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  著作権判例セレクション
   広告主、広告制作会社の過失責任
  
  ▶平成17年01月17日大阪地方裁判所[平成15(ワ)2886]
  6 争点(6)(被告らの故意又は過失の有無)について
  
  (1) 被告積水らについて
  
  ア 被告積水らは、建築材料の製造販売や、建築工事の設計施工等を目的とする会社であり、宣伝広告の広告主となることはあっても、自ら広告を制作することを業とする会社ではない。
  
  このような会社が、少なくとも、被告エスピー・センターのような広告制作会社から、その顧客として、広告用写真のフィルムを借り受け、これを使用するに当たっては、その写真について別に著作権者が存在し、使用についてその許諾が得られていないことを知っているか、又は知り得べき特別の事情がある場合はともかく、その写真の使用に当たって別途著作権者の許諾が必要であれば、貸出し元の広告制作会社からその旨指摘されるであろうことを信頼することが許され、逐一、広告制作会社に対し、その写真の使用のために別途第三者の許諾が必要か否かを調査確認するまでの注意義務を負うものではないと解すべきである。
  
  すなわち、広告制作会社から、その顧客として、広告用写真のフィルムを借り受け、これを使用するに当たっては、その広告制作会社から、別途著作権者の許諾が必要であると指摘されない限り、その写真の著作権が既に消滅しているか、その広告制作会社が著作権を取得しているか、著作権者から使用の許諾を受けているかはともかく、その写真を使用することが他者の著作権を侵害するものではないものと考えて、その写真を使用したとしても、注意義務に違反するものとはいえない。
  まして、(証拠)及び弁論の全趣旨によれば、被告積水らは、昭和40年代から30年以上にわたり、被告エスピー・センターに広報関係、各種キャンペーンの企画立案、新聞広告、カタログ、ダイレクトメール等の企画制作を多数発注してきたが、著作権問題を含めて大きな問題はなかったと認められるから、被告積水らにおいて被告エスピー・センターを信頼することが許されることはなおさらである。
  
  イ この点に関し、原告は、被告積水らは、被告エスピー・センターとの長年の取引から、本件写真が、同被告が外部の写真家に発注して撮影されたものであることを知っていたか、少なくとも当然予想すべきであったから、被告積水らには過失が存在すると主張する。しかしながら、一般に、広告制作会社が保管しているフィルムの写真が、その会社の従業員が撮影したその会社の職務著作にかかるものか(丙第2号証によれば、実際にも、被告エスピー・センターが被告積水ら及びその関連会社に対して提供していた写真の中には、被告エスピー・センターの従業員の撮影したものが多数含まれることが認められる。)、外部の写真家の撮影にかかるものかといったことは、広告制作会社の顧客には直ちに知り得ないものである。
  
  しかも、外部の写真家が撮影した写真であっても、その著作権については、当該撮影者が有していたり、第三者に譲渡されていたり、広告制作会社に譲渡されていたり、あるいは既に消滅していたりと、様々な状況があり得るのであり、しかも、当該撮影者や第三者が著作権を有している場合であっても、使用について著作権者の許諾が得られているときもあり得るのであって、これらの事情も、広告制作会社の顧客には直ちに知り得ないことである(ちなみに、乙第10号証によれば、平成7年から平成10年にかけて「ツーユー評判記」向けの写真を撮影した有限会社アークフォトグラフィは、明示の契約書のないまま、その写真の著作権を全て被告エスピー・センターに譲渡していたことが認められる。)。したがって、被告積水らが、本件写真が外部の写真家の撮影にかかるものであることを知っており、又は当然知り得べきであったとしても、上記アで判示したところは直ちに左右されるものではない。しかも、本件写真について、被告積水らが、被告エスピー・センターが外部の写真家に発注して撮影されたものであることを知っていたことを認めるに足りる証拠はなく、そのことを当然予想すべきであったと認めるべき事情については具体的主張も証拠もない。したがって、原告の上記主張は採用することができない。
  
  また、原告は、広告宣伝業界においては、写真の著作権が撮影した写真家に帰属することが、業界の一般的慣行となっていたと主張する。しかしながら、これを認めるに足りる証拠はない(なお、原告作成の陳述書である甲第8号証には、著作権譲渡契約がない限り、著作権は撮影者に帰属する旨の記載があるが、明示的にせよ黙示的にせよ著作権を譲渡する旨の合意がない限り、著作権が移転しないのは当然であって、写真家が著作権を譲渡せずに留保するのが一般的な慣行であったか否かには触れるところはない。仮に、この記載が、原告主張の慣行の存在をいうものであったとしても、原告の陳述のみでこの存在を認めるには足りない。)。したがって、原告の上記主張も採用することができない。
  
  ウ そこで、本件について検討するに、被告積水らは、建築材料の製造販売や、建築工事の設計施工等を目的とする会社であり、被告エスピー・センターは、広告制作会社であるところ、乙第11号証並びに証人C及び同Bの各証言によれば、セキスイツーユーホーム大阪が、被告エスピー・センターから本件写真のフィルムを借り受けるに当たって、その使途を新聞広告と言ったかチラシと言ったかはともかく、被告エスピー・センターが、セキスイツーユーホーム大阪に対し、本件写真について、これを新聞広告なりチラシなりに使用する際には別途著作権者の許諾が必要である旨を伝えたり、示唆したりしたことは全くなかったことが認められる。
  
  また、被告積水らが、本件使用時に、本件写真について、被告エスピー・センターの他に著作権者が存在し、その許諾を得ていないことを知っていたことを認めるに足りる証拠はなく、また、そのような事実を知り得べきであったという特別の事情が存在したことを認めるに足りる証拠もない。
  以上に照らせば、被告積水らには注意義務違反は認めることができず、したがって、本件使用による原告の著作権(複製権)侵害について、被告積水らに過失を認めることはできない。
  
  よって、その余の点につき判断するまでもなく、被告積水らに対する原告の請求は理由がない。
  (2) 被告エスピー・センターについて
  
  被告エスピー・センターは、広告制作会社であるところ、広告制作会社は、その業務上、他者が作成した著作物である写真や文章等を取り扱って利益を得ているのであるから、そのような著作物の著作権について十分な注意を払って事務処理をすべき義務を負うものというべきであり、その顧客からの求めに応じて保管してある写真フィルムを貸し出す際には、その写真の著作権者や使用許諾の有無範囲を調査し、顧客が予定している使用態様が著作権者から予め得ている使用許諾の範囲外であるおそれがある場合には、自ら著作権者から使用許諾を得るか、顧客に対し、別途著作権者から使用許諾を得る必要があることを伝える等の手段により、顧客による著作権の侵害が発生することのないよう、細心の注意を払うべき義務があるものと解すべきである。
  
  これを前提として検討するに、被告エスピー・センターは、本件写真の撮影者が原告であることを知っており、また、前記3で検討したとおり、本件写真の著作権について、原告から譲り受ける旨の合意は存在せず、さらに、前記4で検討したとおり、原告は、本件写真を「ツーユー評判記」以外に使用することを許諾したとは認められないのであるから、本件写真を「ツーユー評判記」以外に使用するためには、改めて著作権者である原告から許諾を得る必要があるものである。仮に、同被告が、本件写真の使用許諾の範囲として、「ツーユー評判記」への使用に限定されず、「セキスイツーユーホーム」の広告一般への使用について許諾を受けていたと信じていたとしても、前記3(1)及び4で検討したところに照らせば、同被告がそのように信じることが相当であったというべき事情はなく、同被告がそのように信じたことに過失があったというべきである。そして、同被告は、セキスイツーユーホーム大阪に本件写真のフィルムを貸し出すに際し、上記(1)ウのとおり、本件写真について、これを使用する際には別途著作権者の許諾が必要である旨を伝えたり、示唆したりしたことは全くなかったのであるから、同被告は、顧客による著作権侵害の発生を防止するための注意義務に違反したというべきである。
  
  したがって、同被告は、本件使用による原告の著作権(複製権)の侵害について、過失があるものというべきである。
  
  7 争点(7)(原告が被った損害の額)について
  
  原告が本件写真についての著作権(複製権)を侵害されたことにより被った損害額について検討する。
  
  (1) 原告は、新聞広告の経費は、通常、総売上の10パーセント以下であるから、被告積水らは、本件使用の掲載費8回分合計の7256万円の10倍に相当する7億2560万円以上の売上を上げており、原告は、著作権法114条1項の規定の趣旨から、その5パーセントに相当する3628万円を下らない損害を被ったと主張する。
  
  しかしながら、新聞広告の経費が、通常、総売上の10パーセント以下であることについても、本件使用の掲載費が8回分合計で7256万円であることについても、何ら証拠は提出されていない。また、原告が著作権法114条1項の規定の趣旨として主張する内容は必ずしも明らかではないが、同項は、侵害品の譲渡等数量に、著作権者等が「その侵害の行為がなければ販売することができた物」の単位数量当たりの利益額を乗じて得た額を、著作権者等の当該物にかかる販売等を行う能力に応じた額を超えない限度において、損害額とすることができる旨規定するものであり、その趣旨は、侵害行為によって権利者が市場における販売の機会を喪失することにより生じる損害を、(侵害者が特定の事情を立証しない限り)侵害者の譲渡数量と同数を権利者が販売できたと考えて把握しようとするものと解されるから、本件使用において同項の趣旨を及ぼすことはできないものというべきである。
  
  したがって、原告の上記主張は採用することができないことが明らかである。
  
  (2) ところで、著作権法114条3項は、著作権の行使につき受けるべき金銭の額に相当する額を、損害の額として賠償を請求することができる旨規定しており、これは、損害賠償額の最低額を保障するものであると解される。そこで、以下、著作権法114条3項に基づき、原告が被った損害の額を検討することとする。
  
  著作権法114条3項の「受けるべき金銭の額に相当する額」を算定するに当たっては、侵害行為の対象となった著作物の性質、内容、価値、取引の実情のほか、侵害行為の性質、内容、侵害行為によって侵害者が得た利益、当事者の関係その他の当事者間の具体的な事情をも参酌して算定すべきものである。
  
  これを本件についてみるに、本件写真は、「セキスイツーユーホーム」の広告宣伝のために撮影されたものであること、本件使用は、本件写真を、関西2府4県で発行された読売新聞(甲第5号証によれば、平成15年頃の発行部数は約200万部である。)の広告ページ全10段に掲載された、「セキスイツーユーホーム」の新聞広告に使用したものであること、本件使用は少なくとも8回にわたり、本件写真は17点使用されたことが認められる。
  
  また、写真家から写真の著作権の譲渡を受け、又はその管理を委ねられて、顧客の求めに応じてその使用を許諾する業者(したがって、写真家が直接使用を許諾するものではない。)において、写真を新聞広告(全国版・全10段)に使用する場合の料金は、概ね5万円以上8万円以下であり、2次使用や複数回使用の場合はそこから2割ないし3割の割引がされること、原告は、「ツーユー評判記」への掲載に限ってとはいえ、本件写真を含めた写真の使用を許諾しており、その対価としては、取材先1軒(写真約20枚)当たり、撮影費を含めて8万円であったことが認められる。
  
  以上の事情を中心に、これまでに認定した諸事実を総合考慮すると、本件使用による複製権侵害について原告が受けるべき金銭の額としては、写真1点当たり4万円、本件使用全体で68万円と認定するのが相当である。
  
  8 争点(8)(過失相殺の当否)について
  
  被告エスピー・センターは、原告が、その撮影した写真の著作権について、全く管理を行わず、むしろ、著作権が同被告に譲渡されたと見られても仕方のない態度をとっているとして、過失相殺がされるべきと主張する。
  
  しかしながら、これまで認定した事実に照らしても、また本件に現れた事情に照らしても、原告が、その撮影した写真の著作権が同被告に譲渡されたと見られても仕方のない態度をとったと認めることはできない。また、後記9のとおり、確かに、原告は、同被告に引き渡した本件フィルムの管理は行っていないが、フィルムの所有権と写真の著作権は別個のものであるから、原告が本件フィルムの管理を行っていないからといって、著作権の管理を怠っているということはできない。
  
  そして、他に、本件使用による原告の著作権侵害に関し、原告が何らかの注意義務に違反し、これが侵害行為に結びついたと認めるに足りる具体的主張も証拠もない。
  
  したがって、この点についての同被告の主張は理由がない。