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著作権判例セレクション
【美術著作物】育成型の電子ペット玩具「ファービー」は美術の著作物に当たるか
▶平成14年7月9日仙台高等裁判所[平成13(う)177]※平成14年7月9日仙台高等裁判所[平成12(う)63]同旨
第2 当裁判所の判断
当裁判所は, 記録を調査し, 当審における事実取調べの結果も併せて検討し,以下のとおり判断する。
1 本件公訴事実の要旨は,「商品名『ポーピィ』と称する玩具が,タイガー・エレクトロニクス・リミテッド社が著作権を有する『ファービー』の容貌姿態等を模したもので,同社の有する著作権を侵害して製造されたものであることを知りながら,『ポーピィ』を販売して,タイガー・エレクトロニクス・リミテッド社の著作権を侵害した。」というもので,同事実は著作権法119条1号,113条1項2号違反に該当するというのである。
「ファービー」のデザイン形態については,アメリカ合衆国の玩具の製造販売会社であるタイガー・エレクトロニクス・リミテッド社が,アメリカ合衆国連邦機関である著作権庁に著作権登録をし,アメリカ合衆国法上の著作権を有するのであるが,こうしたデザイン形態は,物の形態あるいは外観の美的創作であって,著作権法の領域においては,実用品に供されあるいは産業上利用されることを目的として制作される応用美術といわれるものに属する。
ところで,わが国の著作権法6条3号は,「条約によりわが国が保護の義務を負う著作物」を著作権法により保護する旨定めており,わが国及びアメリカ合衆国は,「文化的及び美術的著作物の保護に関するベルヌ条約」に加盟しており,両国間の著作権の保護に関しては同条約によることとなるが,同条約は,本国で保護される著作権が他の同盟国内で保護される範囲等を各同盟国の国内法に委ね(同条約5条1項,2項),特にいわゆる応用美術については,その保護の範囲及び保護条件を定める権能を各同盟国の国内法に委ねており(同条約2条1項,7項),「ファービー」のデザイン形態は応用美術に当たるので,結局,タイガー・エレクトロニクス・リミテッド社がアメリカ合衆国において著作権を有する「ファービー」のデザイン形態について,わが国の著作権法上著作物として保護の対象となるか否かは,わが国の著作権法の解釈にかかることとなる(なお,本件では,内蔵チップに組み込まれた言語を発するプログラムについては, アメリカ合衆国で著作権を有する法人である告発者においても, 著作権侵害として告発しておらず,また,公訴事実においても,当該プログラムに関する著作権侵害は掲げられておらず,デザイン形態に関する著作権侵害のみが対象とされている。)。
2 わが国の著作権法は,著作権等による保護の対象となる著作物について,同法2条1項1号において
「思想又は感情を創作的に表現したものであって,文芸,学術,美術又は音楽の範囲に属するもの」とし,同条2項は,「『美術の著作物』には,美術工芸品を含むものとする。」と定めており,絵画,彫刻等の専ら美術鑑賞の対象とされることを目的とした純粋美術のみならず,美術の感覚や技法を手工的な一品制作に応用した美術工芸品が,美術の著作物とされていることは明らかである。しかし,実用品に供されあるいは産業上利用されることを目的として制作される応用美術については,昭和44年当時の著作権法の制定経過や同法が応用美術のうち美術工芸品のみを掲げていることなどを考慮すると,現行著作権法上は原則として著作権法の対象とならず,意匠法等工業所有権制度による保護に委ねられていると解すべきである。ただ,そうした応用美術のうちでも,純粋美術と同視できる程度に美術鑑賞の対象とされると認められるものは,美術の著作物として著作権法上保護の対象となると解釈することはできる。そこで,美術の著作物といえるためには,応用美術が,純粋美術と等しく美術鑑賞の対象となりうる程度の審美性を備えていることが必要である。これを本件で問題となっている実用品のデザイン形態についていえば,そのデザイン形態で生産される実用品の形態,外観が,美術鑑賞の対象となりうるだけの審美性を備えている場合には,美術の著作物に該当するといえる。
3 「ファービー」の制作由来については,アメリカ合衆国のエンジニア兼デザイナーであるデビッド・ハンプトン外2名が,使用する者にあたかもペットを飼育しているかのような楽しみを感じさせる電子玩具の製作を意図したものであり,その電子回路の設計及びデザイン形態を試作した上,同国の玩具メーカーであるタイガー・エレクトロニクス・リミテッド社との間で,「ファービー」の共同開発に関する契約及び「ファービー」の著作権の譲渡契約を締結した。
タイガー・エレクトロニクス・リミテッド社は,より斬新性を高めて購買者に対する印象を強めるべく,試作品のデザイン形態に若干の変更を加えて,「ファービー」のデザイン形態を完成させ,1998年10月にアメリカ合衆国において,「毛ぐるみ付き玩具」として「ファービー」のデザイン形態を,同時に, ファービー語・英語辞典をそれぞれ著作権登録をした。「ファービー」は,同年10月にアメリカ合衆国で販売が開始されるとともに話題を呼び,大流行となって,その後世界50カ国以上で発売されることとなり,わが国においても,平成11年2月に英語版が,同年5月末から日本語版が発売され,大きな売り上げを記録している。なお,「ファービー」については,わが国で同年4月2日に意匠登録の出願がなされ,同年9月3日に意匠登録されている。
「ファービー」の形態や機能等については,原判決が判示しているとおりであり,電子回路やモーター等の内蔵されたプラスチック製の本体と,本体にかぶさる毛のぬいぐるみから成り,体長が約13センチメートルで,頭部分が大きい二頭身ほどのずんぐりした架空の動物を表した体型をしている。顔面部分は本体と一体となっており,球形の大きな両眼と同じく球形の口がある。顔面部分及び底部を除いて,毛のぬいぐるみが覆っており,三角形の大きな耳と頭上部分にたてがみ様の毛があり,3本指の足がついているが,手に当たるものはない。ぬいぐるみの色,模様にはバリエーションがあって,数多くの種類があり,目の色も数種類ある。
「ファービー」の本体内部に7個の各種センサーが内蔵されており,これらセンサーが,接触,光,音,振動,傾斜等の外部からの刺激をセンサーで感応し,CPU制御によって耳,目,口,足が動くとともに,内設のロムチップに記憶された単語を適切に選択し,その動作に合った言葉等の音声を内蔵スピーカーから発し,刺激を継続することで記憶チップが作動し,あらかじめ記憶された単語の範囲内で次第に語彙を増やし,その組み合わせを変化させ,疑似言語から英語等による言葉を発するようになり,あたかも飼っているペットが成長するような,楽しみやかわいさ等を抱かせることになり,育成型の電子ペット玩具といわれるゆえんである。
4 「ファービー」のデザイン形態は,当初から工業的に大量生産される電子玩具のデザインとして創作されたものであるが,「ファービー」の最大の特徴は,あたかもペットを飼育しているかのような感情を抱かせることを目的に,各種の刺激に反応して各種の動作をするとともに言葉を発することにあり,そのため,そうした特徴を有効に発揮させるための形状,外観が見られるのである。
顔面の額に光センサーと赤外線センサーのための扇形の窓が設置され,額から眼球周辺及び口周辺にかけては一体成型のための平板な作りとなっており, 目,口は球状のものが三角形上に3つ配置され,眼球及び口が動くため,その周囲が丸くくりぬかれて隙間があり,左右の眼球を連結する軸を隠すように,両目の間に半円形に隆起した部分があり,美感上重要な顔面部分に玩具としての実用性及び機能性保持のための形状,外観が見られ,また,刺激に反応して目,口,耳が動くことを感得させるため,それらが大きくされていることが認められる。このように,「ファービー」に見られる形態には,電子玩具としての実用性及び機能性保持のための要請が濃く表れているのであって,これは美感をそぐものであり,「ファービー」の形態は,全体として美術鑑賞の対象となるだけの審美性が備わっているとは認められず,純粋美術と同視できるものではない。
5 控訴趣意は,美的の意味については,「美しい」もののみならず,見る者をして驚きや感動を与え,あるいは愛らしさ,親しみ,愛着を抱かせるなど,鑑賞の対象となりうるものであれば,広い範囲のものが含まれるというべきであり,「ファービー」は,ペットを飼育する際に感じる喜怒哀楽といった様々な感情を想起させることを目的に開発された玩具であり,そのデザイン形態は,使用者の感性に訴え,愛らしさ,親しみを覚えさせるよう工夫して創作されたものであり,二頭身のずんぐりした体型を長い毛で覆い,大きな耳,丸くくりっとした目,長くカールされたまつげ,小さなくちばしといった容貌姿態は,使用者の感性に訴えかけるという制作者の思想を具体的に表現したもので,愛らしさがあって親近感や愛情を抱かせるという意味での鑑賞の対象となる美的特性を備えている旨主張する。
しかしながら,なるほどその容貌姿態は,育成型の電子ペットとしての愛らしさやかわいらしさといった感情を抱かせることを目的に創作されたものであるが,使用者にかわいらしさを感じさせ,親近感や愛情を持たせるのは,やはりその大きな特徴であるペットと同じような反応や機能をすることが大きく影響していると認められるのであり,そうした点を抜きにして,その容貌姿態のみで美術鑑賞の対象となるというには困難があるといわねばならない。
控訴趣意は,「ファービー」が人気があり,現実に爆発的に売れたことを強調するのであるが,そうした事実は,「ファービー」の特徴である上記の反応機能をすることが大きく影響しているのみならず,著作権の対象とはならないぬいぐるみ部分の色彩や模様も影響していると考えられ,容貌形態のみによる人気や売れ行きの程度を考慮するのは著しく困難である。
控訴趣意は,著作権法と意匠法の重畳適用をいうのである。しかしながら,著作権法と意匠法とが併存する現行法制度においては,工業的に大量生産される実用品のデザイン形態については,意匠制度の存在を考慮するとき,著作権法の適用を拡大するのが妥当であるかは慎重な検討を要し,殊に刑事罰の適用に関してはより慎重でなければならないと考えられる。
6 以上のとおりで,本件「ファービー」のデザイン形態は,著作権法2条1項1号に定める著作物に該当しないと認められる。したがって,原判決の法令の解釈適用の誤りをいう論旨は理由がない。