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  著作権判例セレクション
  「絵柄のシール」等の侵害性が争点となった事例
  
  ▶平成26年10月30日 東京地方裁判所[平成25(ワ)17433]
  1 争点(1)(複製権侵害の成否)について
  
  (1)
原告は,被告著作物がそれぞれに対応する原告著作物の複製に当たると主張する。
  複製とは,印刷,写真,複写,録音,録画その他の方法により有形的に再製することであり(著作権法2条1項15号),既存の著作物に依拠して,その内容及び形式を覚知させるに足りるもの,すなわち,これと表現上同一性を有するものを作成することをいう。複製には,表現が完全に一致する場合に限らず,具体的な表現に多少の修正,増減等が加えられていても,表現上の同一性が実質的に維持されている場合も含まれるが,誰が作成しても似たような表現にしかならない場合や,当該思想又は感情を表現する方法が限られている場合には,同一性の認められる範囲は狭くなると解される。
  
  原告著作物及び被告著作物は,いずれも睡蓮,ひさご,金魚鉢等を素材とし,印鑑,シール等の絵柄等に用いられるデザインである点で共通するものであるが,上記の素材はそれ自体ありふれたものである上,限られたスペースに単純化して描かれることから,事柄の性質上,表現方法がある程度限られたものとならざるを得ない。そうすると,本件において複製権侵害(複製物に係る譲渡権侵害とみても同様である。)を認めるためには,同種の素材を採り上げた他の著作物にはみられない原告著作物の表現上の本質的な特徴部分が被告著作物において有形的に再製されていることを要すると解すべきである。
  
  (2)
上記の見地から検討すると,以下のとおり,被告著作物②は原告著作物②を有形的に再製したものと認められるが,その余の被告著作物についてはこれを認めることができないと判断するのが相当である。
  
  なお,原告著作物はいずれも単色で描かれ,用途等により種々の色が用いられるが,色自体は複製の成否の判断に影響しないと解されるので,着色部分を黒地ないし黒色ということがある。また,原告著作物と被告著作物の大きさはやや異なるが,複製の成否の判断に当たっては,別紙「原告著作物・被告著作物・被告提出証拠対照表」のとおり,同一サイズに拡大して比較することが相当と解される。
  
  ア 原告著作物①と被告著作物①(睡蓮)について
  
  原告著作物①は,略正方形に縁取りした枠の中に,睡蓮の花1輪を右上方に,大小2枚の浮き葉を下方に配置したものである。枠は右上の花の背後の部分が途切れており,他にも欠損箇所がある。花は,先端の尖った略楕円形の花弁を12枚重ねるように描かれており,おしべ又はめしべは描かれていない。葉は,単色で塗り潰され(葉脈は描かれていない。),内側に向かう切れ込みが一つずつ描かれている。
  
  対照図案(別紙「原告著作物・被告著作物・被告提出証拠対照表」に掲載された原告著作物及び被告著作物以外の図案をいう。なお,原告著作物の制作時期以降に公刊された対照図案についても,原告著作物に依拠して制作されたとは認められないことから,これを原告著作物の表現上の特徴を認定する際に用いることに格別支障はないものと解される。以下同じ。)1によれば,睡蓮を表現するに際し,1輪の花を上方に,2,3枚の葉を下方に配置すること(対照図案1(1)(2)(20)(26)(30)),先端の尖った略楕円形の花弁を十数枚重ねるようにして花を描くこと(同(17)(19)(20)(22)(30)),葉脈を描かない葉に切れ込みを一つ入れること(同(1)(2)(3)(4)(5)(7)(24)(29))は,いずれもありふれた表現と認められる。なお,証拠によれば,印章の印影をデザインするに際し,一部を故意に欠損させた枠で縁取りすることはありふれた表現と認められる(下記イ,エ及びカ~ケにつき同じ。)。原告著作物①は,このようなありふれた素材又は構図を組み合せて睡蓮を表現したものにすぎず,顕著な表現上の特徴が存在すると認めることは困難であるから,これと酷似する表現にしか複製の成立を認めることはできないと解される。
  被告著作物①は,略正方形に縁取りした枠の中に,睡蓮の花1輪を上方のやや左側に配置し,大小2枚の浮き葉を下方に配置したものである。
  
  枠は,上方の花の背後の部分が途切れているほか欠損箇所はない。花は,先端の尖った略楕円形の花弁を12枚重ねるように描かれ,その略中央のおしべ又はめしべに当たる部分が金色に着色されている。葉は,2本又は3本の葉脈を中抜きするほかは黒色で描かれ,2枚とも内側に向かう切れ込みが一つずつ描かれている。
  
  このように,被告著作物①は,花のおしべ又はめしべに当たる部分の着色の有無,葉脈の有無等において少なからぬ相違点があり,原告著作物①と酷似するものではないから,複製に当たるということはできない。
  
  イ 原告著作物②と被告著作物②(ひさご)について
  
  原告著作物②は,略正方形に縁取りした枠の中にひさごの葉,実及び巻きひげを配置したものである。葉は上方に3枚,枠を覆い隠すように描かれ,実は中央に左上から右下に斜めにぶら下がるように配置され,その左側に巻きひげがある。3枚の葉のうち,左2枚は黒地に白色の葉脈が,右1枚は白地に黒色の葉脈が描かれている。
  
  対照図案2によれば,ひさごを表現するに際し,図案の上方に数枚の葉を,中央に実,余白に巻きひげを配置すること(対照図案2(2)(3)(4)(9)),実を原告著作物②のような形状・線描で描くこと同(1)(9)(16)(17)(18)(19)(20))は,いずれもありふれた表現と認められる。しかし,対照図案のうちには,原告著作物②のような太い線で黒地に白色の葉脈の葉と白地に黒色の葉脈の葉を織り交ぜて描いた図案は見当たらず(類似するものとして対照図案2(16)(17)(18)があるが,細い線で描かれており,原告著作物②と表現手法を同じくするものとは認められない。),このように複数の葉を描き分けている点に原告著作物の表現上の特徴があるということができる。
  
  被告著作物②は,略正方形に縁取りした枠の中にひさごの葉,実及び巻きひげを配置したものである。葉は上方に3枚,枠を覆い隠すように描かれ,実は中央に左上から右下に斜めにぶら下がるように配置され,その右側に巻きひげが描かれている。被告著作物②は,ひさごの実を原告著作物②とほぼ同様に枠の中に描いた上で,原告著作物②の3枚の葉及び巻きひげを左右反転させた位置に配したものである。そして,葉については,いずれも外側(原告著作物②では右,被告著作物②では左)から白,黒,黒の順に並べられており,個々の葉の形状,大きさ及び葉脈の位置がほぼ同一であることに加え,上述した原告著作物②の表現上の特徴,すなわち,太い葉脈を持った複数の葉を白と黒で描き分ける点において共通している。
  
  以上によれば,被告著作物②は,全体的な構図や素材の描き方も実質的に同一といってよいほど原告著作物②に酷似しており,原告著作物②を有形的に再製したものと認められる。
  
  なお,被告著作物②を原告著作物②と対比すると,3枚の葉の配置(被告著作物②の葉は枠からややはみ出して配置されている葉がある。),背景の着色(背景が原告著作物②では白色であるのに対し,被告著作物②においては金色に着色されている。),実の描き方(原告著作物②においては,線が太く描かれ,実の上端が葉に隠れている。)及び巻きひげの形状(原告著作物②の方がやや大きく,枠にかかり,3回転しているのに対し,被告著作物②においては,線がやや細く,2回転となっている。)が相違するものの,いずれも細部にわたるものであり,これらの相違点は上記判断を左右するものではないというべきである。
  
  ウ 被告著作物③と原告著作物③(金魚鉢)について
  
  原告著作物③は,金魚鉢の中に1匹の金魚と1本の水草を配置したものであり,枠は描かれていない。金魚鉢は,上部の口が外側に開いた丸みのある形状で,筆で抑揚を付けるようなタッチで真横から描かれており,上部は太い線で波打つように,水面は中央部がやや盛り上がった1本の線となっている。金魚は,鉢内の左側に,頭部が右上に尾ひれが左下になるように描かれている。金魚の頭部,背部及び尾は黒色,腹部は白色で,腹部に後方から頭部にかけて大きな切れ込みがあり,5本の切れ込みが入れられた長い尾ひれが水中にたゆたうように描かれている。
  
  金魚の目や気泡は描かれていない。水草は金魚の右側に弧を描くように配置され,茎には16枚の葉がある。
  
  対照図案3によれば,金魚鉢を表現するに際し,金魚鉢の中に金魚と水草を配置すること(対照図案3(5)(6)(9)(10)(12)),波打つような口が外側に開いた丸みのある形状の金魚鉢を真横から描くこと(同(6)(13)(14)(15)(16) ),金魚鉢の水面を1本の線で描くこと(同(14)(15)(16)),水草を原告著作物③の形状のような形状で描くこと(同3(6)(13)(15)(16))は,いずれもありふれた表現と認められる。
  
  被告著作物③は,金魚鉢の中に1匹の金魚と1本の水草を配置したものであり,枠は描かれていない。金魚鉢の形状は,上部右側及び左側下部の欠損箇所を含め原告著作物③のデッドコピーといってよいものであるが,水面は1本の線で略水平に描かれている。金魚と水草の左右の位置関係は,原告著作物③とは逆である。金魚は,原告著作物③の金魚の半分ほどの大きさで描かれ,全体が黒色であり,腹部の切れ込みや尾ひれの切れ込みはない。また,金魚には左斜め上方を向いた目が付けられ,金色の気泡が3個吐き出されるように描かれている。水草は,左右を反転させているほかは原告著作物③の水草と略同一の形状である。
  
  そうすると,被告著作物③は,原告著作物③と全体の構図,金魚鉢及び水草の形状等において類似する点もあるが,絵柄の主役ともいうべき金魚が一見して全く別のものであり,大きさや描き方も異なることから,全体から受ける印象も相当程度異なり,原告著作物③と実質的に同一であるということはできない。
  
  (以下、「百合の花」「招き猫」「雪うさぎ」「ぶどう」「千鳥」「撫子」について略)
  
  (3)
被告は,被告著作物②が原告著作物②に依拠して制作されたことを否認する。しかしながら,被告著作物②には,白黒を反転させた数枚の葉を描くという原告著作物②の表現上の特徴が再製されていること,その全体的な構図も酷似していることに加え,少なくとも被告著作物③の金魚鉢が原告著作物③の金魚鉢を模倣したものであることは明らかであって(前記(2)ウ),被告のデザイン担当者は原告著作物の掲載されたカタログ等(なお,同証拠によれば,これらはいずれも,被告商品の製造販売時期より前の平成16年以前に頒布されたものと認められる。)に接する機会があったと推認されることに照らし,被告著作物②は原告著作物②に依拠して制作されたものと認めるのが相当である。
  
  (4)
以上によれば,被告著作物②の製造販売は,原告が原告著作物②について有する著作権(複製権)を侵害するものと認められる。さらに,上記認定判断に照らし,上記の著作権侵害について,被告に少なくとも過失があったことは明らかというべきである。
  
  2 争点(2)(差止請求等の当否)について
  
  上記1のとおり,被告著作物②の絵柄のシールを含む被告商品の販売は原告の著作権を侵害するものと認められる。したがって,原告の差止請求及び廃棄請求は,その限度で理由があり,その余の請求は理由がない。
  
  3 争点(3)(損害論)について
  
  (1)
証拠及び弁論の全趣旨によれば,被告は,平成24年6月30日~平成25年7月18日の間に被告商品(税抜販売単価184円~330円)を合計1万0827枚(中略)となる。
  
  そして,被告商品は32枚のシールを1セットとして構成したものであるところ,被告著作物②はそのうちの1枚であるから,侵害行為と相当因果関係のある被告の利益額は,上記67万6412円の32分の1に当たる2万1137円と認めるのが相当である。
  
  したがって,原告の損害賠償請求は,2万1137円及びこれに対する不法行為日又はそれ以降の日である平成25年7月18日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があり,その余の請求は理由がない。
  
  (2)
これに対し,原告は,①損害額をシールの枚数で按分するのは相当ではない,②被告が平成24年6月20日~29日の間は被告ではなく株式会社ジー・シーが被告商品を販売していたと主張するのは,時機に後れた攻撃防御方法に当たり却下されるべきであると主張する。しかし,①証拠及び弁論の全趣旨によれば,被告商品は32枚のシールを1セットとして構成したもので,同じ大きさのシールを縦8枚,横4枚に均等に配列し,販売時には透明な包装シートから全てのシールが見えるようになっていると認められるのであり,被告著作物②はそのうちの1枚であって被告商品の売上げに32分の1を超えて貢献しているとみることはできない。また,②被告において上記期間に売上げが発生し,これが被告に帰属したことを認めたことはないのであるから,原告の主張は前提を欠き,失当である。
  
  他方,被告は,消費者はヴィベールという特殊紙への印刷や被告のブランドに魅力を感じて被告商品を購入するのであり,その寄与率は10%を下らないと主張するが,本件全証拠によってもそのように認めるには足りない。