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著作権判例セレクション

請負契約に基づいて広告写真家が撮影した写真につき、その著作権の黙示的譲渡を認めなかった事例

平成170117日大阪地方裁判所[平成15()2886]
() 本件は、広告写真家である原告が、その撮影した写真を原告の許諾なく、かつ、撮影者である原告の氏名を表示しない態様で、新聞広告に使用した行為は、原告の著作者人格権(氏名表示権)及び著作権(複製権)を侵害したものであり、これは被告らの共同不法行為であると主張して、被告らに対し、損害賠償などを請求した事案である。
なお、被告エスピー・センター(商品・営業についての各種宣伝広告及び販売促進に関する業務を目的とする会社)は、原告との間で、「ツーユー評判記」に掲載する写真の撮影に関する請負契約(「本件契約」)を締結した。その際、両者は、この契約に基づいて原告が撮影した写真の使途の範囲や、その著作権の帰属、そのフィルムの所有権の帰属について、明示的な合意はしていなかった。原告は、本件契約に基づいて、写真を撮影し、そのフィルムを被告エスピー・センターに引き渡した(この引き渡されたフィルムを以下「本件フィルム」という。)。同被告は、原告に対し、その対価として、取材先1軒当たり8万円を支払い、また、フィルム代や現像代、取材先までの交通費も支払った。

2 争点(2)(権利不行使の合意の有無)について
被告エスピー・センターは、原告が、平成13年12月、同被告の担当者に対し、本件写真について、「これまでの新聞広告掲載分については請求しないが今後は2次使用料を請求する」旨を申し入れ、同被告はこれを承諾したと主張し、これに沿う証拠として、(証拠)及び証人Bの証言がある。
しかしながら、上記Bの供述は、原告と同被告の担当者との間のやり取りについて、同担当者から報告を受けたというものであって、Bが直接原告とやり取りしたものではない上、客観的な裏づけを欠くものであって、原告が上記事実を否認し、原告本人尋問においてもそのような事実はなかった旨供述していることに照らし、直ちに採用することができないし、他に同被告主張の上記事実を認めるに足りる証拠はない。
したがって、同被告の上記主張は理由がない。
3 争点(3)(本件写真の著作権の譲渡の有無)について
(1)ア 被告らは、本件写真の性質や、原告及び被告エスピー・センターの事情並びに認識に照らせば、両者間において、本件写真の著作権を同被告に譲渡する黙示の合意が存在したと解すべきであると主張する。
しかしながら、著作権を譲渡することは、元の権利者が、その著作物の使途を管理し、また、その使用者から収益を得る権利と機会を失うことを意味するから、本件写真が「セキスイツーユーホーム」の宣伝広告を目的とするものであるからといって、原告がその著作権を同被告に譲渡することに直接結びつくものとはいえない。
また、同被告側の事情は、原告にとって、直ちに、本件写真の著作権を同被告に譲渡する動機となるものではない。
したがって、被告らの上記主張は直ちに採用することができない。
イ 被告らは、本件契約に基づく写真撮影の対価として、1軒当たり8万円を支払っていたところ、この金額は、撮影した写真の著作権の譲渡の対価も含むものとして合理的であると主張し、Bも、上記金額は著作権の譲渡の対価を含むものであると証言し、同人が作成した陳述書である(証拠)にも、同旨の記載がある。
しかしながら、写真撮影の対価の金額決定は、種々の事情を背景に当事者間の合意によってされるものであるから、上記の金額が撮影した写真の著作権の譲渡の対価を含むものであると直ちにいうことはできない。また、上記Bの供述は、後記(2)で判示するとおり、平成14年7月8日当時の被告エスピー・センターの認識を示すものとしても採用することはできないが、仮に、これが本件契約時の同被告の認識を示すものであったとしても、原告も共通の認識を有していたと認めるに足りる証拠はないから、やはり著作権の譲渡があったと認めるには足りない。
したがって、被告らの上記主張は直ちに採用することができない。
ウ 被告らは、本件契約締結当時、宣伝広告業界においては、特定の商品等の販促物の素材として、写真家に写真撮影を発注する場合、撮影された写真の著作権及びそのフィルムの所有権は発注者に譲渡することが一般的であり、被告エスピー・センターも、設立以来そのように取り扱ってきたと主張する。
しかしながら、撮影した写真の著作権を譲渡するか否かは、著作権者の意思にかかるものであるから、仮に、そのような慣行が存在したとしても、本件において、直ちに著作権の譲渡があったと認めるには足りない。
また、被告らは、被告エスピー・センターが、約20年間にわたり原告に写真撮影を発注してきたが、本件紛争までは、原告が、これらの写真の著作権を主張したことはなく、同被告との信頼関係が崩れていく過程において、初めて本件写真の著作権を主張し始めたとも主張する。
しかしながら、同被告による原告撮影の写真の使用態様が、原告の意とするところに反しなければ、そもそも紛争は生じることはなく、原告において著作権の主張をする必要も生じないのであるから、長年にわたって著作権の主張をしなかったからといって、これが著作権を譲渡していたからであるということもできない。
なお、被告らは、原告が、その撮影した写真の著作権について、全く管理をしていない旨主張するが、これも、直ちに、原告が著作権を譲渡していたことを示すものということはできない。
したがって、被告らの上記主張は直ちに採用することができない。
エ そして、他に、本件写真の著作権について、原告が被告エスピー・センターに譲渡する旨の合意が、両者間に存在していたことを認めるに足りる証拠はない。
(2)ア 一方、Bが作成し、平成14年7月8日付で被告エスピー・センター名義で原告に送付した書簡の中には、①本件写真の著作権及びその取り扱いに関して原告に迷惑や不快感を与えたことに対する謝罪、②多くの写真家とは「買い取り」契約を締結しており、同被告の担当者も同様の意識で原告に依頼をしたこと、この際、詳細な条件確認を怠ったことが問題発生の原因となったこと、③セキスイツーユーホーム大阪の担当者から、本件写真の貸し出し依頼があった際、その使途を確認せず、本件写真が新聞広告に掲載されていることを知ってからも、同社に抗議や使用料金の請求をしなかったことの謝罪、④当時の同社の担当者に対し、経過報告と共に、原告が撮影した写真について無断使用は禁ずる旨の申し入れを行い、了承を得たこと、が記載されていることが認められる。
上記の記載は、いずれも、被告エスピー・センターが、本件写真の著作権を自らが有していると認識していたならば、いずれもその認識と矛盾する内容であるから、上記の記載が存在することにより、平成14年7月8日当時において、被告エスピー・センターは、原告と同被告が、本件写真の著作権について、原告が同被告に譲渡する旨の合意が存在するとの認識を有していなかったと推認することができる。
イ この点につき、被告らは、上記書簡は、原告からの抗議を受けた同被告が、紛争が被告セキスイハイム大阪に拡大することを防止するために、原告の主張に配慮した表現をとっているものであって、必ずしも被告エスピー・センターの認識を正確に現したものではなく、同被告は、本件写真の著作権を譲り受けたと認識していたと主張し、これに沿う証拠として、(証拠)及び証人Bの証言がある。
しかしながら、確かに、写真撮影を依頼する広告制作会社と写真家の関係上、広告制作会社が写真家の主張に配慮した表現を用いることはあり得るとしても、上記書簡の上記供述は、同被告が本件写真の著作権を有することとは明らかに矛盾する内容というべきであるから、被告らの上記主張は採用することができない。
(3) 以上のとおり、本件写真の著作権について、原告が被告エスピー・センターに譲渡する旨の合意が両者間に存在していたことを認めるに足りる証拠はなく、かえって、平成14年7月8日の段階では、同被告も、そのような認識を有していなかったことが認められるところであるから、この点についての被告らの主張は理由がない。
4 争点(4)(本件写真の使用許諾の有無)について
被告らは、本件写真の性質や、原告及び被告エスピー・センターの事情並びに認識に照らせば、原告は、本件写真を、「ツーユー評判記」の掲載に限定することなく、「セキスイツーユーホーム」の宣伝広告のために使用することを許諾していたと解すべきと主張する。
しかしながら、著作権者が、その著作物を、ある特定の媒体に使用する前提で使用を許諾した場合に、これと同様の目的であり、また類似の媒体であるからといって、別個の媒体に使用することまで許諾したものと直ちにいうことができないのは当然である。
そして、上記3(1)で検討したところに照らしても、本件において、原告が、本件写真を、「ツーユー評判記」の掲載に限定することなく、「セキスイツーユーホーム」の宣伝広告のために使用することを許諾していたと認めるに足りる事情はない。
また、証人Bは、同被告から原告への写真撮影の依頼は、「セキスイツーユーホーム」の宣伝広告のための写真撮影の依頼であって、「ツーユー評判記」への掲載に限定する趣旨ではなかったと証言する。しかし、同人の証言や、同人が作成した陳述書である(証拠)によれば、原告への写真撮影依頼は「ツーユー評判記」へ掲載する写真であることを前提とするものであったことは明らかであり、また、仮に同人の前記証言を採用するとしても、この点につき原告と同被告との間に明示的な合意がなかった以上、上記証言は同被告の認識を述べるにすぎず、原告がその旨許諾していたことを認めるには足りない。
なお、証人Bは、同被告の担当者が、取材先に対し、撮影した写真を「ツーユー評判記」以外にも、新聞等で使用することがある旨を説明したと証言し、これを原告が聞いていたこともあり得ると証言するが、可能性を述べるにすぎないものであるから、被告らの上記主張を裏付けるものとはならない。
そして、他に、原告が、本件写真を、「セキスイツーユーホーム」の宣伝広告一般のために使用することを許諾していたと認めるに足りる証拠はない。
したがって、この点についての被告らの主張は理由がない。