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著作権判例セレクション

書籍に掲載された中学校学年文集の詩(全文)の適法引用を否定した事例

平成120229日東京地方裁判所[平成10()5887]
四 争点4(複製権の侵害)について
1 本件詩の全文を本件書籍にそのまま掲載した被告らの行為が、本件詩の複製に当たることは明らかである。
2 被告らは、本件詩を本件書籍へ掲載した行為は、公表された著作物を引用して利用したものであって、著作権法321項により著作権侵害の責任を負わないと主張している。
本件詩が「公表された著作物」に当たることは、前記三のとおりであるので、本件における被告らの行為が右条項の「引用」に該当するかどうかについて検討する。
「引用」とは、紹介、参照、論評その他の目的で自己の著作物中に他人の著作物の全部又は一部を採録することをいい、これが右条項所定の「その引用は、公正な慣行に合致するものであり、かつ、報道、批評、研究その他の引用の目的上正当な範囲内で行なわれるものでなければならない。」との要件に該当するといえるためには、引用を含む著作物の表現形式上、引用して利用する側の著作物と、引用されて利用される著作物とを明瞭に区分して認識することができ、かつ、右両著作物間に、前者が主、後者が従の関係があることを要するものと解すべきである。
これを本件についてみるに、証拠によれば、本件詩は15行から成るものであるが、本件書籍にはその全文が掲載されていること、本件詩は、前記学年文集に原告の自筆による原稿が写真製版された形で掲載されていたところ、本件書籍の65頁の中央部に、これがそのまま複写された形で掲載されていること、右の頁は、本件詩の下部に「中学の文集でAが書いた詩。強い信念を感じさせる。」とのコメントが付されている以外は余白となっていること、本件書籍の本文中には本件詩に言及した記述は一切ないことが認められる。
右認定の事実によれば、本件書籍の読者は本件詩を独立した著作物として鑑賞することができるのであり、被告らが本件書籍中に本件詩を利用したのは、被告らが創作活動をする上で本件詩を引用して利用しなければならなかったからではなく、本件詩を紹介すること自体に目的があったものと解さざるを得ない。
右のとおり、本件書籍のうちの本件詩が掲載された部分においては、その表現形式上、本文の記述が主、本件詩が従という関係があるとはいえない(むしろ、本件詩が主であるということができる。)から、被告らが本件詩を本件書籍に掲載した行為が、著作権法上許された引用に該当するということはできない。
3 したがって、原告は被告らに対し、複製権侵害に基づいて、被告らが本件詩を複製することの差止め(なお、複製権侵害に当たるのは本件詩を掲載した頁のみであるからこれを理由として差止めを求め得るのも右の限度に限られるが、前述のとおり、プライバシー権侵害を理由として、本件書籍全体の差止めが認められる。)及び後述の損害賠償を求めることができる。
五 争点5(損害の額)について
1 右に判示したところによれば、原告は被告らに対し、著作権(複製権)侵害により被った財産的損害及びプライバシー権侵害により被った精神的損害につき、その賠償を求めることができる。
2 財産的損害につき、原告は、著作権法1141[注:現2]に基づいて、本件書籍の発行・販売行為により被告らが得た利益の額を原告が受けた損害の額として請求している。
被告らは、右の利益の額に関し、売却冊数55346冊分の販売価格が46595061円、これに係る印刷代、出張費等の原価が9593207円であると主張しており、原告はこれを争うことを明らかにしていない。被告らは、右の原価に加え、断裁冊数69654冊分の原価12073360円並びに販売費及び一般管理費11668534円を右の販売価格から控除した金額(13260860円)が被告らの得た利益の額であると主張するが、被告らは右費目ごとの金額をあげて控除すべき理由を明らかにせず、また、被告らが提出した証拠を総合しても、これらの費用の具体的な内容は不明であるから、これをもって控除すべき費用に当たると認めることはできない。
したがって、被告らが本件書籍の発行・販売行為により得た利益の額は、右の販売価格から印刷代等の原価を控除した37002754円と認められる。
そして、本件詩が掲載されたのは、グラビア部分4頁及び本部分237頁から成る本件書籍のうちの一頁のみであるが、頁の全面に掲載されたものであり、読者に強い印象を与えるものであること、原告が自筆したものがそのまま写真複製されていることを考慮すると、被告らが本件詩を複製することによって得た利益は、少なくとも右利益額の約5パーセントに相当する185万円を下るものではないと認められる。