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著作権判例セレクション
脚本の著作権の帰属が問題となった事例
▶平成12年04月25日東京地方裁判所[平成11(ワ)12918]
(注) 本件は、原告が被告に対し、本件脚本について著作権を有することの確認を求めるとともに、被告が本件小説に関する原告の氏名表示権を侵害したと主張して、不法行為による損害賠償を求める事案である。
(争いのない事実)
〇 原告は、映画監督、脚本家であり、映画製作会社である株式会社フィルム・クレッセントの取締役である。
被告は、俳優・歌手養成業、タレント仲介業、演劇活動、テレビ映画・映画・演劇製作等を業務とする会社である。
〇 被告の実質的オーナーであるCは、老人介護の問題を正面から取り上げた映画の製作を発案し、その映画の監督として予定されていた原告は、平成10年5月ころ、老人介護をテーマとする映画「ちぎれ雲」(「本件映画」)の脚本を執筆した。
〇 被告とフィルム・クレッセントは、平成10年6月30日、フィルム・クレッセントが5000万円で本件映画の製作を請け負う旨の契約(「本件契約」)を結んだ。
〇 原告は、平成10年7月2日から本件映画の撮影を開始し、同月末ころ撮影を終え、翌8月から編集作業を行い、同月末ころ本件映画を完成させた。
〇 Dは、小説「ちぎれ雲」(「本件小説」)を著作した。本件小説は、平成10年11月16日、株式会社河出書房新社から出版された。
(事実関係)
〇 被告の実質的オーナーであるCは、平成8年12月ころ、老人介護の問題をテーマとする映画の製作を発案、企画し、Gにその脚本の作成を依頼した。Gは、平成9年1月12日ころ、Cとの企画打合せに基づき、物語のラフ・スケッチを作成し、被告の従業員で右企画を担当していたFに送付したが、脚本の作成にまでは至らなかった。
〇Fは、平成9年2月ころ、右映画の監督として予定されていた原告に対し、右映画の構想を伝え、シノプシスの作成を依頼した。原告は、同月28日ころ、「劇映画 枯木の家」と題するシノプシスを作成してFに渡した。Fは、平成9年3月ころ、Hに対し、右シノプシスを渡して右映画の脚本の作成を依頼した。Hは、「誰もが予備軍(仮・枯木の家、改題)」と題する脚本を作成したが、被告においてその内容に満足できなかったので、Fは、平成9年4月ころ、Iに対し、右映画の脚本の作成を依頼し、Iは、同年6月30日ころ、劇映画「陽ざしの中で」と題する脚本を完成させた。しかし、右脚本の内容について、監督予定の原告とIとの間の意見の食い違い等があったことから、右脚本は採用されず、原告が右映画の脚本を作成することとなり、原告は、平成10年5月ころ、本件脚本を完成させた。
〇 被告とフィルム・クレッセントは、平成10年6月30日、本件契約を締結したが、本件契約の契約書には、次の趣旨の条項がある。
第4条 本映画の著作権は、甲(被告)が100パーセント保有する。
第8条 甲(被告)は本映画を、国の内外を問わず、あらゆるゲージのあらゆる媒体を使用して複製し、かつそれらの複製物を販売し、配給し、上映し、放送するほか、現に知られているならびに将来開発されるあらゆる種類の手段方法によって、利用することができる。
第12条 乙(フィルム・クレッセント)は本映画の製作に際し、本映画に使用する著作物(原作・脚本・音楽等)の著作者、創造的要素(監督・撮影・編集等)を担当する者及び出演者等との間に第8条の権利を不完全ならしめる内容の契約を締結していないことを甲(被告)に対して保証する。万一、甲(被告)が第8条所定の権利を行使した際に、これらの者から異議申し立てがなされた場合は、乙(フィルム・クレッセント)は乙(フィルム・クレッセント)の責任と負担においてこれを処理解決し、甲(被告)に対しいかなる迷惑損害もかけないものとする。
二 争点一(原告が本件脚本の著作権を有するかどうか)について
1 右のとおり、本件脚本は、原告が執筆したものであるから、その著作権を有するのは原告であると認められる。
被告は、原告が本件脚本の著作権を有することを争い、①被告は右著作権を原始的に取得した、②仮にそうでないとしても、本件契約により原告から右著作権の譲渡を受けたと主張する。
しかし、法人である被告が本件脚本のような言語の著作物の著作権を原始取得するのは、著作権法15条1項(職務著作)の規定が適用される場合だけであるところ、被告が前記で主張するような事情は右職務著作の規定の適用の要件たる事実には当たらないから、被告の右①の主張は主張自体失当である。
次に、被告の右②の主張について判断する。本件契約には、右認定のような趣旨の条項があることが認められるが、これらの条項は、被告に本件映画の著作権が帰属すること(第4条)、被告が本件映画について利用権を有すること(第8条)及びフィルム・クレッセントが本件映画の脚本等の著作者等との関係で被告の右利用権を保証すること(第12条)を定める条項であることはその文言上明らかである。本件脚本の著作権の帰属は、右の映画に関する著作権の帰属やその利用関係とは別個に定まるものである上、原告が本件脚本の著作権を有するとしても、原告が本件映画について本件脚本の利用を許諾していれば、被告が右の各条項によって認められた権利を行使することの障害となることはないものと解されるから、右の各条項が存するからといって、原告が本件脚本の著作権を被告に譲渡したものと認めることはできない。また、右のとおり、本件映画はCが発案したものであり、その脚本は何人かの脚本家に依頼し、最後に原告に依頼して作られたものであるが、そのような事情は、本件脚本の著作権の帰属を左右するものとは認められない。さらに、証拠によると、本件契約の請負代金中には、原告の脚本料が含まれていることが認められるが、脚本料の趣旨、内容について被告と原告又はフィルム・クレッセントとの間で話合いがされた事実を認めるに足りる証拠はないこと、証拠によると、原告は、右脚本料について脚本を映画に使用することに対する対価であると考えていたものと認められること、本件契約のような映画の請負契約において脚本料は脚本の著作権の譲渡代金であると一般に理解されていたことを認めるに足りる証拠はないことを総合すると、右脚本料支払の事実があるからといって、原告が本件脚本の著作権を被告に譲渡したとは認められない。そして、他に右譲渡の事実を認めるに足りる証拠はない。したがって、被告の右②の主張は採用できない。