〇 被告は、宗教法人「生長の家」に長年勤務して本部講師や責任役員等の要職に就き、その活動をした後に退職した者である。被告は、本件著作物を掲載した本件出版物を500部発行し、個人的広報誌の読者に郵送するなどして配布した。
1 争点1-1(本件出版物に関する原告らの著作権・出版権の有無)について
⑴ 被告は、本件訴えにつき、原告らが著作権又は出版権を有していない著作物を対象にしたものであって、訴訟要件を欠く旨主張する。しかしながら、【前記のとおり、控訴人事業団設立の際、A氏は、その著作に係る「生命の實相」等の著作権を寄附行為により控訴人事業団に譲渡し、本件著作物は「生命の實相」に収録されているのであるから、本件著作物の著作権は控訴人事業団に帰属し、また、控訴人光明思想社は、著作権者である控訴人事業団との間で、本件著作物を収録する「生命の實相」ないし「神示集」について出版権設定契約を締結したのであるから、本件著作物について出版権を有しているといえることからすれば】、被告の主張は、前提を欠く。そもそも、本件著作物に関する権利義務関係は、本案判決の対象となり、かつ、本案判決によって終局的に解決され得るものであるから、訴えの利益を認めるのが相当であり、訴訟要件を欠くものとはいえない。したがって、被告の主張は、採用することができない。
⑵ なお、本件訴訟の経過に鑑み、念のため、依拠性の有無について付言すると、証拠及び弁論の全趣旨によれば、本件出版物において掲載された「声字即実相の神示」は、本件著作物と振り仮名の有無や漢字表記の有無(例えば「吾が」と「わが」など)について異なる箇所があるものの、それ以外は、本件著作物と全て同一であることからすれば、仮に被告が「到彼岸の神示」に掲載されている「声字即実相の神示」の創作的表現部分に依拠していたとしても、これと同一である本件著作物の創作的表現部分に依拠したともいえるから、被告の主張は、無体財産権である著作権侵害の要件としての依拠性の認定を左右するものとはいえず、これを採用することはできない。
2 争点1-2(司法審査の対象性)について
被告は、本件では、神示という宗教上の教義の位置付けが問題となっており、同一宗教団体内の教義に関わる紛争であるから、宗教団体という部分社会内部の争いとして、司法審査になじまないと主張する。
そこで検討するに、被告の主張は、本件訴訟が裁判所法3条にいう「法律上の争訟」に該当しない趣旨をいうものと解されるところ、本件訴訟は、後記4のとおり、著作権に基づく請求の当否を決定するために判断することが必要な前提問題が、宗教上の教義、信仰の内容に深く関わるものとはいえず、その内容に立ち入ることなくその問題の結論を導き得るものと認められる(最高裁昭和56年4月7日第三小法廷判決・、最高裁平成元年9月8日第二小法廷判決参照)。
そうすると、本件訴訟は、法令の適用による終局的解決に適するものとして、裁判所法3条にいう「法律上の争訟」に当たると解するのが相当である。
したがって、被告の主張は、採用することができない。
3 争点2-1(本件著作物に対する著作権法の適用の可否)について
被告は、本件著作物は、「生長の家」の教義の根幹である「神示」に関するものであり、当該「神示」を宗教活動のために利用しても、著作権侵害に当たらないと主張する。
しかしながら、被告主張に係る事情が、後記4において説示する引用の成否の考慮事情とされるのは格別、本件著作物が宗教活動の根幹である「神示」に関する著作物であったとしても、そのことを理由として直ちに著作権法の適用を除外する規定はなく、被告の主張は、独自見解をいうものである。したがって、被告の主張は、採用することができない。
[控訴審同旨]