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著作権判例セレクション

引用の適法性の判断基準/絵画鑑定書での適法引用性を認定した事例

▶平成22519日東京地方裁判所[平成20()31609]▶平成221013日知的財産高等裁判所[平成22()10052]
() 本件は,画家であった亡Aの相続人である長男の亡B,養子(亡Bの長男)の被控訴人(以下,両名を併せて「被控訴人等」ということがある。)が,控訴人に対し,美術品の鑑定等を業とする控訴人において,亡Aの制作した「本件各絵画」について,本件鑑定証書1及び2を作製する際に,本件各鑑定証書に添付するため,本件各絵画の縮小カラーコピー(「本件各コピー」)を作製したことは,亡Aの著作権(複製権)を侵害するものであると主張し,同侵害に基づく損害賠償請求として,所定の金員支払を求めた事案である。亡Bは,原審に本件訴訟が係属中に死亡し,同人の相続人である被控訴人が訴訟手続を受継した。
原判決は,控訴人が,本件各コピーを作製したことは,亡Aが有し,亡B及び被控訴人が相続した著作権(複製権)を侵害するものであって,控訴人には,少なくとも過失が認められるとして,著作権法114条2項に基づき,その認定に係る被控訴人の損害額6万円及びこれに対する遅延損害金の支払を求める限度で被控訴人の請求を一部認容したので,控訴人は,これを不服として本件控訴に及んだ。

1 争点1(複製権侵害の成否)について
(1) 認定事実
前記前提となる事実及び証拠並びに弁論の全趣旨によると,次の事実を認めることができる。
ア 亡Aは著名な女流画家であり,本件各絵画は亡Aが制作した同人の著作物である。
イ 本件各絵画は,題名がいずれも「花」であり,画面の大きさは,本件絵画1につき縦33.2㎝×横24.4㎝(面積810.08㎠),本件絵画2につき縦41.0㎝×横31.9㎝(面積1307.9㎠)である。
ウ 本件鑑定証書1は,本件絵画1の所有者である美術商からの依頼に基づき,平成17年4月25日付けの控訴人鑑定委員会委員長名義で,本件絵画1に係る「作品題名」,「作家名」,「寸法」等が記載されたホログラムシールを貼付した鑑定証書(鑑定証書番号005-0495)と,その裏面に本件コピー1(画面の大きさが縦16.2㎝×横11.9㎝。面積192.78㎠であって,原画である本件絵画1の面積の約23.8%)を添付した上で,パウチラミネート加工されて製作されたものである。
本件コピー1は,本件絵画1を写真撮影・現像した上で,プリントされた写真をカラーコピーして作製されたものである。
エ 本件鑑定証書2は,本件絵画2の所有者から委任を受けた美術商からの依頼に基づき,平成20年6月25日付けの控訴人鑑定委員会委員長名義で,本件絵画2に係る「作品題名」,「作家名」,「寸法」等が記載されたホログラムシールを貼付した鑑定証書(鑑定証書番号008-0923)と,その裏面に本件コピー2(画面の大きさが縦15.2㎝×横12.0㎝。面積182.4㎠であって,原画である本件絵画2の面積の約13.9%)を添付した上で,パウチラミネート加工されて製作されたものである。
本件コピー2は,本件絵画2を写真撮影・現像した上で,プリントされた写真をカラーコピーして作製されたものである。
オ 被控訴人における絵画の鑑定業務においては,対象となる絵画の画題が「花」,「薔薇」,「風景」,「裸婦」,「静物」等共通する物が多いことから,鑑定対象の絵画を特定するために,また,これに加えて,鑑定証書の偽造防止のために,鑑定証書の裏面に鑑定対象の絵画の縮小カラーコピーを添付する扱いとしている。
(2) 複製の成否
ア 著作物の複製とは,既存の著作物に依拠し,その内容及び形式を覚知させるに足りるものを再製することをいうところ(最高裁昭和53年9月7日第一小法廷判決参照),前記(1)のとおり,本件コピー1は,本件絵画1に依拠して作製されたもの,また,本件コピー2は,本件絵画2に依拠して作製されたものであり,その作製された画面の大きさは,それぞれ縮小カラーコピーというように,本件コピー1では縦16.2㎝×横11.9㎝,本件コピー2では縦15.2㎝×横12.0㎝等であるから,本件各絵画の大きさとは自ずと異なるが,本件各絵画と同一性の確認ができるものであり,本件各コピーの前記認定の作製方法及び形式からして,本件各絵画の内容及び形式を覚知させるに足りるものであるから,このような本件各絵画の再製は,本件各絵画の著作権法上の「複製」に該当することが明らかである。
イ この点について,控訴人は,本件各コピーは,いずれも著作権法が本来その保護の対象とする芸術性,美の創作性や感動を複製したものではなく,流通の安全性を図り不正品を防ぐ単なる記号の意味合いにすぎないもので,美術の著作物の複製が著作権法上の「複製」に該当するために必要な鑑賞性を備えず,本件各コピーの作製は同法上の「複製」に該当しないと主張する。
しかしながら,絵画は,絵画の描く対象,構図,色彩,筆致等によって構成されるものであり,一般的に創作的要素を具備するものであって,それ自体が控訴人の主張する鑑賞性を備えるものであるから,当該絵画の内容及び形式を覚知できるものを再製した以上,その絵画が有する鑑賞性も備えるものであって,絵画の複製に該当するか否かの判断において,絵画の内容及び形式を覚知させるものを再製したか否かという要件とは別個に,鑑賞性を備えるか否かという要件を定立する必要はなく,控訴人の主張は採用することができない。
ウ また,控訴人は,本件各コピーを観ることによって本件各絵画の特徴を感得することができたとしても,その感得の対象はあくまでも縮小カラーコピーである本件各コピーの特徴にすぎないと主張する。
しかしながら,上記のとおり,本件各コピーによって本件各絵画の内容及び形式を覚知するに足りることは前記認定のとおりであるから,これをもって本件各絵画の複製を認定することに問題はなく,控訴人の主張は,本件各コピーの作製が著作権法上の「複製」に該当しないという意味であるとしても,これを採用することができない。
2 争点2(引用の成否)について
(1) 引用の適法性の要件
ア 著作権法は,著作物等の文化的所産の公正な利用に留意しつつ,著作者等の権利の保護を図り,もって文化の発展に寄与することを目的とするものであるが(同法1条),その目的から,著作者の権利の内容として,著作者人格権(同法第2章第3節第2款),著作権(同第3款)などについて規定するだけでなく,著作権の制限(同第5款)について規定する。その制限の1つとして,公表された著作物は,公正な慣行に合致し,報道,批評,研究その他の引用の目的上正当な範囲内で引用して利用することができると規定されているところ(同法32条1項),他人の著作物を引用して利用することが許されるためには,引用して利用する方法や態様が公正な慣行に合致したものであり,かつ,引用の目的との関係で正当な範囲内,すなわち,社会通念に照らして合理的な範囲内のものであることが必要であり,著作権法の上記目的をも念頭に置くと,引用としての利用に当たるか否かの判断においては,他人の著作物を利用する側の利用の目的のほか,その方法や態様,利用される著作物の種類や性質,当該著作物の著作権者に及ぼす影響の有無・程度などが総合考慮されなければならない。
イ しかるところ,控訴人は,その作製した本件各鑑定証書に添付するために本件各絵画の縮小カラ-コピーを作製して,これを複製したものであるから,その複製が引用としての利用として著作権法上で適法とされるためには,控訴人が本件各絵画を複製してこれを利用した方法や態様について,上記の諸点が検討されなければならない。
(2) 要件の充足性の有無
ア そこで,前記見地から,本件各鑑定証書に本件各絵画を複製した本件各コピーを添付したことが著作権法32条にいう引用としての利用として許されるか否かについて検討すると,本件各鑑定証書は,そこに本件各コピーが添付されている本件各絵画が真作であることを証する鑑定書であって,本件各鑑定証書に本件各コピーを添付したのは,その鑑定対象である絵画を特定し,かつ,当該鑑定証書の偽造を防ぐためであるところ,そのためには,一般的にみても,鑑定対象である絵画のカラーコピーを添付することが確実であって,添付の必要性・有用性も認められることに加え,著作物の鑑定業務が適正に行われることは,贋作の存在を排除し,著作物の価値を高め,著作権者等の権利の保護を図ることにもつながるものであることなどを併せ考慮すると,著作物の鑑定のために当該著作物の複製を利用することは,著作権法の規定する引用の目的に含まれるといわなければならない。
そして,本件各コピーは,いずれもホログラムシールを貼付した表面の鑑定証書の裏面に添付され,表裏一体のものとしてパウチラミネート加工されており,本件各コピー部分のみが分離して利用に供されることは考え難いこと,本件各鑑定証書は,本件各絵画の所有者の直接又は間接の依頼に基づき1部ずつ作製されたものであり,本件絵画と所在を共にすることが想定されており,本件各絵画と別に流通することも考え難いことに照らすと,本件各鑑定証書の作製に際して,本件各絵画を複製した本件各コピーを添付することは,その方法ないし態様としてみても,社会通念上,合理的な範囲内にとどまるものということができる。
しかも,以上の方法ないし態様であれば,本件各絵画の著作権を相続している被控訴人等の許諾なく本件各絵画を複製したカラーコピーが美術書等に添付されて頒布された場合などとは異なり,被控訴人等が本件各絵画の複製権を利用して経済的利益を得る機会が失われるなどということも考え難いのであって,以上を総合考慮すれば,控訴人が,本件各鑑定証書を作製するに際して,その裏面に本件各コピーを添付したことは,著作物を引用して鑑定する方法ないし態様において,その鑑定に求められる公正な慣行に合致したものということができ,かつ,その引用の目的上でも,正当な範囲内のものであるということができるというべきである。
イ この点につき,被控訴人は,著作権法32条1項における引用として適法とされるためには,利用する側が著作物であることが必要であると主張するが,「自己ノ著作物中ニ正当ノ範囲内ニ於テ節録引用スルコト」を要件としていた旧著作権法(明治32年法律第39号)30条1項2号とは異なり,現著作権法(昭和45年法律第48号)32条1項は,引用者が自己の著作物中で他人の著作物を引用した場合を要件として規定していないだけでなく,報道,批評,研究等の目的で他人の著作物を引用する場合において,正当な範囲内で利用されるものである限り,社会的に意義のあるものとして保護するのが現著作権法の趣旨でもあると解されることに照らすと,同法32条1項における引用として適法とされるためには,利用者が自己の著作物中で他人の著作物を利用した場合であることは要件でないと解されるべきものであって,本件各鑑定証書それ自体が著作物でないとしても,そのことから本件各鑑定証書に本件各コピーを添付してこれを利用したことが引用に当たるとした前記判断が妨げられるものではなく,被控訴人の主張を採用することはできない。
ウ なお,控訴人が本件各絵画の鑑定業務を行うこと自体は,何ら被控訴人の複製権を侵害するものではないから,本件各絵画の鑑定業務を行っている被控訴人がこれを独占できないことをもって,著作権者の正当な利益が害されたということができるものでないことはいうまでもない。
(3) 小括
したがって,控訴人が本件各鑑定証書を作製するに際してこれに添付するため本件各コピーを作製したことは,これが本件各絵画の複製に当たるとしても,著作権法32条1項の規定する引用として許されるものであったといわなければならない。
3 結論
以上の次第であるから,その余の争点について判断するまでもなく,被控訴人の本訴請求は全部棄却されるべきものであって,これを一部認容した原判決は取消しを免れない。