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著作権判例セレクション

「書」の著作物性を肯定しその侵害性を認めなかった事例

平成11110日東京地方裁判所[昭和62()1136]
三 以上の争いのない事実に基づき、本件書の著作物性及び被告らの行為が原告の著作権を侵害するものであるか否かについて判断する。
1 被告A及び同Bは、文字の書体に著作物性を認めるべきではないということを前提として、本件書には著作物性がない旨主張するが、原告は、自ら書した本件書を書の著作物として主張しているのであつて、その書によつて表されているもののうち、書体のみを著作物であるとして主張しているものでないことは、その主張に照らして明らかであるところ、右争いのない請求の原因1の事実及び別紙目録(一)ないし(六)記載の本件書自体によれば、本件書は、原告がその思想又は感情を創作的に表現したものであつて、美術の範囲に属する書としての著作物であると認めることができる。そして、仮に、同被告らのいうように、原告において、本件書を書した後、これを使用する者から使用料を徴収するなどの行為をしたとしても、そのことによつて、本件書の著作物性が失われるものではない。したがつて、被告A及び同Bの右主張は、採用することができない。
2 ところで、本件書は、文字をもつて表現されているものであるから、そのうちでも字体が最も大きな要素をなすものと解される。そして、原告が本件書の複製物であると主張するものが看板に記載された文字であること及び被告らの主張に対する原告の反論2の主張内容に照らし、原告は、本件看板A及びBに表示されている文字の字体が本件書の字体に類似していることをもつて、被告らの行為が本件書の複製に当たる旨主張しているものと解される。
しかしながら、文字自体の字体は、本来、著作物性を有するものではなく、したがつてまた、これに特定人の独占的排他的権利が認められるものではなく、更に、書の字体は、同一人が書したものであつても、多くの異なつたものとなりうるのであるから、単にこれと類似するからといつて、その範囲にまで独占的な権利を認めるとすれば、その範囲は広範に及び、文字自体の字体に著作物性を認め、これにかかる権利を認めるに等しいことになるおそれがあるものといわざるをえない。したがつて、書については、単にその字体に類似するからといつて、そのことから直ちに書を複製したものということはできない、と解すべきである。
これを本件についてみるに、本件書(一)ないし(六)とこれに対応する本件看板A及びBに表示されている文字とを対比すると、各字体の間には、一見して明らかな相違があるか、せいぜい字体が単に類似するにすぎないものと認められるから、被告らの行為をもつて、本件書を複製したものとすることは困難であるというほかはない。なお、両者が、字体以外の要素、例えば、墨の濃淡、かすれ具合、筆の勢い等の点について類似していることを認めるに足りる証拠も存しない。
四 以上によれば、原告の本訴請求は、その余の点について判断するまでもなく、いずれも理由がないから、これを棄却することと(する。)