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著作権判例セレクション

【著作者人格権】法1163項の「指定」の有無が争点となった事例

▶平成15611日東京地方裁判所[平成15()22031]
() 債務者法人は,その経営に係る慶應義塾大学の東京都港区三田所在の三田キャンパスにおいて,慶應義塾大学大学院法務研究科を開設するために,新校舎を建設するに当たり,同キャンパス内に存する建築家谷口吉郎(故人)と彫刻家イサム・ノグチ(故人)が共同設計したという第二研究室棟(以下,本決定においては,第二研究室棟の建物全体を指して「本件建物」という。)を解体し,本件建物の一部,イサム・ノグチ製作に係る本件建物に隣接する庭園及び庭園に設置された彫刻2点を,新校舎3階部分に移設する工事を実施しようとしている。債権者イサム・ノグチ財団は,イサム・ノグチの死後,同人の著作物に関する一切の権利を承継したとして,債務者の行為はイサム・ノグチの著作者人格権(同一性保持権)を侵害するものであると主張し,また,同財団を除くその余の債権者11名(「債権者教員ら」)は,いずれも慶應大学の教員であるが,世界的文化財の同一性を享受することを内容とする文化的享受権を有するなどとし,債務者の行為は同権利を侵害するものであるなどと主張して,いずれも債務者に対し,本件建物等の解体,移設工事の差止めを求めている。

1 争点(1)(本件申立ての適格)について
(1) 債権者イサム・ノグチ財団の本件申立て適格について
() そもそも,著作権法59条においては,「著作者人格権は,その性質上著作者の一身に専属し,譲渡することができない。」と規定され,著作者の死亡とともに著作者人格権は消滅し,著作者人格権は,譲渡や相続の対象とならない性質のものであることが明確に示されており,これを前提とした上で,著作者の死後における人格的利益の保護を可能にするため,同法60条により,著作者の死後において,著作者が生存しているとしたならば,その著作者人格権の侵害となるべき行為が禁止され,かつ,同法116条において,同法60条に違反する行為等の侵害行為に対し,著作者の人格と密接な関係があり,著作者の生前の意思を最も適切に反映し得る者が差止請求権等を行使し得るものとされているのであるから,著作者死亡後における著作者人格権は,同法116条において認められた者が上記請求権等を行使するという限りで保護されるにすぎない。そして,同条1項は,著作者の遺族(死亡した著作者の配偶者,子,父母,孫,祖父母又は兄弟姉妹)が上記請求権を行使し得るものとし,同条3項には,「著作者又は実演家は,遺言により,遺族に代えて第1項の請求をすることができる者を指定することができる。」と規定されていることからすれば,著作者の遺族以外の者は,著作者の遺言による指定を受けることによってのみ,上記の請求権を行使することが可能になる。
本件においても,債権者イサム・ノグチ財団が,イサム・ノグチの著作者人格権を侵害された場合に差止め等の請求権を行使できるか否かは,イサム・ノグチが,遺言により債権者イサム・ノグチ財団を同条3項の請求権者として指定したかどうかによる。
() この点に関し,債権者イサム・ノグチ財団は,著作者人格権が移転したかという点と移転した権利をこれを行使できるかどうかという点は別個の問題であるとし,前者の問題は遺贈の効力の問題として米国法を準拠法として判断されるべきであり,他方,著作権の行使については日本法を基準に判断すべきものであるなどと主張する。
しかし,本件において,債権者イサム・ノグチ財団は,我が国の著作権法上の著作者人格権(同一性保持権)の行使として,債務者に対して本件工事の差止め等を求めているものであるところ,上記のとおり,我が国の著作権法においては,著作者人格権は,一身専属の権利であって,著作者が死亡した場合には,相続財産に含まれず,遺族のうち同法の定める者又は遺言により指定を受けた者がこれを行使し得るものとされているのであるから,本件においては,イサム・ノグチの本件遺言書中の記載をもって,我が国著作権法116条3項にいう「指定」と解することができるかどうかを,我が国の著作権法に従って検討する必要があり,かつ,その検討をもって足りるものである。この点を離れて,本件遺言書の効力を論ずることは不要であり,本件遺言書によりイサム・ノグチの相続財産が債権者イサム・ノグチ財団に有効に承継されたかどうかを判断する必要はない。
() ところで,本件においては,イサム・ノグチの本件遺言書そのものは,本件において疎明資料として提出されておらず,債権者イサム・ノグチ財団は,本件遺言書2条及び4条の部分が引用された本件合意書を提出しているにすぎない。そこで,本件合意書において引用された本件遺言書2条及び4条により,我が国著作権法116条3項にいう「指定」があったと認めることができるかどうかを,以下検討する。
()
ウ 以上を前提として,イサム・ノグチが本件遺言書により,我が国著作権法116条3項にいう「指定」として,債権者イサム・ノグチ財団を指定したものと認められるかどうかを,判断する。
() 上記のとおり,本件遺言書2条及び4条には,イサム・ノグチが我が国の著作権法116条3項にいう「指定」を行使することを明示的に示す文言は存在しない。
この点に関して,債権者イサム・ノグチ財団は,本件遺言書4条中の「real and personal 」の「personal」(すなわち「personal property」)に著作者人格権が含まれる旨を主張し,これをもって,自己の権利行使の根拠とする。
なるほど疎明資料によれば,「personal property」の語は,元来,人的訴訟(「personal action」)によって救済を受ける財産権一般を指すもので,動産に限定されるものではなく,広く債権や無体財産権をも含むものであるが,このように「personal property」の概念が広範なものであることからすれば,単に本件遺言書中に「personal property」の語が記載されていることをもって,イサム・ノグチにより著作者人格権の行使者の指定があったと認めることはできない。
() 前記のとおり,本件遺言書において,我が国の著作権法116条3項にいう「指定」がされたことを明示的に示す文言は存在しないが,「指定」を明示的に示す文言が存在しないとしても,本件遺言書を全体としてみたときに,イサム・ノグチが,自己の著作物の死後における改変に対する対応を遺贈の相手方に委ねた意思が読みとれるときには,それをもって同項にいう「指定」があったものと認めることができる。
そこで,本件遺言書を全体としてみたときに,イサム・ノグチが,自己の死後における本件建物,ノグチ・ルーム,庭園及び彫刻の改変に対する対応を債権者イサム・ノグチ財団に対して委ねた意思が読みとれるかどうかを,検討する。
たしかに,前記のような本件遺言書4条の内容に照らせば,その内容の骨子は,「イサム・ノグチは,すべての財産,残余遺産を債権者イサム・ノグチ財団に付与,贈与する。」というものであるから,このことだけみれば,イサム・ノグチに関わる一切の権利について,債権者イサム・ノグチ財団が承継したという解釈が,一見可能なようにも見える。
しかしながら,他方,同条には,「私が指定あるいは処分を行う権限を有しているにもかかわらず,本遺言書においてこれを行使しないことを明らかにしている財産のすべてを除いたもの」がイサム・ノグチの「残余遺産」として,イサム・ノグチ財団に付与されると明確に述べられている以上,本件遺言書全体の条項から,残余遺産に何が含まれるかを確定しなければ,そもそも本件建物,ノグチ・ルーム,庭園及び彫刻に関する著作権が債権者イサム・ノグチ財団に遺贈されたのかどうかが明らかではなく,死後におけるこれらの作品の改変に対するイサム・ノグチの意図を推認することも,困難である。
ところが,前述のとおり,債権者イサム・ノグチ財団は,本件遺言書自体を疎明資料として提出せず,本件遺言書2条及び4条が引用されている本件合意書を提出するにすぎない。そうすると,本件において,債権者イサム・ノグチ財団から提出された疎明資料によっては,いまだ残余財産の範囲を確定することができず,そもそも本件建物,ノグチ・ルーム,庭園及び彫刻に関する何らかの権利が本件遺贈書によって遺贈されたことの疎明があったということも,できない。
() 上記の点に関し,債権者イサム・ノグチ財団は,(証拠)を提出する。
しかし,これは,債権者Bがイサム・ノグチ財団宛に提出した質問状における「本件遺言書作成後に,実際にexcludeされたものはあるでしょうか。」という問いに対し,同財団理事長から債権者Aにファクシミリで送信された回答書であるが,同回答書は,「『除外exclusion』は行われませんでした。なぜならば,イサム・ノグチが指定する権限を持った財産は存在しなかったからです。」と述べるものであって,イサム・ノグチが本件遺言書作成後に何ら除外を行っていないことをいうだけの内容であり,イサム・ノグチが本件遺言書において権限を行使しないことを明らかにしている財産が存在したのかどうかについては,全く触れられていない。したがって,上記(証拠)をもっても,やはり,本件遺言書に記載された,イサム・ノグチのいう「残余遺産」に何が含まれるのかは,確定できない。
加えて,上記のとおり,イサム・ノグチが本件遺言書を作成した当時には,米国著作権法上,我が国の著作者人格権に相当する規定は存せず(なお,この点,債権者は(証拠)を提出し,同一性保持の権利については,当時の米国著作権法106条(2)及び不正競争防止法の不正表示禁止等により,著作者人格権と同様の保護を与えられていたとするが,米国著作権法の上記規定にいう二次的著作物の作成権限は著作権の内容そのものであり,同規定をもって,著作者人格権に属する同一性保持権が規定されていたとみることはできない。),当時の米国著作権法が,著作者の人格的な権利というよりも,その経済的な権利の保護のために制定されていたと解釈されることからすれば,そもそも,イサム・ノグチが自己の死後における著作者人格権の行使,同一性保持権の行使を念頭において,本件遺言書を作成したと認めるのも困難というべきである。
() 以上にかんがみると,本件において提出されたすべての疎明資料を精査しても,本件遺言書において債権者イサム・ノグチ財団に遺贈された(そして併せて著作者人格権の行使についても委ねられたと解する可能性が存在する)残余遺産に何が含まれているのかについては,いまだ疎明がないというべきである。
エ 小括
したがって,債権者イサム・ノグチ財団については,イサム・ノグチから我が国著作権法116条3項にいう「指定」を受けていたことについて疎明がされているということができないから,結局,被保全権利についての疎明がないことに帰するものであり,同債権者による本件仮処分の申立ては,主位的申立て,予備的申立てのいずれも却下すべきものである。
(2) 債権者教員らの本件申立て適格について
ア 債権者教員らは,本件建物,ノグチ・ルーム,庭園及び彫刻について「同一性を享受することを内容とする文化的享受権」を有する旨主張する。
しかしながら,債権者教員らの主張する上記の「文化的享受権」なるものは実定法上の根拠を持たないものであり,また,債権者教員らの主張をみても,どのような理由により債権者教員らがそのような法的請求権を有するのかは明らかでない。
上記によれば,債権者教員らの主張する上記の「文化的享受権」なるもは,そもそも法的な権利として認められるものではなく,本件において申し立てられている仮処分の被保全権利となり得るものではない。
イ また,債権者ら教員らは,疎明資料を提出し,債務者法人が,本件工事を進めるに当たって,評議員会の決議を経なかったことは違法であるから,債権者教員らはそのような違法行為を差し止める権利を有する旨主張している。
しかし,債務者法人における特定の施策に関する意思決定において内部的な手続規程が遵守されていない場合に,教員である債権者教員らが直接当該施策の執行を差し止めることができるという点については,何ら実定法上の根拠に基づくものではなく,債権者教員らの主張をみても,どのような理由により債権者教員らがそのような法的請求権を有するのかは明らかでないから,債権者教員らの主張は採用できない(なお,(証拠)によれば,債務者法人が平成15年5月28日に評議会を開催し,本件工事の実施についての議決を経たことが認められる。)。
ウ 以上のとおり,債権者教員らについても,被保全権利の疎明がないものといわざるを得ないから,その申立ては,いずれも却下すべきものである。