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  著作権判例セレクション
   著作者人格権のみなし侵害(113条11項)を認めなかった事例
  
  
  ▶平成28年1月22日東京地方裁判所[平成27(ワ)9469]▶平成28年6月9日知的財産高等裁判所[平成28(ネ)10021]
  (注) 本件は,原告らが,被告に対し,原告Aが創作し,原告会社が著作権を有する著作物(DVD)について,被告が無断で複製・販売して,原告会社の著作権(複製権,頒布権)を侵害し,また,原告Aの名誉・声望を害する方法で利用したことを理由に著作者人格権を侵害したとみなされると主張して,不法行為に基づく損害賠償金等の支払などを求めた事案である。
  
  なお、原告Aは,「催眠術の掛け方〔専門版〕自己催眠編」と題するDVD(「原告著作物」)を企画・制作し,その著作権を原告会社に譲渡した。
  
  
  2 争点(1)(原告会社の損害の発生及びその額)について
  (1)
前記のとおり,原告会社は,被告が許可なく複製した原告著作物の複製物を入手するために3万0448円を支払った。これは,被告が著作権侵害行為をしたことを原告会社が認識し,また,原告会社が被告に対して損害賠償請求をするための証拠を入手するために必要な出費であったということができるから,被告の不法行為と相当因果関係がある原告会社の損失と認められる。
  
  (2)
次に,原告会社は,被告の著作権侵害行為のために,代表者である原告Aが20日間,原告会社の勤務をすることができなくなり,100万円の売上を喪失した旨主張するが,そもそも原告Aが,被告の著作権侵害行為のために20日にわたり原告会社の業務遂行をすることができなかったことを認めるに足りる証拠はなく,被告の著作権侵害行為のために原告会社の売上が減少したことを認めるに足りる証拠もない。
  
  したがって,原告会社に逸失利益として100万円の損害が生じたとの原告会社の主張は理由がない。
  
  (3)
以上のとおり,被告が原告著作物を許可なく複製・販売した行為により原告会社が受けた損害額は3万0448円であると認めるのが相当である。
  
  3 争点(2)(被告の行為が原告Aの著作者人格権のみなし侵害行為に当たるか)について
  
  (1)
原告Aは,被告が原告著作物を許可なく複製し,本件オークションサイトに,『★☆オマケとしてご希望の方には
精神工学研究所の【DB法】のPDFファイルとAさんの【催眠術の掛け方〔専門版〕自己催眠編】のデータをお付けします。』などと記載し,原告著作物を「オマケ」として頒布した【行為が,原告著作物の価値に対する社会的評価を著しく低下させ,その結果,その著作者である控訴人Xに対する社会的評価を低下させるおそれがある行為であることを理由に,】被告の上記行為は著作権法113条6項[注:11項]の著作者人格権のみなし侵害行為に当たる旨主張している。
  
  ところで,同条項の「著作者の名誉又は声望」とは,著作者がその品性,徳行,名声,信用等の人格的価値について社会から受ける客観的な評価,すなわち社会的名誉声望を指すものであって,人が自己自身の人格的価値について有する主観的な評価,すなわち名誉感情は含まれないものと解すべきである(最高裁判所昭和61年5月30日第二小法廷判決参照)。
  
  (2)
本件についてみると,被告の上記行為は,原告著作物を原告らの許可を得ることなく複製し,DVD-Rに記録して複製物1枚を作成し,本件オークションサイトにおいて,原告著作物を複製したもの(データ)を第三者の発行したDVDのおまけとして頒布する旨記述し,原告著作物の複製物を落札者に送付したというものである。原告Aが,原告著作物を「オマケとして」「お付けします」などと記述されたことによって名誉感情を害されたことは理解できるとしても,上記記述を付して原告著作物の複製の頒布が一度申し出されたことによって,それを見た通常人が,原告著作物の内容が,上記第三者の発行したDVDに付加価値を与えるものであると考えることはあっても,【原告著作物の価値についてまで思いを巡らせ,それが価値のないもの,あるいは著しく価値の低いものであるなどと認識することが通常であるとはいえず,更には,原告著作物の著作者に対する評価を低下させることが通常であるともいえないから】,被告が,上記記述をしたことや,無断で原告著作物を複製,頒布をした行為が,原告Aの社会的評価を低下させる行為であるということはできない。そうすると,被告が,原告Aの名誉又は声望を害する方法により原告著作物を利用したと認めることはできない。
  
  したがって,被告の行為は,原告Aの著作者人格権のみなし侵害行為に当たらないから,その余の争点につき判断するまでもなく,【控訴人Xの著作者人格権侵害に基づく損害賠償請求及び謝罪広告請求】にはいずれも理由がない。
  
  [控訴審]
  2 控訴人Xの当審における追加請求の可否)について
  
  控訴人Xは,被控訴人が控訴人会社の原告著作物に係る著作権(複製権,頒布権)を侵害する不法行為を行ったことによって控訴人会社の代表者としての控訴人Xが精神的苦痛を受けたとし,このこともって控訴人Xの被控訴人に対する慰謝料請求の根拠となる旨主張する。
  
  しかしながら,控訴人Xの被控訴人に対する慰謝料請求が認められるためには,被控訴人の行為が控訴人Xとの関係で不法行為を構成することが必要であり,そのためには,被控訴人の行為が控訴人Xの権利又は法律上保護される利益を侵害するものであることが必要となる(民法709条)。しかるところ,被控訴人が原告著作物を複製・頒布した行為は,原告著作物の著作権者である控訴人会社との関係では,その権利(著作権)を侵害する不法行為を構成することが明らかであるものの,原告著作物の著作権者ではない控訴人Xとの関係では,同人のいかなる権利又は法律上保護される利益を侵害することになるのかが不明というべきである。控訴人Xは,自らが控訴人会社の代表者であり,控訴人会社の著作権侵害によって精神的苦痛を受けたことをその主張の根拠とするが,会社の代表者たる個人が,当該会社に帰属する著作権に関して当然に何らかの権利や法律上保護される利益を有するものではないから,控訴人Xが控訴人会社の代表者であることのみをもって,控訴人会社の著作権を侵害する行為が控訴人X個人の権利又は法律上保護される利益をも侵害することが根拠付けられるものではなく,そのほかにこれを根拠付け得る事情も認められない。
  
  以上によれば,控訴人会社の原告著作物に係る著作権(複製権,頒布権)侵害を理由とする控訴人Xの慰謝料請求には理由がない。
  
  なお,控訴人Xは,原判決が,控訴人会社の原告著作物に係る著作権(複製権,頒布権)侵害を理由とする控訴人Xの慰謝料請求を主張整理において取り上げず,これについて判断しなかったことをもって,原判決には判断遺脱の違法があり,また,控訴人Xの当該主張を明確にするために原審裁判所が釈明権を行使しなかったことは違法である旨主張する。
  
  しかしながら,原審の平成27年6月8日付け
によれば,控訴人らは,原審において,「本件で著作権侵害の対象となっている著作物の著作財産権(複製権など)は原告会社に帰属し,著作者人格権は著作者である原告Xに帰属するのである。」(1頁)とした上で,「被告の行為は原告Xの著作者人格権としての名誉・声望保持権を侵害したのである。…原告Xはその意味で被告に慰謝料を請求している(原告会社は著作財産権としての複製権の侵害として被告に損害賠償を求めている。)。」(2頁)と主張しているのであり,このような主張からすれば,控訴人Xが,被控訴人に対する慰謝料請求の根拠として,自らが有する原告著作物に係る著作者人格権としての名誉・声望保持権の侵害を専ら主張していたものであって,控訴人会社が有する原告著作物に係る著作権の侵害を主張していたものでないことは明らかというべきであるから(控訴人らの他の準備書面を検討してみても,控訴人Xが,他の構成による慰謝料請求を追加したことを認めるに足りる記述はない。),原判決について控訴人X主張の違法は認められない。
   第4 結論
  以上の次第であるから,原判決は相当であり,控訴人らの本件控訴はいずれも理由がないから,これを棄却することとする。