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  著作権判例セレクション
   共同編集著作物(判例百選)の著作者の認定/著作者の推定(14条)が覆った事例
  
  
  ▶平成28年4月7日東京地方裁判所[平成28(モ)40004]▶平成28年11月11日知的財産高等裁判所[平成28(ラ)10009]参考▶平成27年10月26日東京地方裁判所[平成27(ヨ)22071]
  
  
  [控訴審]
  
  (注) 相手方は,「相手方は,編集著作物たる著作権判例百選[第4版](本件著作物)の共同著作者の一人であるところ,抗告人が発行しようとしている著作権判例百選[第5版](本件雑誌)は本件著作物を翻案したものであるから,本件著作物の著作権を侵害する。」などと主張して,本件著作物の翻案権並びに二次的著作物の利用に関する原著作物の著作者の権利を介して有する複製権,譲渡権及び貸与権,又は著作者人格権(氏名表示権及び同一性保持権)に基づく差止請求権(本件差止請求権)を被保全権利として,抗告人による本件雑誌の複製・頒布等を差し止める旨の仮処分命令を求める申立て(本件仮処分申立て)をした。
  これに対し,東京地方裁判所は,平成27年10月26日,この申立てを認める仮処分決定(本件仮処分決定)をした。これを不服とした抗告人が保全異議を申し立てたが,原決定は,平成28年4月7日,本件仮処分決定を認可した。
  本件は,この原決定を不服とした抗告人が,原決定及び本件仮処分決定の取消し並びに本件仮処分申立ての却下を求めた事案である。
  
  1 著作者性(争点1)について
  
  (1)
当事者間に争いのない事実,疎明資料(各項に掲げたもの)及び審尋の全趣旨によれば,以下の事実が一応認められる。
  (略)
  (2)
前記認定のとおり,本件著作物の表紙には「A・Y・B・C編」と表示され,また,そのはしがきには,本件著作物編者らの氏名が連名で表示されるとともに,「この間の立法や,著作権をめぐる技術の推移等を考慮し,第4版では新たな構成を採用し,かつ収録判例を大幅に入れ替え,113件を厳選し,時代の要求に合致したものに衣替えをした。」とある。
  
  本件著作物のような編集著作物の場合,氏名に「編」と付すことは,一般人に,その者が編集著作物の著作者であることを認識させ得るものといってよい。上記はしがきの表示及び記載も,本件著作物において編者として表示された者が編集著作物としての本件著作物の著作者であることを一般人に,認識させ得るものということができる。また,抗告人のウェブサイトの表示も,「編」の表示が「著者」の表示に相当するものとして一般に理解されることを前提とするものと見られる。
  
  そうすると,本件著作物には,相手方の氏名を含む本件著作物編者らの氏名が編集著作者名として通常の方法により表示されているといってよい。
  
  したがって,相手方については,著作者の推定(法14条)が及ぶというべきである。
  
  これに対し,抗告人は,氏名に「編」と付された者が著作権法上の編集著作者とは異なる場合も少なくないなどとして,相手方につき著作者の推定は及ばない旨主張するけれども,現に氏名に「編」と付された者が編集著作者でない場合があったとしても,そのことをもって直ちに,「編」という表示が氏名に付されることでその氏名が編集著作物の「著作者名として通常の方法により表示されている」と一般人に認識させ得ることを否定するに足りるものとはいえない。その他これを否定するに足りる事情をうかがわせる疎明資料もない。
  
  したがって,この点に関する抗告人の主張は採用し得ない。
  
  (3)
そこで,相手方につき著作者の推定が及ぶことを前提に,その推定の覆滅の可否を検討する。
  ア 著作者とは著作物を創作する者をいい(法2条1項2号),著作物とは,思想又は感情を創作的に表現したものであって,文芸,学術,美術又は音楽の範囲に属するものをいう(同項1号)。編集著作物とは,編集物(データベースに該当するものを除く。)でその素材の選択又は配列によって創作性を有するものであるところ(法12条1項),著作物として保護されるものである以上,その創作性については他の著作物の場合と同様に理解される。
  
  そうである以上,素材につき上記の意味での創作性のある選択及び配列を行った者が編集著作物の著作者に当たることは当然である。
  
  また,本件のように共同編集著作物の著作者の認定が問題となる場合,例えば,素材の選択,配列は一定の編集方針に従って行われるものであるから,編集方針を決定することは,素材の選択,配列を行うことと密接不可分の関係にあって素材の選択,配列の創作性に寄与するものということができる。そうである以上,編集方針を決定した者も,当該編集著作物の著作者となり得るというべきである。
  
  他方,編集に関するそれ以外の行為として,編集方針や素材の選択,配列について相談を受け,意見を述べることや,他人の行った編集方針の決定,素材の選択,配列を消極的に容認することは,いずれも直接創作に携わる行為とはいい難いことから,これらの行為をしたにとどまる者は当該編集著作物の著作者とはなり得ないというべきである。
  
  イ もっとも,共同編集著作物の作成過程において行われたある者の行為が,上記のいずれの場合に該当するかは,当該行為を行った者の当該共同編集著作物の作成過程における地位や権限等を捨象した当該行為の客観的ないし具体的な側面のみによっては判断し難い例があることは明らかである。すなわち,行為そのものは同様のものであったとしても,これを行った者の地位,権限や当該行為が行われた時期,状況等により当該行為の意味ないし位置付けが異なることは,世上往々にして経験する事態である。
  
  そうである以上,創作性のあるもの,ないものを問わず複数の者による様々な関与の下で共同編集著作物が作成された場合に,ある者の行為につき著作者となり得る程度の創作性を認めることができるか否かは,当該行為の具体的内容を踏まえるべきことは当然として,さらに,当該行為者の当該著作物作成過程における地位,権限,当該行為のされた時期,状況等に鑑みて理解,把握される当該行為の当該著作物作成過程における意味ないし位置付けをも考慮して判断されるべきである。
  これに対し,抗告人は,著作者性の判断に当たっては,当該行為が行われた状況や立場といった背景事情を捨象し,もっぱら創作的表現のみに着目して判断されなければならない旨主張するけれども,複数人の関与の下に著作物が作成される場合の実情にそぐわないというべきであり,この点に関する抗告人の主張は採用し得ない。
  
  ウ 以上を踏まえ,前記認定事実に基づき,以下検討する。
  
  (ア) 第4版の編者選定にあたり,抗告人担当者のEは,基本的には,体調面からして相手方は編者とするにふさわしくないという考えを持っていたことがうかがわれる。他方,Eからこの点について相談を受けたA教授も,そのようなEの考えに理解を示しつつ,東大教授という相手方の地位や判例百選の性格その他の事情を考慮すると安易に相手方を編者から外すわけにもいかず,相手方の意向を確認したところ編者を引き受けることに強い意欲を示したこともあって,やむなく,相手方を名目的ながらも第4版の編者とすることとし,同時に,相手方に対しては,原案作成に当たり口出ししないように強く注意を与えたというのである。
  
  しかも,これを受けた相手方も,A教授から原案作成の権限を取り上げられたものと理解したのであり,A教授の上記意図はおおむね正しく相手方に伝わったということができる。
  
  また,このようなA教授の意図はEに対しても伝えられた。
  
  さらに,B教授も,第4版の編者を持ちかけられた当初はこうした経緯を把握していなかったため,相手方を中心とした編集作業を想定していたところ,経緯の詳細を聞かされたことで,自らが中心的役割を果たすことを了解したことがうかがわれる。
  
  そうすると,第4版の編者選定段階において,少なくとも抗告人,A教授,B教授及び相手方との間では,相手方は「編者」の一人となるものの,原案作成に関する権限を実質上有しないか,又は著しく制限されていることにつき,共通認識が形成されていたものといってよい。このことは,相手方が上記A教授からの注意につき承服し難い思いを抱いていたことを考慮しても異ならない。
  そして,いまだ編者選定を進めているにすぎないこの段階において,その性質上本件著作物の編集著作物としての創作性のうち質量ともに中核的な部分を占めることになると思われる原案作成に関する権限を実質上なしとされ,又は著しく制限されることは,本件著作物の編集著作物としての創作性形成に対する関与を少なくとも著しく制限されることを事実上意味するものといってよい。
  
  (イ) 実際,第4版の編集過程においては,まず,A教授とEとが,B教授及び編集協力者であるD教授が原案作成に当たること,大きな編集方針を決定するための編者会合は開催せず,B教授及びD教授が作成した原案に基づいて初回の編者会合から具体的な検討に入ることとすること,こうした方針を実現するための編者間での話の進め方などを相諮って取り決めた上,後にB教授及びD教授の了解をも得つつ,これらを実現した。
  
  また,B教授及びD教授は,内容につき逐次A教授の確認を得,また,執筆者候補の選定につきA教授並びに同教授を介して相手方及びC教授の意見をも聞きつつも,おおむね相互のやり取りを重ねることを通じて主体的に原案作成作業を進めたものといってよい。
  
  なお,この段階での相手方の関与は,執筆者候補として商標・意匠・不正競争防止法判例百選,特許判例百選の執筆者が参考になり得る旨のかなり概括的な意見を述べたにとどまる。
  
  (ウ) こうして,B教授及びD教授が主体となって本件原案がまとめられたが,その後の修正の程度及び内容に鑑みると,本件著作物の素材である判例及びその解説(執筆者)の選択及び配列の大部分が本件原案のままに維持されたものといってよく,本件著作物との関係において本件原案それ自体の完成度がそもそもかなり高かったものと評価し得る。
  
  (エ) B教授及びD教授が作成し,A教授の確認を経た上で,本件原案が相手方及びC教授に送付されたところ,C教授はこれにつき10項目の意見を述べ,B教授はこのうち2項目を採用して本件原案を修正した。C教授の意見には,簡単な理由の付されているものと理由の付されていないものとがあるが,B教授がこれをもとに修正を行うに先立ち,C教授とB教授,さらには相手方及びA教授との間で意見交換や議論が行われたことをうかがわせる事情は見当たらないことに鑑みると,上記修正はB教授単独の判断により行われたものとうかがわれる。しかも,上記修正後も,C教授がその修正を了承する旨回答するのみで,相手方及びA教授がこの点につき特に言及をしたことをうかがわせる疎明資料はない。
  
  他方,相手方は,B教授に対し,電話及びメールで本件原案における執筆者候補につき特定の実務家1名の削除及び3名の追加を提案し,これを受けたB教授は,まず,1名の削除及び2名(a判事及びc弁護士)の追加(及び執筆対象となる判例の割当て)という形で本件原案を修正し,本件著作物編者らに示したが,b弁護士の方がc弁護士よりも優先順位が高い旨の相手方の意見を受け,結局,相手方の意見を全て受け入れた修正を行った。この間のやり取りの具体的内容にはやや判然としないところはあるものの,相手方及びB教授の各陳述書や関係するメールの内容等に鑑みると,両者の間で,提案の理由等に関する実質的な議論ないし意見交換が十分に行われたとは考え難い。また,この相手方の提案につきA教授及びC教授は特に言及しなかったことがうかがわれる。そうすると,相手方の意見を踏まえた本件原案の修正についても,修正の要否及び内容の判断はあくまでB教授主導で行われたものと見るのが適当である。
  
  また,特定の実務家1名の削除及び3名の追加という執筆者候補に関する相手方の提案は,その後現に行われた執筆者候補の変更等を考慮すれば,創作性を認める余地がないほどありふれたものとまではいい難いが,追加すべきとされた3名の地位,経歴等に加え,相手方の提案が反映されるに至る経緯をも考慮すると,斬新な提案というべきほど創作性の高いものとはいい難く,むしろ,著作権法分野に関する相応の学識経験を有する者であれば比較的容易に想起し得る選択肢に含まれていた人選といってよいから,その提案に仮に創作性を認め得るとしても,その程度は必ずしも高いものとは思われない。
  
  (オ) こうして本件原案修正案が作成されたことを受け,本件編者会合の日程調整が進められるとともに,本件一覧表素案原案,本件一覧表素案,本件一覧表素案修正案が順次作成されたが,相手方は,日程調整を除きこのプロセスに何ら関与していない。
  
  (カ) 相手方も出席して開催された本件編者会合においては,事前に本件著作物編者らに送付された本件一覧表素案修正案に基づき検討が行われるとともに,事前にD教授からEに対してされた指摘に基づき編集部から北朝鮮事件知財高裁判決の追加が提案され,執筆者候補1名と併せその追加が決定され,その後,本件著作物編者ら全員の一致により,第4版に収録されるべき判例(113件)の選択,配列及びその執筆者候補(113名)の割当てが,項目立ても含めて決定された。本件編者会合における出席者間の具体的なやり取りの詳細は判然としないが,出席者らの各陳述書の内容に鑑みれば,議論の紛糾等はないまま比較的短時間で終了したことがうかがわれる。そうすると,本件編者会合における相手方の具体的な関与は,上記判決の追加並びに第4版に収録されるべき判例及び執筆者候補の選択,配列等に賛同したという限度にとどまるといってよい。
  
  前記のとおり,他人の行った素材の選択,配列を消極的に容認することは,いずれも直接創作に携わる行為とはいい難いところ,本件編者会合において,相手方は,既存の提案(本件一覧表素案修正案)や第三者の提案に賛同したにとどまるのであるから,このような相手方の関与をもって創作性のあるものと見ることは困難である。もっとも,本件編者会合での決定が基本的には本件著作物における素材の選択及び配列に関する最終的なものと位置付けられていたと見られることに加え,相手方がその学識経験に基づき熟慮の上で賛同した場合を想定すれば,なおこのような関与に創作性を認め得る場合もあるとは思われるが,その場合であっても,相手方の関与はあくまで受動的な関与にとどまることや本件原案の完成度の高さ等を考慮すれば,その程度は必ずしも高くないと思われる。
  
  (キ) 本件編者会合後に各執筆者候補に対する執筆依頼が行われ,これに対する執筆者候補の反応を受けて共同執筆の申入れの了承,執筆者候補の変更等が行われたが,こうした各執筆者候補の要望等に関するEからの相談に対し,相手方の対応は,b弁護士からの共同執筆の申入れに関するものを除き,応答しないか,他の本件著作物編者らないしEの提案に賛成という結論のみを回答するにとどまるものであった。b弁護士からの共同執筆の申入れに関しては,相手方は,これを是とする理由をいくつか挙げた上で,共同執筆を認めてよい旨意見を述べたが,この時点で,他の執筆者については既に共同執筆を認めた例が1件あり,また,相手方に先立ち,B教授が既に了承し,C教授も基本的にB教授の判断を尊重する旨の意見を述べていた。
  
  ここでの相手方の関与についても,その経過やb弁護士からの申入れに賛同する理由として示された内容を踏まえると,本件編者会合における相手方の関与に関する評価(上記(カ))と同様の評価が妥当するというべきである。
  
  (ク) 本件編者会合後に上級審の判決が出された事件や執筆者から疑問点等の指摘のあった判例に関し,収録すべき判例の変更も本件編者会合後にいくつか行われたが,これに対する相手方の対応は,Eが,他の本件著作物編者と相談の上,変更を決定した旨報告をしたのに対し,その対応を了承する旨の意見を述べるにとどまるものであった。なお,本件編者会合後にロクラクⅡ事件控訴審判決が出されたことを受けての対応につきEから本件著作物編者らにされた相談に対しては,相手方は,簡単な理由を付して意見を述べたが,結論的には先に述べられたC教授の意見に賛成するというものであった。
  
  ここでの相手方の関与についても,その経過やC教授の意見に賛成する理由として示された内容を踏まえると,本件編者会合における相手方の関与に関する評価(上記(カ))と同様の評価が妥当するというべきである。
  
  (ケ) また,本件編者会合後,ある判例の項目名及びその配置が問題となったところ,Eは,最終的には相手方の示唆に基づきこれに対応したが,その示唆とは,当該項目の属する章のタイトルにつき「『差止め』を『差止め等』に変更して逃げておいた方がいい」という趣旨のものであった。ここでの相手方の関与については,そもそも本件著作物の編集著作者としての創作性を認め得る程度のものではないというべきである。
  
  エ このように,少なくとも本件著作物の編集に当たり中心的役割を果たしたB教授,その編集過程で内容面につき意見を述べるにとどまらず,作業の進め方等についても編集開始当初からE及びB教授にしばしば助言等を与えることを通じて重要な役割を果たしたというべきA教授及び抗告人担当者であるEとの間では,相手方につき,本件著作物の編集方針及び内容を決定する実質的権限を与えず,又は著しく制限することを相互に了解していた上,相手方も,抗告人から「編者」への就任を求められ,これを受諾したものの,実質的には抗告人等のそのような意図を正しく理解し,少なくとも表向きはこれに異議を唱えなかったことから,この点については,相手方と,本件著作物の編集過程に関与した主要な関係者との間に共通認識が形成されていたものといえる。しかも,相手方が本件原案の作成作業には具体的に関与せず,本件原案の提示を受けた後もおおむね受動的な関与にとどまり,また,具体的な意見等を述べて関与した場面でも,その内容は,仮に創作性を認め得るとしても必ずしも高いとはいえない程度のものであったことに鑑みると,相手方としても,上記共通認識を踏まえ,自らの関与を謙抑的な関与にとどめる考えであったことがうかがわれる。
  これらの事情を総合的に考慮すると,本件著作物の編集過程において,相手方は,その「編者」の一人とされてはいたものの,実質的にはむしろアイデアの提供や助言を期待されるにとどまるいわばアドバイザーの地位に置かれ,相手方自身もこれに沿った関与を行ったにとどまるものと理解するのが,本件著作物の編集過程全体の実態に適すると思われる。
  
  (4)
そうである以上,法14条による推定にもかかわらず,相手方をもって本件著作物の著作者ということはできない。
  
  (5)
これに対し,相手方は,自身が本件著作物の著作者の一人である旨主張するけれども,上記のとおり,本件著作物の編集過程全体を子細に検討する限り,その主張を採用することはできない。
  
  なお,相手方は,前記認定事実のほか,平成20年9月頃にD教授に対し収録すべき判例につき具体的に意見を述べた旨や,執筆者候補として3名の実務家の追加を提案した際に,執筆を割り当てるべき判例についてもB教授に対し意見を述べた旨などを主張するけれども,前記のとおり,実務家追加の提案時にそのような意見を述べたことについてはこれを一応認めるに足りる的確な疎明資料はなく,この点は,D教授に対する意見についても同様である。
  
  また,仮にこうした事実が一応認められたとしても,D教授は,A教授の教科書を中心に多様な文献等を比較検討した上で,第4版に収録すべき判例のリストアップを進めたこと,追加の提案に係る実務家3名に割り当てられた判例は相手方が削除を提案した実務家に割り当てられたものや本件原案で既に「候補となり得る裁判例」とされていたものであることなどに鑑みると,相手方による他の関与と同様に,その創作性の程度は必ずしも高いとまでは思われないことから,なお前記と認定及び評価を異にすべきとするには足りないというべきである。
  
  2 以上によれば,相手方は,本件著作物の著作者でない以上,著作権及び著作者人格権を有しないから,抗告人に対する被保全権利である本件差止請求権を認められない。
  
  したがって,その余の点につき検討するまでもなく,相手方による本件仮処分申立ては理由を欠き却下されるべきものであるから,これを認めた本件仮処分決定及びこれを認可した原決定をいずれも取り消し,本件仮処分申立てを却下することとし,主文のとおり決定する。
  
  
  参考▶平成27年10月26日東京地方裁判所[平成27(ヨ)22071]
  
  1 事実関係
  
  (略)
  
  2 被保全権利について
  
  (1)
著作者性(争点1)について
  
  ア 本件著作物が創作性を有する編集著作物であることは当事者間に争いがないが,この著作物について,債権者は,自らとA教授,B教授及びC教授の4名を著作者とする共同著作物である旨主張し,債務者は,B教授及びD教授の2名を著作者とする共同著作物である旨主張しており,債権者が著作者の一人であるか否かが争点となっているため,以下,この点について検討する。
  
  イ まず,前記で認定したとおり,本件著作物では,①表紙において,「A・X・B・C編」と表示され,②はしがきにおいて,これら4名が,「この間の立法や,著作権をめぐる技術の推移等を考慮し,第4版では新たな構成を採用し,かつ収録判例を大幅に入れ替え,113件を厳選し,時代の要求に合致したものに衣替えをした」主体として表示されている。上記①のような,氏名に「編」を付する表示(編者の表示)は,その者が編集著作物の著作者であることを示す通常の方法であるとみられる(この点は,氏名に「著」を付する表示すなわち著者の表示が言語の著作物の著作者を示す通常の方法であるのと同様と解される。)ところ,本件著作物における上記②の表示をも併せ考慮すると,本件著作物には,その公衆への提供の際に,債権者を含む上記4名が編集著作者名として通常の方法により表示されているものであることは明らかというべきである。したがって,著作権法14条により,債権者は,編集著作物たる本件著作物の著作者(編集著作者)と推定される。
  
  なお,債務者は,前記のとおり,これまで債権者を本件著作物の「編者」として扱ってきたものであるが,「編」と表示されている者(「編」者)が著作権法上の編集著作者とは異なる場合も少なくないなどと主張する。しかしながら,そのような場合も存するとしても,だからといって,編者の表示が上記のとおり編集著作者名を示す通常の方法であることを直ちに否定することはできず,これを否定するに足りるほどの社会的事実を示す的確な疎明資料はない。
  
  ウ そこで,上記イの判断を前提に,本件において,債権者が本件著作物の編集著作者であるとの推定を覆す事情が疎明されているか否かについて検討する。
  
  前記で認定した事実によると,①債権者は,執筆者について,特定の実務家1名を削除するとともに新たに別の特定の実務家3名を選択することを独自に発案してその旨の意見を述べ,これがそのまま採用されて,本件著作物に具現されていること,②本件著作物については,当初から債権者ら4名を編者として『判例百選[第4版]』を創作するとの共同の意思の下に編集作業が進められ,編集協力者として関わったD教授の原案作成作業も,編者の納得を得られるものとするように行われ,本件原案については,債権者による修正があり得るという前提でその意見が聴取,確認されたこと,③このような経緯の下で,債権者は,編者としての立場に基づき,本件原案やその修正案の内容について検討した上,最終的に,本件編者会合に出席し,他の編者と共に,判例113件の選択・配列と執筆者113名の割当てを項目立ても含めて決定,確定する行為をし,その後の修正についても,メールで具体的な意見を述べ,編者が意見を出し合って判例及び執筆者を修正決定,再確定していくやりとりに参画したことを指摘することができる。そして,執筆者の執筆する解説は,本件著作物の素材をなしているところ,その執筆者の選定については,とりわけ実務家を含めると選択の幅が小さくないこと,債権者が推挙した当該3名の人選がありふれているなどともいえないことに照らせば,債権者による上記①の素材の選択には創作性があるというべきである。その上,上記③の確定行為の対象となった判例,執筆者及び両者の組み合わせの選択並びにこれらの配列には,もとより創作性のあるものが多く含まれているところ,債権者が編者としての確定行為によりこれに関与したとみられるのである。そうすると,上記①ないし③を総合しただけでも(その余の債権者主張事実の有無について認定・判断するまでもなく),他の共同著作者の範囲はともかくとして,債権者が本件著作物の編集著作者の一人であるとの評価を導き得るところ,本件において,前記イの推定を覆す事情が疎明されているということはできない。
  
  したがって,債権者は,編集著作物たる本件著作物の著作者の一人であるというべきである。
  
  (2)
翻案該当性ないし直接感得性(争点2)について
  
  ア 前記で認定した事実によると,①判例の選択については,本件著作物の収録判例と本件雑誌の収録判例とで97件が一致しており(そのうち94件は審級も含めて全く同一であり,3件は審級のみ異なり対象事件が同一である。),割合的には,本件著作物の収録判例113件のうち約86%が本件雑誌にも維持され,かつ,当該一致部分が本件雑誌の収録判例116件のうち約84%を占めていること,②執筆者(執筆者の執筆する解説)の選択については,本件著作物における執筆者と本件雑誌における執筆者とで93名が一致しており,割合的には,本件著作物の執筆者113名のうち約82%が本件雑誌にも維持され,かつ,当該一致部分が本件雑誌の執筆者117名のうち約79%を占めていること,③判例と執筆者(執筆者の執筆する解説)の組み合わせの選択については,本件著作物における組み合わせと本件雑誌における組み合わせとで83件が一致しており,割合的には,本件著作物における判例と執筆者の組み合わせ113件のうち約73%が本件雑誌にも維持され,かつ,当該一致部分が本件雑誌における判例と執筆者の組み合わせ117件のうち約71%を占めていること,④判例及びその解説(以下,併せて「判例等」という。)の配列については,本件著作物の判例等と本件雑誌の判例等とで合計83件の配列(順序)が一致しており,割合的には,本件著作物の判例等113件のうち約73%の判例等の配列(順序)が本件雑誌にも維持され,かつ,当該一致部分が本件雑誌の判例等117件のうち約71%を占めていること,⑤判例等の配列を位置付ける項目立てについても,本件著作物の大項目及び小項目の立て方と本件雑誌の大項目及び小項目の立て方とでその大半が一致していることを指摘することができる。そうすると,本件著作物と本件雑誌とで判例等の選択及び配列が全体として類似していることは明らかであって,本件著作物の判例等の選択・配列の大部分が本件雑誌にも維持されていることが確認できるとともに,本件雑誌の判例等の選択・配列を見たときに本件著作物のそれに由来する上記各一致部分の全部又は一部を優に感得することができる。
  
  そして,本件著作物及び本件雑誌に掲載される判例と執筆者の執筆する解説が編集著作物たる本件著作物及び本件雑誌の素材であるところ,その表現(素材の選択又は配列)の選択の幅(個性を発揮する余地)を考えると,『判例百選』の性格上,判例の選択や判例等の配列に係る選択の幅はある程度限られるものの,執筆者の選択すなわち誰が執筆する解説を載せるかという選択の幅は決して小さくない上,どの判例の解説の執筆者として誰を選ぶかに係る選択の幅は極めて広いというべきである。そうすると,上記①ないし⑤で指摘した,本件著作物と本件雑誌とで表現(素材の選択又は配列)上共通する部分には,創作性を有する表現部分が相当程度あるものということができる(なお,編集著作物における素材の選択及び配列に係る上記各一致部分の組み合わせ全体に創作性を認めることもできると考えられる。)。
  
  以上の事情を総合すれば,本件著作物と本件雑誌とで創作的表現が共通し同一性がある部分が相当程度認められる一方,本件雑誌が,新たに付加された創作的な表現部分により,本件著作物とは別個独立の著作物になっているとはいい難い。
  
  このように検討したところによると,本件雑誌の表現からは,本件著作物の表現上の本質的特徴を直接感得することができるというべきである。
  
  イ そして,前記で認定したとおり,本件雑誌が本件著作物の改訂版として作成されているものであることなどに照らすと,編集著作物たる本件雑誌が本件著作物に依拠して編集されたことは明らかである。
  
  ウ 以上によれば,編集著作物たる本件雑誌を創作する行為は,本件著作物に依拠し,かつ,その表現上の本質的な特徴の同一性を維持しつつ,具体的表現に修正,増減,変更等を加えて,新たに思想を創作的に表現することにより,これに接する者が本件著作物の表現上の本質的な特徴を直接感得することのできる別の著作物を創作する行為,すなわち本件著作物の翻案に該当し,本件雑誌は本件著作物を原著作物とする二次的著作物に該当する。
  
  また,他人の著作物を素材として利用しても,その表現上の本質的な特徴を感得させないような態様においてこれを利用する行為は,原著作物の同一性保持権を侵害しないと解すべきであるが(最高裁平成10年7月17日第二小法廷判決等参照),本件雑誌における本件著作物の利用は,このような同一性保持権侵害の要件をも満たすということができる。
  
  (3)
本件著作物を本件原案の二次的著作物とする主張の当否(争点3)について
  
  債務者は,本件著作物は本件原案を原著作物とする二次的著作物にすぎないとした上で,二次的著作物の著作権者が権利を主張できるのは新たに付加された創作的部分に限られるところ,本件著作物において本件原案に新たに付加された創作的表現が本件雑誌において再製されているとは認められない旨主張する。
  
  しかしながら,前記で認定した事実に前記(2)で説示したところを総合すると,本件原案は,最終的な編集著作物たる雑誌『著作権判例百選[第4版]』の完成に向けた一連の編集過程の途中段階において準備的に作成された一覧表の一つであり,まさしく原案にすぎないものであって,その後編者により修正,確定等がされることを当然に予定していたものであったことは明らかであり,実際,本件原案作成後,その予定どおり,債権者を含む編者によりその修正等がされ,最終的に編集著作物の素材の選択・配列が確定されて本件著作物として完成されるに至ったものである。そうすると,本件においては,その完成の段階で,債権者を共同著作者の一人に含む共同著作物が成立したとみるのが相当である一方,途中の段階で本件原案が独立の編集著作物として成立したとみた上で本件著作物について本件原案を原著作物とする二次的著作物にすぎないとすることは相当ではない。
  
  したがって,債務者の上記主張は,その前提を欠き,採用することができない。
  
  (4)
黙示の許諾ないし同意の有無(争点4)について
  
  債務者は,『判例百選』が改版と編者の変動を所与の前提とする性質の出版物であることを根拠として,債権者が,編者への就任の際,債務者に対し,本件雑誌のような改訂版の出版に関して,黙示的に,本件著作物の利用を許諾し,著作者人格権を行使しない旨同意したものと主張する。
  
  しかしながら(債務者が,その主張に係る債権者の黙示的な許諾ないし同意につき,他の共同著作者との合意(著作権法65条2項,64条1項)に基づくものである旨主張しているのか否かは,必ずしも明確でないが,この点はひとまず措くとして),前記で認定した事実によると,『著作権判例百選』においては,事実上の慣行として,編者の年齢については原則おおむね70歳までとする方針が採られてきたところ,債権者は,これを前提に,自らが70歳という年齢に達するにはまだ相当の年月があるにもかかわらず,意に反して『著作権判例百選』の編者から除外され本件雑誌のような改訂版が作成・発行されるとは考えていなかったというのである。そうすると,『判例百選』が債務者の上記主張のとおりの性質を有するからといって,債権者がその改訂版の出版に対する許諾ないし同意をしたと推認することは困難である。そして,本件においては,債務者は,債権者から,そうした許諾ないし同意に関する合意書面を何ら徴していないことがうかがわれるところ,他に,債権者の上記許諾ないし同意の事実を示す的確な疎明資料は見当たらない。
  
  したがって,本件において,債権者が債務者の主張するような黙示的な許諾ないし同意をしたとは一応にせよ認めることができない。
  
  (5)
著作権法64条2項,65条3項に基づく主張の当否(争点5)について
  
  債務者は,仮に前記(4)で債権者の許諾等が認められなかったとしても,また,仮に前記(1)で債権者が主張するとおり本件著作物の編集著作権者がA教授,債権者,B教授及びC教授の4名であったとしても,①これら4名のうち債権者を除く3名は,本件雑誌の出版に関して,債務者に対し,本件著作物の利用を許諾し,著作者人格権を行使しない旨同意しており,債権者のみが,他の共同著作者との間で本件雑誌の出版の許諾等に関する合意を拒んでいるものとみられるところ,②債権者が他の著作者との間でこのような合意を拒むことについては,正当な理由(著作権法65条3項)がなく,かつ,信義に反する(同法64条2項)ものであり,③このことは,本件差止請求に対する抗弁となる旨主張する。
  
  しかしながら,債務者は,債権者が拒んでいる(成立を妨げている)という合意につき,「本件雑誌の出版の許諾等に関する合意」とするのみで,本件著作物の他の共同著作者が債権者に対して具体的にいかなる内容及び条件の合意を求めているというのか明らかにしていないし,他の共同著作者が債権者に対して合意(意思表示)を求める裁判を提起しているなどの事情があるともうかがわれないところであるから,現時点において,「本件雑誌の出版の許諾等に関する合意」が成立していないことに関して,債権者がその「合意の成立を妨げている」と直ちに認めることは,困難というべきである。
  
  また,著作権法65条2項は「共有著作権は,その共有者全員の合意によらなければ,行使することができない。」と規定しているところ,同条3項は,その「合意」の成立を妨げることができるかについて,「各共有者は,正当な理由がない限り,同条2項の合意の成立を妨げることができない。」旨定めているにすぎないのであるから,仮に上記「正当な理由」がなかったとしても,直ちに同条2項所定の「合意」の成立が擬制されることになるものではないし,同法64条1項は「共同著作物の著作者人格権は,著作者全員の合意によらなければ,行使することができない。」と規定しているところ,同条2項は,その「合意」の成立を妨げることができるかについて,「共同著作物の各著作者は,信義に反して同条1項の合意の成立を妨げることができない。」旨定めているにすぎないのであるから,仮に上記「信義に反」すると認められたとしても,直ちに同条1項所定の「合意」の成立が擬制されることになるものではない。
  
  そうすると,債権者以外の本件著作物の共同著作者が債務者に許諾等をしたとしても,それは,著作権法64条1項,65条2項所定の「全員の合意」によらないでしたものというほかはないから,有効な許諾等ということはできないし,上記合意の成立がされたものと擬制したり有効な許諾等がされたものと同視することもできず,他に,同法64条2項,65条3項の規定に基づく債務者の上記①・②の主張内容のみをもって,債権者の債務者に対する本件差止請求に対する抗弁たり得る(上記③)とする法的根拠は見当たらない。
  
  したがって,債務者の上記主張は,採用することができない。
  
  (6)
小括
  
  以上によれば,債務者が本件雑誌を作成してこれを複製又は頒布する行為は,債権者の翻案権(著作権法27条)並びに二次的著作物の利用に関する原著作物の権利(同法28条)を介して有する複製権(同法21条),譲渡権(同法26条の2)及び貸与権(同法26条の3)を侵害するものというべきであり,作成された本件雑誌を債務者が頒布の目的をもって所持し,又は頒布する旨の申出をする行為は,著作権法113条1項2号により著作権を侵害する行為とみなされる。
  
  また,前記のとおり,本件雑誌については債権者の氏名を表示せずに出版することが予定されているところ,債務者が本件雑誌を頒布して公衆に提供するに当たり,編者ないし編集著作者として債権者の氏名を表示しないことは,債権者の氏名表示権(著作権法19条1項後段)を侵害するものである。さらに,既に認定,説示した債権者の意思や本件雑誌による本件著作物の変更の程度等に照らすと,本件雑誌は,債権者の意に反して本件著作物を改変したものといわざるを得ないから,債務者が本件雑誌を作成してこれを複製することは,債権者の同一性保持権(同法20条1項)を侵害するものというべきであり,作成された本件雑誌を債務者が頒布し,頒布の目的をもって所持し,又は頒布する旨の申出をする行為は,著作権法113条1項2号により著作者人格権を侵害する行為とみなされる。
  
  そして,前記で認定した事実によると,債務者は,本件雑誌の複製・頒布等をするおそれがあると一応認められるから,これにより,債権者の上記著作権又は著作者人格権を侵害するおそれがあるというべきである。
  
  したがって,著作権法112条1項,117条1項により,債権者は,債務者に対し,上記著作権又は著作者人格権に基づき,本件雑誌の複製・頒布等の差止めを請求することができると解されるところ,本件申立てに対する仮処分命令の被保全権利としては,著作者人格権(氏名表示権及び同一性保持権)に基づく差止請求権の存在を認める。
  
  3 保全の必要性(争点6)について
  
  前記で認定した事実によると,債務者は,間もなく平成27年11月上旬には本件雑誌を発行しようとしているというのである。そして,前記2で説示したとおり,本件雑誌の複製・頒布等により債権者の著作者人格権が侵害される関係にあることからすれば,本件については,民事保全法23条2項所定の「争いがある権利関係について債権者に生ずる急迫の危険を避けるためこれを必要とするとき」に該当する(保全の必要性がある)というべきである。
  
  これに対し,債務者は,仮に本件雑誌の出版の事前差止めが認められた場合,債務者の表現の自由という観点のみならず,本件雑誌のために原稿を執筆した100名を超える執筆者の表現の自由という観点からも深刻な問題が生じる旨主張し,Eの陳述書等には,『著作権判例百選』の改訂を待つ学生を中心とした多くの読者への影響に関する懸念も記載されている。しかしながら,我が国の著作権法においては,著作者人格権の侵害又は侵害のおそれがあればその差止めを請求することができるという法制が採られている(同法112条1項)以上,上記の観点から保全の必要性を否定することは困難であるといわざるを得ないし,一件記録に現れた諸事情を総合してみても,上記判断を覆すことはできない。