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著作権判例セレクション

名作アニメの日本語吹替え版DVD製造販売に関する「共同事業」契約の成立を否定した事例

▶平成27828日東京地方裁判所[平成26()3539]▶平成28217日知的財産高等裁判所[平成27()10115]
(前提事実)
〇 原告は,著作権の保護期間を満了した外国の映画作品である「トムとジェリー」30作品につき,日本語音声を収録し直して,別紙記載の各DVD商品(「原告商品」)を製作,販売している。原告商品に収録されている日本語音声の台詞(「本件著作物」)には創作性があり,原告はこの著作権を有している(原告が単独で有しているのか,原告と被告会社とが共有しているのかは,当事者間に争いがある。)。
〇 被告会社は,別紙記載の各DVD商品(「被告商品」という。)を製造,販売している。被告商品には,原告商品と同一の日本語音声が収録されている。
〇 本件は,原告が,被告らは被告商品を輸入,複製及び頒布し,もって原告の著作権(複製権及び譲渡権)を侵害していると主張して,被告らに対し,著作権法112条1項に基づき,被告商品の輸入,複製及び頒布の差止めを求めるとともに,民法709条に基づき,連帯して損害金等の支払を求めた事案である。被告らは,原告と被告会社との間では「トムとジェリー」30作品に関する共同事業の合意が成立しており,本件著作物の著作権は両者の共有となっているなどと主張して,これを争った。

1 争点(1)(共同事業の合意の成否)について
(1) 本件全証拠を精査しても,本件共同事業の合意の成立を認めることはできない。
(2) この点に関して被告らは,原告代表者のBが本件合意書を持参して「ミッキーマウス」16作品及び「トムとジェリー」30作品に関する共同事業への出資を求め,被告会社はこのうち「トムとジェリー」30作品の製作費相当額のほぼ半額である90万5000円を原告に支払ったから,原告と被告会社との間では本件共同事業のうち「トムとジェリー」30作品に関する部分について合意が成立していると主張する。
しかし,本件合意書には,原告と被告会社の共同事業についての記載があるものの,原告及び被告会社のいずれも本件合意書に押印していない。そして,本件証拠上,他に本件共同事業の合意が原告と被告会社との間でされたことを直接裏付ける契約書,合意書その他の書面は提出されていない。
また,被告らは上記90万5000円の支払を証する証拠として被告会社の普通預金通帳を提出するが,原告が本件共同事業に係る支払の振込先として指定していたのはB個人の口座であったのに,上記通帳によれば被告会社が90万5000円を振り込んだのは原告の口座であって,B個人の口座ではない。
そして,仮に,上記90万5000円の振込が,本件共同事業に係る何らかの支払であったとしても,本件合意書によれば,本件共同事業に要する費用の総額は544万円であり,被告会社はその半額を負担すべきものとされていたのであって(本件合意書の第2項及び第3項),90万5000円という金額はおよそ本件共同事業の合意の成立を推認させるに足りない。
(3) これに対し,被告らは,「ミッキーマウス」16作品及び「トムとジェリー」30作品の製作費用の総額は276万円であるところ,このうち「トムとジェリー」30作品の製作費用は180万円であり,Bからその半額の90万円だけでも出資してほしいと求められたため,上記支払をした旨主張する。
しかし,Bがこのような申し出をしたことを裏付ける客観的証拠は見当たらないし,果たして製作費用の総額が276万円であることから直ちに「トムとジェリー」だけの製作費用が180万円ということになるのか,疑問がなくはない(「180万円」という金額は,総額276万円を「ミッキーマウス」の作品数である16と「トムとジェリー」の作品数である30とで按分した金額であるが,原告は,一緒に製作することで費用も安くなっているのであって,単純に分けられるものではない旨主張している。)。そもそも,被告らの主張によれば,Bから支払を求められた額は「90万円」というのであって,被告会社が現に支払ったとする金額「90万5000円」と完全に一致しているわけでもないし,この点について被告らから合理的な説明もされていない。
(4) また,被告らは,平成22年12月頃にBから「トムとジェリー」30作品のマスター(量産用プレスをするための原盤)としてDVDを受け取っており,このことは本件共同事業の合意が成立していたことの証左である旨主張する。
しかし,原告は,被告Aに渡したのはマスターではなく単なる検証盤DVDであり,以前から被告らの関連会社にDVDのプレスを発注していたことから,今回も字幕等の検証をしてもらうために渡したにすぎない旨主張するところ,この主張自体,特に不自然,不合理として排斥すべきところも見当たらない。そうすると,Bが被告Aに「トムとジェリー」30作品のDVDを渡していたとしても,このことから直ちに本件共同事業の合意の成立が認められるということにはならない。
(5) さらに,被告らは,本件共同事業の合意が成立していたことの証拠として,Bの平成24年4月9日付けメールを提出する。 この点,確かに,上記メールには「既に787000円のPSGからの入金がありましたので,当初の約束通り純利益折半ということで,393500円の御社取り分で補填されました。」,「私の事業計画どおりにしていれば,あと145000円の出資で『トムとジェリー』だけでなく『ミッキーマウス』も御社は入手できたことになります。」などという記載があるところ,これらの記載だけをみると,あたかも「トムとジェリー」30作品については本件共同事業の合意が成立していたかのようにみえなくもない。
しかし,上記メールの趣旨は必ずしも判然としたものではない上(被告ら自身も,なぜ「あと145000円」の出資が必要なのかは不明であるとする。),メールの後半部には「当社との共同事業を一方的に解消した御社の行為」などという記載もみられることからすると,上記メールは,法的な評価はともかく,被告会社が本件共同事業に参画しなかったことを非難するとともに,仮に参画していれば被告会社に利益が出ていたことを伝える趣旨であるようにもうかがわれる(そもそも「トムとジェリー」30作品についてのみ合意が成立していたのであれば,原告と被告会社との間で折半されるべき利益は,「PSGからの入金」の78万7000円全額ではなく,このうち「トムとジェリー」30作品についての部分に限られるはずである。)。
そうすると,上記メールは,必ずしも本件共同事業の合意の成立を認めるべき根拠となるものではない。
(6) かえって,原告及び被告会社の事後の行動に照らせば,両者間に本件共同事業の合意が成立していたとはおよそ認め難い。
すなわち,本件合意書には,本件の共同事業で得られた利益を原告と被告会社とで折半する旨の規定があるところ(第3項),原告は被告会社に対し,これまで原告商品の販売等で得た利益を被告会社に現に分配していないばかりか,販売数量等の報告すらしていないし(この点は被告らも自認している。),被告会社もまた,原告に対して被告商品の販売数量等の報告をせず,利益の分配もしていないのであって(被告らも明らかに争わない。),原告及び被告会社ともに,共同事業が成立したことを前提とした行動を取っていない。
また,被告会社は,Bから「トムとジェリー」30作品のDVDを受領してからわずか数か月後の平成23年4月には,第三者に対し,何らの枚数制限等も設けずに当該DVDの複製,販売の「権利」を「許諾」し,その対価として1タイトル10万円のみを受領しているのであって,このことは,多額の投資をして本件著作物の著作権を正当に取得した者の行動としては,いささか不自然であるものといわざるを得ない。
さらに,被告会社の販売していた被告商品には,著作権が被告会社に帰属する旨の記載がないばかりか,被告会社の名称等の記載すらないのであって,この点においても,被告会社自身,自己に著作権が正当に帰属するとは考えていなかったのではないかとの疑いを差し挟まざるを得ない。
(7) 以上からすると,原告と被告会社との間に本件共同事業の合意が成立していたとの被告らの主張は,理由がない。
したがって,被告会社による被告商品の輸入,複製,頒布行為は,原告の著作権の侵害行為に該当するというべきである。
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3 争点(3)(原告の損害額)について
 原告は,被告商品1枚当たりの利益額を270円とし,被告会社による販売数量を合計1万5000枚と主張するが,これを裏付ける客観的資料を何ら提出しないし,本件証拠上も被告会社の具体的な利益額及び販売数量をうかがわせる証拠は見当たらない。
したがって,本件においては,被告会社の自認する利益額及び販売数量を採用せざるを得ないところ,これによると,被告商品1枚当たりの利益額は17円,販売数量は合計9000枚というのであるから,その利益額の総額は15万3000円となる(17円×9000枚)。なお,被告会社は他に複製,販売の「権利」の「許諾」の対価として10万円を受領しているが,原告はこの10万円については本訴の訴訟物に含めていない。

[控訴審]
1 争点⑴(本件各作品に係る共同事業の合意の成否)について
⑴ 認定事実
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⑵ 控訴人の主張について
控訴人は,被控訴人に対し,本件各作品に係る共同事業にのみ出資する旨を連絡した上で,本件各作品の制作費の半額として90万5000円を振込送金したことをもって,本件各作品に係る共同事業の合意が成立している旨主張する。
ア 控訴人の被控訴人に対する振込送金について
() 確かに,前記⑴キのとおり,控訴人は,被控訴人名義の口座に,平成22年9月21日に21万5000円,同月22日に69万円の合計90万5000円を振込送金している。
この90万5000円の送金は,被控訴人が本件請求書において振込先として指定した被控訴人代表者個人名義の普通預金口座(前記⑴ウ)ではなく,被控訴人名義の口座に振り込まれたものである。しかし,本件メール中,本件共同事業に関することとして「御社は平成22年9月21日に215000円,22日に690000円を出資しています。総額905000円です。」と記載されていること(前記⑴ク)に鑑みれば,前記90万5000円は,少なくとも最終的には控訴人が本件共同事業に関して拠出した負担金の一部とされていることが認められる。
() もっとも,本件共同事業に係る費用に関する記載がある本件合意書,本件提案書,本件請求書,被控訴人とヤマシロとの業務委託契約書,ヤマシロが発行した見積書及び本件メールのいずれによっても,前記90万5000円が「トムとジェリー」及び「ミッキーマウス」の両方の制作費として支払われたものか,いずれか一方のみの制作費として支払われたものかさえ,判然としない。
そして,たとえ前記90万5000円全額が控訴人の主張するとおり本件各作品の制作費の半額の趣旨で支払われたものであるとしても,以下のとおり,被控訴人と控訴人との間において,本件各作品に係る共同事業の合意の成立を認めることはできない。
イ 本件共同事業の内容について
() 本件共同事業は,本件合意書に基づくものであるところ,前記とおり,本件合意書に控訴人及び被控訴人のいずれも押印していない。したがって,控訴人と被控訴人とは,本件合意書の締結には至らなかったものと認められる。
そして,本件証拠上,ほかに,本件共同事業に関し,控訴人と被控訴人との合意の存在を直接裏付ける書面等の客観的な証拠は,存在しない。
他方,前記のとおり,被控訴人は,イーエックスとの間で,両社が捺印した本件コンテンツ提供契約書に基づき,概要,①被控訴人においてイーエックスに対し,コンテンツ,すなわち,日本語字幕及び日本語吹替えを付した本件各作品の完パケ及びそのDLTを納品する,②イーエックスは,そのDLTを使用してDVDを製造し,商品として販売する,③被控訴人は,イーエックスに対し,上記コンテンツの著作権等の一切の権利が被控訴人に帰属することなどを保証するという内容の契約を締結している。
加えて,被控訴人は,イーエックスとの間で,本件各作品とは別の,「トムとジェリー」の30作品についても,両社が捺印したコンテンツ提供契約書に基づき,前記契約と同様の契約を締結しており,また,他社との間でも,両社が捺印したコンテンツ提供契約書に基づき,本件各作品を含むコンテンツを提供し,一定の権利料,ロイヤルティーの支払を受けるという内容の契約を締結している。
このように,被控訴人は,当事者双方の捺印のある契約書に基づき,本件各作品を含むコンテンツを提供する契約を締結している。この点に鑑みれば,被控訴人において,それらのコンテンツ提供契約とは異なり,本件商品に関する著作権等の権利を共同で所有するという重要な事項を含む取引につき,それに関する合意の事実を明示する両者の捺印がされた書面等を取り交わすこともなく,合意に至ることは,考え難い。
(以下略)
⑶ 小括
以上によれば,本件において,被控訴人と控訴人との間において,本件各作品に係る共同事業の合意の成立を認めることはできない。
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3 争点⑶(被控訴人の損害額)について
本件著作権侵害に係る著作権法114条2項による損害の算定に当たっては,被控訴人において本件著作権侵害によって得た利益の額及び販売数量を立証すべきであるところ,控訴人において自認する控訴人商品1枚当たりの利益額17円及び販売数量合計9000枚という以上の立証はない。
よって,その利益の総額は,15万3000円(17円×9000枚)と認められる。