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  著作権判例セレクション
   フローチャート、コンピュータ・システムの画面等の著作物性を否定した事例
  
  
  ▶令和7年2月17日大阪地方裁判所[令和5(ワ)11871]
  1 争点1(本件作品1が著作物であるか)について
  (1)
本件作品1の内容は、別紙1記載1のとおりであり、最初に、画像診断の役割と「画像データ複合処理システム」構築の目的が述べられ、画像読影、画像診断、複合所見の統合化における医師の所為の実際や判断作用が述べられた後、判断作用の現状とシステムを用いた判断支援の方法を論じ、その資料として本件作品3が添付されている。次いで、腹部超音波検査における胆のうポリープと脂肪肝を例にとって上記判断作用と判断支援を説明するものである。次いで、本件作品2に係るフローチャートの説明がされている。また、末尾には「比較による相対化を基にした画像診断の方法」の概念及び要旨として、本文の要旨が添付されている。
  
  (2)
上記本件作品1の内容は、おおむね画像を経時的に用い、あるいは他のバイタル情報や検査結果等を総合して患者の状態を鑑別、診断するという、医師の判断過程を記述したものであるといえ、思想、内容自体はある程度普遍的なもの(少なくとも、原告固有の思想やアイディアとまではいえない。)とは言い得るものの、原告の医師としての経験に基づき、医療現場における画像診断の役割と現状の問題認識を明らかにし、診断過程を分析し、条件分岐による画像診断の手順を提案するものであって、また、本件作品1は、本件作品2を添付し、腹部超音波検査における診断方法を例示し、その内容を原告なりの表現で言語化するなど、表現上の工夫も認められるのであって、表現の選択の幅の中からこれらの表現を選択して構成し、全体としてまとまった記述をしたことには原告なりの個性が現れているということができる。
  
  (3)
よって、本件作品1は、(後記のとおり、創作性を欠く部分(本件作品2、同3)及び原告の創作によらないもの(本件作品3)も含まれるものの)これを全体としてみた限りでは、原告の思想又は感情を創作的に表現したものであって、著作物であるといえる。
  
  被告は、本件作品1が事実又はアイディアを記述したものにすぎず、その表現上の工夫もないと主張するが、上記のとおり、本件作品1を全体として観察すると、単なる事実やアイディアを表現したものとまでは言えないというべきであって、被告の主張は採用できない。
  
  2 争点2(本件作品2が著作物であるか)について
  
  本件作品2は、別紙1記載2のとおりであり、本件作品1の「腹部超音波検査における読影・判断支援の方法」という部分に記された腹部超音波検査における診断過程を、フローチャートを用いてA3用紙1枚内に図示したものである。
  
  この点、当該診断過程そのものは本件作品1に記載されており、本件作品2は、一般的なフローチャートの作成方法にしたがってこれを図示したにすぎないものである。そして、フローチャートは、用いる図形等にも制約があるなど、その性質上表現上の選択の余地に乏しいうえに、本件作品2を具体的に検討しても、原告の個性の表れとしての格別の表現上の工夫を見いだすことができない。
  
  そうすると、本件作品2は、本件作品1の基となったアイディアを単にありふれた表現で図示したものにすぎないというべきであって、それ単体としては創作性を欠くものというべきである。
  
  したがって、争点2における原告の主張は、理由がない。
  
  3 争点3(本件作品3が著作物であるか)について
  
  本件作品3は、別紙1記載3のとおりであって、本件作品1に記された原告の画像診断方法を実現するために必要な情報や患者の基本情報がコンピュータ・システムで管理されることを前提とし、当該情報のうち画面に表示されるものを所定のレイアウトに従って列挙したものである。全部で8画面分あるが、うち7画面は、同一画面の中にある臓器別に分かれたタブを切り替えたもので画面構成としては同じであり、実質的には2画面分のものである。
  
  この点、コンピュータ・システムの画面における情報表示のあり方は、画面のサイズや必要な情報が決まれば、おのずと導き出されるものであり、またその配置に関しても、もともと選択の幅は限られるのであって、現に本件作品3においても、一般的な医療システムと比較して、原告の個性の表れとしての具体的な表現上の工夫を見いだし得ない。
  
  そうすると、本件作品3は、本件作品1の基となったアイディアを単にありふれた表現でシステムの画面レイアウトに落とし込んだものにすぎないから、それ自体には創作性が認められず、著作物には該当しない。
  
  争点3に係る原告の主張は、理由がない。
  
  4 争点4(原告が本件作品3の著作者であるか)について
  
  本件作品3の画面を実際に作成した者が日立ソフトであること、被告が、日立ソフトに本件システムの開発を委託したことについては、当事者間に争いがない。
  
  そうすると、仮に本件作品3になんらかの創作性が認められるとしても、これを実際に創作したのは、日立ソフトであり、被告及び日立ソフト間の著作権の取扱いの定めによっては、被告が著作権を有することもあり得るが、少なくとも、原告が本件作品3の著作権者となる余地はない。
  この点、原告は、本件作品3は、原告の理論や経験則が反映されているものであると主張するが、これは思想ないしアイディアそのものの保護を求めるものであって、採用の余地はない。
  
  よって、原告は、本件作品3の著作者とは認められず、本件作品3に係る著作権者とは認められない。
  
  5 争点5(本件システムが原告の著作物に該当するか)について
  
  (1)
原告は、本件システムが、本件各作品を複合したものであり、原告の画像診断に関する理論や経験則が反映されたものであるから、著作物に該当すると主張する。
  
  しかし、原告の主張は、本件システムに関する表現上の創作性をいうものではなく、単に、本件作品1に表象された原告の思想ないしアイディアの保護を求めるものである。
  
  (2)
また、前記4のとおり、本件システムを実際に作成した者が日立ソフトであること及び被告が日立ソフトに本件システムの開発を委託したことについては、当事者間に争いがない。そうすると、本件システムが著作物であるとしても、前記4と同様、その著作者は日立ソフト又は同社に委託した被告であり、原告は著作者とは認められない。著作権が法定の権利であることに照らし、本件覚書や被告の内部文書に、著作者を原告とする旨の記載があるとしても、前記判断は左右されない。
  
  (3)
よって、本件システムにつき、原告は著作者と認められない。
  
  (略)
  
  7 争点7(本件各作品につき著作権侵害又はそのおそれがあるか)について
  
  原告は、被告が本件システムを使用し続けることが、本件作品1の著作権を侵害し、又は将来にわたり侵害するおそれを生じさせるものであると主張する。しかし、原告が本件システムにつき何ら著作権法上の権利を有しておらず、原告の主張は畢竟アイディア自体の保護を求めるにすぎないことは前判示のとおりであって、原告の主張は失当である。
  
  そして、原告は、本件作品1につき、被告がいかなる態様で著作権(支分権)を侵害するのかを再三の釈明にもかかわらず特定できていないのであって、この点からも、本件作品1について、著作権侵害又はそのおそれがあるとは認められない。
  
  8 争点8(本件覚書に違反した不法行為に基づき、本件システムの使用等の差止めを求めることができるか)について
  
  (1)
そもそも、不法行為の効果として差止請求権の発生を観念することはできないから、原告の主張はそれ自体失当であるが、原告の主張は本件覚書を根拠とするもののようにも解されるため、念のため検討する。
  
  (2)
原告は、本件覚書に基づき、被告が本件システムを使用し、改変するためには、その都度、原告の承諾を得なければならない義務を負っていると主張する。
  
  この点、本件覚書には、被告において、本件システムの改変を行うとき等には、原告の許可を得るべきことが記載されており、現に、原告が退職するまでは、本件システムの改変に際し、少なくとも原告の確認を得る運用があったことが認められる。
  
  一方、本件システムの開発や運用は、被告が主体的に行ったことからすれば、本件システムの管理権限や運用によって生ずる責任は被告に帰属するものであり、また、医学、医療機器の進歩や不具合等に対応するための改修までもが永久に原告の許可がないとできないとすることは余りに不合理であって、そのような合意をしたものとは解されない。そうすると、前記の運用は、原告が、被告の医療情報室のアドバイザーであり、かつ、本件システム開発に関与した中心的人物であり、独自の見解に基づき著作権等を主張したことから、原告がその職位にある場合における被告内における本件システムの改修につき確認を求めていたものと解することが相当である。
  
  そうすると、(原告が被告を退職した現時点においてなお、)被告が、本件覚書に基づき、本件システムの使用や改変に際し、原告の承諾を得るべき義務(承諾を得ない限り改変してはならない義務)を負うものとは認められない。原告が、被告を退職するに際し、本件システムに関する覚書を締結しようとしたが、被告がこれに応じなかったことは、このことを裏付けるものである。
  
  (3)
また、原告は、原告の独自の経験則等に基づく診断結果を表示するAボタンについて、原告の経験則に強く依拠するものであるから、これを使用し続けることは、誤診のおそれを招くものであり、そのような危険な状態で本件システムを使用することが不法行為に該当すると主張しているとも解される。
  
  しかし、医師の診断といえども一定の客観性を備えるべきことは自明である上、システムによる画像診断は、あくまでも医師の診断をサポートする補助的なツールであって、最終的な診断を行うのは、これを使用する医師自身である。
  
  このことは、原告自身、被告に在籍していたときに配布していた本件システムの使用申請書に明記していることである。
  
  原告の主張は、独自の見解をいうものであって、被告が本件システムの利用をすることが何らかの不法行為を構成する余地はない。
  
  第5 結論
  
  以上の次第で、原告の請求は、原告及び被告の間で、本件作品1について著作権及び著作者人格権を有することを確認する限度で理由がある(被告が本件作品1について著作物であることを争うこと等から、この限度では確認の利益も認められる。)からこれを認容し、その余の請求はいずれも理由がないので全部棄却することと(する。)