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著作権判例セレクション

著作権を相続した遺族の名誉感情を傷つけたものとして賠償(慰謝料)を認めた事例

昭和610428日東京地方裁判所[昭和58()13780]
二 豊後の石風呂への本件両論文の転載について
1 被告Cが、昭和55515日、被告第一法規から豊後の石風呂を刊行したこと、その第19頁から第37頁の間に本件両論文が原文のまま転載されていることは、当事者間に争いがない。
2 豊後の石風呂への本件両論文の転載の態様について、以下検討する。
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(二) これらの事情を勘案すると、豊後の石風呂中に転載された本件両論文は、その転載の態様から、一般の読者をして、被告C著作にかかるものと解されてしまうものというべきである。
3 ところで、被告らは、本件両論文の豊後の石風呂への転載は、著作権法第32条第1項の適法引用に該当し、被告らの行為に違法性はない旨主張する。しかしながら、同条の趣旨に照らせば、引用が同条に定める要件に合致するというためには、少くとも引用を含む著作物の表現形式上、引用して利用する側の著作物と引用されて利用される側の著作物とを明瞭に区別して認識することができること、右両著作物の内容が前者が主、後者が従の関係にあると認められることを要すると解すべきであり、他人の著作物を自己の著作物としてもしくは自己の著作物と誤解されてしまう体裁で自らの著作物中に取り込むことは、適法な引用ということはできないところ、2における認定事実によると、本件両論文は、他の被告C著作にかかる部分と明瞭に区別して認識できるとはいえず、また本件両論文がその余の部分に対して従たる関係にあるものともいえないから、その余の点につき判断を加えるまでもなく、被告らの適法引用の抗弁は採用しえない。
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5 以上認定の事実によれば、被告Cは、豊後の石風呂を発行し、その中に本件両論文を、被告C著作にかかるものと一般読者をして解されてしまう体裁で転載したことに関しては、少くとも過失があり、また、被告第一法規も、出版を業とする会社として、出版物の内容が、その著者以外の著作物を自己の著作物として取り込み、そのことによつて他人の名誉等を毀損することがないよう充分配慮すべきであるのにもかかわらず、これを看過して、豊後の石風呂を発行したことに関して、過失があるものと認められるので、被告らは、豊後の石風呂の発行に関して、原告らが被つた損害を賠償すべき義務がある。
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四 損害
1 豊後の石風呂関係の損害
(一) 前示認定の事実及び前示(証拠)によると、本件両論文のうち、「温室考」は、原告らの先代である故Dの石風呂についての日ごろの研究の方法及び成果の一端を発表したものであり、また、「Eと石風呂」もE上人に関する資料を通しての石風呂についての日ごろの研究の成果及びこれに対する意見を発表したものであつて、同故人の研究生活の所産であるということができる。
一方、右認定の事実及び右認定の事実及び成立に争いのない(証拠等)によると、故Dは、生前、漁民経済、神社経済及び民俗学を専攻する学者であつて、本件両論文の内容は、まさにその専攻分野に属すること、また、同故人は、京都の下鴨神社の宮司の長男として出生し、大学教授、文化財保護委員会調査官となつた経歴を有すること、原告らは、その夫又は父である同故人のこのような学究としての経歴、人格及びその研究の成果を誇りに思い、かつ、敬愛していたこと及び本件両論文の著作権は、原告らによつて相続されていることが認められる。
このような場合、原告らとしては、その誇りとする夫又は父の研究の成果としての本件両論文がどのようにして公表されるかに重大な関心を抱くのは当然であつて、その公表の方法によつては、原告ら自身の名誉感情がいたく傷つけられることは容易に推認できるところである。そして、前示認定のとおり、本件両論文が豊後の石風呂において、あたかも被告Cの著作であるような編集方法の下に発表されたことにより、原告らは、その名誉感情を傷つけられたものといわなければならない。さらに、原告らは、本件両論文の著作権を相続している点からみて、本件両論文の発表は、原告らの考えにしたがつて、その名誉感情を満足させるような方法で行われることが可能であつたのに、その意向に反してこれが発表されたことは、なおさら、原告らの名誉感情を傷つけたものとみることができる。
してみれば原告らは、豊後の石風呂中に、故D著作の本件両論文を、被告C著作にかかるものと一般の読者に解される体裁にて転載されたことにより、精神的苦痛を被つたものと認められる。
(二) 原本の存在及び成立につき争いのない(証拠等)によると、豊後の石風呂は、920部ほど製作され、300部ほどは山香町教育委員会に、大分県山鹿町金亀山泉福寺跡の石風呂の修理等の報告のために送付され、200部ほどは被告Cの叙勲記念式典の列席者に引出物として配つたほかは、大部分がいまだに印刷所等に保管されており、一般の読者に書店等を通じて販売されたものはほとんどないことが認められる。
(三) 前認定の各事情に照らすと、被告らの行為によつて原告Aの被つた精神的苦痛を慰藉するに足りる金員は、金24万円をもつて相当とし、同原告Bのそれは、金12万円をもつて相当とする。
(四) 原告B本人尋問の結果によると、原告らは本訴の提起及び遂行を原告ら訴訟代理人に委任したことが認められるところ、このうち豊後の石風呂に関する損害賠償請求訴訟に関して要する費用中、原告Aについては金4万円、原告Bについては金2万円は、いずれも被告らの不法行為と相当因果関係ある原告らの被つた損害と認めることができる。
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五 四1(二)で認定したとおり、豊後の石風呂の発行部数は920部ほどであること、そのうち書店等を通じて一般の読者に販売されたものはほとんどなく、これを入手した者は、被告C関係者のごく限られた者のみであることなどに照らすと、故Dの著作者人格権(氏名表示権)侵害により毀損された名誉及び声望を回復するために、あえて一般人を対象にした新聞に、広く謝罪広告を掲載させることの必要性までもあるものとは認められず、よつて、この点の原告らの請求は理由がない。