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著作権判例セレクション

【同一性保持権】建物,庭園及び彫刻が一体となった建築の著作物の同一性保持権侵害が問題となった事例

▶平成15611日東京地方裁判所[平成15()22031]
() 債務者法人は,その経営に係る慶應義塾大学の東京都港区三田所在の三田キャンパスにおいて,慶應義塾大学大学院法務研究科を開設するために,新校舎を建設するに当たり,同キャンパス内に存する建築家谷口吉郎(故人)と彫刻家イサム・ノグチ(故人)が共同設計したという第二研究室棟(以下,本決定においては,第二研究室棟の建物全体を指して「本件建物」という。)を解体し,本件建物の一部,イサム・ノグチ製作に係る本件建物に隣接する庭園及び庭園に設置された彫刻2点を,新校舎3階部分に移設する工事を実施しようとしている。債権者イサム・ノグチ財団は,イサム・ノグチの死後,同人の著作物に関する一切の権利を承継したとして,債務者の行為はイサム・ノグチの著作者人格権(同一性保持権)を侵害するものであると主張し,また,同財団を除くその余の債権者11名(「債権者教員ら」)は,いずれも慶應大学の教員であるが,世界的文化財の同一性を享受することを内容とする文化的享受権を有するなどとし,債務者の行為は同権利を侵害するものであるなどと主張して,いずれも債務者に対し,本件建物等の解体,移設工事の差止めを求めている。

2 争点(2)(同一性保持権の侵害の有無)について
上記1において判断したところによれば,債権者イサム・ノグチ財団及び債権者教員らは,いずれも被保全権利の存在について疎明したものといえないから,本件申立てはいずれも却下すべきものである。
したがって,争点(2)については本来判断の必要がないものであるが,事案にかんがみ,念のため,この点についての当裁判所の判断を示すこととする。
(1) 本件工事による著作物改変の有無について
ア イサム・ノグチの著作物について
本件工事によりイサム・ノグチの著作物が改変されるかどうかの前提として,まず,本件におけるイサム・ノグチの著作物について検討する。
() 債権者らは,本件建物について,建築家谷口とイサム・ノグチの共同著作物であり,本件建物,庭園及び彫刻が一体となったものが,イサム・ノグチの著作物である旨を主張する。
()
上記のとおり,谷口とイサム・ノグチは,ノグチ・ルームを含む本件建物,庭園及び彫刻の製作について,これを両者による共同作業と位置付けているものであるところ,前記前提事実として記載した事実関係によれば,ノグチ・ルームは,本件建物を特徴付ける部分であって,本件建物の正面を構成する重要な部分である1階南側部分を占め,西側庭園に直接面して,庭園と調和的な関係に立つことを目指してその構造を決定されている上,本件建物は元来その一部がノグチ・ルームとなることを予定して基本的な設計等がされたものであって,柱の数,様式等の建物の基本的な構造部分も,ノグチ・ルーム内のデザイン内容とされているものである。これらの事情に,疎明資料により認められる事情を総合すると,ノグチ・ルームを含めた本件建物全体が一体としての著作物であり,また,庭園は本件建物と一体となるものとして設計され,本件建物と有機的に一体となっているものと評価することができる。したがって,ノグチ・ルームを含めた本件建物全体と庭園は一体として,一個の建築の著作物を構成するものと認めるのが相当である。
彫刻については,庭園全体の構成のみならず本件建物におけるノグチ・ルームの構造が庭園に設置される彫刻の位置,形状を考慮した上で,設計されているものであるから,谷口及びイサム・ノグチが設置した場所に位置している限りにおいては,庭園の構成要素の一部として上記の一個の建築の著作物を構成するものであるが,同時に,独立して鑑賞する対象ともなり得るものとして,それ自体が独立した美術の著作物でもあると認めることができる。
() そして,上記のノグチ・ルームを含む本件建物全体,庭園及び彫刻が一体となった建築の著作物はイサム・ノグチと谷口の共同著作に係る著作物であり,独立の著作物としての彫刻はイサム・ノグチの著作物であるから,イサム・ノグチは,これらの著作物について,共同著作者ないし著作者として,著作者人格権(同一性保持権)を有する。
そこで,上記の一体としての建築の著作物及び独立の著作物としての彫刻が,本件工事により改変されるかどうかについて,以下検討する。
イ 本件工事による著作物の改変の有無について
() 本件工事がノグチ・ルーム,庭園及び彫刻に対して及ぼす影響について
()
() 以上を前提に,本件工事によって,ノグチ・ルーム,庭園及び彫刻が一体となった建築の著作物,並びに彫刻の著作物が,改変される結果となるかどうかについて,検討する。
a 上記のとおり,ノグチ・ルームについてみると,ノグチ・ルームの東側についての空間的特性が失われること,一般的に鉄筋コンクリートの建築物はいったん解体してしまうと復元が難しいとされており,本件建物の壁面と一体となっているテラコッタタイルの復元は困難であることなどにかんがみれば,本件工事により,ノグチ・ルームにつき,製作者の意図した特徴が一部損なわれる結果を生じるといわざるを得ない。
b 「無」と題する彫刻は,ノグチ・ルームの西側庭園中央部に位置し,ノグチ・ルームの室内から見ると,日の沈む方向に設置されるなど,その形状・位置がノグチ・ルームとの位置関係を含めた庭園全体の構造において意味を持ち,庭園を構成する要素としてとらえることができるから,その設置場所の変更については庭園全体の改変に当たるかどうかという観点からの検討が必要である。この点については,前記のとおり,本件工事においては,「無」と題する彫刻はノグチ・ルームとの位置関係を含めて,彫刻の設置位置,向き等につき現状をそのまま復元することとされているから,同彫刻の移設のみによって庭園全体の改変につながるものではない。「学生」と題する彫刻は,現状において,既にイサム・ノグチが当初設置した場所から移設され,イサム・ノグチが意図した位置に所在しなくなっているものであるから,本件工事により,同彫刻が移設されることが,庭園全体の改変につながる余地はない。
c しかし,庭園全体についてみると,本件庭園は,イサム・ノグチが,庭園部が西側崖上に位置することから,庭園の大地性の表現のために,西側の崖の斜面から伸びている樹木を計算に入れ,庭園の南側がすぐに演説館と隣接しており,稲荷山の起伏,演説館の西部分,その裏側にある巨樹などが庭園にいる者の視野に入ることなどを考慮して,谷口と共に設計したものである。本件工事においては,庭園は,全体として,ノグチ・ルームとの位置関係を含めて現状を復元する形で移築されるものではあるが,前記のような,周囲の土地の形状等をも考慮に入れた上での製作者の意図は,本件工事の施工により失われてしまうことになる。したがって,庭園については,本件工事により,製作者の意図した特徴が損なわれる結果を生じるものである。
d なお,前述のとおり,彫刻については,これを庭園の構成要素として考慮するほか,独立の美術の著作物としても考慮することが可能であるが,独立した美術の著作物としての彫刻においては,製作者の意図は当該彫刻の形状・構造等によって表現されているものであるから,展示される場所のいかんによって,製作者の意図が見る者に十分に伝わらないということはない。したがって,独立の著作物としての前記各彫刻は,本件工事により改変されるものではない。
ウ 小括
上記によれば,本件工事は,ノグチ・ルーム及び「無」と題する彫刻を含めた庭園の現状をできる限り維持した形でこれを移設しようとするものであるが,本件建物全体についてその形状が改変されるのはもちろんのこと,本件建物を特徴付ける部分であるノグチ・ルームについて製作者の意図する特徴を一部損なう結果を生じ,庭園についても周囲の土地の形状等をも考慮に入れた上での製作者の意図が失われるものであるから,ノグチ・ルームを含めた本件建物全体と「無」と題する彫刻を含めた庭園とが一体となった建築の著作物が,本件工事により改変され,著作物としての同一性を損なわれる結果となるといわざるを得ない。
(2) 争点(2)イ(著作権法20条2項2号又は60条但書の適用の有無)について
ア 前記の前提事実に疎明資料及び審尋の結果を総合すれば,債務者の新校舎建築計画に至るまでの経緯については,次の各事実が疎明されているものと認められる。
()
イ 前記の前提事実及び上記アの事実に照らし,著作権法20条2項2号の適用の有無について判断する。
前記のとおり,本件においては,イサム・ノグチと谷口の共同著作に係る著作物としての,ノグチ・ルームを含む本件建物全体,庭園及び彫刻が一体となった建築の著作物と,独立の著作物としてのイサム・ノグチの著作に係る「無」,「学生」と題された各彫刻が問題となるものであるところ,このうち,ノグチ・ルームを含む本件建物全体,庭園及び彫刻が一体となった建築の著作物が,本件工事により改変を受けるものである。
著作権法20条2項2号は,建築物については,鑑賞の目的というよりも,むしろこれを住居,宿泊場所,営業所,学舎,官公署等として現実に使用することを目的として製作されるものであることから,その所有者の経済的利用権と著作者の権利を調整する観点から,著作物自体の社会的性質に由来する制約として,一定の範囲で著作者の権利を制限し,改変を許容することとしたものである。これに照らせば,同号の予定しているのは,経済的・実用的観点から必要な範囲の増改築であって,個人的な嗜好に基づく恣意的な改変や必要な範囲を超えた改変が,同号の規定により許容されるものではないというべきである。
これを本件についてみると,上記のとおり,本件工事は,法科大学院開設という公共目的のために,予定学生数等から算出した必要な敷地面積の新校舎を大学敷地内という限られたスペースのなかに建設するためのものであり,しかも,できる限り製作者たるイサム・ノグチ及び谷口の意図を保存するため,法科大学院開設予定時期が間近に迫るなか,保存ワーキンググループの意見を採り入れるなどして最終案を決定したものであって,その内容は,ノグチ・ルームを含む本件建物と庭園をいったん解体した上で移設するものではあるが,可能な限り現状に近い形で復元するものである。これらの点に照らせば,本件工事は,著作権法20条2項2号にいう建築物の増改築等に該当するものであるから,イサム・ノグチの著作者人格権(同一性保持権)を侵害するものではない(仮に,イサム・ノグチの著作物として,上記のような本件建物全体と庭園とを一体としてとらえた建築の著作物ではなく,債権者らの予備的申立てにいうように,本件建物のうちノグチ・ルーム部分と庭園を問題とした場合であっても,ノグチ・ルームは建築物の一部分として著作権法20条2項2号の適用を受け,庭園もその性質上,同号の規定が類推適用されるものと解するのが相当であるから,上記の結論は変わらない。)。
ウ 著作権法60条但書の適用について
著作者人格権は一身専属の権利であり,本来,著作者が存しなくなった後においてはその保護の根拠が失われるものであるが(同法59条),著作権法は,著作者が存しなくなった後においても,一定の限度でその人格的利益の保護を図っている(同法60条)。
この場合において,著作権法60条但書は,著作物の改変に該当する行為であっても,その行為の性質及び程度,社会的事情の変動その他によりその行為が著作者の意を害しないと認められる場合には,許容されることを規定している。
そして,著作者の意を害しないという点は,上記の各点に照らして客観的に認められることを要するものであるところ,本件においては,上記のとおり,本件工事は,公共目的のために必要に応じた大きさの建物を建築するためのものであって,しかも,その方法においても,著作物の現状を可能な限り復元するものであるから,著作者の意を害しないものとして,同条但書の適用を受けるものというべきである。
したがって,仮に本件工事について著作権法20条2項2号が適用されないとしても,同法60条但書の適用により,本件工事は許容されるというべきである。
(3) 上記に判断したところによれば,いずれにしても,債権者イサム・ノグチ財団が被保全権利を有することが疎明されているということはできない。