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  著作権判例セレクション
  
   字幕翻訳者の氏名不表示が問題となった事例 
  
  ▶令和6年5月29日東京地方裁判所[令和4(ワ)2227等]▶令和6年12月23日知的財産高等裁判所[令和6(ネ)10054]
  
  5 争点3(本件商品2から本件商品4まで及び本件商品6から本件商品9までついて、字幕翻訳者として原告の氏名を表示しなかったことは、原告の氏名表示権を侵害するか)について
  
  ⑴ 本件商品2から本件商品4まで及び本件商品6から本件商品9までに原告の氏名が表示されていないことについては、当事者間に争いがない。
  
  そして、本件商品2から本件商品4まで及び本件商品6から本件商品9までが発売された当時、原告が字幕翻訳者として自身の氏名を表示することを望まないとの意向を明示的に示していたことを示す証拠はなく、また、本件商品1のジャケットの裏表紙及び本件商品5の小冊子については原告の氏名が表示されている。
  
  ⑵ 被告S及び被告Fは、原告に対してDVDの販売を告知した際に原告が氏名の表示をしてほしい旨の要望をしなかった旨、及び原告が自身の氏名の表示を希望するのであれば、エンドロールに自身の氏名を表示すれば足りるにもかかわらず、原告はこれをしなかったのであるから、氏名不表示が原告の選択である旨を主張する。
  
  しかし、字幕翻訳者として生計を立てている者は、通常、自身の翻訳した作品に字幕翻訳者として氏名を表示されることに利益があると考えられ、かつ、本件に関する他の商品については氏名が表示されていたなどの本件における前記⑴記載の状況に照らせば、原告について、本件で通常と異なる状況があったとは認められない。原告に対してDVDの販売を告知した際に原告が氏名の表示をしてほしい旨の要望をしなかったといった事実や原告がエンドロールに自ら氏名を入れなかった事実があったとしても、それらが、本件において、氏名不表示が原告の選択であったことを裏付けるものとはいえない。
  
  ⑶ 被告S及び被告Fは、日本の映画業界において、字幕翻訳者からの要望がない限り、映画の作品に字幕翻訳者の氏名を表示するか否かは、商慣習上、映画の製造、販売業者の裁量に委ねられている旨主張する。
  
  しかし、本件において、そのような慣習の存在を裏付ける事実があると認めるに足りる証拠の提出はない。被告S及び被告Fは、製作者と翻訳者との契約書においては、一般的に「甲(製作者)は、その裁量においては、映画及びその他の機会において、乙(翻訳者)の氏名を、日本における字幕翻訳者の氏名表示慣行に従って表示する権利を有する」との条項が設けられることがあるとして、字幕翻訳者の氏名を表示するか否かは製作者の権限であるといえる旨も主張する。しかし、上記文言は、その文言上、製作者がその裁量において「日本における字幕翻訳者の氏名表示慣行に従って表示する権利」を有するというものであり、表示につき、日本の氏名表示慣行に従って表示することができることは定めているといえるが、これが氏名を表示しないことを許容するものであるとは直ちにはいえない。また、上記文言が、被告S及び被告Fが主張するように解釈されることを裏付ける証拠の提出はない。上記の契約書の文言自体は、一般的に製作者と翻訳者は翻訳者の氏名を何らかの方法で表示することを前提としていると理解することもできる。したがって、上記条項がある契約が締結されることがあることをもって、被告S及び被告Fが主張する慣習が存在することを裏付けるものとはいえない。
  
  ⑷ 以上によれば、原告は、本件商品2から本件商品4まで及び本件商品6から本件商品9までの発売時点において、原告が本件各字幕の字幕翻訳者として氏名表示されることを望んでいたといえ、本件において、映画の作品に字幕翻訳者の氏名を表示するか否かが映画の製造又は販売業者の裁量によるとの商慣習を認めるに足りないところ、本件商品2から本件商品4まで及び本件商品6から本件商品9までについて、字幕翻訳者として原告の氏名を表示しなかったことは、原告の氏名表示権を侵害したといえる。
  
  (略)
  
  8 争点6(損害及びその数額)について
  
  ⑴ 同一性保持権侵害について
  
  (略)
  
  ⑵ 氏名表示権侵害について
  
  本件商品2、本件商品6及び本件商品9は本件字幕付映画1を、本件商品3は本件字幕付映画2を、本件商品4及び本件商品8は本件字幕付映画3を、本件商品7は本件字幕付映画2及び本件字幕付映画4をそれぞれ収録したものである。そして、本件字幕付映画3に付された本件字幕3は、本件字幕付映画1に付された本件字幕1を短縮して作成されたものであり、本件字幕付映画2に付されている本件字幕2も新たに翻訳された部分(10分)があるとはいえ、その大部分が本件字幕1と同一の翻訳部分である。そして、一般の消費者においても、本件商品2から本件商品4まで及び本件商品9は本件商品1の各ディスクと同一の商品であり、本件商品6から本件商品8までは本件商品5の各ディスクと同一商品であることが理解できるところ、本件商品1のジャケット及び本件商品5の小冊子には、原告の氏名が表示されていた。これらの事実関係を踏まえて考えると、本件商品2から本件商品4まで及び本件商品6から本件商品9までの各商品の販売により原告の氏名表示権が侵害されたことにより生じた精神的苦痛を慰謝すべき金額としては、商品ごとに7万円であると認めるのが相当である。
  
  
  [控訴審同旨]
  
  4 争点3(本件商品2~4、6~9について、字幕翻訳者として第1審原告の氏名を表示しなかったことは第1審原告の氏名表示権を侵害するか)について
  
  (1)
下記(2)のとおり第1審被告Sの補充的主張に対する判断を付加するほか、原判決…の説示のとおりであるから、これを引用する。
  
  (2)
第1審被告Sは、契約関係にある緊密な関係の当事者間においては、氏名表示権に関し、著作者の権利行使の意思表示がある場合に初めて、他の関係者は拘束される旨主張する。しかし、字幕付きの外国映画においては、字幕翻訳者の氏名を表示するのが一般的な取扱いであり(上記引用に係る原判決のとおり)、日本語字幕翻訳を業とする第1審原告が氏名表示の不表示をあえて望むとも考え難い。このような本件の事情に加え、著作者の名誉・声望・社会的評価、満足感等を保護するため、氏名を表示するか否かの決定を著作者に委ねたという氏名表示権の趣旨からすれば、表示を要し5 ないとの著作者の意思が客観的に認められない限り氏名表示を要するというべきで、第1審被告Sの主張は採用できない。
  
  (略)
  
  7 争点6(損害及びその数額)について
  
  (1)
同一性保持権侵害について
  
  (略)
  
  (2)
氏名表示権侵害について
  
  本件商品2~4、6~9につき、字幕翻訳者としての第1審原告の氏名が表示されなかったことによる氏名表示権侵害に係る慰謝料の額は、原判決…のとおり、商品ごとに7万円、合計49万円と認めるのが相当である。
  
  第1審原告は、BOXを購入した消費者にしか本件各字幕の作者が第1審原告であることを知られずに終わってしまうと次の仕事につながらず、打撃は大きい旨主張するが、DVDについてはBOX製品がまず発売されており、また、ブルーレイでもBOX製品である本件商品5の出荷数が一番多く、これらに第1審原告の氏名が表示されている以上、第1審原告にとって次の仕事につながらない状態になったとまではいえない。
  
  一方、第1審被告S及び同Fは、本件各商品の内容に大きな差異がないことを理由に商品ごとに損害を算定するのは不合理である旨主張するが、別個の商品として販売されている以上、商品ごとに損害を算定することが不合理とはいえない。