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著作権判例セレクション
【著作権侵害総論】類似性(侵害性)の判断基準(造形作品と舞台装置に組み込まれた作品の類似性が争点となった事例)
▶平成12年09月19日東京高等裁判所[平成11(ネ)2937]
一 著作権侵害について
1 著作権法は、その21条で「著作者は、その著作物を複製する権利を専有する。」と規定し、その27条で「著作者は、その著作物を…若しくは変形し、…その他翻案する権利を専有する。」と規定して、著作者に「著作物」を「複製する権利」(複製権)や変形などの方法で「翻案する権利」(翻案権)を与えている。
著作権者にこれらの権利が与えられる「著作物」とは何かについて、著作権法2条1項1号が、「思想又は感情を創作的に表現したものであって、文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するものをいう。」と規定していることからすれば、著作権法によって保護されるのは、直接には、「表現したもの」(「表現されたもの」といっても同じである。)自体であり、思想又は感情自体に保護が及ぶことがあり得ないのはもちろん、思想又は感情を創作的に表現するに当たって採用された手法や表現を生み出す本(もと)になったアイデア(着想)も、それ自体としては保護の対象とはなり得ないものというべきである。
このような立場を採った場合、思想又は感情あるいはそれを表現する手法や表現を生み出す本になったアイデア自体に創作性がなくても、表現されたものに創作性があれば、著作権法上の保護を受け得ることの反面として、思想又は感情あるいはそれを表現する手法や表現を生み出す本になったアイデアに創作性があって、その結果、外観上、表現されたものに創作性があるようにみえても、表現されたもの自体に、右アイデア等の創作性とは区別されるものとしての創作性がなければ、著作権法上の保護を受けることができないことになる。そうでなければ、表現されたものの保護の名の下に思想又は感情あるいはこれを表現する手法や表現を生み出す本になったアイデア自体を保護することにならざるを得ないからである。
右に述べたところを前提に、著作権法によって著作権者に専有権の与えられている複製あるいは翻案(以下、これらをまとめて「複製・翻案」という。)とはどういうものであるかを具体的にいうと、既存の著作物に依拠してこれと同一のものあるいは類似性のあるものを作製することであり、ここに類似性のあるものとは、「既存の著作物の、著作者の思想又は感情を創作的に表現したものとしての独自の創作性の認められる部分」についての表現が共通し、その結果として、当該作品から既存の著作物を直接感得できる程度に類似したものであるということになる(最高裁判所昭和55年3月28日第三小法廷判決参照)。
なお、ここで注意すべきことは、複製・翻案の判断基準の一つとしての類似性の要件として取り上げる「当該作品から既存の著作物を直接感得できる程度に」との要件(直接感得性)は、類似性を認めるために必要ではあり得ても、それがあれば類似性を認めるに十分なものというわけではないことである。すなわち、ある作品に接した者が当該作品から既存の著作物を直接感得できるか否かは、表現されたもの同士を比較した場合の共通性以外の要素によっても大きく左右され得るものであり(例えば、表現された思想又は感情あるいはそれを表現する手法や表現を生み出す本になったアイデア自体が目新しいものであり、それを表現した者あるいはそれを採用した者が一人である状態が生まれると、表現されたものよりも、目新しい思想又は感情あるいは手法やアイデアの方が往々にして注目され易いから、後に同じ思想又は感情を表現し、あるいは同じ手法やアイデアを採用した他の者の作品は、既存の作品を直接感得させ易くなるであろうし、逆に、表現された思想又は感情あるいはそれを表現する手法や表現を生み出す本になったアイデア自体がありふれたものであり、それを表現した者あるいはそれを採用した者が多数いる状態の下では、思想又は感情あるいはアイデアが注目されることはないから、後に同じ思想又は感情を表現し、あるいは同じ手法やアイデアを採用した他の者の作品が現われても、そのことだけから直ちに既存の作品を直接感得させることは少ないであろう。)、必ずしも常に、類似性の判断基準として有効に機能することにはならないからである。
著作権法による保護を、このようなものとして把握する場合、特許法、実用新案法が思想(技術的思想)までを保護する(特許法2条、実用新案法2条参照)のとは異なり、思想や感情あるいはそれを表現する手法や表現を生み出すアイデアが保護されることはなく、その結果、著作権法による保護の範囲が、見方によれば狭いものとなることがあることは事実であろう。しかしながら、それは、著作権法の趣旨から当然のことというべきである。すなわち、著作権法においては、手続的要件としても、特許法、実用新案法におけるような権利取得のための厳密な手続も権利範囲を公示する制度もなく、実体的な権利取得の要件についても、新規性、進歩性といったものは要求されておらず、さらには、第三者が異議を申し立てる手続も保障されておらず、表現されたものに創作性がありさえすれば、極めてと表現することの許されるほどに長い期間にわたって存続する権利を、容易に取得することができるのであり、しかもこの権利には、対世的効果が与えられるのであるから、不可避となる公益あるいは第三者の利益との調整の観点から、おのずと著作権の保護範囲は限定されたものとならざるを得ないからである。換言すれば、著作権という権利が右のようなものである以上、これによる保護は、それにふさわしいものに対してそれにふさわしい範囲においてのみ認められるべきことになるのである。それゆえにこそ、著作権法は、「表現したもの」のみを保護することにしたものと解すべきであり、前述のとおり、著作者の思想又は感情を創作的に表現したものと同一のものを作製すること、あるいは、これと類似性のあるもの、すなわち、著作者の思想又は感情を創作的に表現したものとしての独自の創作性の認められる部分についての表現が共通し、その結果として、当該作品から既存の著作物を直接感得できる程度に類似したものを作製することのみが複製・翻案となり得るのである。
2 本件第一著作物について
(一) 証拠によれば、本件第一著作物は、控訴人Aが制作した「復活を待つ群」と題する一群の造形美術作品の中の一部(25点)であること、控訴人Aは、韓国に伝わる古代巨石墓のうちで、三枚以上の支石墓の上に天井石を乗せた構造物(ドルメン)を素材とし、天井石の外された個々の支石墓に、抑圧から解放され、復活を待つ死者を観念し、この個々の支石墓の形態を、衝立状の麻布貼りパネルの上に、金泥と藍染めの技法を用いて、主題である「復活を待つ死者」を象徴する円柱様の形状のもの(以下「円柱様の造形物」ということがある。)を描いたものであることが認められる。そして、控訴人らは、右のとおり、控訴人Aが制作した「復活を待つ群」と題する一群の造形美術作品の中の一部である25点のそれぞれに依拠し、類似したものがG作品に存在するので、同作品は右25点につき控訴人Aの有する著作権を侵害していると主張しているものである。
(二) 本件第一著作物の創作性の内容について検討する。
(1) パネル
別紙第一著作物目録表示の造形美術作品によれば、本件第一著作物のパネルの形状は、頂部が扁平の縦長の四角形か、頂部が右上がりに扁平とされた縦長の四角形か、頂部が等辺の山形の縦長の五角形か、頂部が不等辺の山形の縦長の五角形の形状かのいずれかであることが認められる。
頂部が扁平の縦長の四角形は、極めてありふれた形状であること、また、右上がりに扁平とされた縦長の四角形、頂部が等辺の山形又は不等辺の山形とされた縦長の五角形の形状も、ありふれた形状であること、さらに、パネルを衝立状に配置するということに、格別の創作性が認められないことも、当裁判所に顕著である。したがって、本件第一著作物のパネルの形状は、著作者の思想又は感情を創作的に表現したものとして独自の創作性の認められるものとはいえないことが明らかである。
また、本件第一著作物は、いずれも、金色と濃い藍色(ここに濃い藍色は、実際には、黒色に近いものである。)で彩色されていることが認められる。
(証拠)によれば、我が国において広く知られている位牌の大半は、金色と黒色の配色であることが認められ、濃い藍色自体もありふれた色であることは当裁判所に顕著である。これらのことからすると、本件第一著作物のパネルの色彩の選択も配色も、著作者の思想又は感情を創作的に表現したものとして独自の創作性の認められるものとはいえないというべきである。
(2) 円柱様の造形物
ドルメンを素材として、支石墓を抽象化し、抑圧から解放され、復活を待つ死者を象徴するという発想自体は、著作者の思想又は感情そのものであるから、たといそこに創作性が認められるとしても、著作権法上の保護の対象とはなり得ない。
別紙第一著作物目録表示の造形美術作品によれば、本件第一著作物のパネルに描かれた円柱様の造形物は、円柱様の形状を基本的な形状とし、これの大きさ、高さ、幅、外形線、先端の形状、下端の形状等に種々の変化を与え、また、金色と黒色に近い濃い藍色による種々の配色、ときには幻想的な紋様の付与などによって、多様なバリエーション(変形、変種)の円柱様の形状とし、これによって控訴人Aの思想又は感情を表現しているものと認められる。
証拠及び弁論の全趣旨によれば、我が国には、古来、全国的に、石や板を素材とした、おびただしい数の墓石、墓碑、石碑、塔婆が存在し、これらの造形物の多くは、円柱様あるいは角柱様の形状を基本的な形状とし、大きさ、高さ、幅、外形線、先端の形状、下端の形状、表面形状(これらのものの多くには、表面に、文字、絵、模様などが示されている。)等に種々の変化を与えて、多様なバリエーション(変形、変種)を有する円柱様あるいは角柱様の形状のものであることが認められる。また、(証拠)によれば、位牌は、そのほとんどが、控訴人ら主張の後記「∩状先端を有する円柱様の形態」をしていることが認められる。さらに、人が大きな布を頭から被って立っている状態は、図案化すれば、円柱様の形状となることが明らかである。
そうすると、本件第一著作物のパネルに描かれた円柱様の形状自体は、ありふれた形状であり、著作者の思想又は感情を創作的に表現したものとして格別の創作性の認められるものとはいえないことが明らかであり、また、これをパネルに描くことにも格別の創作性が認められないことも明らかである。要するに、本件第一著作物においては、前記多様なバリエーションにこそ控訴人Aの思想又は感情を表現したものとしての独自の創作性が表われているのであり、このようなバリエーションを捨象した円柱様の形状自体には、右創作性は現われていないといわざるを得ないのである。
(3) 本件第一著作物に共通する、頂部が偏平、等辺又は不等辺の山形とされた縦長の四角形あるいは五角形のパネルに、「内側に∩状先端を有する円柱様形態」の円柱様の造形物が描かれており、その彩色が濃い藍色と金色であるという点は、「表現された」本件第一著作物の表現手法あるいは表現を生み出す本になったアイデアであり、「表現された」本件第一著作物自体ではないことが明らかである。したがって、たといそこに創作性が認められるとしても、著作権法上の保護の対象とはなり得ないことは前述のとおりである。
(4) 以上によれば、本件第一著作物において著作権法上の保護の対象として考慮すべき創作性は、円柱様の形状における多様なバリエーション、これとパネル、色彩、紋様との具体的な組合せにあるものというべきである。そして、本件の作品のように、単純な形状、構図、色彩によって思想又は感情を表現しようとする場合には、具体的な形状、構図、色彩の差によって、表現全体のイメージ(心象)が大きく変わり得ることは、当裁判所に顕著な事実である。
(三) 控訴人らは、本件第一著作物の特徴であるとして、①内側に∩状先端を有する円柱様形態を配した独創的な構図、②藍染の地色に金泥で着彩した大胆な配色、③プリミティブな紋様、④偏平、等辺又は不等辺山形の先端を持つ縦長の群立させた衝立状の全体的形状、という新鮮で洗練された特徴を備える造形美術作品であることを掲げている。しかし、前述したところに照らせば、「内側に∩状先端を有する円柱様形態」は、形状における多様なバリエーションに作者独自の創作性が認められる限りにおいて創作性が認められるにすぎないのであり、「藍染の地色に金泥で着彩」すること自体に創作性を認めることはできず、「プリミティブな紋様」は、具体的な紋様が独創的である限りにおいて創作性が認められるにすぎないのであり、「偏平、等辺又は不等辺山形の先端を持つ縦長」のパネル自体には創作性を認めることはできず、群立させた点については、そもそも、本件で、本件第一著作物の個別的な著作物性を主張しているのであるから、これを根拠にすることができないことは明らかである。
3 G作品と本件第一著作物との対比
(略)
(八) 本件第一著作物とG作品とを対比した場合、一見、後者から前者が直接感得できるように感じられるのは事実である。しかし、これは、本件第一著作物における、頂部が偏平、等辺又は不等辺の山形とされた縦長の四角形あるいは五角形のパネルに、「内側に∩状先端を有する円柱様形態」の円柱様の造形物を描き、その彩色を濃い藍色と金色とするという表現手法あるいはアイデアについて、G作品も共通しており、しかも、右表現手法あるいはアイデアが本件第一著作物において目新しいものであったことによるものと考えられる。しかし、たとい右表現手法あるいはアイデアに創作性が認められるとしても、それ自体としては著作権法上の保護の対象となり得ないことは、前述のとおりである。
(九) 一般論としては、著作物の保護範囲を決する際に行われる類似性の判断に当たって、表現手法あるいはアイデアにおける創作性が何らかの影響を与える可能性があることは、当然に予想されるところである。しかし、本件において、この点を検討してみても、右表現手法あるいはアイデアにおける創作性が、前記(一)ないし(七)の類似性の判断を左右するような事情は、見出すことができない。
(一〇) 仮に、前記表現手法やアイデアについて、著作権法上の保護を与えるならば、以後極めて長い期間にわたって、著作権者以外の何人も、頂部が偏平、等辺又は不等辺の山形とされた縦長の四角形あるいは五角形のパネルに、「内側に∩状先端を有する円柱様形態」の円柱様の造形物を描き、その彩色を濃い藍色と金色とするという表現手法やアイデアと同一あるいはこれと類似の表現手法やアイデアを含む創作活動を行うことができないこととなる。これが著作権という権利としてふさわしい範囲の保護といえないことは自明であり、著作権法一条にいう文化的所産の公正な利用に反し、文化の発展に寄与することを目指す著作権法の目的にも反するものというべきである。
4 依拠性について
右認定のとおり、G作品は、表現手法あるいはアイデアにおいて本件第一著作物と共通している部分があり、そのために、原審以来、右共通点の生じたいきさつをめぐって、依拠性が激しく争われてきたものである。しかし、前述のとおり、表現手法あるいはアイデアは著作権法上の保護の対象となり得ず、両者の「表現したもの」を対比すると、いずれも類似しているとはいえないのであるから、依拠の点は論ずるまでもなく、本件第一著作物を複製・翻案したものとはいえないことが明らかである。