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著作権判例セレクション

(作詞家と歌手の間の)音楽CDの売買契約の成立を認めなかった事例

平成261128日東京地方裁判所[平成25()14424] ▶平成27428日知的財産高等裁判所[平成27()10005]
() 本件は,原告が,被告に対し,(1)①主位的に,原告は,被告に,原告代表者であるB(控訴審での「A」と同一)の作詞に係る「本件歌詞」に旋律を付した音楽(「本件楽曲」)を録音収録したコンパクトディスク(「本件CD」)を売り渡したと主張して,本件CDの売買契約(「本件売買契約」)に基づき,本件CDの代金144万円及びこれに対する遅延損害金の支払を求めるなどした事案である。

1 本件請求(1)①について
(1) 当事者間に争いのない事実,証拠及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。
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(2)ア 控訴人は,控訴人と被控訴人との間には,平成22年5月ころまでに,本件CDを製作するための業務を控訴人が行い,控訴人がその対価として本件CDの制作販売に関する全権利を取得し,被控訴人が製作費用のうち一定額を負担するとともに,本件CDの販売協力をすることを内容とする契約(控訴人主張契約)が成立し,当該契約を前提に,被控訴人は控訴人に対してその所有に係る本件CD(定価1200円との記載がある。)を購入注文し,控訴人は被控訴人に本件CDを引き渡したものであるから,控訴人と被控訴人との間で,被控訴人が本件CDを1枚当たり1200円で控訴人から買い受ける旨の契約(本件売買契約)が成立した旨主張する。そして,弁論の全趣旨によれば,控訴人は,被控訴人に対する本件CDの引渡しの都度,売買契約を締結した旨述べる。
しかしながら,Aが,被控訴人との間で,本件歌詞の作成に係る対価の額,本件CD製作におけるAの作詞以外の担当業務,被控訴人が負担すべき費用の内容や総額,本件CDに関する権利の帰属について具体的に協議したことを認めるに足りる証拠はなく,したがって,被控訴人がこれらを認識した上で了解したことを認めるに足りる証拠もない。
控訴人の主張を裏付けるべきAの陳述書においても,控訴人主張契約に関し,Aが,主観的に控訴人主張契約の内容の対価が本件歌詞の作成の対価として相当と考えていたことや,被控訴人からは具体的な作詞の対価の話がなかったこと,控訴人が本件CDの売上代金を取得することに異議を唱えなかったことが記載されているのみであり,Aが本件CDの所有権を取得することや希望する対価額を被控訴人に伝えたことは記載されておらず,被控訴人がこれらを了解した事実に関する具体的な記載も全くない。また,同陳述書では,本件売買契約に関し,Aの作詞の対価として本件CDの売上代金を充てることが記載されているだけであり,被控訴人が本件CDを取得するために一般の市販価格と同額の代金を控訴人に別途支払うことに関して,事前又は本件CDの引渡しに際して,控訴人と被控訴人とが協議したことをうかがわせる記載も全くない。
よって,控訴人主張契約の成立及び本件売買契約の成立は,いずれも認められない。
イ なお,控訴人は,本件CDのマスター音源を所持し,また,製造された本件CDの送付を受けて一旦は全量を保管していたことを,控訴人主張の根拠として述べる。
しかしながら,マスター音源の原盤権の帰属は,本件CDの所有権の帰属や製作費用負担とは別の問題であって,これによって控訴人主張契約やそれを前提とした本件売買契約の存在が直ちに推認されるわけではない。また,上記の保管状況等の事情は,Aの従前からの知己の業者に本件CDの製作を依頼したため送付されたとも推測できるのであって,控訴人と被控訴人との売買契約を一義的に根拠付けるものとはいえない。
したがって,本件CDのマスター音源や保管に係る上記各事実は,控訴人主張契約及びそれを前提とした本件売買契約の成立を否定した上記判断を左右しない。】
(3) したがって,原告と被告との間に本件売買契約が成立したとは認められず,原告の本件請求(1)①は,理由がない。
2 本件請求(1)②について
【控訴人の主張を前提としても,被控訴人が,本件歌詞を作詞家であるAに作成してもらい,本件CDの旋律を作曲家であるBに作成してもらったことが,控訴人に対する不法行為となる根拠は不明であるし,民法上認められている消滅時効の援用という正当な権利行使が違法と評価されるだけの特段の事情の主張もないから,これらの点に関する控訴人の主張は,主張自体失当である。
また,被控訴人が本件CDを控訴人から詐取したことを認めるに足りる証拠はない。さらに,上記1のとおり,本件売買契約の成立が認められない以上,被控訴人が消滅時効を援用するまでもなく,控訴人は被控訴人に対して本件CDの売買代金を請求することはできず,本件CDの代金請求権は不法行為法理上保護されるべき法益とはならない。
したがって,本件請求(1)②は,理由がない。】
3 本件請求(2)について
(1) 原告は,Bが,平成25年5月23日,原告に対し,本件歌詞の著作権を譲渡した旨主張し,Bの陳述書には,これに沿う記載がある。
しかし,原告は,同主張ないし記載を裏付ける客観的証拠を何ら提出していないばかりか,Bと原告とは別人格であるにもかかわらず,Bから原告への本件歌詞の著作権の譲渡に伴う対価の支払の有無や税務会計上の処理について,何ら具体的な主張立証をしない。
【かえって,証拠及び弁論の全趣旨によれば,Aは,平成22年12月24日,本件歌詞に関して,JASRACから印税を受領し,平成25年10月16日にJASRACに対して,本件歌詞につき,作品届を提出した事実が,認められる。これは,Aが,JASRACの定める著作物使用料分配規程の適用を受けること,その前提として,信託契約約款の適用を受けることを容認していたことを表すものにほかならない。信託契約約款3条1項は,委託者は,その有するすべての著作権及び将来の著作権を,契約期間中は,信託財産として受託者に移転することとし,同約款33条1項は,委託者が新たに著作物を著作したとき,又は著作権を譲り受けたときに,受託者に対する通知義務を定めているところ,一般的に,作品届の提出は,上記義務の履行としてなされるものである。
また,信託契約約款4条は,一部の著作権につき,管理委託の範囲から除外することの選択を認めているが,個別の作品ごとの除外は認めていない。そうすると,Aは,遅くとも作品届を提出した時点において,本件歌詞の著作権をJASRACに信託譲渡したものと評価するほかない。】
そして,【信託契約約款6条において,複数の著作権信託契約が,法人の音楽出版者である委託者に限って認められていることからすると,自然人であるAには,複数の著作権信託契約は認められないから,】Bから原告への本件歌詞の著作権の譲渡は,BからJASRACへの本件歌詞の著作権の信託譲渡とは,原則として両立しない関係にあるにもかかわらず(楽曲に関する著作権がJASRACに信託譲渡されたときは,演奏権の侵害については,専らJASRACが差止請求や損害賠償請求の主体となると解される。),Bの陳述書は,この点について何ら合理的な説明をしていないことからすれば,原告に対する著作権の譲渡に関する限り,上記陳述書の記載は,Bの尋問を待つまでもなく,およそ信用に値しないものというべきであり,ほかに原告がBから本件歌詞の著作権の譲渡を受けたと認めるに足りる証拠はない。
(2) 上記(1)の点をひとまず措き,仮に,原告がBから本件歌詞の著作権の譲渡を受けていたものとしても,Bが,被告に対し,本件歌詞を歌唱することについて許諾を与えていたことそれ自体には争いがなく,Bが原告の代表者であることを考慮すると,同許諾は,原告との関係でも効力を有するものと認めるのが相当である(原告も,同許諾が原告との関係でも効力を有することは,積極的に争っていない。)。
この点,原告は,Bの被告に対する許諾は,被告が原告から買い受けた本件CDをコンサート会場で販売する際の販売促進という限定された目的の下で,本件歌詞をコンサート会場用歌唱に用いることに関するものにすぎないところ,被告が本件CDの代金を支払う意思がないことを明確にしたため,上記許諾に関する契約を解除した旨主張する。
しかし,原告と被告との間に,本件売買契約が成立したと認められないことは前記1のとおりである。【したがって,本件CDの販売代金を被控訴人が支払わなかったことは,上記許諾を解除する原因とならないことは明らかであり】原告による解除の意思表示は,効力を有しない。
(3) なお,上記(1)及び(2)の点を措くとしても,証拠及び弁論の全趣旨によれば,被告は,既に2年以上前から本件歌詞を歌唱しておらず,今後もこれを歌唱する積極的意思を有していないことが認められ,上記認定を覆すに足りる証拠はないから,本件において,差止めの必要性は,これを認めることができない。
(4) したがって,原告の本件請求(2)は,理由がない。
4 結論
以上によれば,原告の本件請求はいずれも理由がないから,これらを棄却することとし,主文のとおり判決する。

[控訴審]
1 当裁判所は,控訴人の当審における追加主張を踏まえても,控訴人の請求をいずれも棄却した原判決は相当であり,本件控訴は棄却されるべきものと判断する。
その理由は,次のとおり原判決を補正するほか,原判決…に記載のとおりであるから,これを引用する。
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2 控訴人の当審における主張に対する判断
(1) 控訴人は,約2万8000円程度の印税を作詞の対価という合意をすることは,作詞家として著名なAの行動としては経済的合理性を欠くものであるから,経験則上あり得ないと主張する。
しかしながら,Aが,本件歌詞の歌唱に伴う著作権使用料とは別途に本件歌詞の作成についての対価の額について取決めをしたと認めるに足りる具体的な証拠が全くない以上,控訴人主張の経済的合理性を理由として控訴人主張契約の成立が認められないことは明らかである。控訴人が,Aの知名度から作詞料が高額になることを期待していたとしても,Aが作詞作成の対価についての明示かつ具体的な説明をしておらず,被控訴人からこれについての明確な了解を得ていない以上,上記対価支払の合意が成立するものではない。
(2) 控訴人は,本件売買契約の内容は,被控訴人にとっても経済的に合理的なものであるとも主張する。
しかしながら,本件CDの製作費用を負担した被控訴人が,控訴人から,一般的な消費者と同額,かつ,販売価格とも同額で,本件CDを購入することは,販売数の増加が利益の増加につながらないことを意味するから,本件売買契約の内容は被控訴人にとって経済的に合理的なものとはいえない。本件CDの存在によって被控訴人のコンサートの集客力が増加するか否かは不確実であるし,集客力増加による経済的メリットが本件CD製作費用を上回るか否かも不明である。したがって,本件売買契約の内容は,控訴人の主張するような被控訴人にとって経済的に合理的なものとはいえない。
(3) 控訴人は,発売元「NYJ」,販売元「オーラソニック・レーベル」という記載は,控訴人が本件CDの売主の瑕疵担保責任等を負うことを明らかにしたものであり,控訴人に本件CDが帰属するものを意味するものと主張する。
しかしながら,上記表記が,控訴人の主張するような責任の所在を意味するものと認められるか否かにかかわらず,本件CDの帰属について控訴人と被控訴人の間で具体的な協議がなかったことは,上記1で説示したとおりであって,控訴人の一存で決めた本件CDの表記によってその帰属が決せられるものではないから,本件売買契約の成立を否定した上記認定を左右するものではない。
(4)ア また,控訴人は,被控訴人がコンサート興行収入を上げるために本件歌詞を被控訴人のコンサートでAの許容なく歌唱に用いることは,Aの職業的作詞家としての社会的名声信用にただ乗りする行為であって,Aの著作者人格権を侵害すると主張する。これは,被控訴人の行為は,著作権法113条6項[注:原11項。以下同じ]にいう「著作者の名誉,声望を害する方法によりその著作物を利用する行為」に該当するから,著作者人格権を侵害したものとみなされるという趣旨の主張と解される。
そして,控訴人は,かかる請求が許される根拠として,控訴人が著作者であるAから著作者人格権の管理をゆだねられていると主張する。ここでいう管理権の委託の法的性質は必ずしも明らかではないが,Aが自ら訴訟追行できないような事情は見出せないから,信託法11条,弁護士法72条及び民事訴訟法54条の趣旨に照らせば,控訴人が任意的訴訟担当者として本件訴訟を提起しているという趣旨とは解することができず,したがって,控訴人は,差止請求を行う実体法上の権限を有すると主張していると解すべきことになる。
しかしながら,Aからの管理委託の実体法的な性質が,譲渡,信託譲渡,委任のいずれを指すにせよ,著作権とは異なり,一身専属的な著作者人格権の侵害に関して,Aとは別人格である控訴人が,著作権法112条の差止請求の主体となり得る根拠は不明であるというほかない。
イ その点をおくとしても,著作権法113条6項所定の行為に該当するか否かは,著作物の利用態様に着目して,社会的に見て,著作者の名誉又は声望を害するおそれがあると認められるか否かによって,決せられるべきであるところ,控訴人の主張は,著作者であるAの意図に反した著作物の利用であることを指摘するだけであって,被控訴人が本件歌詞をコンサートで歌唱するという行為態様だけでは,著作者の名誉又は声望を害するものに該当しないことは明らかである。しかも,Aが,当初,本件歌詞が被控訴人のコンサートで歌唱されることを承諾していたこと,その後の承諾に関する契約の解除の効力が認められないことは,既に述べたとおりであるから,更にその後のAの意思に反したとしても,被控訴人の本件歌唱行為は,Aの著作者人格権を侵害するものではない。
ウ したがって,著作者人格権の侵害のおそれについて判断するまでもなく,控訴人の主張は理由がない。
第6 結論
以上より,控訴人の請求はいずれも理由がなく,これと結論を同じくする原判決は相当であるから,本件控訴を棄却することとし,主文のとおり判決する。