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著作権判例セレクション
怪獣イラストの復興版につき使用許諾の有無が争点となった事例/氏名表示権侵害を認めなかった事例
▶平成28年1月21日東京地方裁判所[平成27(ワ)15005]▶平成28年6月29日知的財産高等裁判所[平成28(ネ)10019]
[控訴審]
1 認定事実
前記前提事実に後掲の証拠及び弁論の全趣旨を総合すれば,本件書籍の出版に至る経緯について,以下の事実が認められ,これを覆すに足りる証拠はない。
(略)
2 争点(1)(本件書籍発行についての控訴人の許諾の有無)について
(1)
許諾の有無
前記1認定の事実,とりわけ,①被控訴人の担当者が,本件書籍が秋田書店が発行した「怪獣ウルトラ図鑑」の復刻版であることを明示した上で,控訴人に対し,原書籍に収録されたイラストの本件書籍における再使用についての許諾を求めたこと,②これに対し,控訴人は,原書籍に収録されたイラストの内容,あるいは本件書籍に収録される予定のイラストの内容について何らの質問も確認もすることなく,被控訴人に対し,本件書籍におけるイラスト使用許諾料の振込口座を指定し,その支払を受けたこと,③本件書籍は,秋田書店が発行した「怪獣ウルトラ図鑑」(原書籍)の復刻版であり,原書籍に本件イラストが掲載されていたこと,④控訴人は,本件書籍の出版後,被控訴人から本件書籍の送付を受けたが,被控訴人に対し,本件イラストが掲載されていることについて直ちに異議を述べることはなく,かえって,自身のホームページにおいて,「Xの絵や図解も沢山掲載されています」などと本件書籍を積極的に紹介する記事を掲載していたこと,⑤控訴人は,秋田書店の担当者から,本件書籍とは別の書籍におけるイラストの使用に関し連絡を受けたことを契機として,本件書籍におけるイラストの権利処理,特に,氏名表示の方法や使用許諾料の額について異議を述べるようになったものの,被控訴人に対しては,平成26年になって初めて,控訴人と秋田書店との間のやり取りを伝えた上で,秋田書店との間の問題を解決するための助力を依頼し,その際にも,控訴人が被控訴人に対しては2年前に承諾したことは認識していると表明していたことを総合すれば,控訴人は,遅くとも使用許諾料の振込先として控訴人名義の銀行口座を通知した平成24年2月5日には,被控訴人に対し,本件書籍における本件イラストの再使用について許諾したものというべきである。
(2)
控訴人の主張について
控訴人は,原書籍の存在すら知らず,被控訴人の担当者から本件書籍の内容の提示も受けていないから,原書籍に掲載され,本件書籍での使用許諾を求められているのが本件イラストであるとは知らなかった,むしろ,本件書籍での使用について許諾を求められているイラストは,本件イラストのような「特集ページ」に掲載されたものではなく,「記事ページ」に掲載されたものであると理解していたなどとして,控訴人と被控訴人との間では,前提とする許諾の目的物が異なっていたから,意思の合致はなく,控訴人と被控訴人との間で本件イラストの使用につき許諾が成立することはない旨主張する。
しかし,前記(1)のとおり,被控訴人が,本件書籍が秋田書店が発行した「怪獣ウルトラ図鑑」の復刻版であることを明示した上で,控訴人に対し,原書籍に収録されたイラストの本件書籍における再使用についての許諾を求めたのに対し,控訴人が,原書籍に収録されたイラストの内容,あるいは本件書籍に収録される予定のイラストの内容について何らの質問も確認もすることなく,被控訴人に対し,本件書籍におけるイラスト使用許諾料の振込口座を指定し,その支払を受けたことからすれば,控訴人は,原書籍に収録された控訴人作成に係るイラストについて使用を許諾したものと認められるから,被控訴人と控訴人との間において,許諾の対象が一致していなかったということはできない。
3 争点(2)(控訴人の許諾についての錯誤の有無)について
(1)
控訴人は,本件書籍での使用について許諾を求められているイラストがどのようなものであるかを知らずに,「特集ページ」ではなく「記事ページ」のイラストであると誤解していたから,仮に控訴人が許諾をしたものとされるとしても,その意思表示には内容の錯誤,あるいは目的物の同一性の錯誤がある旨主張する。
しかし,前記2(1)記載の事実によれば,控訴人は,使用許諾の対象が原書籍に収録された控訴人作成に係るイラストであることを認識していたものと認められる。
そして,控訴人は,原書籍に掲載されたイラストのうちどのイラストを再使用するのかについては何ら問題とすることなく,再使用を許諾していることからすれば,控訴人と被控訴人との間には,原書籍に収録された控訴人作成に係るイラストについての使用許諾契約が成立したものということができる。したがって,仮に控訴人が許諾当時,原書籍に収録されたイラストがいかなるものであるか,個別的具体的に認識していなかったとしても,許諾の対象について錯誤があったということはできない。
(2)
次に,控訴人は,控訴人の許諾の対象についての誤解が動機の錯誤であるとしても,①控訴人が被控訴人の担当者に対し,本件書籍の内容を見せて欲しいと述べていたこと,②控訴人が本件書籍の内容について質問したのに対し,被控訴人の担当者は「この本は各ページに名前がないので誰が描いたか分からない。」と述べたこと,③控訴人が「出版される書籍の中身を見なければ分からない。」という留保を付けた上で,提示された許諾料が少ないと述べていたことなどに照らせば,その動機は被控訴人に対して黙示的に表示されていたというべきであり,控訴人の許諾の意思表示は無効である旨主張する。
しかし,本件全証拠によるも上記①ないし③の事実を認めるに足りず,他に控訴人の動機,すなわち,本件書籍において再使用されるのは「特集ページ」に掲載されたイラストではなく,「記事ページ」に掲載されたイラストであるとの認識が,被控訴人に対し,明示又は黙示に表示されていたことを認めるに足りる証拠は存しない。
(3)
以上によれば,控訴人の被控訴人に対する本件イラストの再使用についての許諾の意思表示が無効であるということはできない。
4 争点(3)(本件書籍における氏名表示権侵害の有無)について
(1)
認定事実
前記前提事実に後掲の証拠及び弁論の全趣旨を総合すれば,本件書籍における氏名表示について,以下の事実が認められ,これを覆すに足りる証拠はない。
ア 本件書籍は,テレビ番組「ウルトラセブン」及び「ウルトラマン」に登場する主人公,武器,怪獣等を専ら子供向けに紹介する図鑑であり,本文は約170ページから成り,ほとんどのページにイラスト又は写真が掲載され,これに説明文が付されている。
本件イラストは,本件書籍中21ページにわたり掲載されており,見開きページのほぼ全体を占めるものや,ページの下部に小さく表示されたものなどが含まれる。
イ 本件書籍の2ページの目次の左側には,「さし絵」と記載された欄があり,そこに,控訴人を含む6名の氏名が列記されている。
他方,本件書籍では,本件イラストのみならず,その他のイラストを含め,イラストが掲載されたページ内又はその付近に,当該イラストの作成者の氏名は記載されていない。
ウ 本件書籍は,昭和43年5月30日に初版が発行された原書籍をほぼそのまま復刻したものであり,前記イのとおりのイラストの作成者の表示方法も,原書籍におけるものと同一である。
なお,昭和53年9月30日発行の原書籍の24版には,目次のページに「さし絵」と記載された欄及び氏名の表示がないが,初版と異なるものとされた事情は,本件の証拠上明らかでない。
エ 本件イラストは,原書籍の発行以前に他の雑誌に掲載されたイラストをそのまま,又はレイアウトを一部修正するなどして,原書籍に使用され,さらにこれがそのまま本件書籍に使用されたものである。本件イラストのうちには,これらが雑誌に掲載された際,控訴人の氏名が,①当該イラストの付近に表示されていたもの(原判決別紙イラスト目録1~7及び10~13記載の各イラスト)がある一方,②雑誌の最終ページに「絵」として,他のイラスト作成者の氏名と列記されていたもの(同目録8及び9記載の各イラスト)もあった。
(2)
氏名表示権侵害の有無
本件書籍における氏名表示の方法は,2ページの目次の左側に「さし絵」と記載した欄があり,そこに控訴人を含む6名の氏名を列記するというものであるところ,控訴人は,本件書籍におけるように,イラストごとに著作者名を表示するのではなく,特定のページにその氏名をまとめて表示した場合,どのイラストを誰が描いたのか全く分からないから,このような方法は,著作権法19条が氏名表示権を規定する趣旨を没却するものであり,許されない旨主張する。
しかし,前記(1)認定のとおり,①本件書籍がテレビ番組に登場する主人公,武器,怪獣等を専ら子供向けに紹介する図鑑であり,本文を構成する約170ページのほとんどのページに大なり小なりイラスト又は写真が掲載されていること,②本件書籍の原書籍においても,本件書籍におけるのと同様の表示がされていたことに加え,証拠によれば,単行本として発行される図鑑や事典において,そこに含まれるイラストの著作者が複数いる場合,イラストごとにそれに対応する作成者の氏名を表示せず,冒頭や末尾に一括して作成者の氏名を表示することも一般的に行われていると認められることに照らせば,本件書籍の内容や体裁において,イラストごとにそれに対応する作成者の氏名が表示されていなければ氏名表示がされたことにならないとまでいうことはできず,本件書籍における氏名表示の方法が,公正な慣行に反し,控訴人の本件イラストに係る氏名表示権を侵害するものであるということはできない。
5 結論
以上によれば,控訴人の本訴請求は,その余の点について判断するまでもなく,いずれも理由がない。
そうすると,控訴人の請求をいずれも棄却した原判決は相当であって,本件控訴は理由がないからこれを棄却することとして,主文のとおり判決する。