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著作権判例セレクション

「受けるべき金銭の額に相当する額」はプログラムの正規品購入価格(標準小売価格)と同額である、と認定した事例

▶平成151023日大阪地方裁判所[平成14()8848]
2 争点2(損害の額)について
(1) 原告らは、被告会社による本件プログラムの違法複製によって被った損害の賠償として、著作権法114条2項に基づく請求をする。
著作権法114条2項[注:現3項。以下同じ]は、著作権を侵害した者に対し、著作権者は「著作権の行使につき受けるべき金銭の額に相当する額を自己が受けた損害の額として」その賠償を請求することができる旨定めているが、同項にいう「受けるべき金銭の額に相当する額」は、侵害行為の対象となった著作物の性質、内容、価値、取引の実情のほか、侵害行為の性質、内容、侵害行為によって侵害者が得た利益、当事者の関係その他の訴訟当事者間の具体的な事情をも参酌して認定すべきものと解される。そして、本件に現れたこれらの事情を勘案すると、本件においては、原告らが請求できる「受けるべき金銭の額に相当する額」は、本件プログラムの正規品購入価格(標準小売価格)と同額であると認めるのが相当である。
原告らは、原告らの「受けるべき金銭の額に相当する額」につき、①プログラムの違法複製による被害の甚大性、②被告会社の行為の高度の違法性、③正規品の事前購入者との均衡、④社会的ルールの要請を根拠に、本件プログラムの正規品購入価格(標準小売価格)の2倍を下らない旨を主張する。
しかし、不法行為に基づく損害賠償制度は、被害者に生じた現実の損害を金銭的に評価し、加害者にこれを賠償させることにより、被害者が被った不利益を補てんして、不法行為がなかったときの状態に回復させることを目的とするものである。このことは、著作権侵害を理由として損害賠償を請求する場合であっても異ならず、著作権法114条2項の規定に基づき、著作権者が著作権を侵害した者に対し、「著作権の行使につき受けるべき金銭の額に相当する額を自己が受けた損害の額として」その賠償を請求することも、基本的に上記の不法行為による損害賠償制度の枠内のものというべきである。
このような観点から原告らの主張を検討すると、まず、原告ら主張の①の点は、別個の損害(プログラムの違法複製を防止するための費用の支出)を、争点1で認定した損害の額の算定に含めようとするに等しく、相当ではない。②の点も、本件のようなプログラムの違法複製の事案においては、違法性が高度であるからといって、そのことが直ちに損害の額に反映される性質のものではなく、少なくとも、当該プログラムの正規品購入価格(標準小売価格)の2倍というような額の賠償を根拠付けるものとはいえない。③の点も、市場における実勢販売価格より標準小売価格が高額であるのが一般であるから(なお、不法行為に基づく損害賠償の場合は、別途不法行為時からの遅延損害金も加算される。)、直ちに正規品の事前購入者との均衡を失するものとはいえない。原告らの主張を、加害者に対する制裁や将来における同様の行為の抑止(一般予防)を目的とするものと解しても、不法行為による損害賠償の制度は、直接にそのようなことを目的とするものではない。④の点も、プログラムの違法複製について、原告らの主張(プログラムの正規品購入価格より高額の金銭を支払うべきものとすること)を根拠付けるような実定法上の特別規定があるわけではないし、そのような内容の社会規範が確立していると認めるべき証拠もない。原告らの主張はいずれも採用することができない。
一方、被告らは、原告らが「受けるべき金銭の額に相当する額」(著作権法114条2項)とは、卸売価格相当額である旨を主張するが、違法行為を行った被告らとの関係で、適法な取引関係を前提とした場合の価格を基準としなければならない根拠を見い出すことはできない。この点に関する被告らの主張は採用することができない。
以上のとおり、原告らが「受けるべき金銭の額に相当する額」(著作権法114条2項)としては、本件プログラムの標準小売価格を基準として算定すべきである。
原告らは、予備的に、著作権法114条1項に基づく損害賠償額の算定も主張するが、その主張に係る具体的金額が標準小売価格にとどまり、同条2項による場合の認定額を上回るものではないから、判断する必要をみない。
(2) 次に、原告らは、著作権法114条1項又は2項による損害賠償とは別に、民法709条に基づき、無形損害その他の損害として、逸失利益と同額の損害賠償が認められるべき旨を主張する。
もとより、被告らの違法行為と相当因果関係ある無形損害その他の損害が発生したことが認められるのであれば、上記(1)の損害とは別に、損害額を算定しなければならないことはいうまでもない。
しかし、原告らは、「被告らの違法行為と相当因果関係ある無形損害その他の損害」を何ら具体的に主張立証しないから、この点に関する原告らの主張は、その前提を欠き、採用することができない(このような場合に、民事訴訟法248条や著作権法114条の4を根拠として、損害額を算定することはできない。)。
(3) したがって、原告らの被った損害額は次のとおり算定するのが相当である。
ア 本件プログラムの違法複製
本件プログラムの各標準小売価格は、証拠によれば、別表3の「標準価格」(ただし、バージョンの記載のあるものに限る。)欄記載のとおり認められる。
これに対し、被告らの違法複製に係る本件プログラムの中でバージョンが不明なもののうち、同一プログラムでバージョンごとに標準小売価格が異なるものがあるため、その損害額の算定とすべき標準小売価格をいずれのバージョンのものに定めるかという問題はある。争点1で認定した被告会社による本件プログラムの複製状況に照らすと、最新バージョンのものが大半を占めるというわけではなく、被告会社作成のパンフレットにおいても、新バージョンと並んで旧バージョンも受講の対象とすることとされているから、複製されたものが常に最新バージョンのものと推認するのは相当でない。他方、このような状態を招いたのは、被告会社により本件証拠保全手続の検証が妨害されたことに起因するところが大きいのであるから、同一プログラムのうち最低額の標準小売価格を損害算定の基礎とすることも相当でない。以上のような事情を勘案すれば、結局、損害の発生が認められるにもかかわらず、損害額を立証するために必要な事実を立証することが当該事実の性質上極めて困難な場合に該当するものとして、著作権法114条の4に基づき、原告ら主張の損害額(標準小売価格の最高額を基礎とする。)を相当な損害額として認めるのが相当である。
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3 争点3(損害のてん補)について
(1) 被告らは、本件証拠保全手続後に、被告会社が本件プログラムと実質的に同一の正規品を購入したことにより、原告ら主張の損害はすべててん補された旨を主張する。
しかし、弁済は一定の給付がなされたこと及びその給付が当該債務の履行としてなされたことを要するところ、被告らの支払に係る金銭というのは、正規品購入の対価としてであって、本件損害賠償債務の履行としてのものでないことは明らかであるから、弁済の要件を充たさない。被告らは、本件プログラムの使用許諾契約の方式を根拠とするかのようでもあるが、各契約の内容上、正規品の購入により既発生の損害賠償債務の消滅をもたらすような条項も認められない。したがって、被告らの上記主張は採用することができない。
(2) 次に、被告らは、被告会社の正規品購入により、原告らの損害が違法複製の時点から正規品購入の時点までの期間に相当する使用料相当額に限定される旨を主張する。
しかし、本件プログラムの価格は、いずれもユーザーによる使用期間の長短にかかわらず一定の額が定められており、正規品の事前購入者さえ、たとえ1回の使用しか予定していない場合であっても、これを利用するためには所定の金額を支払わなければならないのであるから、被告会社の使用期間が限られたものであっても、その賠償すべき損害額を減ずる根拠となるものではない。被告らの上記主張は採用することができない。
また、被告らは、正規品の購入価格には将来の使用料が含まれるから、正規品購入後の本件プログラムの使用について二重に使用料を支払うことになるとも主張する。
しかし、正規品の購入は、本件損害賠償債務の消滅の効果をもたらすものでないことは上記(1)で判示したとおりであり(同購入時点以後の正規品の使用を可能にする地位を取得するものにすぎない。)、逆に、本件損害賠償債務についての弁済も、同債務消滅の効果をもたらすだけのものである(弁済以後の正規品の使用を可能とする地位を取得させるものではない。)。二重の支払を強いられるかのような被告らの上記主張は、両者の法的効果を混同するものであって、採用することができない。
4 争点4(被告Aの故意過失(民法709条)又は故意重過失(商法266条の3))について
(1) 被告会社はコンピュータスクールであり、本件プログラムの利用を前提とした各講習を業としていたのであるから、その代表取締役である被告Aとしても、その職務上、自己又はその被告会社従業員をして、本件プログラムの違法複製を行わないように注意すべき義務があったのにこれを怠り、被告Aは、自ら本件プログラムの違法複製を行ったか又はその被告会社従業員がこれを行うのを漫然と放置していたのであるから、被告Aに少なくとも重過失があったことは明らかである。
(2) 被告Aは、同被告個人が本件プログラムを使用した講座を担当せず、被告会社従業員である講師を信頼していたことや、被告会社代表者としての別個の業務を遂行する必要があったことなどを根拠として、同被告の故意又は重過失を否定するが、本件プログラムの違法複製の防止に関する管理体制が不備であったことは、被告Aの自認する本件証拠保全手続後の管理体制の強化の点に照らしても明らかであるから、被告Aの上記主張は採用することができない。