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著作権判例セレクション
【著作権侵害総論】職業別電話帳の侵害性が問題となった事例
▶平成12年11月30日東京高等裁判所[平成10(ネ)3676]
当裁判所は、控訴人らの本訴請求は、当審における控訴人会社の新請求も含めて、いずれも理由がないものと判断する。その理由は、次のとおりである。
一 対象となる著作物について
著作権法2条1項1号が、「著作物」を「思想又は感情を創作的に表現したものであって、文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するものをいう。」と規定していることからすれば、著作権法によって保護される「著作物」とは、「表現したもの」であること、言い換えれば、著作者の思想又は感情が外部に認識できる形で現実に具体的な形で表現されたものであることを要するものというべきである。
本件において、控訴人電話帳の第二ないし第六分冊が、いまだ作成されていないことは当事者間に争いがない。そうすると、控訴人電話帳の第二ないし第六分冊は、右の意味で「表現したもの」となっていないのであるから、著作権法上の保護の対象とならないことが明らかである。
控訴人らは、控訴人電話帳の第二ないし第六分冊が未完成であっても、その創作性がこれを見る者にとって明らかな程度に達していれば、未完成部分も含めた控訴人電話帳の全体が編集著作物として法的に保護されるべきである旨主張する。
しかしながら、著作権法によって保護されるのは、創作性そのものではなく、前記のとおり、「表現したもの」、すなわち、現実になされた具体的表現を通じて示された限りにおいての創作性であり、その意味では、著作権法によって保護されるのは、現実になされた具体的な表現のみであるというべきである(具体的表現が存在するとき、それに対する保護の範囲をどこまで拡張すべきか、保護の範囲を拡張するに当たり、何に対してどのような役割を与えるべきかは、別の問題である。)。
控訴人電話帳の第二ないし第六分冊がいまだそのものとしては存在しておらず、したがって、右の意味で、思想又は感情を創作的に「表現したもの」となっていない以上、仮に、近い将来完成される予定であり、どのような編集方針に基づいて編集され、どの区を掲載対象とし、どのような内容となるのかなどが事前に示されていたとしても、控訴人ら主張の電話帳としての具体的な表現が存在しないのであるから、著作権法上の保護を受ける余地はないものといわざるを得ない。
控訴人らの主張は、採用できない。
二 創作性について
1 著作権法は、その21条で「著作者は、その著作物を複製する権利を専有する。」と規定し、その27条で「著作者は、その著作物を…若しくは変形し、…その他翻案する権利を専有する。」と規定して、著作者に「著作物」を「複製する権利」(複製権)や変形などの方法で「翻案する権利」(翻案権)を与えている。
前述のとおり、著作権法によって保護されるのが、「表現したもの」すなわち現実になされた具体的な表現のみであることからすれば、思想又は感情自体に保護が及ぶことがあり得ないのはもちろん、思想又は感情を創作的に表現するに当たって採用された手法や表現を生み出す本(もと)になったアイデア(着想)も、それ自体としては保護の対象とはなり得ないものというべきである。そして、この理は、対象が編集著作物であっても同様であると解すべきである。
すなわち、著作権法は、編集著作物について、「編集物(データベースに該当するものを除く。以下同じ。)でその素材の選択又は配列によって創作性を有するものは、著作物として保護する。」(12条1項)と規定しているものの、編集物もまた、「著作物」の一種にほかならず、そこでは、著作物性の根拠となる創作性の所在が素材の選択又は配列に求められているというだけで、前述した「著作物」の意義に鑑みれば、たとい素材の選択又は配列に関する「思想又は感情」あるいはその表現手法ないしアイデアに創作性があったとしても、それが「思想又は感情」あるいは表現手法ないしアイデア(以下、これらをまとめて「発想」ということがある。)の範囲にとどまる限りは、著作権法の保護を受けるものではなく、素材の選択又は配列が現実のものとして具体的に表現されて、はじめて、表現された限りにおいて、著作権法の保護の対象となるものと解すべきである。逆に、編集著作物にあっては、その素材の選択又は配列に関する発想において創作性を有しなくても、これに基づく現実の具体的な素材の選択又は配列に何らかの創作性が認められるなら、その限りにおいて著作権法の保護を受け得ることになるのである。
2 証拠によれば、控訴人電話帳(第一分冊)は、東京23区のうち台東区、葛飾区、墨田区、江戸川区の四区を一つのグループとしてまとめた職業別電話帳であり、基本的には、表表紙と裏表紙、50音別職業索引、職業別電話番号掲載ページから成っており、その他に、会議メモのページ、住所電話書抜欄のページ、求人広告欄のページなどが加えられたり、適宜、一般広告及び割引券付き広告などが掲載されたりしていること、職業別電話番号掲載ページには、右四区内の電話加入者の氏名又は名称と住所と電話番号が職業別、右四区の区の別に順に掲載されていることが認められる(認定事実中には当事者間に争いがないものもある)。
右認定の事実によれば、控訴人Aは、その精神活動に基づいて、東京23区のうち台東区、葛飾区、墨田区、江戸川区の四区を選び、会議メモのページ、住所電話書抜欄のページ、求人広告欄のページなどを加えつつ、また、一般広告のほか割引券付き広告をも掲載しつつ、右四区内の電話加入者に係る控訴人電話帳(第一分冊)を作成したというのであるから、素材の選択又は配列を含めた電話帳全体に控訴人Aの思想又は感情が表現されているものということができ、この具体的な表現は、誰が行っても同じになるであろうといえるほどにありふれたものとはいえないから、控訴人電話帳(第一分冊)には、表現されたものの全体として創作性が存在するものと認めるのが相当である。
3 控訴人らは、控訴人Aは、昭和43年当時に電電公社から発行されていた職業別電話帳における種々の問題の解決を、すなわち、検索上の不便という矛盾の解消、無駄な広告料負担の軽減、大冊化による分厚い見にくいという弊害の解消を、実現しつつ、一冊の電話帳で利用者の用が足りることを中心的な考え方として、買い物・仕入のガイドブックとしての機能をよりよく実現するために、東京23区の職業別電話帳を適切な近隣地域ごとに分冊すべく、また、右分冊するに当たって、分冊による掲載業種の偏りを防止するとの観点から、できるだけ多くの業種を網羅できるように工夫すべく、ターミナルを中心とした具体的な発行の方針を策定したうえ、控訴人電話帳を作成したとし、これこそが控訴人電話帳の内面的表現形式(発行方針)というべきものであり、それ自体、著作権法による保護に値する旨主張する。
(一) しかしながら、控訴人ら主張の控訴人電話帳の内面的表現形式(発行方針)は、つまるところ、電話帳を作成するに当たっての発想、すなわち、思想又は感情あるいは表現手法ないしアイデア、というべきものであるから、それ自体としては、著作権法上の保護の対象とはなり得ないものである。この発想が現実に具体的に表現され、表現されたもののうちに著作者の創作性が表われているとき、その限りにおいて、それが著作権法上の保護の対象となるものである。
したがって、控訴人らの右主張は、主張自体失当というべきである。
(二) 右のとおり、著作権法が保護の対象としているのが現実になされた具体的な表現のみであるとしても、現実になされた具体的な表現に創作性が認められる場合に、次に問題となるのは当該著作物の保護の範囲であり、保護の範囲の広狭を検討するに当たって、本来は著作権法上の保護の対象とならない発想、すなわち、思想又は感情あるいは表現手法ないしアイデア自体の創作性が影響を及ぼすことがあることは、否定できないところである。すなわち、一般的にいって、発想に卓越した創作性が存在する場合には、保護の範囲は広いものとなるであろうし、単に著作者の個性が表われているだけで、誰が行っても同じになるであろうといえるほどにありふれたものとはいえないといった程度の創作性しか認められない場合には、保護の範囲は狭いものとなり、ときにはいわゆるデッドコピーを許さないという程度にとどまることもあり得るであろう。
そこで、本件について、控訴人ら主張の内面的表現形式(発行方針)にどの程度の創作性があるのかについて検討する。
(1) まず、東京23区の職業別電話帳を適切な近隣地域ごとに分冊するという発想について検討する。
証拠によれば、(中略) が認められる。
右認定の事実によれば、ますます厚く重くなっていく電話番号簿を薄く軽くし、ひきやすく見やすくするために、一県(府)の電話番号簿を複数の地域ごとに分冊するという発想は、昭和40年以降、既に、電電公社において、山口県、岡山県、大阪府で採用していたことが明らかである。
そうすると、東京23区の職業別電話帳を適切な近隣地域ごとに分冊するという発想自体は、電話帳に関するものとしてありふれた発想を単に東京23区の職業別電話帳に適用したというにすぎないから、これに格別の創作性を認めることはできない。
(2) 次に、買い物・仕入のガイドブックとしての機能という発想について検討する。
証拠によれば、昭和四四年に電電公社によって発行された東京23区版の職業別電話帳には、「お買いもの・ご商売・レジャーのガイドブック」との見出しの下に、「もくじ」の項目と「ひきかた」の項目が設けられ、「ひきかた」の項目の下に、「お医者をさがすとき」、「運搬、引越しをたのむとき」、「家具を買いたいとき」、「レジャーの予約・ご相談に」という例をあげて、それぞれの場合における電話帳の引き方が記載されているうえ、「名前と職業をご存知のときは、50音別電話番号簿でひくよりたやすくさがせて、お役にたちます。」、「広告は、あなたの注文先をさがすのに役だちます。」、「同じ職種の中では、掲載名を50音順に配列してあります。日常生活に直接関係のある病院などの職種については、東京23区の区別(区名は50音順)に配列してあります。」などという記載があることが認められる。
右認定の事実によれば、昭和44年発行の電電公社の職業別電話番号簿が買い物・仕入のガイドブックとしての機能を有していたことは明らかである。
そして、このような機能は、多かれ少なかれ、すべての職業別電話帳が備えているものである。したがって、たとい、控訴人電話帳(第一分冊)が買い物・仕入のガイドブックとしての機能を持たせるという発想に基づいて作成されているとしても、その発想自体には、格別の創作性を見出すことができないものといわざるを得ない。
(3) 控訴人らは、ターミナルを基準にそこから放射線状に伸びる鉄道線路に沿った周辺三区ないし五区を組み合わせるという分冊の基準を採用して、東京23区を近隣の有効広告範囲の地域別にグループ化して、控訴人電話帳の分冊としているとして、右基準の採用自体に創作性がある旨主張する。
しかしながら、控訴人電話帳(第一分冊)は、客観的には、近接する台東区、葛飾区、墨田区、江戸川区の四区を一つの地域としているのみとみることの可能なものであって、表現されたもの自体から、ターミナルを基準にそこから放射線状に伸びる鉄道線路に沿った周辺三区ないし五区を組み合わせるという分冊の基準をうかがうことはできない。また、仮に、表現されたものから右基準をうかがうことができるとしても、同基準自体、分冊の基準としてはごくありふれたものということができるから、その採用に格別の創作性があるといえないことは明らかである。
(三) 以上、検討したところによれば、控訴人電話帳(第一分冊)は、控訴人ら主張の内面的表現形式(発行方針)について検討しても、格別の創作性を認めることはできない。そのほか控訴人電話帳(第一分冊)の表現の本(もと)となる発想に格別の創作性が存在することを認めさせる資料は、本件全証拠によっても見出すことができない。
そうすると、控訴人電話帳(第一分冊)の保護の範囲は、いわゆるデッドコピーを許さないというほどではないにせよ、狭いものになるといわざるをえないのである。
(四) 控訴人らは、原判決の、他府県が先行して電話帳を分冊していたことを東京23区の電話帳に創作性がないことの根拠とする考え方は、著作権法上の「創作性」の判断基準に、特許法上の「新規性」と同様の要件を持ち込むものであり、法解釈を誤っている旨主張する。
確かに、電電公社が先行して他府県の電話帳を分冊していたことを東京23区の電話帳に創作性がないことの根拠とする考え方は、誤りである。
しかしながら、そもそも、控訴人電話帳の内面的表現形式(発行方針)自体について著作権法による保護を求めようとする控訴人らの主張は、控訴人らの言い方を借りるならば、著作権法上の「創作性」の判断基準に、特許法上の抽象的な「技術的思想」と同様の要件を持ち込もうとするものであることは、前述のとおりである。原判決を攻撃する控訴人らの右主張は、一方で、特許法の下におけると同じように発想自体の保護を求めつつ、他方で、先行する電話帳の存在を指摘されるや、特許法下の保護と著作権法下の保護との相違を強調し、特許法上の「新規性」と同様の要件を持ち込むことは許さないとして、これを論難するものであって、論理が一貫しているとはいいがたく、失当である。
なお、あえて特許法と関連づけて述べるならば、前述したとおり、著作権法が保護の対象とするのは「表現されたもの」に限られるのであるから、著作権法においては、保護の対象となるのは、いわば、特許法における「実施例」に対応するもののみであり、この、「実施例」に対応する現実になされた具体的表現を出発点として、その表現の本となっている発想等を考慮しつつ、保護の範囲をどこまで拡張すべきかが判断されることになる、というべきである。
4 結局のところ、控訴人電話帳(第一分冊)は、現実に具体的に表現されたもの自体としては、創作性が認められ、著作権法による保護に値するということができるものの、控訴人ら主張の内面的表現形式は、それ自体としては、著作権法による保護の対象とはなり得ないものという以外になく、また、その保護の範囲は、狭いものとならざるを得ないのである。
三 複製権・翻案権侵害について
1 著作権法における著作物及び創作性について一及び二で述べたところを前提にすると、著作権法にいう複製あるいは翻案とは、既存の著作物に依拠してこれと同一のものあるいは類似性のあるものを作製することであり、ここに類似性のあるものとは、「既存の著作物の、著作者の思想又は感情を創作的に表現したものとしての創作性の認められる部分」についての表現が共通し、表現が共通しているその結果として、当該作品から既存の著作物を直接感得できると判断できるものであって、この判断には、表現の本となる発想自体の創作性が影響を与え得る、と解すべきである。
これを本件についていえば、控訴人電話帳(第一分冊)は、前記認定のとおり、現実に具体的に表現されたものの全体として著作物性を有するものであるから、控訴人電話帳(第一分冊)と被控訴人電話帳とを、表現されたものの全体として対比したとき、具体的に表現されたもの自体に共通性が認められ、その共通性の結果として後者から前者を直接感得できると判断できる場合に、複製権侵害あるいは翻案権侵害が成立するものというべきである。そして、その場合、前述のとおり、控訴人電話帳は、それを作成する上での発想(控訴人らのいう内面的表現形式)に格別の創作性が認められず、その保護の範囲も狭いものであることからすれば、たとい、両者を作成する上での発想(控訴人らのいう内面的表現形式)に共通するところがあったとしても、そのことが、控訴人電話帳の著作物についての保護の範囲を考えるうえで、当該保護の範囲を拡張する方向に働くものとなることは、あり得ないものというべきである。
2 証拠によれば、(中略) が認められる。
3 控訴人電話帳(第一分冊)と被控訴人電話帳とを対比すると、前者が、台東区、葛飾区、墨田区、江戸川区を一つの地域としているのに対し、後者においては、エリア1が、千代田区、中央区、墨田区、江東区、江戸川区を一つの地域とし、エリア5が、台東区、荒川区、足立区、葛飾区を一つの地域として、これに千代田区、中央区が追加収録されているのであって、分冊の内容が大きく異なっており、それに伴い、電話番号簿の表現内容も大きく相違していることが明らかである。
そして、このような状況を前提にして、なお、被控訴人電話帳に現実に具体的に表現されたものから、控訴人電話帳(第一分冊)に現実に具体的に表現されたものを直接感得することができると認めることを可能とする資料は、本件全証拠を検討しても見出すことができない。被控訴人電話帳に複製権侵害ないし翻案権侵害を認めることはできない。