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著作権判例セレクション
【美術著作物の侵害性】商業広告の侵害性が問題となった事例
▶昭和60年3月29日大阪地方裁判所[昭和58(ワ)1367]
2 著作者人格権及び著作権に基づく請求について
(一) 本件広告(1)の著作物性について
現行法上著作物とは、思想又は感情を創作的に表現したものであつて、文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するものをいい(2条1項1号)、美術の著作物には美術工芸品を含むものとされている(2条2項)。
ところで、本件広告(1)は、縦29・7センチメートル、横21センチメートルの1頁全面に、図案化された縦長で環状の鎖で画面の周囲を縁取り、その鎖の外側に浴つて18個の工具の部品の写真を並べ、鎖の内側には、上部にタイトルとして「LIFTING GEAR FOR MARINE,OIL&ALLIED INDUSTRY」の英文字を大きく三行に掲げ、右タイトルの下方に正面から見たシルエツト状の石油採取設備の図案を配し、その脚部以下に暗色を配して鎖の内側下方の過半を波ないしは海洋として表現し、右石油採取設備の図案の下方左側に取扱商品として、「BARGES」「ANCHORS」「CHAINS」「WIRE ROPES」「SHACKLES」「WIRE ROPE CLIPS」「RIGGING SCREWS」「LORD BINDERS」「STELL VALVES」の英文文字を並べ、その右側にバルブの写真を配し、鎖の内側の最下方に三和通商の英文呼称である「SANWA INDUSTRYCO.,INC.」その他業態、住所、電話番号などを示す英文文字が表示されている。このようにして、本件広告(1)は、その視覚的効果を考慮して、右図案化された環状の鎖、シルエツト状の石油採取設備、波ないしは海洋を表現するための暗色、18個の工具の部品の写真、バルブの写真及びそれぞれの各英文文字を構成素材としてこれを一紙面に釣合よく配置し、見る者をして、全体として一つの美的な纒まりのある構成を持つものとして表現されている。
右認定した本件広告(1)は、その表現形態に照らせば、これによつて表現しようとする事柄の内容面から見れば単に三和通商の提供するサービス及び商品を示したに止まるが、その表現形式に目を向ければ、全体として一つの纒まりのあるグラフイツク(絵画的)な表現物として、見る者の審美的感情(美感)に呼びかけるものがあり、且つその構成において作者の創作性が現われているとみられるから、かようなグラフイツク作品として、法10条1項4号が例示する絵画の範疇に類する美術の著作物と認め得るものである。
もつとも、本件広告(1)は美術工芸品(法2条2項)に属しないことは明らかであり、そこから、商業広告の如きは、これをその他の応用美術として法の保護範囲に納め得ないのではないかとの問題が存するが、左記現行法制定の経過に鑑みれば、前認定のようなグラフイツクな作品は商業広告であつても著作物として法の保護範囲に属するものと解すべきである。
(略)
なお、三和通商は、本件広告(1)は法12条1項の編集著作物であるとも主張するが、編集著作物とは、英語単語帳、職業別電話帳のように単なる事実、データーを素材にして編集したものか、百科事典、新聞・雑誌、論文集のように既存の著作物を素材にして編集したもので、一定の方針あるいは目的の下に多数の素材を収集し、分類・選択し、配列して作成された編集物でなければならない。従つて、本件で問題となつているような商業広告が編集著作物と認められるためには、例えば、多数の商業広告を収集して、一定の方針あるいは目的の下に分類・選択し、配列して作成された編集物でなければならず、本件広告(1)のようにたつた一つの広告に過ぎないものは「編集物」とはいえず、編集著作物とは認められない。
(略)
(二) 本件広告(1)の著作者人格権、著作権の帰属について
(略)
右事実によれば、本件広告(1)の素材の大部はC[注:三和通商の業務部長]が提供し、環状の鎖のデザインや波ないしは海洋を表わす暗色もCの指示によるものであり、その素材の配置についてもCの意向が大きな割合を占めてはいるが、Bも広告デザイナーとしての芸術的な感覚と技術を駆使して、鎖の図案を自らデザインし、素材を拡大したり縮小したりしたうえ見る者の視覚に訴える位置に効果的に配置して、本件広告(1)の原画を完成させたのであり、それ故にこそ、ジヤパン・トレードを介して三和通商から本件広告(1)のデザイン料として1万円余りを受取つたのであるから、CとBの共同の創作行為によつて一つの著作物が作られ、しかも右両名の寄与分が出来上つた著作物のなかに完全に統合一体化されてしまつていて、その部分だけを分離して個別に利用することができないことが認められるので、本件広告(1)は三和通商(法15条の法人著作である。)とBの共同著作物(法2条1項12号)と認めるのが相当である。
(三) 著作者人格権及び著作権の侵害について
本件広告(2)は、画面の右上から左下にかけて斜めに細長で環状の図案化された鎖を配し、その鎖の内側に17個の工具の部品の写真を並べ、画面の一番上と下にそれぞれ横方向一杯にワイヤーロープの図案を配し、画面上部のワイヤーロープの真下にタイトルとして「LIFTING GEAR FOR MARINE,OIL&ALLIED INDUSTRY」の英文文字を大きく掲げ、右タイトルの下方で鎖の外側左寄りに斜め上方から見たスケツチ風の石油採取設備の図案を配し、その脚部付近に波の図案及びその上方に水平線を表わす直線を配し、鎖の外側右寄りに取扱商品として「BARGES」「ANCHORS」「CHAINS」「WIRE ROPES」「SHACKLES」「WIRE ROPE CLIPS」「RIGGING SCREWS」「LORD BINDERS」「STEEL VALVES」の英文文字を並べ、右英文文字の下方にフエア・リーダー及びパワー・ウインドラスの写真を配し、画面下部のワイヤーロープの上方に極東技研の英文呼称である「FAR EAST INDUSTRIALCO.,LTD.」その他の英文文字が表示されている。
すると、本件広告(1)と本件広告(2)とは、英文文字で記載されたタイトル、商品名、環状の鎖の図案、工具の部品の写真は同一であり、証人Cの証言によれば、本件広告(1)に列挙されている英文文字で記載された商品名のうち、「LORD BINDERS」とあるのは「LOAD BINDERS」の誤植であるが、本件広告(2)にも誤植のまま使用されていることが認められる。
しかし、前説示のとおり、本件広告(1)が著作物と認められるのは、本件広告(1)が前認定の構成・素材を総合的に釣合よく配置構成して、見る者をして全体として一つの纒まりのあるグラフイツクな作品と見させることによるものであるから、その著作物として表現形式上の本質的特徴部分を形成する個性的表現部分は、右具体的な構成と結びついた特徴のある表現形態から直接把握される部分に限られ、前記個々の構成・素材を取り上げたアイデアや構成・素材の単なる組合わせから生ずるイメージなどの抽象的な部分にまでは及ばないものと認めるのが相当である。
そのような見地において、本件広告(1)と本件広告(2)との表現形式上の本質的な特徴部分を抽出してみると、前者は、図案化された縦長で環状の鎖で画面の周囲を縁取り、その鎖の外側に沿つて18個の工具の部品の写真を並べ、鎖の内側上方に正面から見たシルエツト状の石油採取設備の図案を配し、その脚部以下に暗色を配して鎖の内側下方の過半を波ないしは海洋として表現し、石油採取設備の図案の下方右側にバルブの写真を配した点にあり、後者は、図案化された細長で環状の鎖を画面の右上から左下にかけて斜めに配し、その鎖の内側に17個の工具の部品の写真を並べ、画面の一番上と下にそれぞれ横方向一杯にワイヤーロープの図案を配し、鎖の外側左寄りに斜め上方から見たスケツチ風の石油採取設備及び波の図案を配し、鎖の外側右寄りにフエア・リーダー及びパワー・ウインドラスの写真を配した点にあつて、左に比較するようにその表現形式上の本質的な特徴部分が相当異なり、本件広告(2)が本件広告(1)からある程度の示唆を受けて作成されたものとしても、本件広告(1)の著作物としての表現形式上の本質的な特徴は、本件広告(2)の独自の創作性の陰に穏れて直接感得できなくなつているものというべく、本件広告(2)は、本件広告(1)の単なる複製でも翻案でもなく、本件広告(1)の著作者が有する著作者人格権や著作権を侵害しないものと認めるのが相当である。すなわち、
(1) 本件広告(1)は、図案化された縦長で環状の鎖で画面の周囲を縁取り、その鎖の外側に沿つて18個の工具の部品の写真が並べられているのに対し、本件広告(2)は、図案化された細長で環状の鎖を画面の右上から左下にかけて斜めに配置し、その鎖の内側に17個の工具の部品の写真が並べられている。
(2) 本件広告(2)は画面の一番上と下にそれぞれ横方向一杯にワイヤーロープの図案が配されているのに対し、本件広告(1)はそのようなワイヤーロープの図案がない。
(3) 本件広告(1)は、鎖の内側上方に正面から見たシルエツト状の石油採取設備の図案を配し、その脚部以下に暗色を配して鎖の内側下方の過半を波ないしは海洋として表現したのに対し、本件広告(2)は、鎖の外側左寄りに斜め上方から見たスケツチ風の石油採取設備及び波の図案を配している。
(4) 本件広告(1)は、鎖の内側で石油採取設備の図案の下方右側にバルブの写真が配されているが、本件広告(2)は、鎖の外側右寄りにフエア・リーダー及びパワー・ウインドラスの写真が配されている。
3 広告委託契約違反及び不法行為に基づく請求について
(一) 三和通商は、本件広告(1)に関する広告委託契約の消極的効果として、ジヤパン・トレードが三和通商と競業関係にある第三者のため、三和通商の許諾なく広告代理業務をなすべきでない義務を負うと主張する。
一般に、広告主と広告業者間の広告取引に関する契約関係は、広告主が広告業者に対して、広告主自身が制作した広告を広告媒体に露出することを依頼する広告取次の委託・引受契約と、広告の取次だけでなく広告の制作まで依頼する広告制作の委託・引受契約まで伴うものとが存し、前者の取次の委託の実質は委任といえ、後者の場合請負契約関係が成立するといえようが、いずれの場合にも、広告業者が複数の同業種の広告主と取引することが商法48条により規制されるものとは解し難く(少くとも、自己又は第三者の為本人の営業の部類に属する取引を為すものではない)、右契約関係の下においては、広告業者が広告主と競業関係にある第三者のためにも広告代理業務をなすことは自由である。従つて、広告主と広告業者間において、広告業者が広告主と競業関係にある第三者のため広告代理業務をなすべきでない明示の特約が存するか、若しくはこれに準ずるような特段の事情ある場合は格別、一般的には広告業者に主張のような消極的義務を認めることはできない。
本件においても、証人Cの証言によれば、三和通商が長期間多数回にわたり、ジヤパン・トレードとの間で広告の制作及び取次の委託契約を締結していたことは認められるが、右特約若しくはこれに準ずる特段の事情は認められない。
(二) 更に三和通商は、本件広告(1)に関する広告委託契約の消極的効果として、ジヤパン・トレードが、三和通商が本件広告(1)によつて挙げた広告効果(イメージ)を第三者に利用・承継させて、その営業権ないし営業上の利益を違法に侵害すべきでない義務を負うとも主張する。
一般に、商業広告は商品・役務に関する情報を消費者に提供して、その価値を多くの人に知らせることにより、市場を開拓し確保することを主な狙いとし(日本商工会議所・広告向上のための指針より)、広告主はその達成により営業上の利益を獲得しようとして、一定の費用で右広告効果をできるだけ挙げることを目的として、広告業者との広告委託契約の締結に及ぶのであるから、該契約の申込に当つては、その相手方たる広告業者が、右契約により知得するであろう知識等を不正に流用することによつて、右広告の狙いとする広告効果が毀損・減少されて、営業上の利益の毀損に繋がるような行為が行なわれないであろう期待と信頼の下に、右契約の申込をなしているものと考えて差支えない。そうであれば、その相手方となつて該契約の申込に応諾した広告業者においては、該契約に伴う信義則上の付随義務として、右契約により知得した知識等を不正に流用して、広告主が右広告によつて挙げ又は挙げつつある広告効果を第三者に利用・承継させ、広告主の広告効果を毀損・減少させることによつて、広告主の期待利益を損うことのないようにすべき義務を負うべきものということができる。
従つて、広告主(甲)から特定の広告(A)の露出又は制作を委託された広告業者は、広告Aがその特徴ある表現形態によつて甲の広告として価値ある広告効果を挙げ又は挙げつつある場合には、前示契約に伴う信義則上の付随義務として、第三者(乙)の委託によつて、広告Aと共通した広告イメージを持つ広告(B)を制作・露出することにより、広告Aの広告効果を乙に利用・承継させて、甲に帰属した広告Aの広告効果を毀損・減少させてはならない義務を負うものと解するのが相当である。そして、如何なる場合に右広告効果の毀損・減少が認められるかは、広告Aの個性的表現の強さ、広告Aの甲の広告としての周知性獲得の度合、広告Bの表現形式の広告Aのそれとの類似性の度合、広告Bの広告媒体への露出頻度、両広告の媒体が同一又は類似するか否か、両広告の受け手が同一か否か、甲・乙の業種の同一又は類似性を総合的に勘案して判断するのが相当である。
かかる見地から、ジヤパン・トレードの債務不履行責任の有無について考察するに、(証人)の証言によれば、三和通商、極東技研の両会社ともに、その営業種目としてマリン機器装置、船舶関連機器の輸出部門を有しており、本件広告(1)(2)ともに、外国のバイヤー向けにマリン機器装置、船舶関連機器を売込むために作成された広告であることが認められ、又、本件広告(1)は大阪商工会議所発行にかかる海外向けの「大阪事業名簿1978ー79年版」の特別三ページ(序文の裏、目次の左ページ)の全紙面(縦29・7センチメートル、横21センチメートル)に掲載されたが、本件広告(2)も同一出版物の1980ー81年版の同一場所に同じ大きさで掲載されており、右両広告は、広告掲載の時期こそ異なるものの、広告媒体、場所及び紙面の大きさまで全く同一である。しかし、本件広告(1)は、個性的表現部分が前認定のとおりその具体的な素材とその構成に結合した極く限られたものであつて、本件広告(1)と本件広告(2)とでは表現形式上の本質的な特徴部分が相当異なり、本件広告(1)の表現形式上の本質的な特徴が本件広告(2)の独自の創作性の陰に穏れて直接感得できなくなつていること、本件広告(1)は昭和53年に発行された「大阪事業名簿1978ー79年版」にたつた一回掲載されただけであるうえ、本件広告(2)は、それから二年後の昭和55年に発行された「大阪事業名簿1980ー81年版」と、それから更に三年後の昭和58年春に発行された「イエロー・ページ日本電話帳1983年春季版」に、いずれも一回ずつ掲載されたに過ぎないこと、三和通商は、本件広告(1)と同一ではないが共通したイメージを有する広告を、「アラビツク1978年3月号」、「トレード・チヤネル1980年2月号」、「同年5月号」、「同年7月号」、「同年9月号」に掲載しているが、「アラビツク」はアラビア語で記載された業界紙であり、「トレード・チヤネル」はオランダで発行されている月刊新聞であるため、本件広告(1)(2)の広告対象者との類似性が稀薄であることに照らせば、ジヤパン・トレードが、三和通商が本件広告(1)によつて挙げた広告効果を極東技研に利用・承継させて、右広告効果を毀損・減少させたものとまではにわかに認めがたく、ジヤパン・トレードに対して債務不履行責任を問責することは困難である。
(三) 三和通商は、極東技研がジヤパン・トレードと共諜のうえ故意に本件広告(2)を掲載発表して、三和通商が本件広告(1)によつて挙げた広告効果(イメージ)を利用・承継し、三和通商の営業権ないし営業上の利益を違法に侵害したと主張する。
しかし、前示のとおり、本件広告(2)が「大阪事業名簿1980ー81年版」と「イエロー・ページ日本電話帳1983年春季版」に各1回ずつ掲載されたことが、三和通商が本件広告(1)によつて挙げた広告効果を利用・承継して、三和通商の広告効果を毀損・減少させたものとまではにわかに認めがたいので、その余の点について論じるまでもなく、極東技研に対する不法行為に基づく請求も理由がない。