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著作権判例セレクション
楽曲の歌詞の翻案性を認定した事例
▶平成23年06月29日東京地方裁判所[平成22(ワ)16472]
1 争点(1) 本件著作物の著作者,(1)-1 本件著作物の歌詞の著作者について
前提となる事実に加え,証拠及び弁論の全趣旨によると,原告は,亡くなった祖母への思いから,本件著作物のメロディラインを構想するとともに,本件著作物の歌詞を制作し,携帯電話に打ち込むなどしていたこと,平成18年5月ころ,E宅において,同人に本件著作物のメロディラインを伝えるとともに,メロディラインに合わせて歌詞を完成させたこと,Eは,歌詞の制作には何ら関与しなかったこと,原告は,ライブにおいては,雰囲気に応じて,歌詞を少し変えて歌唱すること等があるものの,歌詞の内容としては,別紙1-1に記載したとおりであること,本件著作物のコード譜には,作詞者として,原告が当時音楽活動をする際に使用していた「Louistar」との表示があることがそれぞれ認められる。
以上の事実に加え,被告らも,原告が本件著作物の作詞者であることを積極的には争っていないことに照らせば,本件著作物の歌詞の著作者は,原告と認めるのが相当である。
2 争点(1) 本件著作物の著作者,(1)-2 本件著作物の楽曲の著作者について
(1)
前提となる事実に加え,証拠及び弁論の全趣旨によると,原告は,平成18年5月ころ,E宅において,同人に本件著作物のメロディラインを伝え,同人において,これをパソコンの音楽ソフトに入力したこと,Eは,コード譜やピアノ伴奏その他の部分を制作したが,メロディラインを制作することはなかったことがそれぞれ認められる。
以上の事実によれば,本件著作物の楽曲の著作者は,原告と認めるのが相当である。
(2)
この点について,被告らは,本件著作物の楽曲の著作者はEであると主張し,コード譜に作曲者として「E”」との表示があることや,ピアノ伴奏の譜面の末尾に「E’」との表示があること,平成18年10月ころ,中目黒所在のダーツバーにおいて,原告,被告会社代表者,D及びEで協議した際,本件著作物の作曲者について,原告とEが争っていたこと等を指摘する。しかしながら,上記ピアノ伴奏の譜面の表示(E’)は,Eが通常使用する表示(E”)と異なっていること,E自身,メロディラインの制作はすべて原告が行ったことを認めていること,中目黒所在のダーツバーにおける協議の際も,原告とEは,作曲の経緯について冗談交じりに話していた程度であったこと等からすると,上記証拠中の上記(1)の認定事実に反する部分はにわかに信用することはできず,被告らの上記主張を採用することはできない。
3 争点(2) 著作権及び著作者人格権侵害行為の成否,(2)-1 依拠性について
(1)
前提となる事実に加え,証拠及び弁論の全趣旨によると,次の各事実が認められる。
ア 本件著作物と被告楽曲の歌詞の対比
本件著作物の歌詞と被告楽曲の歌詞は,次の(ア)ないし(テ)のとおり,被告楽曲の歌詞37行のうち21行について,本件著作物の歌詞と同一又はほぼ同一であり,(ト)で述べる点等において異なるものである。
(略)
(ト) 被告楽曲においては,冒頭の4行(「こんなに美しい 地球(ほし)に生まれ堕ち生きてきた なんにも知らず僕たちは 希望に向かって走り続け」)の部分において,本件著作物の冒頭の4行(「あんなに無邪気だった
キミの笑顔にはもう会えない 幾度と辛いときを越え生き抜いたんだろう 小さな手よ」)と異なるほか,被告楽曲の途中の歌詞においても,本件著作物と異なり,「最後に差し伸べた手のひらに
大きな温もり感じていた」,「いつの日も君のため 僕たちにできる事 いつも守り続けて」など,エイズチャリティコンサートを意識したとみられる部分が存在する。
イ 本件著作物と被告楽曲の楽曲の対比
本件著作物の楽曲と被告楽曲の楽曲が同一であることは,当事者間において争いがない。
ウ 本件の経緯等
(略)
(2)
以上の認定事実によると,本件著作物と被告楽曲の歌詞は,被告楽曲の歌詞37行のうちの21行について,本件著作物の歌詞と同一又はほぼ同一であること,本件著作物と被告楽曲の楽曲が同一であることは,当事者間において争いがないこと,被告らは,本件著作物の使用を希望し,原告又はEから提供された本件著作物の音源の複製物(CD-R),歌詞,コード譜,ピアノ伴奏の譜面等を資料として,被告楽曲を制作したものであり,被告楽曲の歌詞については,本件著作物の歌詞に基づき,エイズチャリティコンサートの趣旨に沿うよう,被告会社代表者が中心となり,被告Bも関与する方法等により,本件著作物の歌詞を使用,改変して被告楽曲の歌詞とし,被告楽曲のメロディラインについては,上記音源の複製物に基づき,これを使用したことがそれぞれ認められるから,被告楽曲は,本件著作物に依拠したものと認めるのが相当である。そして,被告楽曲は,楽曲部分については,本件著作物を複製したものであり,歌詞部分については,亡くした人への鎮魂と感謝及び亡くした人とつながりながら生きていく希望を歌ったものとして,本件著作物の表現形式における本質的な特徴を感得させるものとなっており,これに部分的に,本件著作物にない新たな創作性のある部分を付加したものとして,本件著作物を翻案したものということができる。
被告らは,被告楽曲は,本件著作物と歌詞の異なるものであると主張し,これは本件著作物とは別個の著作物であると主張する趣旨とも解されるが,上記のとおり,被告楽曲と本件著作物の歌詞は,被告楽曲の歌詞の半分以上が,本件著作物の歌詞と同一又はほぼ同一であること,被告楽曲の歌詞は,本件著作物の歌詞に基づき,被告らにより,本件著作物の歌詞の文言や順序の変更がされたことが認められるから,被告楽曲と本件著作物の歌詞に異なる部分があるとしても,被告楽曲の歌詞が,本件著作物の歌詞に依拠して改変されたことを覆すことはできないというべきである。したがって,被告らの上記主張を採用することはできない。
4 争点(2) 著作権及び著作者人格権侵害行為の成否,(2)-2 包括的許諾について
(1)
前提となる事実及び上記の認定事実によると,①被告らは,平成18年12月2日,エイズチャリティコンサートにおいて,原告著作物に依拠した被告楽曲を被告Bにおいて演奏,歌唱したこと,②被告らは,平成21年11月16日,本件著作物に依拠した被告楽曲を演奏,歌唱した映像及びかかる被告楽曲の歌詞を,被告B名義による被告ブログに掲載したこと,③被告らは,被告ブログへの上記掲載の際,「作詞作曲:C」と記載し,また,④本件著作物の題名,歌詞の内容の一部を改変したことがそれぞれ認められるところ,被告らは,本件著作物については,平成18年10月ころ,中目黒所在のダーツバーにおいて原告及びEと協議した際,被告Bの楽曲としてCD販売するなどの営利目的での使用をしないことを条件に,エイズチャリティコンサートでの使用や,同コンサートの性質に応じた歌詞の改変を含む本件著作物の使用について包括的な承諾を得たと主張し,同旨の証拠を提出する。
しかしながら,上記の認定事実のとおり,原告及びEは,平成18年10月ころに中目黒所在のダーツバーで協議した際,本件著作物については,被告会社に対し,上記コンサートのエンディングにおいて,メロディラインのない伴奏部分を使用することについて許諾したものの,それ以外は何らの許諾をしなかったものであり,原告は,平成19年3月ころ,被告Bが上記コンサートにおいて被告楽曲を歌唱する映像を示された際も,上記許諾の内容と異なると認識していたものであるから,被告らの提出する上記証拠をにわかに信用することはできないといわざるを得ない。そして,その他,被告らの主張する包括的許諾の事実を認めるに足りる証拠はない。
(2)
したがって,被告らは,本件著作物について著作権及び著作者人格権を有する原告の許諾を得ることなく,上記①~④の行為に及んだものであるから,被告らは,①平成18年12月2日,エイズチャリティコンサートにおいて,本件著作物に依拠した被告楽曲を演奏,歌唱したことにより,原告の本件著作物の演奏権(著作権法22条,28条)を侵害し,②平成21年11月16日,本件著作物に依拠した被告楽曲を演奏,歌唱した映像及びかかる被告楽曲の歌詞を,被告ブログに掲載し,自動公衆送信したことによって,原告の本件著作物の公衆送信権(送信可能化権を含む)(同法23条,28条)を侵害し,③被告ブログへの上記掲載の際,「作詞作曲:C」と記載したことにより,原告の本件著作物の氏名表示権(同法19条1項前文,後文)を侵害し,④本件著作物の題名,歌詞の内容の一部を改変したことにより,原告の本件著作物の同一性保持権(同法20条)を侵害したと認めるのが相当である。
(3)
そして,前提となる事実及び上記の認定事実に加え,証拠及び弁論の全趣旨によると,被告Bは,被告会社に所属する歌手であり,被告Bによる芸能活動及びこれに付随する活動は,同被告及び被告会社双方の了解に基づいて行われていることが推認されること,被告Bは,被告会社代表者のC及び取締役のDとともに,被告会社の役員であること,本件において,被告Bは,エイズチャリティコンサートにおいて,本件著作物に依拠した被告楽曲を歌唱するとともに,被告Bの名義による被告ブログにおいて,上記の歌唱の映像及び被告楽曲の歌詞の掲載に関与したものであり,被告会社も,本件著作物の使用が可能となるよう,著作権及び著作者人格権を有する原告との間で交渉を行ったり,被告ブログの掲載等の管理に関与していたこと,本件著作物の歌詞の改変においては,被告B,被告会社代表者及びDが関与していたことがそれぞれ認められるから,被告らの前記各行為には,客観的関連共同性(民法719条1項前段)が認められる。
5 争点(3) 故意過失について
(略)
6 争点(4) 損害について
(1)
演奏権の侵害による損害
証拠及び弁論の全趣旨によると,原告は,ライブに出演する場合には,ソロ活動では,多くの場合,30~40分で6,7曲の楽曲を観客30~40人程度の前で歌唱していたものであり,観客が購入するチケットの代金は1人当たり2500円~3300円であり,観客数に応じた報酬を得ていたこと,原告は,ライブでは,1回当たり10万前後~20万円程度の報酬を得ることがあり,1曲のみを歌唱する場合でも,2~3万円程度の報酬を得ていたことがそれぞれ認められるから,本件著作物の演奏権侵害による損害は,本件著作物の演奏による使用料相当額である2万円(=2万円/回×1回)と認めるのが相当である。
(2)
公衆送信権の侵害による損害
証拠及び弁論の全趣旨によると,インターネットへの楽曲のアップロードについては,許諾料が1日当たり2500円であることが認められるから,本件著作物の公衆送信権(送信可能化権を含む)侵害による損害は,3万円(=2500円/日×12日間(平成21年11月16日~同月27日)と認めるのが相当である。
(3)
氏名表示権及び同一性保持権の侵害による損害
本件著作物は,原告が慕っていた亡祖母をイメージし,亡祖母に対する思いを歌ったものであり,原告の強い思い入れのある楽曲であったものであり,原告には,その歌詞が本来の趣旨とは異なるチャリティー活動のための歌詞として改変され使用されたことによる精神的苦痛が認められるほか,その作詞,作曲者の表示についても,亡祖母とは関係の認められない「C」と表示されたことによって,精神的苦痛が発生したものと認められる。したがって,原告の本件著作物の作詞作曲について氏名表示権の侵害及び歌詞の同一性保持権の侵害により,原告が被った精神的損害を慰謝するには,50万円の支払をもってするのが相当である。
(4)
弁護士費用
本件において,被告らによる侵害行為と相当因果関係のある弁護士費用は,(1)~(3)の合計額55万円の約10%相当額である5万円と認めるのが相当である。
(5)
以上により,損害額は60万円と認められる。
7 争点(5) 名誉回復等の措置請求の成否について
本件においては,上記の損害賠償が認められること及び本件訴訟提起前に被告会社において原告に対し謝罪文を送付していることなどの事情を考慮すると,損害賠償に加えて名誉回復措置を命じるまでの必要は認められないから,名誉回復等の措置請求については,理由がないというべきである。