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著作権判例セレクション
【著作者人格権】「バッタ販売」は著作者の人格権を侵害するか
▶平成12年11月30日東京地方裁判所[平成12(ワ)944]▶平成13年8月29日東京高等裁判所[平成13(ネ)147]
(注) 原告は、「原告書籍」の著作者、著作権者であり、「被告会社」は右書籍につき原告との間で出版契約を締結していた者である。原告は、被告会社は右契約に基づく出版権の消滅後に発行の日付をさかのぼらせた上で原告書籍を印刷、販売して、原告の複製権を侵害した、仮にそうでないとしても、被告会社が右出版権の消滅後に在庫の原告書籍を販売したことは、原告の複製権の侵害に当たる、しかも、被告会社は、原告書籍を定価を大幅に下回る価格で販売して原告の著作者人格権を侵害した、被告会社は、原告の許諾を得ることなく、「被告書籍」を出版して、原告が原告書籍について有する著作権を侵害した、旨を主張し、被告会社及び被告会社の代表者である被告Bに対し、損害賠償金の支払等を求めた。
三 争点3(著作者人格権の侵害の成否)について
1 著作権法にいう著作者人格権とは、公表権(同法18条1項)、氏名表示権(同法19条1項)及び同一性保持権(同法20条1項)の三つの権利を内容とするところ(同法17条1項)、原告の主張するいわゆるバッタ販売による原告の人格に対する評価の低下は、右の意味での著作者人格権に関わるものではないから、著作者人格権侵害の主張はそれ自体失当である。
2 また、右の主張を、一般不法行為法としての名誉、人格権侵害を主張するものと解するとしても、出版物の価格設定は出版権者にゆだねられているから、著作物が定価より安い価格で販売されたとしても、これにより直ちに著作権者の名誉等が侵害されることにはならない。
よって、名誉、人格権の侵害を理由とする不法行為の主張も、理由がない。
[控訴審]
(2) 争点3(著作者人格権の侵害の成否)について
ア まず、著作者人格権について検討するに、著作権法は、第2章第3節の「第2款 著作者人格権」において、公表権(18条)、氏名表示権(19条)及び同一性保持権(20条)の規定を設けるほか、113条において、著作者の名誉又は声望を害する方法によりその著作物を利用する行為(5項)等が著作者人格権を侵害する行為とみなされる旨規定しているが、他に、著作者人格権を包括的に定義する規定やこの意義を解釈する指針となるべき規定を設けていない。そうすると、著作権法は、上記18条ないし20条に規定する権利及び113条により著作者人格権侵害とみなされる行為の禁止により保護されるべき権利を「著作者人格権」として規定したものというべきであって、これ以外の権利を著作者人格権に含めて解すべき根拠はない。控訴人は、著作権法が、上記のとおり公表権、氏名表示権及び同一性保持権のほか、113条において著作者人格権の侵害とみなす行為を規定していることを根拠の一つとして、著作者が自己の著作物に対して有する人格的、精神的利益の保護を受ける権利を総称して著作者人格権というべきである旨主張するが、113条は、著作者人格権の侵害とみなす行為の内容を各項所定の類型に分類して規定しており、その内容について「著作者が自己の著作物に対して有する人格的、精神的利益を侵害する行為」というような包括的な定義をしているわけではないから、113条の規定を根拠として、著作者人格権の内容を控訴人主張のような包括的権利と解することはできない。したがって、著作権法は、18条ないし20条及び113条に明文の規定を有する上記権利以外のものについては、著作者人格権としてではなく、人格権一般の問題として民法709条による不法行為法上の保護を図っているものと解するのが相当である。そして、控訴人の主張するいわゆるバッタ売りは、著作権法18条ないし20条に規定するいずれの著作者人格権の侵害行為にも当たるものではなく、また、同法113条5項の規定は、一般的な個人としての名誉及び声望を保護する趣旨を含むものであるが、控訴人の主張するバッタ売りが控訴人の名誉及び信用を毀損するものでないことは、後記イのとおりであり、控訴人の名誉又は声望を害する方法によるものでもないことは、同所の認定判断に照らして明らかであるから、本件において、控訴人の主張するバッタ売りが控訴人の著作者人格権を侵害する行為に当たるということはできない。
イ 次に、民法上の人格権の侵害についてみるに、控訴人は、被控訴人らによる定価を大幅に下回るいわゆるバッタ売り行為により、控訴人に「バッタ童話作家」のらく印を押し、その名誉及び信用を著しく毀損した旨主張するが、一般に、定価を下回る価額での書籍の販売がその著作者の名誉、信用を毀損する性質を有するものとは認められない。確かに、「ばった」(バッタ)は古道具屋仲間の隠語であって(株式会社三省堂発行、大辞林)、「ばったに売る」の形で「大安売り・投げ売りに売ること」をいい、「ばった屋」(普通「バッタ屋」と書く)は「正規のルートを通さず手に入れた品を極端に安い値段で売る人」をいうとされている(株式会社岩波書店発行、広辞苑第5版)とおり、控訴人の用いる「バッタ売り」という用語は、正規のルートを通さずに手に入れた商品を極端な低価格で販売するという意味を有するものと解されるから、販売の態様に照らし商品が粗悪品であると観念させるなどの販売行為であれば、著作者の名誉、信用を毀損することもあり得るところである。しかしながら、本件において、控訴人書籍は、被控訴人会社により通常の書店に販売され、その書店の店舗内において通常の販売形態で一般消費者に販売されているのであるから、社会通念上、一般消費者が販売の態様から控訴人書籍が粗悪品であると観念することはないものと考えるのが自然であり、その販売価格も、定価350円の書籍を200円で販売したというものであって、一般に「バッタ売り」と称されているような極端な低価格による販売であるともいえないから、被控訴人会社による控訴人書籍の廉価販売が著作者である控訴人の名誉、信用を毀損したと認めることはできない。また、控訴人は、我が国における著作物の再販売価格制につき主張するが、再販売価格制が存在するからといって廉価販売が直ちに著作者の名誉、信用を失墜させると認めることはできない。したがって、被控訴人会社が控訴人の名誉、信用を毀損したと認めることはできないから、民法上の人格権の侵害をいう控訴人の主張は、採用することができない。
ウ 一般に、著作権及び著作者人格権を侵害する行為は、これらの権利を被侵害権利とする民法709条所定の不法行為に当たり、控訴人も、本件において、不法行為に基づき損害賠償の請求をしているから、控訴人の「本件において著作権法の範囲内のみの請求をしているものではない」との主張の趣旨は、その主張に係る不法行為の被侵害権利が、著作権法上明文で規定された著作権及び著作者人格権のみならず、著作者が自己の著作物に対して有する人格的、精神的利益の保護を受ける権利として著作者の地位から生ずる人格的権利をも含み、また、法令上の規定を欠く編集権及び編集構成権を含むことをいうものと解される(なお、控訴人の主張する編集権及び編集構成権と著作権法上の二次的著作権及び編集著作権との関係については後記(3)イに判示するとおりである。)。しかしながら、被控訴人会社による控訴人書籍の廉価販売がこれらの「権利」(実定法上の権利といえるかどうかはさておく。)を侵害するものといえないことは、上記の認定判断に照らして明らかであるから、控訴人の上記主張も採用の限りではない。
エ なお、控訴人は、本件紛争は、被控訴人会社の無断販売、盗作及び廉価販売という各行為を関連付けて判断しなければ、その真相を解明することができないと主張する。確かに、複数の行為が競合することで初めて不法行為としての違法性を帯びるということは、一般不法行為の分野においてもあり得ることであるが、本件において、廉価販売が一般に著作者人格権を侵害する行為には当たらず、また、被控訴人の本件廉価販売が控訴人の民法上の人格権を侵害するものとも認められないことは上記のとおりである。また、控訴人は、被控訴人会社の無断販売及び盗作を主張し、その主張が、著作権法上の複製権又は翻案権の侵害をいうものであるとしても、これら財産権の侵害それ自体は、一般に人格権の侵害を構成するものではない。さらに、控訴人は、童話出版界において長年のロングセラーであった控訴人書籍について被控訴人会社が控訴人に対し高額の印税を支払っていたという特段の関係が存在し、被控訴人会社の行為は控訴人の多額の利益を横取りするものである旨主張するが、この主張も、要するに控訴人の財産的損害が多額であるということに帰着し、別途、人格権の侵害を基礎付けるものということはできない。そうすると、控訴人の主張するこれらの行為が競合したとしても、これが違法性を帯びるということはできない。なお、被控訴人書籍の内容が控訴人の財産権である著作権を侵害するものでもないことは、争点4に関する原判決の判示及び後記(3)のとおりである