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著作権判例セレクション
【著作権侵害総論】「火もらい」に類似した作品の侵害性が争点となった事例
▶平成7年10月19日京都地方裁判所[平成6(ワ)2364]
一 まず、本件各作品の著作物性について検討する。
1 本件作品一の一について
検証の結果によると、本件作品一の一は、自然石ないし石様の外観を呈する素材を用い、横方向にわずかに引き延ばされた球形の形状であり、容器内部に空洞を設け、容器底部に液体収納部を設け、容器正面の壁面中央からやや下寄りの部分に横方向に引き延ばされ、下側を弦部、上側を弧部とする半月状の明かり窓を穿ち、容器内部の壁面に凹凸状の特殊な加工を施したうえで釉薬をかけて焼き上げ、容器内部に水を浮かべて浮き蝋燭の明かりを灯すことにより、容器内部の明かりの乱反射と相まって微妙な気の流れによる神秘的・幻想的な空間を表現しているものであり、著作者の思想、感情の表れとしての著作物性を認めることができる。
2 本件作品一の二について
検証の結果によると、本件作品一の二は、自然石ないし石様の外観を呈する素材を用いた縦方向にわずかに引き延ばされた球形の形状であり、容器内部に空洞を設け容器底部に液体収納部を設け、容器正面の壁面のほぼ中央部分に横方向に引き延ばされ、下部を弦部、上側を弧部とする半月状の明かり窓を穿ち、容器内部に水を浮かべて浮き蝋燭の明かりを灯すことにより、微妙な気の流れによる神秘的・幻想的な空間を表現しているものであり、著作者の思想、感情の表れとしての著作物性を認めることができる。
3 本件作品二について
検証の結果によると、本件作品二は、滑らかな表面を持つ漆黒色の陶器を素材に用い、上下に細い釣鐘状の形状をしており、容器の内部に空洞を設け、容器底部に液体収納部を設け、容器正面に容器外形と相似形の釣鐘状の明かり窓を穿ち、容器内部の壁面に凹凸状の特殊な加工を施したうえで釉薬をかけて焼き上げ、容器内部に水を浮かべて浮き蝋燭の明かりを灯すことにより、容器内部の明かりの乱反射と相まって微妙な気の流れによる神秘的・幻想的な空間を表現しているものであり、著作者の思想、感情の表れとしての著作物性を認めることができる。
4 被告は、本件各作品は、古来から存在する「火もらい」に類似しているから著作物性がない旨主張するが、本件における全証拠を子細に検討しても、本件各作品と同一の作品が過去に存在したことを認めることはできず、また、本件各作品は、右1ないし3のとおりの構成により「アンコウ」というタイトルに連想されるような神秘的・幻想的な空間を表現しようとするものであって、著作者の思想又は感情を創作的に表現しているものと認めることができるので、被告の主張を採用することはできない。
二 そこで、イ号作品及びロ号作品が、本件各作品の著作権を侵害するか否かについて検討する。
1 著作権侵害行為は、既存の著作物を利用してある作品を作出する場合に成立するが、その利用の態様としては、①既存の著作物と全く同一の作品を作出した場合、②既存の著作物に修正増減を加えているが、その修正増減について創作性が認められない場合、③既存の著作物の修正増減に創作性が認められるが、原著作物の表現形式の本質的な特徴が失われるに至っていない場合、④既存の著作物の修正増減に創作性が認められ、かつ、原著作物の表現形式の本質的な特徴が失われてしまっている場合が存在する。そして、著作権(著作財産権)との関係からいえば右①②の場合は著作権中の複製権(著作権法21条)の侵害であり、右③の場合は著作権中の改作利用権(同法27条)の侵害であり、右④の場合には、全く別個独立の著作物を作出するものであって、著作権侵害を構成しない。また、著作者人格権との関係からいえば、右②③の場合が同一性保持権の侵害であり(最高裁判所昭和55年3月28日判決参照)、右④の場合は著作財産権の場合と同様、侵害にあたらない。したがって、著作権ないし著作者人格権に対する侵害の有無は、原作品における表現形式上の本質的な特徴自体を直接感得することができるか否かにより決められなければならない。
2 そして、①著作物が思想又は感情を創作的に表現したものであって、同一人による著作物であっても個々の著作物により別々にその表現は異なるものであり、著作者の思想ないし感情は、いわばその著作物の個性に具現されていると考えられること、②著作権の享有にいかなる方式の履行も要しないことを考えると、前項にいう「表現形式上の本質的特徴」は、それぞれの著作物の具体的な構成と結びついた表現形態から直接把握される部分に限られ、個々の構成・素材を取り上げたアイデアや構成・素材の単なる組み合わせから生ずるイメージ、著作者の一連の作品に共通する構成・素材・イメージ(いわゆる作風)などの抽象的な部分にまでは及ばないと解するべきである。
3 そこで、右の観点からイ号作品及びロ号作品において本件各作品の本質的特徴部分を直接感得し得るか否かについて検討する。
(一)本件作品一とイ号作品、ロ号作品について
本件作品一の特徴としてまず目につく点は、本件作品一の一及び同一の二とも、その素材として天然石又は天然石様の外観を呈する素材を用いている点、その中央部に横長の半円形の明かり窓が開いている点であり、少なくともこの点は本件作品一の本質的特徴部分を形成していることは明らかである。イ号作品、ロ号作品との共通点といえば、明かり窓を穿ち、容器内部に水を浮かべて浮き蝋燭の明かりを灯しうることとなっている点であるが、本件作品一はいずれも天然石又は天然石様の素材と、アンコウの口のような横長の半円形の明かり窓とその中の水に浮かべた蝋燭からもれる光とが相まって、天然石の中に現実とは違う空間が潜み、それが石の裂け目からのぞいているような神秘的で幽玄な世界を表現することに成功しているのに対し、イ号作品、ロ号作品とも、外観は一見して陶器とわかるものであり、明かり窓もイ号作品は「松」を象り、ロ号作品は容器上部の半分を切り取るような形状の口であって、たとえ、内部に水を満たして浮き蝋燭を灯したとしても、前記のような本件作品一の本質的特徴部分を直接感得できるものと認めることはできない。
よって、イ号作品、ロ号作品が本件作品一の著作権又は著作者人格権を侵害していると認めることはできない。
(二)本件作品二とイ号作品について
(1)検証の結果によれば、本件作品二の本質的な特徴は、①滑らかな表面を持つ漆黒色の陶器を素材に用いていること、②上下に細い釣鐘状の形状をしていること、③容器外形と相似形の釣鐘状の明かり窓を穿っていること、④容器内部の壁面に凹凸状の特殊な加工を施したうえで釉薬をかけて焼き上げていることである。
(2)これに対し、イ号作品は、滑らかな表面を持つ漆黒色の陶器を素材に用い、明かり窓を穿っている点は共通しているが、①形状は釣鐘状ではなくわずかに引き延ばされた球形の形状であり、②明かり窓の形はいわば松を象った形をしており、③容器内部の壁面の加工も存在しない。
(3)そして、本件作品二は、つるりとした漆黒の釣鐘状の容器の中央に、釣鐘形の窓が、水に浮かべた蝋燭の直接の光とその光が内部の凹凸状の壁面に反射した光とによって浮かび上がり、いわば別世界の洞穴の中をのぞくような神秘的な空間を表現し得ているのに対し、イ号作品は、日本古来からよくみられる「松」形の明かり窓と内部の壁面の加工の違いと全体の形状の違いから、前記のような本件作品二の本質的特徴部分を直接感得できると認めることはできない。したがってイ号作品が本件作品二の著作権又は著作者人格権を侵害していると認めることはできない。
(三)本件作品二とロ号作品について
(1)本件作品二の主要な特徴は前記(二)(1)のとおりである。
(2)これに対し、ロ号作品は、検証の結果によれば、①素材は、釜の中で炭と一緒に焼くいわゆる「炭焼き」と呼ばれる手法による陶器であって、全体に茶褐色であり、まだら様の模様が存在し、②外形は全体として釣鐘状であるが、容器の頂上部分に穴があり蔦製のとってが取り付けられ、③容器上部の半分を切り取るような形状の口が存在している。
(3)右三点の違いにより、ロ号作品も、前記(二)(1)(3)にみられるような本件作品二の表現形式上の本質的特徴部分を直接感得することができないから、ロ号作品が本件作品二の著作権又は著作者人格権を侵害していると認めることもできない。
(四)原告は、原告の著作物の表現形式上の本質的な特徴は、いわゆる従来の「火もらい」とは異なるデザイン重視の容器を製作し、さらにその容器内部に液体を満たして、その表面上に発光体を浮かべて、一体のものとして幽玄な空間を表現している点に存する旨主張するが、こうした点は個々の著作物を離れた抽象的なアイデアに属するものであり、右の点の類似のみを理由として著作権侵害の有無を論じることはできない。