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  著作権判例セレクション
   シナリオを改変して漫画化すること等の黙示的許諾を認定した事例/訴訟提起による不法行為性を否定した事例
  
  
  ▶令和6年11月29日東京地方裁判所[令和3(ワ)5411]▶令和7年8月7日知的財産高等裁判所[令和7(ネ)10007等]
  (注) 本件本訴は、原告が被告に対し、被告が、原告の著作物である原告シナリオに依拠して本件漫画を制作した行為は、原告シナリオに係る原告の著作権(翻案権)を侵害し、被告が、本件漫画を書籍として頒布し、電子書籍として販売した行為は、本件漫画に係る原著作者としての原告の権利(複製権、譲渡権及び公衆送信権)を侵害し、さらに、被告のこれらの行為は、原告の著作者人格権(公表権、氏名表示権及び同一性保持権)を侵害すると主張して、不法行為(民法709条)に基づく損害賠償請求として所定の損害金等の支払を求めた事案である。本件反訴は、被告が原告に対し、原告による本訴提起は不当訴訟に当たると主張して、不法行為(民法709条)に基づく損害賠償請求として所定の損害金等の支払を求めるとともに、原告による本件投稿は、被告に対する名誉毀損又は侮辱に当たると主張して、不法行為(民法709条)に基づく損害賠償請求として所定の損害金等の支払を求めた事案である。
  
  [控訴審]
  
  1 当裁判所は、原判決と同様、本件本訴について、被告は原告の著作権及び著作者人格権を侵害したものと認めることはできないから、原告の本件本訴はいずれも理由がなく棄却すべきものであり、本件反訴について、原告による本件本訴の提起は違法なものではないが、原告による本件投稿1①、③及び⑥、本件投稿2⑧~⑮は被告の名誉を毀損する違法なものであるから、被告の本件反訴は11万円及び遅延損害金の支払を求める限度で理由があり一部認容すべきものであると判断する。
  
  その理由は、以下のとおりである。
  
  2 争点1-1(著作権侵害の成否)、争点1-1-2(原告シナリオを漫画化すること等についての許諾の有無)について
  
  ⑴ 仮に、本件漫画が原告シナリオの二次的著作物であるとしても、原告は被告に対して原告シナリオを書き直して本件漫画を制作し書籍又は電子書籍として販売することについての許諾(以下「本件許諾」という。)をしていたと認められるから、被告が原告の著作権を侵害したとはいえないことは、原判決…に記載のとおりであるから、これを引用する。
  
  ⑵ 当事者の補充主張について
  
  (略)
  
  3 争点1-2(著作者人格権侵害の成否)について
  
  ⑴ 被告が原告の著作者人格権を侵害したとはいえないことは、原判決…に記載のとおりであるから、これを引用する。
  
  ⑵ 当事者の補充主張について
  
  原告は、被告が原告シナリオを改変して本件漫画を制作し販売等した行為は、原告の公表権及び同一性保持権を侵害すると主張するが、前記2⑴のとおり、原告は、被告による原告シナリオの改変と漫画化、そして本件漫画の販売等について本件許諾をしていたと認められるから、原告の主張を採用することはできない。原告は、本件漫画には「原作者」として表示されるべきであったと主張するが、もともと原告シナリオ自体、被告が作成した本件素案に基づいて作成されたものであるという経緯があることを踏まえると、仮に本件漫画が原告シナリオを原著作物とし、これを改変した二次的著作物であるとした場合でも、「シナリオ協力」という表記が原著作物の著作者の表記として必ずしも不当とはいい難い。したがって、原告の主張を採用することはできない。
  
  4 争点2(本訴提起を理由とする不法行為に基づく損害賠償請求の当否)、争点2-1(本訴提起による不法行為の成否)について
  
  ⑴ 原告に本件本訴の提起による不法行為が成立しないことは、原判決…に記載のとおりであるから、これを引用する。
  
  ⑵ 当事者の補充主張について
  
  被告は、本件本訴の提起に至る経過によれば、原告は、その主張に係る権利又は法律関係が事実的法律的根拠を欠くことを知り、又は通常人であれば容易にそのことを知り得たのに訴えを提起したから、不法行為が成立すると主張する。しかしながら、前記引用した原判決の前提事実によれば、本件シナリオの制作や本件漫画の制作、販売の経緯等においては、原告と被告間で合意内容を記載した書面を作成することはなく、もっぱらメッセージや口頭のやり取りにより作業を進めてきたことが認められる。本件許諾が認められるのは、このようなやり取り全体を総合的に評価した法的判断の結果であり、著作権買取りの同意又は本件許諾の存在を示す契約書等の直接的な証拠があったわけではない。そうすると、このような場合に原告が本件本訴を提起したとしても、それがおよそ事実的又は法律的根拠を欠くものであって裁判制度の趣旨目的に照らして著しく相当性を欠くものであるとまで認めることは困難というべきである。よって、被告の主張を採用することはできない。
  
  5 争点3(本件投稿を理由とする不法行為に基づく損害賠償請求の当否)、争点3-1(名誉毀損の成否)について
  
  (以下略)
  
  
  [原審]
  1 争点1-1-2(原告シナリオを漫画化すること等についての許諾の有無)について
  
  事案にかんがみ、争点1-1-2から検討する。
  
  (1)
原告シナリオを改変して漫画化することの許諾の有無について
  
  ア 前提事実のとおり、原告と被告は、平成30年8月24日、Discordのサーバー「だらけない部屋」において、別紙メッセージ一覧表記載のとおり、メッセージのやり取りをしたものである。
  
  そして、上記メッセージのやり取りからは、被告が、原告に対し、同日午後7時37分ないし39分に投稿したメッセージにより、大要、①原告シナリオのルート2に相当する部分を被告が書き直し、第三者に漫画の制作を依頼したいと考えているので、了承してほしい旨を伝え(本件メッセージ8)、②当該漫画の総頁数は合計34ないし36頁となること及びその予定している頁単位の構成案を説明した上で(本件メッセージ9)、原告シナリオの制作に係る報酬に関し、③シナリオ1文字当たり2円(1000円未満切上げ)で算定される金額を支払うこと(本件メッセージ12)、④週末中に原告に金額を伝え、原告の合意をとった上で③の金額を振り込むこと(本件メッセージ13)を条件として提案したものであり、これ受けて、原告が、同日午後8時34分、被告に対し、「了解です。ありがとうございます。」(本件メッセージ14)と返信したものと理解することができる。
  
  イ また、前提事実のとおり、原告シナリオは、冒頭の共通するストーリーである「共通ルート」を経た後、読者の選択に応じて「ルート1」ないし「ルート3」の三つのストーリーに分岐する構成である。このような構成を前提とすると、「共通ルート」が存在しなければ、ストーリーがある程度進行した途中から始まり、不自然なものとなるから、本件メッセージ8の「ルート2の部分に相当する」というのは、「共通ルート」及び「ルート2」に相当するストーリーを意味すると解される。このことは、本件メッセージ9の頁単位の構成案の1頁目における「魔女に負けている姿」との記載が、「共通シナリオ」冒頭の描写(「目の前で、傷だらけで膝をつく男戦士を見下ろす魔女。」等。)と共通していることからも明らかである。
  
  ウ 前記アのような本件メッセージ全体の流れと前記イで指摘した原告シナリオの構成を踏まえると、本件メッセージ14は、原告が、被告に対し、被告が「共通ルート」に相当する原告シナリオ1及び「ルート2」に相当する原告シナリオ3を書き直し、これを漫画化すること、すなわち原告シナリオを翻案することを許諾する旨の意思を表示したものと認めるのが相当である。
  
  (2)
本件漫画を販売すること等の許諾の有無について
  
  ア 前提事実及び証拠によれば、被告は、原告に原告シナリオの制作を依頼する前から、漫画家やCG作家などとコラボレーションをして同人誌を発行し、コミックマーケットやオンラインショッピングサイト、実店舗を通じて販売しており、原告もこれを認識していたと認められる。そうすると、被告が原告シナリオを漫画化するということには、その漫画を書籍として頒布及び電子書籍として販売をすることも当然に含まれていたと解するのが相当である。
  
  イ したがって、前記(1)アのような本件メッセージ全体の流れに加え、前記アの説示に照らせば、本件メッセージ14は、原告が、被告に対し、被告が本件漫画を書籍及び電子書籍として販売すること、すなわち原告が二次的著作物の原著作者として有する原告の複製権、譲渡権及び公衆送信権に係る許諾までする旨の意思を表示したものと認めるのが相当である。
  
  (3)
被告による本件漫画の制作、販売等が許諾の範囲内にあるか否かについて
  
  原告シナリオと本件漫画とを対比すると、本件漫画のストーリー展開は、「共通ルート」の後、「ルート2」を選択した場合とほぼ同一であると認められる(別紙著作物主張対比表参照)から、本件メッセージ8に記載されている内容に合致するものといえる。
  
  また、本件漫画の構成と本件メッセージ9に記載されている頁単位の構成案とを対比すると、両者の間に若干の齟齬があると認められるものの(別紙著作物主張対比表参照)、本件メッセージ8及び9の記載から、漫画化に際してシナリオの書き直しや頁数の変動が予定されていたと認められるから、本件漫画の構成は、本件メッセージ9に記載されている構成案と実質的に同一であると評価できる。
  
  さらに、前提事実のとおり、「DLsite」及び「FANZA」における本件漫画の販売は電子書籍として販売するもの、「とらのあな」における本件書籍の販売は書籍として販売するものであるから、前記(2)において説示した許諾の範囲内にあるというべきである。
  
  以上によれば、被告による本件漫画の制作及び販売等は、許諾の範囲内にあるものといえる。
  
  (4)
原告の主張について
  
  (略)
  
  (5)
小括
  
  以上によれば、仮に本件漫画が原告シナリオの二次的著作物であったとしても、原告は、被告に対し、原告シナリオを書き直した上で漫画化して本件漫画を制作し、かつ、本件漫画を書籍として頒布及び電子書籍として販売をすることを許諾したものと認められるから、被告が原告シナリオに係る原告の翻案権並びに本件漫画に係る原著作者の権利としての原告の複製権、譲渡権及び公衆送信権を侵害したとはいえない。
  
  したがって、その余の点について判断するまでもなく、原告の著作権侵害を理由とする損害賠償請求は理由がないというべきである。
  
  2 争点1-2(著作者人格権侵害の成否)について
  
  (1)
同一性保持権侵害について
  
  前記1において説示したとおり、原告は、被告に対し、原告シナリオを書き直した上で漫画化することを許諾しており、かつ、本件漫画の展開、内容等も当該許諾の範囲内にあると認められる。
  そうすると、仮に本件漫画が原告シナリオの二次的著作物であるとしても、原告は、被告が原告シナリオを改変して本件漫画を制作することについて同意していたというべきである。
  
   したがって、被告が原告の同一性保持権を侵害したとはいえない。
  
  (2)
公表権侵害について
  
  前記1において説示したとおり、原告は、被告に対し、本件漫画を書籍及び電子書籍として販売することを許諾しており、かつ、「DLsite」及び「FANZA」における本件漫画の販売並びに「とらのあな」における本件書籍の販売は、当該許諾の範囲内にあると認められる。
  
  そうすると、仮に本件漫画が原告シナリオの二次的著作物であるとしても、原告は、「DLsite」及び「FANZA」における本件漫画の販売並びに「とらのあな」における本件書籍の販売との態様で本件漫画を公表することについて同意していたというべきである。
  
  したがって、被告が原告の公表権を侵害したとはいえない
  
  (3)
氏名表示権侵害について
  
  前提事実のとおり、本件漫画には、「原作者」として被告のペンネームである「Biii」が、「シナリオ協力」として原告のペンネームである「Ai」が、それぞれ表示されているところ、原告は、このような表示は、二次的著作物の原著作者名の表示とはいえないと主張する。
  
  そこで検討すると、著作権法19条1項は、「著作者は、…その著作物の公衆への提供」又は「提示に際し、その…変名を著作者名として表示…する権利を有する」と規定しているものの、同法は、その具体的な態様について、特段規定していない。そして、原告シナリオと本件漫画とを対比すると、本件漫画の大まかなストーリー展開や場面、出来事については原告シナリオと似通っているといえるものの、登場人物の台詞については具体的表現が異なるところが多いことが認められる(別紙著作物主張対比表参照)。
  
  そうすると、仮に本件漫画が原告シナリオの二次的著作物であるとしても、本件漫画における原告の創作的表現の貢献の度合いに照らせば、「シナリオ協力」として原告の変名が表示されていることが、著作権法19条1項所定の変名としての著作者名の表示に当たらないということはできない。
  
  したがって、原告の上記主張を採用することはできず、被告が原告の氏名表示権を侵害したとはいえない。
  
  (4)
小括
  
  前記(1)ないし(3)のとおり、被告が原告の著作者人格権(公表権、氏名表示権及び同一性保持権)を侵害したとはいえない。
  
  したがって、その余の点について判断するまでもなく、原告の著作者人格権侵害を理由とする損害賠償請求は理由がないというべきである。
  
  3 争点2-1(本訴提起による不法行為の成否)について
  
  (1)
判断枠組み
  
  前記1及び2において説示したとおり、原告の本訴請求はいずれも理由がない。
  
  もっとも、法的紛争の当事者が紛争の解決を求めて訴えを提起することは、原則として正当な行為であり、訴えの提起が相手方に対する違法な行為といえるのは、当該訴訟において提訴者の主張した権利又は法律関係が事実的、法律的根拠を欠くものである上、提訴者が、そのことを知りながら、又は通常人であれば容易にそのことを知り得たといえるのにあえて訴えを提起したなど、訴えの提起が裁判制度の趣旨目的に照らして著しく相当性を欠くと認められるときに限られるものと解するのが相当である(最高裁昭和63年1月26日第三小法廷判決、最高裁平成11年4月22日第一小法廷判決頁、最高裁平成22年7月9日第二小法廷判決各参照)。
  
  (2)
検討
  
  ア 前記1において説示したとおり、本件においては、原告が被告に原告シナリオを書き換えて漫画化することを許諾するに当たって、両者の間で書面による契約書が作成されておらず、明確に記録が残る方法としては本件メッセージのやり取りのみがされていたことが認められる。
  
  イ そして、本件漫画は、原告が被告に原告シナリオを送付した後に制作され、本件漫画の大まかなストーリー展開や場面、出来事は原告シナリオと似通っているものであるところ、本件メッセージ8の「ルート2の部分に相当するのをこちらで書き直して」との文言は、被告が原告シナリオ3を利用する趣旨とも解し得るものといえる。
  
  また、許諾の範囲についても、本件メッセージのやり取りにおいては、「ルート2の部分に相当する」(本件メッセージ8)などとされ、「共通ルート」の取扱いが必ずしも明示されていたとはいえず、漫画の構成案(本件メッセージ9)も抽象的である上、漫画化後の作品をどのような態様及び販路で販売するのかについても明示されていないなど、そのやり取り中の文言の解釈に委ねられている部分が多かったといえる。
  
  ウ 前記ア及びイの事情にかんがみれば、原告が、主張した権利又は法律関係が事実的、法律的根拠を欠くことを知りながら、又は通常人であれば容易にそのことを知り得たといえるのにあえて訴えを提起したなど、本訴請求に係る訴えの提起が裁判制度の趣旨目的に照らして著しく相当性を欠くとまで認めることはできない。
  
  (3)
小括
  
  以上によれば、本訴提起が不法行為に当たるとの被告の主張を採用することはできず、当該不法行為を理由とする被告の損害賠償請求は理由がないというべきである。