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著作権判例セレクション

書籍(ノンフィクション)に掲載された日常のスナップ写真の侵害性が争われた事例/出版社の過失責任

平成190531日知的財産高等裁判所[平成19()10003]
1 当裁判所も,一審被告らが本件写真の一部を本件書籍に掲載した行為は,一審原告が有する本件写真についての著作権及び著作者人格権を侵害する行為であり,一審原告は一審被告株式会社角川グループパブリッシング及び角川グループ訴訟引受人に対し,本件写真を掲載した本件書籍を印刷,頒布することの差止め及び本件書籍の本件写真を掲載した部分の廃棄を求めることができると判断する。その理由は,次のとおり付加するほか,原判決のとおりであるから,これを引用する。
(1) 著作権の帰属について
一審被告ら及び角川グループ訴訟引受人は,一般人が日常生活のなかで特段の芸術的配慮なく人物を撮影するスナップ肖像写真の著作権は,肖像本人に譲渡されていると理解すべきであると主張する。しかし,そのように解すべき法的根拠はなく,上記主張は,独自の見解であるというほかないから,採用することができない。
(2) 写真の著作物性がある部分の利用について
一審被告ら及び角川グループ訴訟引受人は,本件写真の本件書籍への掲載は,写真の著作物性がある部分を利用していないから,複製に当たらないと主張する。
しかし,本件書籍には,本件写真のうちAの上半身部分が,そのまま掲載されているから,本件書籍には,本件写真の著作物性がある部分(シャッターチャンスの捉え方等)が再現されていることは明らかである。
一審被告ら及び角川グループ訴訟引受人は,本件写真は本件書籍にAの風貌を読者に伝える目的で掲載されていること,本件書籍における本件写真の掲載の大きさは,本件書籍1においては縦4.7センチメートル,横3.5センチメートル,本件書籍2においては縦5.3センチメートル,横4センチメートルであること,本件写真のうちAの風貌がわかる部分のみを切り取って掲載していること,本件書籍における本件写真の掲載は,口絵の1頁の一部への掲載であることを主張するが,そのような事実は,本件書籍に,本件写真の著作物性がある部分が再現されている旨の上記判断を何ら左右するものではない。
(3) 適法引用について
著作権法32条1項は,「公表された著作物は,引用して利用することができる。」と規定しているところ,本件写真が公表されたものであることについての主張立証はないから,本件写真は「公表された著作物」であるとは認められない。したがって,著作権法32条1項の適用により本件写真の本件書籍への掲載が適法となることはない。
一審被告ら及び角川グループ訴訟引受人は,本件写真が公表されたものでなくても,本件写真は少なくとも著作者の手元にのみにあったものではなく,Aの活動を描いたノンフィクションにおいて本件写真を利用する必要性の高さに照らせば,著作権法32条1項が類推適用されると主張するが,本件書籍がAの活動を描いたノンフィクションであるからといって,本件写真を利用する必要性が高いということはできないし,仮に,本件写真が著作者の手元にのみあったものではなくAの活動を描いたノンフィクションにおいて本件写真を利用する必要性があるからといって,著作権法32条1項を類推適用すべきであるということにはならない。したがって,著作権法32条1項の類推適用により本件写真の本件書籍への掲載が適法となることもない。
(4) 氏名表示権について
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(5) 同一性保持権について
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(6) 権利の濫用について
一審被告ら及び角川グループ訴訟引受人は,本件写真の著作権,著作者人格権侵害を理由として本件書籍の印刷,頒布の差止め及び廃棄を求めることは,一審被告らの表現の自由を強く制約することになり,他方,一審原告側においては,そのような表現の自由を制約することを正当化するに足りる財産的利益及び人格的利益がないから,権利の濫用として許されないというべきである,と主張する。
しかし,既に述べたとおり,本件写真の本件書籍への掲載は,本件写真の複製に当たり,一審原告の著作財産権を侵害するものであるし,著作者人格権をも侵害するものであって,本件全証拠及び弁論の全趣旨によっても,本件写真が掲載された本件書籍の印刷,頒布の差止め及び廃棄を求めることが権利の濫用に当たるというべき事情は認められない。
2 当裁判所も,本件写真の本件書籍への掲載について一審被告らには過失があると判断する。その理由は,次のとおりである。
(1) 一審被告ら及び角川グループ訴訟引受人は,一審被告Xは,Bから,本件写真を自由に使ってよいと言われており,同人に「この写真はあなたのものか。」と尋ねたところ,「そうである。」との答えを得たこと,一審被告Xは,Bに対して,本件写真の使用料についても尋ねたが,同人は不要であると答えたこと,Bは,長年にわたり,雑誌「東京ウイークエンダー」の編集長を務めた出版関係者であったことから,一審被告Xには過失はない旨主張し,乙6(一審被告Xの陳述書)には,その旨の記載がある。これに対し,一審原告は,一審被告XがBから本件写真を入手したとの事実は否認している。
しかし,仮に,一審被告ら及び角川グループ訴訟引受人が主張する上記事実が存したとしても,一審被告らは,本件写真の著作権者が誰であるかを確認し,その者から本件書籍への掲載について許諾を得る活動を全くしていないのであるから,過失があるというべきである。
(2) 一審被告ら及び角川グループ訴訟引受人は,本件のような場合,あえて撮影者は誰であるかを詮索しないのが通常であると主張する。しかし,出版物に写真を使用する際に著作権処理をすることなくこれを使用することは考え難いところである。そして,撮影者が誰であるかが分からなければ,著作権者は判明せず,著作権処理をすることは困難であると考えられるから,本件のような場合に撮影者は誰であるかを詮索しないのが通常であるとは認められない。
また,一審被告ら及び角川グループ訴訟引受人は,本件のような場合,撮影者を捜索して著作権処理をしなければ書籍等に掲載できないとすれば,自由かつ円滑な出版活動に大きな支障が生じ,自由闊達であるべき出版活動が萎縮してしまうことになるとも主張する。しかし,そもそも,出版物に写真を使用する際に著作権処理をすることは,出版物の著作者及び出版社にとって当然になすべき義務であるから,それをせずに大きな支障が生ずるとか,出版活動が萎縮してしまうなどとする主張が失当であることは明らかである。
(3) したがって,本件写真の本件書籍への掲載について一審被告らには過失があるというべきである。
3 次に,損害額についての当裁判所の判断は,次のとおりである。
(1) 複製権侵害に基づく損害賠償について
ア 証拠によると,株式会社オリオン(オリオンプレス)では,書籍における中1頁(表紙,裏表紙,見開き部分でない頁)の1頁以内に1色で(カラーでなく)使用する場合の使用料金は,1点あたり1万5000円であること,同一利用者が同一写真を複数回使用する場合には,70%の料金となることが認められる。
また,証拠によると,株式会社セブンフォト(世界文化フォト)では,書籍の中面(表紙,裏表紙でない頁)でモノクロにて使用する場合の使用料金は,1点あたり2万1000円であること,同一利用者が同一写真を1年以内に複数回使用する場合には,70%の料金となることが認められる。
また,証拠によると,株式会社アフロでは,書籍でのワンカットとしての使用料金は1点あたり2万5000円を基準とすること,モノクロにて使用する場合にはその80%(すなわち,2万円)であること,同一利用者が同一写真を1年以内に複数回使用する場合には,70%の料金となることが認められる。
イ 既に述べたとおり,一審被告らは,著作権者である一審原告に無断で本件写真を複製使用しているので,一審原告は,使用料相当額を損害賠償として請求することができる。使用料相当額を認めるに当たっては,上記ア認定のとおり,書籍における写真の使用料は,書籍の発行部数に比例して決定されるものではないことからすると,本件においても,同様の方法で算定することが相当である。そして,本件写真は,Aの風貌を写したものであるから,他の写真で容易に代替できるものではないこと,上記ア認定の使用料は,写真エージェンシー事業者が代替性のある写真(宣伝広告等に使用される写真)について定めたものであることを考慮すれば,本件写真の複製権侵害に基づく使用料相当額は,上記ア認定の使用料の額を大幅に上回るものというべきであり,本件書籍1への掲載につき 15万円,本件書籍2への掲載につき10万円であると認めるのが相当である(なお,本件書籍2による複製権侵害は,同書籍発行日に生じるものであるから,遅延損害金の起算点は本件書籍2の発行日[平成16年1月25日]であると解するのが相当である。)。
(2) 著作者人格権侵害に基づく損害賠償(慰謝料)について
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(3) 弁護士費用について
本件事案の内容,外国在住の一審原告が第1,2審において訴訟追行のため訴訟代理人弁護士の選任を余儀なくされたことその他本件訴訟に表れた一切の事情に鑑みれば,一審被告らの行為と相当因果関係のある弁護士費用相当の損害額は,請求額である10万円(本件書籍1の分5万円,本件書籍2の分5万円,合計10万円)を下らないと認めるのが相当である。