Kaneda Legal Service {top}

著作権判例セレクション

プログラム使用許諾契約の解約に際しての新たな合意の有無が要点となった事例

平成191128日東京地方裁判所[平成19()7380]
() 本件は,百貨店向け筆耕用アプリケーションプログラム(「本件プログラム」)を制作した原告が,被告会社との間で本件プログラムの使用許諾契約を締結し,本件プログラムを被告会社のコンピュータにインストールしていたところ,被告Bにおいて,本件プログラムを複製し,被告らにおいて,上記契約の解約後も,同複製物を使用して筆耕作業を行い,これによって,被告会社は,解約時の,本件プログラムの不使用及び消去の各義務を負う旨の合意に違反し,被告B及び被告Cは,違法に複製された本件プログラムの複製物を使用するなどして,原告の本件プログラムについての著作権を侵害したとして,被告会社に対しては,解約時の合意に基づいて,被告B及び被告Cに対しては,著作権法112条に基づいて,本件プログラムの複製物の使用差止め等を請求するなどした事案である。
なお、「百貨店向け筆耕」とは、「百貨店が顧客から依頼された中元,歳暮,慶弔用の商品を配達するために,発送伝票等の帳票に届け先等を記載する作業」のことである。

1 争点1(被告会社による,本件解約時の合意の不履行の有無)について
前記前提となる事実等,証拠及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。
⑴ 事実認定
()
⑵ 検討
ア 本件解約時の合意の有無
上記⑴で認定した経緯によれば,本件使用許諾契約は,被告会社から契約条件改定の意向が示されたものの,改定に向けた協議などはされないまま,原告から契約条件を改定しない契約書案が送られたことを受けて,被告会社において解約の意向を固め,原告もそれを了承して,被告会社のコンピュータ等から本件プログラム及びデータを削除する作業が行われることで,事実上契約が終了したものと認められ,当該契約の終了時期等を両者の間で明示するなどの明確な解約合意ではなく,黙示での解約の合意があったと認められるものである。このように,解約自体が,明確に合意されたものではなく,黙示の合意として認められるにすぎない状況であるところ,本件解約に至るまでに,被告会社から契約条件の改定を求める書面や,解約の意向を示す書面が送付されたほかは,本件使用許諾契約終了に当たって,何らかの合意が形成されたことを裏付けるような事情は認められず,合意形成に向けた主観的又は客観的な動きを示すような事情も認められないのであるから,解約に際して,本件使用許諾契約終了後の義務等について定める合意が形成されたことを認めることはできないといわざるを得ない。
原告は,Dを代理人として解約に向けた交渉を行い,明示の合意をした旨を主張し,Dによる,それに沿う内容の陳述書を提出する。
しかしながら,Dを代理人として解約の交渉を行い,明示的に合意が成立したとの事実の存在は,本件解約時の合意の成立として,まず主張されるべきであると考えられるところ,本件解約時の合意に関する原告の当初の主張は,平成19年8月24日付けの準備書面⑶における,黙示の合意の成立を内容とするものであり,さらに,上記のDを代理人として交渉を行ったとする事実は,本件訴訟の提起から7か月近く経過した後に初めて主張されたものである。その上,Dについては,原告に被告Bらを紹介するなどしたことが認められるものの,原告や被告会社が担当する筆耕業務に深く関与していたことをうかがわせる事情も認められないことからすれば,同人の陳述書における,本件使用許諾契約や本件解約時の状況に関する詳細な記述は,同人の記憶に基づくものであるか疑問がないとはいえず,その内容を採用することはできない。
また,原告は,被告Bにおいて,取引先に対し,本件解約後の取引中止を周知する文書を検討していたこと等の事情を指摘して,本件解約後に本件プログラムを使用しないこと及び本件プログラムやその複製物を廃棄することが合意された旨主張するが,本件解約に至る事情は,上記のとおりであり,そうであるとすれば,仮に,原告が主張するとおりに,被告会社において,取引先に対する通知の文書を検討していたとしても,そのことにより原告との間で何らかの合意が成立するわけではなく,原告及び被告会社の間で,本件使用許諾契約における取決め以上に,本件解約に際して新たな合意がされたことは認められない。
したがって,原告が主張する,本件解約時の合意を認めることはできない。
イ 本件プログラムの複製物の使用について
以上のとおり,本件解約時の合意は認められないから,これに基づく請求は,理由がないこととなるが,念のため判断するに,被告会社が,本件解約後も,東武百貨店向け等の筆耕業務を継続している事実は認められるものの,被告会社において,本件プログラムの複製物を使用して筆耕業務を行っていることを認めるに足りる証拠はない。
この点,原告は,被告会社から依頼を受けて入力作業を行っていたFにおいて,本件解約後も,従前用いていた,本件プログラム中の本件入力システムをそのまま用いていることからも,被告会社において,本件プログラムの複製物を使用している旨主張し,F及びその夫であるGから事情を聴取した際の会話の反訳書,Fからの事情聴取の際に,同人が筆耕業務の入力作業において用いていたものとして交付を受けたフロッピーディスク等を提出する。
しかしながら,これらによっても,本件プログラムの一部と,Fの手元にあった筆耕作業のためのプログラムとの同一性は必ずしも明らかではないし,この点以外に,被告会社において,本件解約後に本件プログラムの複製物を使用していたことを合理的に推認させる事情も認められないから,被告会社において,本件解約後に本件プログラムの複製物を使用していたことも認められない。
ウ まとめ
以上のとおり,本件プログラムの複製物の使用差止め及び廃棄の請求を基礎付ける,本件解約時の新たな合意の存在を認めることはできず,また,被告会社による,本件プログラムの複製物の使用の事実を認めることもできないから,被告会社による,本件解約時の合意の不履行は認められない。