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  著作権判例セレクション
   著作権侵害通知フォームからの通知の不法行為性が問題となった事例
  
  
  ▶令和7年3月11日東京地方裁判所[令和5(ワ)70125]▶令和7年10月16日知的財産高等裁判所[令和7(ネ)10037]
  
  1 事案の要旨
  
  ⑴ 原告ら及びA(1審原告)は、ユーチューブに本件各動画を投稿したところ、被告は、ユーチューブの運営者であるグーグルに対し、本件各通知フォームにより、本件各動画が被告に対する著作権侵害、プライバシー権侵害又は名誉棄損に該当する旨の本件各通知をした。
  
  本件は、原告ら及びAが、被告に対し、本件各通知がすべて被告によるものであり、かつ、これらの通知が原告ら及びAに対する不法行為を構成すると主張して、民法709条に基づく損害賠償請求として、各損害額(慰謝料、逸失利益、弁護士費用)及びこれに対する遅延損害金の支払を求めた事案である。
  
  ⑵ 原審は、概要、次の判断をして、原告ら及びAの各請求を全部棄却した。
  
  すなわち、まず、被告が本件通知10,11、13及び14をしたと認めることはできない。
  
  次に、著作権侵害通知フォームからの通知について、グーグルは、同フォームの必要事項に記載があれば無条件に動画を削除していたとは認められないから、著作権侵害を通知する場合でないのに同フォームからの通知をしても、通知の対象者との関係で直ちに違法となるものではない。もっとも、動画の投稿者の表現活動や事業活動を妨害するなど、専ら不当な目的で同フォームからの通知がされた場合には、当該動画の投稿者の法律上保護される利益を侵害するものとして違法となる余地があるが、本件では、被告の同フォームからの本件通知1、26から29までについて、殊更に虚偽の事実や法律関係に基づく通知をしたとはいえず、専ら不当な目的でされたものということはできない。
  
  また、プライバシー侵害通知フォームからの通知について、グーグルは、通知に係る動画の内容が法律上プライバシー権侵害に当たることまでは求めていないから、プライバシー権侵害に当たる事実がないのに同フォームからの通知をしても、通知の対象者との関係で直ちに違法となるものではない。
  
  もっとも、専ら不当な目的で同フォームからの通知がされた場合には、当該動画の投稿者の法律上保護される利益を侵害するものとして違法となる余地があるが、本件では、被告の同フォームからの本件通知2から9まで、12、15から22までについて、専ら不当な目的でされたものということはできない。
  
  そして、名誉毀損通知フォームからの通知について、グーグルは、通知に係る動画の内容が法律上の名誉毀損・侮辱に当たることまでは求めていないから、法律上の名誉毀損・侮辱に当たる事実がないのに同フォームからの通知をしても、通知の対象者との関係で直ちに違法となるものではない。本件では、本件通知23から25までについて、不法行為が成立するとはいえない。
  
  ⑶ 原告らは、それぞれ自己の敗訴部分を不服として本件控訴を提起した(なお、Aは控訴しなかったので、本件各動画のうち、Aが投稿した原判決別表4の動画26に係る被告の本件通知26は、当審における判断の対象とはならない。)。
  (略)
  
  第3 当裁判所の判断
  
  1 当裁判所も、原判決と同様、被告のグーグルに対する本件各動画に関する本件各通知は、原告らに対する関係で不法行為を構成するとまでいうことはできないから、原告らの請求は、いずれも棄却すべきものと考える。その理由は、後記2のとおり原判決を補正し、後記3のとおり原告らの補充主張に対する判断を付加するほかは、原判決…記載のとおりであるから、これを引用する(本件動画26に係る本件通知26に関する部分を除く。)。
  
  (略)
  
  3 当審における原告らの補充主張に対する判断
  
  ⑴ 著作権侵害通知フォームについて
  
  ア 原告らは、著作権侵害通知がされると、対象とされた動画は原則として直ちに削除され、却下されるのは例外であるから、通知者は、通知が正確であることを確認した上でこれを行う注意義務を負っており、原判決のように「専ら不当な目的で著作権侵害通知フォームからの通知がされた場合」に限定して違法性を認めるのは合理的理由がない旨主張する。
  
  しかしながら、通知された著作権侵害通知フォームの記載内容についてグーグルが一定の審査をした上で、削除の是非を決定しており、現に被告の著作権侵害を理由とする通知の中にも、削除申請が却下されたものがあることは前記補正の上引用した原判決に説示するとおりである。もとより、不正確な著作権侵害の通知をすることは適切ではないが、ある権利の侵害の疑いがある場合において、通知フォームの選択を誤り、著作権侵害通知フォームから通知したとしても、グーグルにおいては、通知内容に関する一定の審査をしていることを踏まえると、通知フォームの選択を誤ったからといって、直ちに通知の対象者との関係で、通知者の不法行為上の過失を認めることは相当ではない。そもそも、権利の侵害の疑いがある場合に、これをグーグルに通知することは、違法な行為ということはできない。その意味において、通知の違法性を認めるために「専ら不当な目的で著作権侵害通知フォームからの通知がされた場合」であることを要件とすることには合理性があるというべきである。
  この点、原告らは、このような要件を要求することは、大阪高裁令和4年10月14日判決の趣旨に整合しない旨主張するが、同判決の事案は、被控訴人がユーチューブに投稿していた編物の動画について、同様の編物の動画を公開していた控訴人らが、その著作物性及び著作権侵害の有無について十分に検討することなく著作権侵害通知を行い、被控訴人からの問合わせにも誠実に対応せず、脅迫的言辞を弄して和解契約の締結を求めるなどし、その言動からは、著作権侵害通知の制度を利用して、競業者となるような編物動画の投稿者らの動画を削除するよう不当な圧力をかけようとしていたことを推認することができるような事案である。したがって、同判決の事案において「専ら不当な目的で著作権侵害通知フォームからの通知がされた場合」であることを違法性の要件とした場合でも、違法性を認めることができたということができるから、同要件を要求することが同判決の趣旨に沿わないものということはできない。他方、本件は、原告らが被告の氏名や顔写真を無断で使用しているという事実に基づき、被告が著作権侵害通知フォームから通知をしたが、その内容は、専らパブリシティ権侵害を通知するものであったというものであり、著作権侵害通知フォームを選択したことが適切ではなかったというにとどまる。そして、通知フォームの選択を誤ったとしても、前記事実が認められる以上、「専ら不当な目的」で著作権侵害通知フォームからの通知がされた場合に該当するとまでは認めることはできない。よって、これに反する原告らの主張は採用することができない。
  
  イ 原告らは、パブリシティ権と著作権とは性質を全く異にする権利であるから、著作権侵害通知フォームからの通知にパブリシティ権の侵害を記載したとしても、当該通知には、「権利が侵害されると思われるとする相応の事実関係及び根拠が記載されていた」ということはできない等と主張する。しかしながら、本件において、パブリシティ権の侵害が成立するかどうかは別として、原告らの動画において、被告の氏名等が無断で使用されていた事実が認められる以上、「権利が侵害されると思われるとする相応の事実関係及び根拠が記載されていた」と認めることは誤りではなく、被告が権利侵害を選択するフォームを誤ったというだけでは、原告らに対する関係で不法行為が成立すると認めることはできないことは前記のとおりである。したがって、原告らの主張は採用することができない。
  
  ウ 原告らは、被告は、ユーチューブの専門家として高度の注意義務を負っており、ユーチューブ上には「その他の法的問題」という選択肢があったにもかかわらず、被告がこれを見落としたというのは不自然であり、原判決言渡し後の被告の言動等からも、被告による通知の目的が自分に対する批判を封殺するためのものであったことは明らかであると主張する。しかしながら、ユーチューブ上にある権利侵害を報告する場合に「その他の法的問題」という選択肢を採らず、著作権侵害通知フォームを用いて通知をしたということなどから直ちに被告に「不当な目的」があったことを推認することはできない。また、原告らが被告の氏名等を無断で使用したり、強く批判する言動を複数回行うなど、被告の利益を侵害する可能性のある行為をしていたことが認められる以上、被告がグーグルに権利侵害の通知をすることは、「専ら不当な目的」によるものとまでは認めることはできないから、原告らの主張は採用することができない。
  
  エ 原告らは、仮に、被告が「その他の法的問題」の選択肢を見落としたのだとしても、高度な注意義務を負っていた被告には少なくとも過失があるとも主張するが、前記のとおり、グーグルにおいて著作権侵害通知フォームの記載内容を審査した上で、削除要請の是非を決めていることが認められることや、通知のフォームにかかわらず、グーグルには不適切なコンテンツを削除する独自の裁量権があることを踏まえると、被告が著作権侵害通知フォームからパブリシティ権等の侵害を通知したからといって、原告らに対する関係で注意義務違反があるとまでは認めることはできない。
  
  ⑵ プライバシー侵害通知フォームからの通知について
  
  原告らは、被告の氏名はプライバシーに該当しないし、被告の行為は、全体としてみれば、原告X1の表現活動を委縮させる目的であったというべきである等と主張する。
  
  しかしながら、利用規約において、プライバシー侵害通知フォームからの通知に係る動画の内容が、法律上のプライバシー侵害に当たることまでは求められていないこと、少なくとも本件動画2ないし9、12、15ないし17、19、21及び22に被告の氏名が使用されていたこと等を踏まえると、被告がことさらに虚偽の事実や法律関係に基づく通知をしたとは認められず、被告が「専ら不当な目的」でプライバシー侵害通知フォームからの通知をしたと認めることができないことは、前記補正の上引用した原判決に説示するとおりであるから、原告らの主張は採用することができない。
  
  ⑶ 名誉棄損通知フォームからの通知について
  
  原告らは、通知の対象とされた動画における原告X1の発言は、名誉棄
損や侮辱に該当するとは言えない等と主張するが、グーグルは、名誉棄損通知フォームから通知する際、当該通知に係る動画の内容が法律上の名誉棄損ないし侮辱に該当することまでは求めていないこと、本件通知23から25までの通知において報告する文言の内容には、「やっていることが実際詐欺」「詐欺師かIQ3以下の無能」「絶対に成功しない」等といった名誉棄損又は侮辱を構成する可能性のある表現が記載されていたことは、前記補正の上引用した原判決に説示するとおりであるから、原告らの主張は採用することができない。
  
  4 小括
  
  以上によれば、原告らの請求はいずれも理由がなく棄却すべきものである。