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著作権判例セレクション

プログラム著作物の翻案権侵害を認定した事例

▶平成121226日大阪地方裁判所[平成10()10259]
1 争点()(本件プログラムの著作物性)について
プログラムとは、「電子計算機を機能させて一の結果を得ることができるようにこれに対する指令を組み合せたものとして表現したもの」(著作権法2条1項10号の2)であり、著作物として保護されるためには創作性(著作権法2条1項1号)を必要とする。
証拠によれば、本件プログラムは、それぞれC言語により書かれた数百行の命令からなるプログラム4個と、アッセンブラー言語により書かれたプログラムとの組み合わせによって成立し、三菱電機が製造した1品種のICの測定を行う目的を有するものである。
そして、その動作は、M62352を構成するプログラムであるT62352を例にとると、①START処理(ハードの初期化)、②無限ループ処理(汎用テスターからの指令が来ると③のswitch文処理を行い、その結果をメールBOXに渡して次の指令を待つ。)、③switch文処理(指令値に応じて、④ないし⑱の処理を実行する。)、④SELF_TST処理(MXMODEの値が1、2の時は、電圧測定器の校正を行ってから10項目のatest処理〔検査対象ICに検査条件値を入力して、ICからの出力を測定する処理〕を行って終了し、3、4の時は、MXPARAのクロックを出力して値を測定して終了する。)、⑤TEST処理(atest処理の中の指令のJOBを実行して結果を返し、テストカウントに1を加算して終了する。)、⑥DAT_REQ処理(データが0以下かの判断でメールBOXにデータと0かffを返す。)、⑦LMT_REQ処理(リミットが0以下かの判断でメールBOXにリミットと0か1を返す。)、⑧LMT_CHG処理(テスト規格値を入れ替える。)、⑨SET_MAE処理(10項目のMAEattestを行って終了する。)、⑩SET_ATO処理(10項目のATOatest処理を行って終了する。)、⑪指令値20の処理(メールBOXの指示が0になるまで指定の項目のatest処理を実行する。)、⑫指令値2122の処理(t_data[n]を0に初期化して、アナログマルチプレクサーを切り替えながら、指令値21の時はA/Dコンバータによる測定関数adcon15vで、指令値22の時は同adcon5vでデータを取り込む。)、⑬指令値2324の処理(指定のパターンを出力し、t_data[n]を初期化した後、t_data[n]に128個のデータをA/Dコンバータによる測定関数adcon15vより取り込む。)、⑭指令値25の処理(メールBOXの指示により2つのパターンを発生しながらadconvでデータを取る動作を繰り返す。)、⑮指令値26の処理(メールBOXの指示により、パターン発生を繰り返す。)、⑯指令値27の処理(t_data[n]を初期化後、メールBOXの指示により、2つのパターンを発生させてt_data[n]adcon5vよりデータを取り込む。)、⑰指令値28の処理(メールBOXより指定のリレーを駆動する。)、⑱指令値29の処理(メールBOXより指定のwaitを発生させる。)という順序により、マイコン制御基板と交信して測定を行うものである。
 上記事実によれば、本件プログラムは、プログラム中の命令の組み合わせ、モジュールの選択、通信方式、解決手段の選択等に創作性が認められる著作物であるということができる。
2 争点()(本件プログラムの著作権者)について
 () 証拠によれば、原告は、昭和56年4月24日、三菱電機北伊丹製作所との間で、資材、機器、物品の売買または製造委託に関して購買基本契約(以下「基本契約」という。)を締結し、昭和58年5月24日、契約を更新したこと、基本契約には、工業所有権について、①原告は三菱電機の図面、仕様による目的物に関連し、特許権、実用新案権、意匠権、商標権などの工業所有権の申請を行なう場合は、事前にその旨を三菱電機に申し出文書による承諾を得なければならないものとする、②前項による工業所有権の帰属については、原告と三菱電機が協議して定めるものとするという趣旨の定めがあることが認められるが、本件プログラムについては、原告と三菱電機の間に、著作権の帰属に関する協議がされたことを認めるに足りる証拠はない。
また、証拠によれば、原告は、昭和56年ころ、三菱電機から、ICチップの測定処理時間を短縮してほしいとの依頼を受けて、基本契約に基づいて、M62393を乗せたマイコンテストボックスを作成し、その後も、三菱電機が新種のICを作る度に、三菱電機から同種ICに合わせた新型マイコンテストボックスの発注を受けていたこと、その際、三菱電機から原告に対しては、ICの測定仕様書又はデバイス仕様書が送付されたが、プログラムの作成に必要なアルゴリズム等の提供はなかったこと、原告において、本件プログラムの作成を担当していた従業員は、被告であり、被告は、三菱電機から送付された仕様書に記載されていた電流電圧の印加条件に基づき、入出力波形をグラフでコーディングし、それを数値に置き換えてプログラムを作成した上、プログラムに合わせて基盤を設定していたことが認められる。
() これらの事実を総合すれば、三菱電機は、原告に対し、本件プログラムを乗せたマイコンテストボックスの製作を依頼し、原告が独自に制作したソフトウエアを乗せたハードウエアの買主若しくはプログラムの発注者にすぎないものと推認され、本件プログラムは、当時、原告の従業員であった被告が、原告の発意に基づき、原告の職務として作成したものと認められる。そして、上記()のとおり、本件プログラムについては、原告と三菱電機の間において、著作権の帰属に関する協議が存在したことを認めるに足りる証拠はないから、本件プログラムの著作権は、被告の使用者である原告に原始的に帰属するというべきである(著作権法15条2項)。
3 争点()(複製、翻案)について
() 証拠によれば、被告は、原告を退社した後の平成7年夏ころ、三菱電機に対し、2個のICを同時に測定する機能を有するマイコンテストボックスの企画を持ち込み、平成10年9月ころ、三菱電機からその発注を受けたこと、被告は、三菱電機からM62352、M62358、M62359のプログラムの貸与を受け、M62352を構成するプログラムに編集を加える手法により被告プログラムを作成し、平成10年9月25日これを三菱電機に納品したことが認められる。以上の事実によれば、被告は、被告プログラム(1)(4)を作成するに当たり、原告プログラム(1)(4)に依拠していたといえる。
() M62352を構成する各プログラム(原告プログラム(1)(4))と、被告プログラム(1)(4)のソース・コードを比較すると、その類似点及び相違点は、次のとおりである。
()
() 上記認定事実によれば、被告プログラム(1)(4)は、いずれも原告プログラム(1)(4)(本件プログラム(4)、M62352)と一致する命令文が多数含まれており、相違点のうちにも、原告プログラム(1)(4)の関数を複製した上、これに2個目のICに対応する「H2」等の変数を追加し、2個目のICの測定、計算を可能にする趣旨の変更が多数加えられていることが認められる。また、被告プログラム中には、原告プログラム中の不必要となった命令文をコメントとして残したものが、そのまま多数記載されていることも認められる。
また、被告は、本訴における本人尋問において、被告プログラムの主たる開発項目は、波形発生装置の高速化、CPUの高速化を図るためノートパソコンのCPUを使用すること、CPUのインターフェイスについての回路の開発、波形発生回路の開発等のハードウエアの部分であり、三菱電機からはソフトウエアを変更しないように言われていたと供述し、「2個のICを同時に測定する機能を有するマイコンテストボックス」の作成とは、被告が原告に在職していた時に作成したプログラムのテスト仕様をそのまま受け継いで、2個のICを同時測定できる治具を作成することを意味するという趣旨の供述もしている。
これらの事実を総合すれば、被告プログラム(1)(4)は、原告プログラム(1)(4)に2個のICを同時に測定できるように、ハードウエアをつなぐ部分に改変を加えたものであり、原告プログラム(1)(4)と同一の範囲にあるプログラムとはいえないが、IC測定の順序、処理内容は同一であり、原告プログラム(1)(4)の中の命令文と同一又は微細な変更を加えた命令文が多用されているものであるから、ソフトウエアとして、原告プログラム(1)(4)と全く異なった程度には改変がなされていないものである。したがって、被告プログラム(1)(4)は、原告プログラムの一部を複製した上、全体としてこれを翻案したものに当たるというべきであり、他に上記認定を覆すに足りる証拠はない。
() 以上によれば、被告は、原告プログラム(1)(4)、すなわち本件プログラム(4)(6)及び(7)を翻案したものと認められる。
なお、被告は、本訴の本人尋問において、三菱電機から、M62393シリーズすべてのプログラムの貸与を受けたことを認める旨の供述をしており、被告が原告を退社した後は、三菱電機から原告に対し、新規のマイコンテストボックス納品の依頼はなく、旧製品の再注文が2回あったのみであることを考慮すると、被告がM62352以外についても三菱電機からマイコンテストボックスの注文を受けていた疑いも残るところである。しかし、三菱電機の社員であるCが、三菱電機において測定値部分に変更を加えた本件プログラムの解析を依頼する目的で、被告にプログラムをメールで送付していた事実があることを考慮すると、前記事実だけでは、被告がM62352(本件プログラム(4))以外のプログラムについても、同様の複製、翻案を行ったと推認することはできず、他に右事実を認めるに足りる証拠はない。
4 争点()(三菱電機の複製権、翻案権)について
被告は、三菱電機の複製権、翻案権に基づいて、本件プログラムの複製、翻案を行ったと主張するので、この点について検討する。
上記2によれば、三菱電機は、基本契約に基づき、原告からハードウエアであるマイコンテストボックス及びこれに搭載されたソフトウエアを購入した者であるから、プログラムの著作物の複製物の所有者に該当し、自ら当該著作物を電子計算機において利用するために必要と認められる限度において、当該著作物の複製又は翻案(これにより創作した二次的著作物の複製を含む。)をすることができる(著作権法47条の2第1項[注:現47条の3第1項。以下同じ])。
しかし、著作権法47条の2第1項は、プログラムの複製物の所有者にある程度の自由を与えないとコンピュータが作動しなくなるおそれがあることから、自らプログラムを使用するに必要と認められる限度での複製や翻案を認めたものであって、同項にいう「自ら当該著作物を電子計算機において利用するために必要な限度」とは、バックアップ用複製、コンピュータを利用する過程において必然的に生ずる複製、記憶媒体の変換のための複製、自己の使用目的に合わせるための複製等に限られており、当該プログラムを素材として利用して、別個のプログラムを作成することまでは含まれないものと解される。
以上によれば、三菱電機は、メインテナンス等の本件プログラムを利用する過程において必要な限度において、本件プログラムを複製、翻案する権限を有しているに止まり、1個のICを測定する機能を有する本件プログラムを素材として利用して、2個のICを同時に測定する新しいプログラムを作成する権限(複製権)を有していたとは認められず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。(なお、三菱電機のCは、原告に対し、測定規格値の書いてある部分のファイルについては、規格値を変更し、システム制御プログラムとリンクしてROMにプログラムを焼き付けてマイコンテストボックスに装着して使用することもあると述べており、三菱電機が有する権限は、著作権法47条の2第1項の趣旨に鑑みて、この限度に止まるというべきである。)。
5 争点()(損害額)
以上の認定によれば、被告は、本件プログラム(4)(6)及び(7)を翻案して原告の著作権を侵害したものであるところ、被告が著作権侵害行為を行うにつき、少なくとも過失があることは明らかであるから、被告はこれによって、原告が被った損害を賠償する責任を負うものというべきである。
() 被告による本件プログラムの翻案による損害額
証拠によれば、被告が原告を退社する前、三菱電機から原告に対し、1994年(平成6年)11月29日付けで、M62393について166万円の見積書が出されており、1995年(平成7年)3月14日付けで、FT-62425FP-MT1200について、287万8000円の見積書が出されていることが認められる。他に特段の資料もないから、原告が三菱電機に対し、新規にマイコンテストボックスを納入する際の販売価格は、右の平均をとって226万9000円であると推認するのが相当である。
前記4のとおり、被告は、本件プログラム(4)(6)(7)の3つのプログラムを翻案したものであるが、証拠によれば、本件プログラム(6)及び(7)は、本件プログラム(4)(M62352)を構成し、ともに1台のテストボックスに搭載されるプログラムであることが認められ、これらプログラム及びこれを搭載したハードウエアであるマイコンテストボックスの販売価格は、前記1台当たりの平均価格である226万9000円と推定するのが相当である。
そして、原告代表者、被告ともに、プログラム作成に必要な経費は人件費がほとんどで、その余は材料費又は組立工賃であり、利益率は、販売価格の約6割であると供述していることを考慮すると、被告が、本件プログラム(4)(6)(7)の翻案を行ったことにより、原告が失った得べかりし利益の額は、前記価格の6割である136万1400円とみるのが相当である。
この点につき、原告は、被告が原告を退社する直前3か月間における本件ソフトウエア類による原告の売上は453万円であるから、本訴を提起した平成10年9月までの予想利益は3261万6000円であると主張する。しかし、原告において、マイコンテストボックスの売上が、定常的に3か月当たり453万円の割合で継続していたことを認めるに足りる証拠はない。
したがって、原告は、被告に対し、被告の前記不法行為により原告が受けた損害として、民法709条に基づき、136万1400円を請求することができる。
() 弁護士費用
本件事案の内容、審理経過、認容額等に鑑みると、原告が被告に請求し得る弁護士費用は、20万円とするのが相当である。
() よって、原告が被告に対して請求し得る損害賠償額は、156万1400円となる。