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  著作権判例セレクション
   氏名表示権の侵害事例(日常のスナップ写真が無断で書籍に掲載された事例)
  
  
  ▶平成19年05月31日知的財産高等裁判所[平成19(ネ)10003等]
  
  (4)
氏名表示権について
  
  一審被告ら及び角川グループ訴訟引受人は,本件写真は,プロのカメラマンではなく,しかもアマチュアカメラマンとして活動しているとも思われない一審原告が日常生活のなかで特段の芸術的配慮なく撮影したスナップ肖像写真であるから,一審原告が著作物の創作者であることを主張する利益はない旨主張する。しかし,一審原告が,プロのカメラマンやアマチュアカメラマンではなく,本件写真が日常生活のなかで撮影されたスナップ肖像写真であるからといって,氏名表示の利益がなくなるものではない。
  
  また,一審被告ら及び角川グループ訴訟引受人は,一審原告は,一審被告Xから取材を受けた際,本件書籍に自分の名前を表示しないことを強く求めたので,一審被告Xは,その旨を書面で約束したと主張し,乙6(一審被告Xの陳述書)には,その旨の記載がある。しかし,一審被告Xが本件写真の掲載について一審原告と話した事実は認められないから,上記のとおり一審原告が本件書籍に自分の名前を表示しないことを求めた事実があったとしても,それは,本件写真の掲載について一審原告が自分の氏名を表示しないことを承諾したものではなく,本件写真の本件書籍への掲載は一審原告の氏名表示権を侵害する旨の判断を左右するものではない。
  
  (略)
  (2)
著作者人格権侵害に基づく損害賠償(慰謝料)について
  ア 証拠(一審原告Yの陳述書。)及び弁論の全趣旨によると,本件写真は,一審原告がその夫と子供をプライベートに撮影したものであり,本来,公表を予定しないものであったことが認められる。それにもかかわらず,本件書籍(単行本及び文庫本)に掲載されて,一審原告の氏名を表示することなく広く頒布されたものであって,一審原告は,公表権及び氏名表示権を侵害されたものである。
  
  この点について,一審被告ら及び角川グループ訴訟引受人は,一審原告がAの相続人又は遺族であるという証拠はないと主張するが,一審原告は撮影者であってAの相続人又は遺族であるかどうかにかかわらず,上記のとおり公表権及び氏名表示権の侵害が認められるというべきである。また,一審被告ら及び角川グループ訴訟引受人は,本件書籍においては子の部分がカットされているから,「子をプライベートに撮影したもの」であることが一審原告の精神的苦痛を高めることにはならないとも主張するが,「子をプライベートに撮影したもの」であることは,上記のとおり,本件写真が公表を予定しないものであったことを示す事情として認定しており,子の写真が公表されたことを認定しているのではないから,一審被告ら及び角川グループ訴訟引受人の上記主張は,その前提を欠くものである。
  
  イ 証拠によると,本件書籍は,「東京アウトサイダーズ」と題する書籍であり,その文庫本の裏表紙に「一攫千金を夢見るアウトサイダーたちが世界中から集まる街・東京。天才詐欺師,…政治家を手玉にとるロビイスト,世界各国の諜報部員…夜の東京に暗躍するアウトローたちに,日本のヤミ社会はビッグ・チャンスと失望を与えてきた。」と記載され,口絵に掲載された本件写真には,「元CIAのAは…」と紹介されていること,一審原告は,本件書籍の内容から,本件写真を本件書籍の掲載することを望まない旨述べていることが認められる。
  
  この点につき,一審被告ら及び角川グループ訴訟引受人は,一審原告がAの相続人又は遺族でなければ,本件書籍がAの半生をなまなましく描かれているとしても一審原告に対する慰謝料を増額させる理由とはならないと主張するが,一審原告がAの相続人又は遺族であるかどうかにかかわらず(本件写真を撮影した当時,一審原告とAは法律上の夫婦であり,同訴外人に抱かれている子は両名の子である),著作権者である一審原告が本件書籍に本件写真を掲載して公表することを望んでいないことは,慰謝料算定の事情として考慮することができるというべきである。また,一審被告ら及び角川グループ訴訟引受人は,著作者人格権侵害の慰謝料は作品に対する創作者としての精神的・人格的利益が害されたことに対する慰謝料でなければならないとも主張するが,本件写真を本件書籍に掲載することを望まない一審原告の意向に反して本件書籍に本件写真を掲載して公表することは,作品に対する創作者としての精神的・人格的利益を害することにほかならないから慰謝料算定の事情として考慮することができるというべきである。
  
  (略)
  
  エ 以上の事情その他弁論に表れた一切の事情を考慮すると,一審原告が著作者人格権(公表権,氏名表示権及び同一性保持権)の侵害により被った精神的損害の慰謝料としては,50万円(本件書籍1によるもの25万円,本件書籍2によるもの25万円)と認めるのが相当である。
  
  なお,一審被告ら及び角川グループ訴訟引受人は,著作財産権侵害に基づく損害賠償額と著作者人格権侵害の慰謝料額とは,均衡を失するものであってはならない旨の主張をする。しかし,著作財産権侵害に基づく損害賠償請求と著作者人格権侵害に基づく損害賠償請求は,別個の請求であり,それぞれについて相応の損害賠償額を算定すべきであるところ,上記のとおり認定することができるのであるから,その結果は何ら不合理ではない。