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著作権判例セレクション
法114条3項の適用事例(世界各地のSL映像を編集したDVDが100円ショップで販売された事例)/原告の過失(過失相殺)を認めた事例
▶平成22年04月21日東京地方裁判所[平成20(ワ)36380]
(注) 本件は,世界各地のSLのビデオ映像を撮影した原告が,原告に無断で当該ビデオ映像を編集して作成されたDVD「SL世界の車窓」を被告が販売等したとして,被告に対し,当該ビデオ映像についての著作者人格権の侵害を理由とする,著作権法112条に基づく当該DVDの頒布等の差止め及び廃棄などを求めた事案である。
1 争点(1)(本件映像の著作権の譲渡又は本件映像の利用許諾等の有無)について
(1)
事実経過について
被告らは,本件における事実経過等に照らして,原告は,本件映像の著作権を放棄し,若しくは補助参加人に譲渡することを黙示的に合意し,又は本件映像を利用することを黙示的に許諾していたなどと主張する。そこで,まず,本件における事実経過について,必要な範囲で検討するところ,前記争いのない事実等,証拠及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる。
(略)
⑵ 被告らの法的主張について
(1)で認定した事実を前提として,被告らの法的主張について,検討する。
ア 著作権について
(ア) 被告らは,本件DVテープの所有権が補助参加人に帰属し,補助参加人の許可がなければ,これを利用できないことや,補助参加人が映像制作を業としていることからすれば,本件映像が映像作品に利用されることは当然の前提であり,仮に,そうでないとしても,予測可能であると主張する。
しかしながら,仮に,本件DVテープの所有権が補助参加人に帰属するとしても,本件DVテープの所有権の帰属とそれに記録された本件映像の著作権の帰属とは別の問題であり,また,本件DVテープの所有権を有することによって,補助参加人が本件DVテープに記録された本件映像を自由に利用できるものでもない(著作権法45条1項参照)。さらに,前記(1)で認定した,原告が,オスカ企画から機材一式を無償で貸与されるに至った経緯に照らして,オスカ企画が,原告に機材一式を無償で貸与したのは,原告の父親の紹介により,原告に動画の撮影技術を習得させることを目的としたものであると認められ,本件各証拠に照らしても,当初から,原告が撮影した映像をオスカ企画又は補助参加人の業務に利用することを予定していたとは認められないから,本件映像を映像作品に利用することが当然の前提であり,又は,原告において,そのことが当初から予測可能であったということはできない。
したがって,被告らの前記主張は,採用することができない。
(イ) また,被告らは,原告が本件映像の内容を確認することなく,補助参加人が本件DVテープを保管することに同意し,その返還を求めることもなかったことから,原告には,本件映像の著作者として権利行使をする意思があったとはいえないと主張する。
しかしながら,原告が,本件映像の内容を確認することなく,補助参加人が本件DVテープを保管することに同意し,その返還を求めることもなかったからといって,そのことにより,原告が,本件映像についての著作者としての権利を放棄するなど本件映像の著作者としての権利行使をする意思がなかったものと認めることはできず,他に,原告が本件映像の著作者としての権利を放棄するなどその権利行使をする意思がなかったと認めるに足る証拠はない。
したがって,被告らの前記主張は,採用することができない。
(ウ) さらに,被告らは,原告が放送番組制作の企画に異議を述べず,説明書の作成を拒絶しなかったことや,本件作品1及び2が地方テレビ局で放送された後も異議を述べなかったことをもって,原告が,黙示的に,本件映像を利用することを承諾し,又は本件映像の著作権を譲渡することについて承諾していたと認めるべき事情であると主張する。
しかしながら,前記(1)のとおり,原告は,本件映像を利用した放送番組を制作する企画が検討されていることを伝えられ,それを認識した上で,そのために必要となる本件映像の説明書の作成を了承していたにすぎず,このことをもって,補助参加人が本件映像を自由に編集して放送番組を制作することや,まして,これをDVD化して販売することや撮影者として原告の名称を表示しないことまでを了承していたということはできない。
したがって,原告が放送番組の制作の企画に異議を述べず,本件映像の説明書の作成を拒否しなかったことをもって,原告が本件映像の利用や本件映像の著作権の譲渡を承諾していたと推認することはできず,被告らの前記主張は,採用することができない。
また,本件作品1及び2の放送がされたのは,いずれも地方テレビ局であるから,東京在住の原告が,当該放送がされたことを認識することは困難であったと認められ,他に原告が当該放送がされたことを認識していたと認めるに足る証拠はない。
したがって,原告が当該放送がされた後も何らの異議を述べなかったことをもって,原告が,本件映像を利用することを承諾し,又は本件映像の著作権を譲渡することについて承諾していたという被告らの前記主張は,採用することができない。
(エ) 以上のことからすれば,原告は,本件映像の著作権を放棄し,若しくは補助参加人に譲渡することを黙示的に合意し,又は本件映像を利用することを黙示的に許諾していたとは認められない。
(オ) したがって,本件DVDを作成する行為は,原告の著作権(複製権)を侵害すると認められる。そして,本件DVDは,被告の店舗で販売する商品として企画・制作され,被告の名義のみが表示されて販売されていることからすれば,被告においても,原告の著作権(複製権)を侵害する行為を行ったものと認めることができる。
イ 著作者人格権について
(略)
(3)
よって,被告は,原告の,本件映像についての著作権(複製権)及び著作者人格権(公表権,氏名表示権及び同一性保持権)を侵害したものと認められる。
2 争点(2)(被告による本件DVDの販売の差止めの要否)について
(略)
3 争点(3)(被告の故意又は過失の有無)について
(1)
証拠及び弁論の全趣旨によれば,博美堂から被告に本件DVDが販売されるに当たって,その著作権については,制作会社である補助参加人から直接提供された映像のため,問題はない旨伝えられたことが認められる。
しかしながら,本件各証拠に照らしても,被告において,それ以上に本件DVDに関する著作権の帰属やその処理について確認した形跡は認められない。したがって,被告は,博美堂や補助参加人の著作権に関する主張を裏付ける資料等を確認することなく,漫然とその主張を信じたものであると認められるから,被告において,原告の本件映像に係る著作権及び著作者人格権を侵害したことについて,過失があったものと認めるのが相当である。
⑵ なお,原告は,被告が原告からの通告後も本件DVDの販売を継続し,一部マスコミが取材に向かったとたんこれを撤去した事情等に照らせば,最初から著作権を侵害しても構わないという未必の故意又は重大な過失が推認されると主張する。
しかしながら,前記のとおり,被告が,原告からの通告に対し,いったんはそれを拒絶する旨の回答をしたことは認められるものの,一部マスコミが取材に向かったとたん商品を撤去したとの事実を認めるに足る証拠はない。また,仮に,原告が主張するような事実が認められるとしても,その事実に基づいて被告に未必の故意又は重大な過失があると推認する論拠は明らかではなく,前記主張自体,失当である。
そして,本件各証拠に照らしても,被告において,故意又は重大な過失があったと認めることはできない。
4 争点(4)(過失相殺)について
被告らは,原告が,本件DVテープを補助参加人に保管させたまま,何ら対応をしなかったことをもって,原告に過失があると主張する。
確かに,前記のとおり,原告は,オスカ企画において本件映像を利用した放送番組の制作の企画を検討していることを告げられ,本件映像の説明書の作成を依頼されながら,当該説明書を作成せず,また,本件DVテープの交付を求めることもなく,補助参加人に本件DVテープを保管させたままであったことから,Cにおいて,自ら資料等を調査した上で,本件映像を利用して本件作品1及び2並びに本件DVDを制作するに至ったものである。このような経緯に照らすと,原告は,遅くとも,本件映像の説明書の作成を依頼された段階では,補助参加人又はオスカ企画において本件映像を利用した放送番組を制作することを予想し得たものといえ,それにもかかわらず,放送番組を制作する企画の進行を顧慮することなく,補助参加人に本件DVテープを保管させたまま,補助参加人に対し特段の連絡等もしなかったものであり,この点について過失があると認められるから,過失相殺として,原告の損害額から1割を減ずるのが相当である。
なお,原告には過失がなかったとする原告の主張は,前記認定事実に照らして,いずれも採用することはできない。
5 争点(5)(原告の損害の発生及びその額)について
(1)
財産的損害について
ア 主位的主張(逸失利益)について
原告は,ピーエスジーとの間で,本件映像を,ヨーロッパ,南米,アジア等の地域ごとに4作品程度に編集し,1枚約4000円,初回各1万枚作成,著作権料25%(1本当たり1000円)として,製品化して販売することに合意していたと主張し,それに沿う内容のピーエスジーの代表取締役であるDの陳述書の記載並びに原告の陳述書の記載及び本人尋問における供述がある。
確かに,証拠及び弁論の全趣旨によれば,原告が,ピーエスジーとの間で,本件映像を利用したDVD商品の販売に向けた打合せをしており,その過程で,販売するDVD商品の販売価格や著作権料についての話もされていたことは,認められる。
しかしながら,証拠(原告本人)によれば,①原告とピーエスジーとの間の打合せでは,本件映像を利用して全部で4作品のDVDを作成するといった話はされていたものの,各巻の内容・構成等については,各国別に作るといった話が出ていた程度にすぎず,それ以上に具体的に決まっていなかったこと,②本件映像を利用したDVDの商品化については,その販売価格や著作権料も含めて,契約書はもちろん,企画書も作成されていないこと,③原告は,ピーエスジーと本件映像を利用したDVDの商品化の打合せを開始した後も,撮影機材を貸与し,本件DVテープを保管していたオスカ企画若しくは補助参加人,B又はCに対して,ピーエスジーから本件映像を利用したDVDを販売する予定であることについて,何らの話をしていないだけでなく,Cから平成16年6月に本件映像をVHSテープにダビングしてもらった後,本件DVテープの保管状況を全く把握していなかったにもかかわらず,商品化に当たり必要不可欠である本件DVテープの保管の有無の確認すらしていないことが認められる。
そして,これらの事実のほか,本件各証拠によっても,ピーエスジーの年商や,ピーエスジーのこれまでのDVD商品の販売実績も具体的に明らかでなく,原告の前記主張を裏付ける証拠がD及び原告の陳述書のほか原告の供述のみであり,他にこれを裏付ける客観的証拠が提出されていないことも併せ考えると,原告の主張するような販売価格や著作権料が原告とピーエスジーとの打合せの過程において挙がっていたとしても,そのことをもって,ピーエスジーから本件映像を利用したDVD商品を販売するに当たっての著作権料の合意が,原告が主張するような内容のものとして,具体的に成立していたと認めることはできない。
したがって,原告とピーエスジーとの間で,当該DVDを販売するに当たっての著作権料の合意がされていたと認めることはできないから,このような合意の成立を前提とする原告の逸失利益の主張は,採用することができない。
イ 予備的主張(著作権法114条3項)について
(ア) 被告による本件DVDの販売枚数について
証拠によれば,被告による本件DVDの販売枚数は,6581枚であると認められる。
原告は,被告が主張する前記販売枚数は信用することができないと主張する。しかしながら,平成19年9月21日に博美堂が被告に納品した9984枚以外に,被告に対して本件DVDが納品されたと認めるに足る証拠はなく,また,被告から,博美堂を介して,補助参加人に対し,本件DVD3403枚が返品されていると認められることからすれば,6581枚(=納品数9984枚-返品数3403枚)を超えて,被告が本件DVDを販売したとは認められず,他に,6581枚を超えて被告が本件DVDを販売したと認めるに足る客観的証拠もない。
(イ) 原告が受けるべきDVD1枚当たりの著作権料相当額について
a 原告は,原告が受けるべき著作権料相当額は,DVD1枚当たり1000円と主張するが,何らこれを裏付ける証拠はない。また,仮に,これが原告とピーエスジーとの間の合意を根拠とするものであるとすれば,そのような合意があったとは認められないことは,前記アのとおりである。
b そして,証拠及び弁論の全趣旨によれば,原告が受けるべきDVD1枚当たりの著作権料相当額を算定するに当たっての基礎とすべきDVD1枚当たりの販売価格としては,本件DVDの映像が世界各地の貴重なSLを収録したものであること,その収録時間(46分),同種のDVD商品の価格等を考慮すれば,4000円が相当であると認められる。他方で,被告による本件DVDの販売価格である315円(税込み)は,前記の本件DVDの内容や同種のDVD商品の販売価格に照らして,相当程度低廉であって,かつ,被告による販売価格は,原告に無断で放送された本件作品1及び2を利用して本件DVDが作成されたことから可能となったものであることからすれば,これを基準に原告の著作権料相当額を算出するのは相当でない。
c また,本件DVDは,本件映像を元に,オスカ企画において,解説のナレーションや音楽等を挿入し,映像の編集作業等を行ったことによって,商品化され得るものとなったものであること,本件DVDに収録された映像のうち,ハワイの映像については,原告が撮影したものではないことを考慮すれば,本件DVDの販売枚数1枚当たりの原告が受けるべき著作権料相当額は,販売価格の8%とみるのが相当である。
(ウ) したがって,本件映像の著作権の行使につき原告が受けるべき金銭の額に相当する額は,210万5920円(=4000円×8%×6581枚)であると認められる。
⑵ 精神的損害について
本件DVDは,撮影者として原告の氏名を表示せず,かつ,原告に無断で,本件映像に編集を加えた上で,発売されたものであって,本件映像の著作者である原告の著作者人格権(公表権,氏名表示権及び同一性保持権)を侵害するものである。
そして,前記(1)のとおり,原告は,ピーエスジーとの間で本件映像を利用したDVDの販売を検討していた矢先に,被告が運営する100円ショップ「ダイソー」で本件DVDが販売されたということからすれば,原告が受けた精神的苦痛は,相当なものであると認められる。他方で,被告は,原告からの通告後,いったんは本件DVDの販売を継続する姿勢を示したものの,前記のとおり,平成20年2月4日付けで本件DVDの販売中止を指示しており,補助参加人においても,原告からの通告後,本件DVテープを原告に交付していること,原告においても,本件映像を撮影するためのDVテープや機材を無償で供与を受け,かつ,自らも映像制作会社であるオスカ企画及び補助参加人の意向を何ら考慮することなく,ピーエスジーとの交渉を進めていたこと等も考慮すれば,前記の原告の著作者人格権を侵害したことに対する慰謝料としては,100万円が相当である。
(3)
過失相殺後の額
(1)及び(2)の合計額は310万5920円であるところ,前記4のとおり,本件においては,過失相殺として,当該額から1割を減ずるのが相当であり,過失相殺後の額は,279万5328円となる。
(計算式)310万5920円×(1-0.1)=279万5328円
(4)
弁護士費用
(3)の額及び本件訴訟の経緯等に照らして,本件と相当因果関係があると認められる弁護士費用は,28万円が相当である。
(5)
小括
以上のとおり,被告による本件DVDの販売と相当因果関係がある原告の損害額は,合計307万5328円であると認められる。