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著作権判例セレクション
プログラムの著作物の職務著作の成否が問題となった事例
▶平成23年01月28日東京地方裁判所[平成20(ワ)11762]
(2)
原告プログラムの著作者(職務著作の成否)について
ア 原告プログラムについて,法人である原告がその著作者と認められるためには,原告プログラムが,①原告の発意に基づき,②原告の業務に従事する者が職務上作成したものであって,③その作成の時における契約,勤務規則その他に別段の定めがないことが必要となる(著作権法15条2項)。
イ 前記の「争いのない事実等」のほか,証拠及び弁論の全趣旨によれば,原告プログラムが作成された経過等に関し,次の事実が認められる。
(略)
ウ 以上の認定事実を前提に,原告プログラムについて,前記アの各要件が満たされるか否かについて検討する。
(ア) 原告の発意に基づくこと
a 「法人等の発意」の要件については,法人等が著作物の作成を企画,構想し,その業務に従事する者に具体的に作成を命じる場合,あるいは,その業務に従事する者が法人等の承諾を得て著作物を作成する場合はもちろんのこと,法人等とその業務に従事する者との間に雇用関係があり,法人等の業務計画に従って,その業務に従事する者が所定の職務を遂行している場合には,法人等の具体的な指示あるいは承諾がなくとも,業務に従事する者の職務の遂行上,当該著作物の作成が予定又は予期される限り,「法人等の発意」の要件を満たすものと解するのが相当である。
b そこで,検討するに,本件においては,前記イの認定事実のとおり,①平成15年12月ころの時点において,原告旧ソフトに替わる新たな株価チャートソフトを開発,導入することは,原告の業務計画の一つとなっていたこと,②その後,原告に雇用された従業員である被告A1が,原告旧ソフトに替わる新たな株価チャートソフトの開発及びプログラミング作業を行い,これを完成させていること,③このようにして完成されたソフトは,完成後直ちに,原告ソフトとして,原告からその顧客に提供されていること,④被告A1は,広告物やホームページ等の制作を行う技術者として原告に雇用された者であり,原告の商品となるソフトウェアの開発及びプログラミング作業もその職務の範囲に含まれるものといえること,⑤被告A1は,上記ソフトの開発期間中に行われた原告の社内会議において,A2らに対し,同ソフト開発の進捗状況をたびたび報告していることが認められる。
そして,これらの事実を総合すれば,被告A1による原告ソフトに係るプログラム(原告プログラム)の作成は,少なくとも,原告の業務計画に従ったものであり,原告の従業員である被告A1が自己の職務範囲に属する事務を遂行したといえるものであって,しかも,その職務の遂行上,当該プログラムの作成が予定又は予期される状況にあったことは,明らかである。
したがって,被告A1による原告プログラムの作成は,原告の発意に基づくものと評価することができる。
c これに対し,被告らは,原告において事実上の最高権限を有するA2が被告A1の作成した原告ソフトの採用に反対していた経過がある以上,原告プログラムの作成が原告の発意によるものとはいえない旨主張する。
しかしながら,仮に,被告らが主張するように,被告A1と原告の実質的な経営者といえるA2との間にソフトの内容についての意見の対立があり,A2が被告A1の作成した原告ソフトの採用に反対していた事実があったとしても,そのような経過は,原告において,原告旧ソフトに替わる新たな株価チャートソフトとして原告ソフトを導入するに至る過程の中での一時的な経過にすぎず,最終的には,A2の了解の下で原告ソフトの導入に至ったものであることは明らかである。そして,前記bのとおり,被告A1による原告ソフトの作成が,原告旧ソフト替わる新たな株価チャートソフトを開発,導入するするという原告の業務計画に沿って行われたものであることは,A2が一時期原告ソフトの採用に反対していた事実があるからといって,何ら左右されるものではないから,被告ら主張の事実は,原告プログラムの作成が原告の発意によるものであることを否定する理由となるようなものではない。
したがって,被告らの上記主張は採用できない。
(イ) 職務上作成されたものであること
a 前記(ア)bで述べたとおり,①被告A1は,原告に雇用され,原告の業務に従事する者であること,②原告ソフトを作成することは,原告旧ソフトに替わる新たな株価チャートソフトを開発,導入するという原告の業務計画に沿うものであること,③ソフトウェアの開発及びプログラミング作業は,被告A1の原告における職務の範囲に含まれるものといえること,④被告A1は,上記ソフトの開発期間中に行われた原告の社内会議において,A2らに対し,同ソフト開発の進捗状況をたびたび報告していることなどからすれば,被告A1による原告プログラムの作成が,原告の業務に従事する者によって「職務上作成されたもの」に当たることは,明らかである。
b これに対し,被告らは,被告A1による原告プログラムの作成は,勤務時間外に自宅で独自に行われたものであるから,職務上の作成には当たらない旨を主張し,さらに,職務上の作成ではないことを示す事情として,①原告ソフトの開発当時から,被告A1しか原告ソフトのソースコードにアクセスできないようにされていたこと,②原告が被告A1に対し,特別賞与月額75万円のほか,特別報奨金等として500万円という,一従業員に対する報酬としては考え難い多額の金銭を支払っていること,③原告従業員であるA3及びA2の証人尋問における供述によれば,同人らは,原告ソフトにおける原告旧ソフトの改良点についての理解を欠いていることを指摘する。
しかしながら,まず,原告プログラムは,株価チャート分析のための多様な機能を実現するための膨大な量のソースコードからなるものであって,これらをすべて単独で作成するには,膨大な時間と労力を要することが明らかであるところ,被告A1が原告プログラムを作成したとされる平成15年12月ころから平成16年11月ころまでの被告A1の原告における勤務時間は,早朝から夜遅くまでの長時間に及ぶのが通常であったことからすれば,原告プログラムの作成をすべて勤務時間外に自宅で行ったとする被告らの主張及びこれに沿う被告A1の供述は,不自然というほかなく,にわかに措信することができない。
また,仮に,被告A1が勤務時間外に自宅で原告プログラムの作成を行った事実があり,それが原告プログラムの相当部分に及ぶものであったとしても,そのことによって当然に,原告プログラムの作成が原告の職務として行われたことが否定されることにはならず,むしろ,前記aの各事情に照らせば,なお原告プログラムが職務上作成されたものであることが左右されるものではないというべきである。
そして,被告らが指摘する前記①ないし③の各事情のうち,①については,前記イ(ウ)のとおり,原告ソフトの開発及びプログラミング作業が主として被告A1によって行われていた実情からすれば,原告において,被告A1しか原告ソフトのソースコードにアクセスできないような態勢になっていたとしても,必ずしも不自然なこととはいえず,このことが直ちに,被告A1による原告プログラムの作成が原告の職務と無関係に行われたことを示すものとはいえない。
また,前記②については,上記のとおり,原告の重要な商品である原告ソフトの開発及びプログラミング作業が主として被告A1によって行われたという事実に照らせば,原告から被告A1に対し,原告の業務に多大な貢献をしたことに報いる趣旨で前記②程度の金額が支払われることもあながち不自然なこととはいえないから,かかる金銭の支払をもって,原告プログラムの著作権が被告A1にあることを前提として,その使用許諾料を支払うものにほかならないとする被告らの主張は,直ちに首肯することはできない。
さらに,前記③については,原告従業員のA3やA2が原告ソフトの機能の一部について十分に理解していないことを根拠に,被告A1による原告プログラムの作成がA2の具体的な指示に基づくものではないことを指摘しているにすぎず,そもそもA2からのソフトの内容に及ぶ具体的指示があったことが職務上作成されたものであることの要件となるものではないから,この点も,原告プログラムの作成が職務上のものであることを否定する理由とはならない。したがって,被告らの前記各主張はいずれも採用できない。
(ウ) 別段の定めがないこと
平成15年12月ころから平成16年11月ころの原告において,原告の職務上作成されるプログラムなどの著作物の著作者を作成者個人とする旨の契約,勤務規則その他の定めがあったことを認めるに足りる証拠はない。
(エ) 以上によれば,原告プログラムは,著作権法15条2項の各要件を満たすものであるから,その著作者は原告であると認められる。