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著作権判例セレクション
【著作物の定義】命題の解明過程及びこれを説明するために使用した方程式は保護されるか
▶平成6年02月25日大阪高等裁判所[平成2(ネ)2615]
四 ところで、数学に関する著作物の著作権者は、そこで提示した命題の解明過程及びこれを説明するために使用した方程式については、著作権法上の保護を受けることができないものと解するのが相当である。一般に、科学についての出版の目的は、それに含まれる実用的知見を一般に伝達し、他の学者等をして、これを更に展開する機会を与えるところにあるが、この展開が著作権侵害となるとすれば、右の目的は達せられないことになり、科学に属する学問分野である数学に関しても、その著作物に表現された、方程式の展開を含む命題の解明過程などを前提にして、更にそれを発展させることができないことになる。このような解明過程は、その著作物の思想(アイデア)そのものであると考えられ、命題の解明過程の表現形式に創作性が認められる場合に、そこに著作権法上の権利を主張することは別としても、解明過程そのものは著作権法上の著作物に該当しないものと解される。
文献①~⑪が思想を創作的に表現したものであり、学術の範囲に属するものとして著作物性を有し、控訴人及び被控訴人ほかの共同著作物となったものであることは疑いない。しかし、控訴人が、本訴で文献①~⑪の著作権侵害として主張するところは、帰するところ、Aグループの共同研究の成果である文献①~⑪で明らかにされた、「ウィルソン・コーワンの模型からよく知られた微分方程式を導き脳波現象の解明に大きな貢献をすることができる」という命題を、空間相互作用の有無に分類して、第一、第二論文の主要命題として、あるいはその前提となるものとして、第一、第二論文に解き明かした被控訴人の行為であるというのである。この主張からも明らかなように、ここで主張されている著作権侵害形式は、文献①~⑪に表された命題の解明過程にあり、その独自の表現形式が著作権の侵害として主張されているものではない。
五 ちなみに、第一、第二論文と文献①~⑪の表現形式を対比してみると、第一論文が、文献①~⑪との間で構成及び表現を異にするものであることは、原判決に示されているとおりであり、第二論文が、文献⑨を除く文献①~⑪との間で構成及び表現を異にするものであることは、原判決に示されているとおりである。第一、第二論文の論述内容及びその表現も、右に引用した原判決の説示部分に示されたとおりである。
(略)
八 本件においては、文献①~⑪を公表するまでに共同して研究してきた者の間の内部問題として、これらの文献の著作権侵害が主張されており、これらの文献の公表に至るまでの間に、研究成果の公表について何らかの黙示の合意が約定されたことに基づく債務不履行の責任を問題にする可能性も考えられないではない。しかし、控訴人の主張が、「本件は他人同士が著作権を争っているのではなく、それまでの共同研究者が従前の成果を土台として多少の派生部分を追加して単独著作物として発表した事例である。……共同研究部分の成果に属するものである限り、対外的発表には、その共同研究者の承諾を要するというのが著作権法の立場であり、一般研究者の常識的立場でもある。」と述べているところからも明らかなように、控訴人の本訴請求は、著作権法による権利侵害に基づくものであり、本件において右のような約定がされたことの主張立証はないし、本件の全証拠によっても、このような約定の成立は認められないところである。
また、控訴人は、被控訴人の論文の根幹をなす基本部分は文献①~⑪と同等であり、右のブレークスルーを、被控訴人単独で公認させようとする企みは、抜駆けの不法行為に当たると主張し、被控訴人は、第一、第二論文で解明された命題についてのプライオリティーは控訴人にはなく、被控訴人は控訴人のアイデアを剽窃したものではないと主張する。控訴人の右主張は、本訴で主張されている著作権侵害の間接事情として述べられたものと理解できるが(控訴人も原審において、アイデアのプライオリティーそのものの当否についての判断を求めるものでないと主張している。)、仮に何らかの別個の権利侵害を根拠に不法行為責任を問題としているとしても、一般に、学説ないし学問上のアイデアのプライオリティーが権利として保護されているものと解することはできず、このような権利侵害を根拠にする損害賠償請求も理由がない。