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著作権判例セレクション

パブリシティ権の意義/パブリシティ権侵害の不法行為性(パブリシティ権侵害を否定・プライバシー権侵害を認定した事例)

平成120229日東京地方裁判所[平成10()5887]
一 争点1(パブリシティ権の侵害)について
1 原告は、被告らが本件書籍を発行・販売した行為が、原告がその氏名、肖像等の持つ経済的な利益ないし価値を排他的に支配する財産的権利であるパブリシティ権を侵害する旨主張しているところ、いわゆるパブリシティの権利に関しては、次のとおりに解することができる。
固有の名声、社会的評価、知名度等を獲得した著名人の氏名、肖像等を商品に付した場合には、当該商品の販売促進に有益な効果がもたらすことがあることは、一般によく知られているところである。そして、著名人の氏名、肖像等が持つ顧客吸引力について、これを当該著名人の獲得した名声、社会的評価、知名度等から生ずる独立した経済的利益ないし価値として把握し、当該著名人は、かかる顧客吸引力の持つ経済的価値を排他的に支配する財産的権利(いわゆる「パブリシティ権」)を有するものと解して、右財産権に基づき、当該著名人の氏名、肖像等を使用する第三者に対して、使用の差止め及び損害賠償を請求できるという見解が存在する。
しかしながら、著名人は、自らが大衆の強い関心の対象となる結果として、必然的にその人格、日常生活、日々の行動等を含めた全人格的事項がマスメディアや大衆等による紹介、批判、論評等の対象となることを免れないし、また、現代社会においては、著名人が著名性を獲得するに当たり、マスメディア等による紹介等が大きくあずかって力となっていることを否定することができない。そして、マスメディア等による著名人の紹介等は、本来言論、出版、報道の自由として保障されるものであることを考慮すれば、仮に、著名人の顧客吸引力の持つ経済的価値を、いわゆるパブリシティ権として法的保護の対象とする見解を採用し得るとしても、著名人がパブリシティ権の名の下に自己に対するマスメディア等の批判を拒絶することが許されない場合があるというべきである。
したがって、仮に、法的保護の対象としてもパブリシティ権の存在を認め得るとしても、他人の氏名、肖像等の使用がパブリシティ権の侵害として不法行為を構成するか否かは、具体的な事案において、他人の氏名、肖像等を使用する目的、方法及び態様を全体的かつ客観的に考察して、右使用が他人の氏名、肖像等の持つ顧客吸引力に着目し、専らその利用を目的とするものであるかどうかにより判断すべきものというべきである。
2 これを本件についてみるに、証拠によれば、本件書籍の外観及び内容は、次のとおりのものと認められる。
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3 右に認定した事実によると、本件書籍は、その題号の主要部分として原告の氏名が用いられて表紙及び背表紙にこれが大書され、表紙中央部には原告の全身像のカラー写真が大きく表示されており、しかも、その冒頭部分及び本文中の随所に原告の写真が掲載されていて、原告の氏名及び肖像写真を利用して購入者の視覚に訴える体裁になっているということができる。
しかし、本件書籍のうち、写真、サイン、本件詩等が掲載された部分を除く残りの約200頁は、関係者に対するインタビューその他の取材活動に基づいて、原告の生い立ちや言動について記述された文章で構成されており、これが本件書籍の中心的部分であるといえる。また、本文中に掲載された原告の写真は、その前後の文章で採り上げられた時期の原告に対応するものであって、本文の記述を補う目的で用いられたものということができる。
他方、表紙、背表紙及び帯紙並びにグラビア頁に利用された原告の氏名及び肖像写真については、文章部分とは独立して利用されており、原告の氏名等が有する顧客吸引力に着目して利用されていると解することができる。しかし、右のような態様により原告の氏名、肖像が利用されているのは、本件書籍全体としてみれば、その一部分にすぎないものであって、原告の肖像写真を利用したブロマイドやカレンダーなど、そのほとんどの部分が氏名、肖像等で占められて他にこれといった特徴も有していない商品のように、当該氏名、肖像等の顧客吸引力に専ら依存している場合と同列に論ずることはできない。また、著名人について紹介、批評等をする目的で書籍を執筆、発行することは、表現・出版の自由に属するものとして、本人の許諾なしに自由にこれを行い得るものというべきところ、そのような場合には、当該書籍がその人物に関するものであることを識別させるため、書籍の題号や装丁にその氏名、肖像等を用いることは当然あり得ることであるから、右のような氏名、肖像の利用については、原則として、本人はこれを甘受すべきものである。
以上によれば、本件書籍における原告の氏名、肖像等の使用は、その使用の目的、方法及び態様を全体的かつ客観的に考察すると、原告の氏名、肖像等の持つ顧客吸引力に着目して専らこれを利用しようとするものであるとは認められないから、仮に法的保護の対象としてのパブリシティ権を認める見解を採ったとしても、被告らによる本件書籍の出版行為が原告のパブリシティ権を侵害するということはできない。
4 したがって、パブリシティ権侵害を根拠とする原告の請求は、理由がない。
二 争点2(プライバシー権の侵害)について
1 他人に知られたくない私生活上の事実、情報をみだりに公表されない利益ないし権利(いわゆる「プライバシー権」)は、個人の生活に不可欠な人格的利益として法的保護の対象となるものというべきである。そして、プライバシー権の侵害があるというためには、公表された内容が、(1)私生活上の事実又は私生活上の事実らしく受け取られるおそれのある事柄であって、(2)一般人の感性を基準として他人への公開を欲しない事柄であり、(3)これが一般に未だ知られておらず、かつ、(4)その公表によって被害者が不快、不安の念をおぼえるものであることを、要するものと解するのが相当である。
2 これを本件についてみるに、証拠によれば、本件書籍に関しては、前記一2認定の事実に加え、次の事実を認めることができる。
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3 右認定の事実によれば、本件書籍の記述及び掲載された写真等のうち、原告がプロサッカー選手になった以降の原告に関するもの、並びに、プロサッカー選手になる以前の事項であっても、ジュニアユース等の日本代表選手として活躍した様子や、中学校及び高等学校のサッカー部での活動状況に関するものは、その少なくとも一部はこれまでに新聞、雑誌等で報道された事項であると解されるし、また、プロサッカー選手であるという原告の立場を勘案すれば、これらの事項は一般人の感性を基準として公開を欲しない事柄であるとまではいえないから、本件書籍中の右の記述は、プライバシー権を侵害するものでないということができる。
これに対し、原告の出生時の状況、身体的特徴、家族構成、性格、学業成績、教諭の評価等、サッカー競技に直接関係しない記述は、原告に関する私生活上の事実であり、一般人の感性を基準として公開を欲しない事柄であって、かつ、これが一般の人々に未だ知られていないものであるということができる。そして、これが公表されたことによって原告は重大な不快感をおぼえていると認められる。さらに、幼少時代に出席した結婚披露宴でのものなど、サッカーという競技に直接関係しない写真や、本件詩についても、右と同様に解することができる。
したがって、本件書籍にこれらを掲載した行為は、原告のプライバシー権を侵害するものというべきである。
4 この点に関し、被告らは、原告が公的人物であること、公表を承諾していると推認できる範囲内の事項であること、原告の社会的評価の低下をもたらすものでないことなどを主張して、本件におけるプライバシー権の侵害を争うので、これにつき検討する。
著名人に関しては、その私生活上の事項に対しても世間の人々が関心を抱くものということができるから、その関心が正当なものである限り、国民の知る権利や表現の自由の観点から、私生活上の事実を公表することが許される場合があり得る。
しかし、著名人であっても、みだりに私生活へ侵入されたり、他人に知られたくない私生活上の事実を公開されたりしない権利を有しているのであるから、著名人であることを理由に、無制限にこれが許容されるものではない。もっとも、国会、地方議会の議員や公職者ないしこれらの候補者等の場合は、民主政治の基盤を成す国民の判断の前提となる情報の提供という見地から表現の自由に対する保護が特に強く要請されるものであるから、これらの者については、私生活上の事項であっても有権者が正当に関心を抱くべき事柄として、これを公表することが許容される範囲も広いものと解することができるが、原告のようなプロスポーツ選手の場合を、これと同一に論ずることはできない。
また、プロスポーツ選手については、その活動の模様がマスメディアで報道され、その私生活上の事実に対しても一般市民が関心を抱くものであるので、その職業を選択した以上は、私生活上の事実についても一定の範囲では公表されることを包括的に承諾しているということができるにしても、プロになる以前の事柄に関しては、当該スポーツ分野における活動歴等を除く私的事項についてまで公表されることを一般的に承諾しているということはできない。加えて、本件においては、原告は、従来からプロサッカー選手になる以前の行動や写真につき一切公表したくないという基本的な考え方を持っており、プロになる以前の事柄については、取材を受けても一切話をしていないことに照らすと、原告の承諾が推定されるということは、到底できない。
そして、私生活上の事実を公表されないという利益は、社会的評価の向上又は低下とは関係しないものであるから、本件書籍によって原告に対する社会的評価の低下がもたらされることがないとしても、そのことを理由にプライバシー権を侵害しないということもできない。
したがって、被告らの右主張は採用できない。
5 以上によれば、被告らによる本件書籍の発行・販売行為は原告のプライバシー権を侵害するものであり、原告はこれによって重大な被害を被っていると認められるから、原告は被告らに対し、侵害行為の差止め及び後述の損害賠償を求めることができるものと判断するのが相当である。
なお、原告のプライバシー権を侵害すると認められる記述及び写真等は、本件書籍の一部にとどまるものではあるが、侵害に当たる部分とそれ以外の部分とを判然と区別することができず、侵害に当たる部分が本件書籍中で重要な部分を占めており、これを除いた場合には本件書籍が書籍としての体をなさなくなるものと認められることに照らすと、本件書籍全体の発行、販売及び頒布行為の差止めを認めるべきものである。
三 争点3(公表権の侵害)について
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四 争点4(複製権の侵害)について
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五 争点5(損害の額)について
1 右に判示したところによれば、原告は被告らに対し、著作権(複製権)侵害により被った財産的損害及びプライバシー権侵害により被った精神的損害につき、その賠償を求めることができる。
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3 原告がプライバシー権侵害により受けた精神的損害については、右三で認定した侵害行為の態様、本件書籍に対する原告の不快感や、右2のとおり被告らが本件書籍の出版により約3700万円の利益を得ていると認められることを総合すれば、原告の被った精神的損害を金銭的に評価すると、その額は200万円を下るものでないというべきである。
4 したがって、原告は被告らに対し、右2及び3の合計額385万円及びこれに対する不法行為の後である平成10415日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の連帯支払を求めることができる。
六 以上によれば、原告の請求は、本件書籍の発行等の差止め及び右五で認定した金額の損害賠償を求める限度で理由があるから、主文のとおり判決する。