根拠とする主張も理由がない。
また、被告会社は、著作権法65条3項を根拠に、原告らは、被告会社の本件書籍の出版を差し止めるべき正当な理由がないから、差止請求には法的根拠がない旨主張するが、同条2項は、共有著作権はその共有者全員の合意によらなければ行使することができない旨定め、3項で、各共有者は正当な理由がない限り共有著作権行使の合意の成立を妨げることができない旨規定するものであり、一部の共有者が合意を拒む場合に、それに正当な理由がないと他の共有者が判断すれば、他の共有者のみで著作権を行使しうるとの効果が同項の規定から生じるとは解されない。しかも、本件においては、Bが、被告会社に出版を許諾する予定で被告DとともにAB部分を執筆し、被告会社に原稿を交付したとはいうものの、B及び被告会社の双方とも、右部分のみを出版することはなく、右部分は出版予定の著作物の半分にも達していない小部分であると認識していたことは明白であり、また、Bは、自分がこのように突然に再び発病して短期間のうちに死に至ること、この突然の再発病及び死を契機にBの両親と被告Dとの間に決定的な感情的断絶が生じること、自分の死後被告DがB及びその両親が全く関与しない文章を執筆し右部分の後部に結合して一体のものとし、Bの両親の猛反対を無視して、それも被告Dの著作物として、出版されることは全く予想していなかったことは明らかであるうえ、被告Dは、右部分についても自己のみが著作権者であると主張し、Bが右部分の共同著作者であること及び原告らが右部分につき著作権の共有持分を相続したことを認めず、同条2項所定の合意成立のための協議を求めることすらせず、勝手に単独で被告会社に出版を許諾しており、原告らが被告会社に出版停止を求めた際にも、何ら合意成立のための努力をしていないのであるから、原告らには共有著作権行使についての合意を拒む正当な理由があるといえる。
したがって、被告会社の右主張はいずれも採用できない。
3 AB部分は本件書籍の一部(約三割)であるが、同部分はその余の部分と一体に一冊の書籍となっており、両部分は不可分であるから、AB部分に対する侵害の停止として、本件書籍の出版の停止を求めうると解される。
したがって、原告らの出版等差止請求のうち、被告会社に対して出版の停止を求める部分は理由がある。なお、原告らは「出版頒布」の停止を求めているが、出版とは、著作物を文書又は図画として複製し、その複製物を刊行物として発売・頒布することを意味するから、出版の停止には頒布の停止が含まれ、頒布の停止を重ねて求める理由はない。
4 被告Dは、被告会社に出版を許諾しただけであって、自ら複製ないし頒布しているわけではなく、その予定があるとも認められないから、原告らの出版等差止請求のうち、被告Dに対する請求は理由がない。