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  著作権判例セレクション
   オートバイレース走行写真即時販売事業における当該写真の職務著作性が争点となった事例/ 写真の無償利用許諾を認定した事例
  
  ▶平成21年6月26日水戸地方裁判所
龍ケ崎支部[平成20(ワ)52]▶平成21年12月24日知的財産高等裁判所[平成21(ネ)10051]
  (注) 本件は,原告が,被告に対し,著作権(複製権,譲渡権)の侵害に基づく使用料相当額の損害賠償として, 著作者人格権(公表権, 氏名表示権,同一性保持権)の侵害に基づく慰謝料として所定の金員を求めた事案である。
  
  (前提事実)
  
  〇 原告は フリーのカメラマンであり
個人で写真事務所を経営している。
  
  〇 被告は,オートバイレース参加者の走行中の写真を撮影し,それをレース終了後即時に販売する事業(「本件写真販売事業」)を企画した。A(被告の代表者取締役)は,原告に対し,同事業の内容を説明して参加を持ち掛け,原告が本件写真販売事業の写真撮影を行うことで合意した。
  
  
  職務著作の成否(争点1)について判断する。
  
  1 前提となる事実, 証拠及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる。
  
  (略)
  
  3 上記認定,判断を前提に,原告が被告の業務に従事する者としてその職務上本件写真を作成したかどうかを判断する。
  
  (1)
本件業務においては,被告の発意に係る本件写真販売事業の特長である即日販売を実現するため,写真撮影から販売までを,被告の指揮命令の下,各関係者があらかじめ定められた役割分担に従い,それらの者が結合することによって組織的に行っているということができる。すなわち,著作物の作成そのものである本件写真の作成について,撮影は原告がその準備した機材によってするものではあるが,その中から販売に適したものを選別し,印刷に付するのはAらPCデータ班に属する者であり,昇華型プリンタによって画質の優れた写真を印刷することも,本件写真販売事業の特長として被告が発案したものである。そして,被告は昇華型プリンタ等の印刷機を準備した上,同プリンタの設定に合う画像サイズやカメラについても原告に具体的に指示し,また,上記(1)のとおり,本件写真販売事業において原告の撮影した写真と別の者が撮影した写真とではその構図に大きな違いはなく,そのことは本件撮影という創作活動に関する原告の裁量が必ずしも大きくないことを示している。
このほか,本件業務の円滑な進行や収益確保の観点からも,撮影枚数等の作業の進め方に関して被告の具体的な指揮が及んでいるし,原告は被告から補助的なものとはいえ本件撮影以外の作業の割り当ても受け,他の関係者と協力してこれを行っているのである。
  
  対価の額及び支払方法については,本件写真販売事業において写真撮影の仕事の出来高に応じた金額の変化はなく,仕事に従事した時間に応じた金銭が支払われていることからすると,労務の提供の対価と見ても差し支えのないものということができる。
  
  (2)
原告は,①原告と被告とは雇用ではなく請負の関係であって,そのことはAも原告に送信した電子メールの中で認めているし,②本件撮影は,原告の作意により,原告のカメラマンとしての知識と技術に基づいて行われたものであるから,被告と原告との間に指揮監督の関係はないと主張する。
  
  しかし,①の点については,原被告間の契約の類型が直ちに雇用といえるかどうかはともかく,少なくとも,上記(1)のような本件業務の態様,被告の指示内容,原告の提供した役務からすると,原告が被告から独立した地位で仕事をしたとか,本件写真の完成までを単独でしていたとは言い切れないというべきである。また,証拠によれば,Aが本件各走行会後に原告に送信した電子メールの中に,「雇用,単発の請負をしている限り,契約となります。」との記載や,原告が被告から本件撮影を請け負ったと記載されている部分のあることが認められる。しかし,前者は「雇用」という文言が並記されていることからも明らかなように,請負の関係にあることを被告が認めたものではなく,その前に「契約書が無くとも,たとえ口約束だとしても」と記載されていることに照らし,口頭での合意であっても契約は成立する旨を述べているにすぎないと認められるし,後者についても,雇用と請負との法的な区別を特に意識した上で請け負うという言葉を使ったとは認められない。
  
  次に,②の点については,確かに,原告の主張するように,本件撮影には原告の職業写真家としての専門的知識や技量が生かされているということができ,被告も原告の技術に一定の期待をして原告に撮影を依頼したことは,プロのカメラマンが撮影することが本件写真販売事業のセールスポイントになっていたことからみて明らかである。しかし,そのことが組織的業務性,指揮命令関係の存在と必ずしも矛盾するわけではないし,本件写真の構図等が専ら原告の独創性に依拠したものとはいえないことは,既に述べたとおりである。また,原告が撮影位置を自己の判断で変えるようになったとしても,それは原告が本件写真販売事業での撮影に慣れ,被告の方針を理解していった結果であると考えられるから,被告による指揮命令の存在を認める妨げとはならない。
  
  (3)
このことに加えて,本件写真販売事業においては,撮影した走行写真の電子データを記録した媒体を走行会終了後にホームページ等での使用を許して無償で主催者側に交付することとされていて,これは,本件写真が被告の著作物であることを前提とするものと理解することができる。そして,上記2で述べたとおり,原告は本件各走行会でこれと異なる取扱いを主張することはできない立場にあったと解すべきであって,そうであれば,原告と被告とは,被告に本件写真の著作権を原始的に帰属させることを前提にしているような関係にあったということができる。
  
  (4)
以上のような諸事情を総合考慮すると,原告は被告の職務に従事する者に当たるということができ,かつ,前記認定によれば,原告がその職務上本件写真を撮影したことも明らかというべきである。
  
  4 本件写真が被告の著作名義の下に公表するものであるかについて判断する。
  
  (1)
前記認定によれば,本件写真は縮小されたインデックス写真等として販売用テント前に展示されていて,これは多数の本件各走行会参加者に提示されたものということができるから(なお,原告がこの形態での利用に同意していたことは本件写真販売事業の性質上明らかで,原告もこのことは認めている。),本件写真はこの時点で公表されたということができる。そこで,本件写真が被告の著作名義の下に公表するものであるかどうかも,本件撮影時においてこの公表時点で付される著作名義はどのようなものかという観点から検討するのが相当である。
  
  そして,前記認定によれば,上記公表のときには,本件写真販売事業のサービス名と本件写真販売事業の企画者として被告の会社名が現に本件写真に付されていたものである。このうち,サービス名については,本件写真の著作者表示と関連性の強いものとは言い難いが,被告会社名については,写真撮影者である原告の名義が一切付されていないことも併せ考えると,これは直接には企画者を示すものではあるけれども,本件写真についての対外的な責任の所在をも示すものといってよく,この表示をもって被告が自己の著作の名義の下に本件写真を公表したと解することができる。
  
  このような現実の表示のほか,前記認定,判断のとおり,本件写真販売事業が組織的一体性の強いものであって,被告を著作者とするのにふさわしい実態があるといえることや,上記の現実の表示方法について,原告が異議を述べていないことを総合考慮すると,本件写真について,その創作時に公表の際付することが予定されていたのは被告の著作名義であるということができるから,本件写真は,被告の著作名義の下に公表するものであると認められる。
  
  (略)
  
  第4 結論
  
  以上によれば,本件写真については職務著作が成立し,本件写真の著作者は被告であると認められる。よって,その余の点について判断するまでもなく,原告の請求には理由がない。
  
  
  [控訴審]
  
  当裁判所も控訴人の本訴請求は理由がないと判断する。その理由は,原判決…のほか,次のとおりである。
  
  1 証拠及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実を認めることができる。
  
  (略)
  
  2 著作権(複製権,譲渡権)侵害を理由とする損害賠償請求について
  
  一審原告たる控訴人は,同人が平成18年7月13日の第1回ライコランド走行会及び同年9月21日のライコランド走行会で撮影した本件写真を被控訴人が控訴人の承諾なく主催者に提供し,これを受けたライコランド社が「ライコランドホームページ」及びイベント告知のポスターに掲載したことは,控訴人が有する本件写真に対する著作権(複製権,譲渡権)を侵害する違法な行為であると主張し,これに対し一審被告たる被控訴人は,本件写真は被控訴人のための職務著作であってその著作権は被控訴人に属する,仮にそうでないとしても上記提供は控訴人の予めの利用許諾を得ているから,違法でない等と主張する。そこで,前記1記載の事実関係を前提として,本件写真の職務著作性の有無,本件利用許諾の有無について,順次検討する。
  
  (1)
職務著作性の有無(争点1)
  
  ア 職務著作について定めた著作権法15条1項は,法人等において,その業務に従事する者が職務上作成する著作物(プログラムの著作物を除く。)で,その法人等が自己の名義の下に公表するものの著作者は,その作成の時における契約,勤務規則その他に別段の定めがない限り,その法人等とすると定めているところ,「法人等の業務に従事する者」に当たるか否かは,法人等と著作物を作成した者との関係を実質的にみたときに,法人等の指揮監督下において労務を提供するという実体にあり,法人等がその者に対して支払う金銭が労務提供の対価であると評価できるかどうかを,業務態様,指揮監督の有無,対価の額及び支払方法等に関する具体的事情を総合的に考慮して判断すべきものと解される(最高裁平成15年4月11日第二小法廷判決参照)。
  
  イ そこで,上記見解に立って本件をみるに,前記のとおり,控訴人は被控訴人の被用者ではなく,フリーのカメラマンとして個人で写真事務所を経営しているものあること,本件各走行会において控訴人は,本件写真販売事業においては控訴人の一般的指揮の下に撮影を行ったが,撮影に当たってはプロのカメラマンとしてこれを実施したこと,第1回走行会の前日である平成18年7月12日に,控訴人の撮影した写真であることを明示してもらうため被控訴人に対し,控訴人撮影のクレジットの挿入を要求し,現にライコランド社のホームページに掲載された本件写真には「PHOTO BY X」なる撮影クレジットが挿入されていること等の事実を認めることができ,これらを総合勘案すれば,控訴人は基本的には被控訴人との契約に基づきプロの写真家として行動していた者であり,被控訴人の指揮監督の下において労務を提供するという実体にあったとまで認めることはできない。
  
  ウ そうすると,本件写真は職務著作であるとする被控訴人の主張はこれを採用することができないことになり,これを肯定した原判決の見解は採用できないということになる。
  
  そこで,進んで,原審における争点2(控訴人は,被控訴人が本件写真の電子データを本件各走行会の主催者に交付しそのホームページ等においてこれを利用することを許諾していたか)について,判断することとする。
  
  (2)
利用許諾の有無(争点2)
  
  ア 前記1の認定事実,ことに平成17年3月の合意の際に控訴人がAから本件企画書を示されていることは当事者間に争いがない上,本件企画書にはオートバイ走行会で撮影された写真の電子データを被控訴人から主催者に交付することが明記されており,その内容は被控訴人が本件写真販売事業を行うに際して重要な事項であることからすれば,Aはそのことを控訴人に説明したと認めるのが相当である。また,控訴人は,Aからの指示により,オートボーイ杯において控訴人が撮影した写真の電子データを自ら媒体に記録して主催者に持参したことがあったが,これにつき控訴人はAに対し異議を述べたことはない上,本件各走行会後に本件写真の著作者をめぐって控訴人とAとの間で交わされた電子メールの中で,控訴人はAから平成17年3月の合意の際に示した本件企画書中に上記電子データの扱いについての記載があることを指摘されたのに対し,「この話はオートボーイ杯に関しての事で,ライコランド走行会に関してはお話ししておりません。」と返信しており,主催者への無償提供に関する説明を受けたこと自体は否定していないところ,かかる控訴人の態度は,オートバイ走行会で控訴人が撮影した写真の電子データを被控訴人から主催者に交付することを承諾していたことを前提としたものであるといえる。そうすると,Aは,平成17年3月の合意の際,控訴人に対し,本件業務において扱った写真データは,後日走行会の主催者側に販売以外の目的,具体的にはホームページ上での写真の掲載及び告知用ポスターへの掲載を目的として記録媒体により無償で提供することを説明し,控訴人はこれを承諾したと認めるのが相当である。
  
  イ 控訴人は,本件第1回走行会前の平成18年7月12日,Aに対し,本件第1回走行会において控訴人が撮影する写真の著作者は自分である旨のメールを送信し,その中で,主催者側がポスター・ウェブサイト等で控訴人の写真を使用する場合は使用許可が必要である旨の内容が含まれているが,控訴人が上記メールをAに送信したのは本件第1回走行会の前日という時間的猶予のない段階である上,被控訴人が控訴人の意向を承諾したと認めることもできないことからすれば,上記メールをもって前記利用許諾の合意が変更されたと認めることはできない。
  
  ウ そうすると,控訴人は,本件各走行会の終了後,被控訴人が本件写真を走行会の主催者に販売以外の目的,具体的にはホームページ上での写真の掲載及び告知用ポスターへの掲載を目的として記録媒体により無償で提供することを許諾していたと認めることができる。
  
  (3)
以上のとおり,控訴人が撮影した本件写真について職務著作は成立せずその著作権は控訴人にあることになるが,控訴人は被控訴人に対し予めその利用許諾をしていたことになるので,本訴請求のうち著作権侵害(356万円と付帯請求)に係る部分は理由がないことになる。
  
  3 著作者人格権(公表権,氏名表示権,同一性保持権)侵害を理由とする損害賠償請求について
  
  一審原告たる控訴人は,被控訴人がアップデザインズ社を通じてライコランド社に本件写真の電子データを提供し,控訴人の承諾なく画像サイズが縮小されるなどした上,控訴人のクレジットが付されて同社のホームページやポスターに掲載したことにより,著作者人格権(公表権,氏名表示権,同一性保持権)が侵害されたと主張するのに対し,一審被告たる被控訴人は,本件写真をライコランド社のホームページに掲載したのは被控訴人ではないし,控訴人のクレジットが付されたのは控訴人の要望によるものであるから,著作者人格権侵害はない等と主張するので,以下検討する。
  
  (1)
前記1の認定事実によれば,本件写真は,本件各走行会において,被控訴人の販売用テント前でインデックス写真等として展示されていることが認められる。そして,著作物は展示の方法で公衆に提示された場合において公表されたものとなるところ(著作権法4条1項),控訴人は本件写真を本件各走行会において即時販売用に展示することは承諾していたと認められるから,本件写真がライコランド社のホームページやポスターに掲載された時点では既に著作者の同意を得た公表がされていることになり,著作権法18条1項の「まだ公表されていないもの(著作者の同意を得ないで公表された著作物を含む。)」に該当しない。
  
  なお,控訴人は著作権法にいう公表とはメディアに公表することであると主張するが,かかる見解は独自の見解であって採用することができない。
  
  よって,控訴人の公表権侵害を認めることはできない。
  
  (2)
また前記1の認定事実によれば,ライコランド社のホームページやポスターに控訴人の撮影クレジットが掲載されたのは,控訴人の要望によるものであることが認められる。したがって,控訴人の意に反する氏名の表示がなされたと認めることはできず,氏名表示権侵害の事実を認めることはできない。
  
  (3)
さらに,本件写真がライコランド社のホームページや広告用ポスターにおいて,サイズの縮小やトリミング加工がなされた状態で掲載されていることを認めるに足りる証拠はないし,被控訴人が本件写真の電子データのサイズの縮小やトリミング加工を施したことを認めるに足りる証拠もない。よって,控訴人主張の同一性保持権侵害の事実を認めることはできない。
  
  4 結語
  
  以上のとおり,控訴人の撮影した本件写真につき職務著作性を認めることはできず,これを肯定した原判決は失当であるが,控訴人は被控訴人に対し本件写真の無償利用の許諾をしており,かつ著作者人格権侵害の事実も認められないから,控訴人の本件損害賠償請求は理由がない。
  
  そうすると,控訴人の本訴請求を棄却した原判決は,結論において相当であるから,本件控訴は理由がなく,これを棄却すべきである。