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著作権判例セレクション

【写真著作物の侵害性】被写体選定の独自性と写真著作物の侵害性

平成130621日東京高等裁判所[平成12()750]
() 本件は,被控訴人Bが別紙写真(「被控訴人写真」)を撮影し,被控訴人会社が同写真を被控訴人カタログに掲載した行為が,控訴人が撮影した別紙(「本件写真」)に係る著作者人格権(同一性保持権)あるいは著作権(翻案権)を侵害するとして,控訴人が,被控訴人らに対し,著作者人格権(同一性保持権)に基づき,損害賠償(慰謝料)の支払及び謝罪広告の掲載を,著作者人格権(同一性保持権)あるいは著作権(翻案権)に基づき,上記カタログの発行等の中止及び既発行分の廃棄を,それぞれ請求した事案の控訴審である。

第3 当裁判所の判断
当裁判所は,控訴人の本訴請求につき,控訴人が,被控訴人らに対して,慰謝料100万円の連帯しての支払を求め,被控訴人会社に,その作成した被控訴人カタログの発行及び頒布の中止を求める限度において理由があり,その余は理由がないものと判断する。その理由は,次のとおりである。
1 本件写真と被控訴人写真との対比について
(1) 写真著作物について
写真著作物において,例えば,景色,人物等,現在する物が被写体となっている場合の多くにおけるように,被写体自体に格別の独自性が認められないときは,創作的表現は,撮影や現像等における独自の工夫によってしか生じ得ないことになるから,写真著作物が類似するかどうかを検討するに当たっては,被写体に関する要素が共通するか否かはほとんどあるいは全く問題にならず,事実上,撮影時刻,露光,陰影の付け方,レンズの選択,シャッター速度の設定,現像の手法等において工夫を凝らしたことによる創造的な表現部分が共通するか否かのみを考慮して判断することになろう。
しかしながら,被写体の決定自体について,すなわち,撮影の対象物の選択,組合せ,配置等において創作的な表現がなされ,それに著作権法上の保護に値する独自性が与えられることは,十分あり得ることであり,その場合には,被写体の決定自体における,創作的な表現部分に共通するところがあるか否かをも考慮しなければならないことは,当然である。写真著作物における創作性は,最終的に当該写真として示されているものが何を有するかによって判断されるべきものであり,これを決めるのは,被写体とこれを撮影するに当たっての撮影時刻,露光,陰影の付け方,レンズの選択,シャッター速度の設定,現像の手法等における工夫の双方であり,その一方ではないことは,論ずるまでもないことだからである。
本件写真は,そこに表現されたものから明らかなとおり,屋内に撮影場所を選び,西瓜,籠,氷,青いグラデーション用紙等を組み合わせることにより,人為的に作り出された被写体であるから,被写体の決定自体に独自性を認める余地が十分認められるものである。したがって,撮影時刻,露光,陰影の付け方,レンズの選択,シャッター速度の設定,現像の手法等において工夫を凝らしたことによる創造的な表現部分についてのみならず,被写体の決定における創造的な表現部分についても,本件写真にそのような部分が存在するか,存在するとして,そのような部分において本件写真と被控訴人写真が共通しているか否かをも検討しなければならないことになるものというべきである。
この点について,被控訴人会社は,写真については,事実上,同一のものでない限り著作者人格権あるいは著作権の侵害とはならないというべきであると主張し,写真業界においては,これが定説であるという。しかし,被控訴人会社の主張は,写真の著作物については,著作権法の規定を無視せよというに等しいものであり,採用できない。仮に,被控訴人会社主張のような見解が写真業界において定説となっているとしても,そのことは,誤った見解が何らかの理由によってある範囲内において定説となった場合の一例を提供するにすぎず,著作権法の正当な解釈を何ら左右するものではない。
(2) 本件写真の表現について
証拠によれば,本件写真は,①前面の中央に,半分に切った大きな楕円球の西瓜を,切り口を上に向けて横長に配置し,②同西瓜の下に,ブロック状の多数の氷を配置し,③同西瓜の上には,略三角形に切った6切れの西瓜を,右側に傾斜させて一列に並べて配置し,④前面の半分に切った大きな楕円球の西瓜の後方やや左側には,大きな円球の西瓜を配置し,その左後方に,一部が見えるように小さい円球の西瓜を配置し,⑤前面の半分に切った大きな楕円球の西瓜の後方右側には,取っ手のついた籐の籠に,横長に入れられた小さな楕円球の西瓜と小さい円球の西瓜を配置し,⑥後方の3個の西瓜の上には,各西瓜にからめた葉や花の付いた蔓を配置し,⑦青いグラデーション用紙により背景を夏(盛夏)の青空を思わせる青色としたものであることが認められる。
さらに具体的にみると,半分に切った大きな楕円球の西瓜は,切り口が全面的に鋸の刃のようにV字型に切り欠かれており,その切欠きに,略三角形に切った西瓜が整然と並べられていること,配置した西瓜の全体に,水滴が付く程度に水を撒き,右前方から西瓜の表面に光を当てて,西瓜がみずみずしくみえるように工夫されていること,カメラアングルとしては,配置された西瓜が,やや下方から撮影されていることが認められる。
(3) 被控訴人写真の表現について
() 被控訴人写真は,①前面の中央に,半分に切った大きい楕円球の西瓜様のものを,切り口を上に向けて配置し,②この西瓜様のものの上には,略三角形に切った6切れの西瓜を,左側に傾斜させて一列に並べて配置し,③前面の半分に切った大きい楕円球の西瓜様のものの後方には,大きな円球の西瓜を配置し,その左後方に,小さい円球の西瓜を配置し,④前面の半分に切った大きい楕円球の西瓜様のものの右横には,小さな円球の西瓜を配し,後方右側には,ざるに,横長に入れられた大きい楕円球の西瓜様のものを配置し,⑤後方中央の大きな円球の西瓜から右前方にかけての西瓜の上には,西瓜にからめた葉や花の付いた蔓を配置し,⑥青いグラデーション用紙により背景を夏(盛夏)の青空を思わせる青色としたものであることが認められる。
撮影方法については,左方から西瓜の表面に光を当ていること,カメラアングルとしては,配置された西瓜を,やや上方から撮影していることが認められる。
 () (証拠)によれば,被控訴人写真に写っている楕円球の西瓜様のものは,本件写真の西瓜と同様に楕円球ではあるけれども,表面に西瓜特有の縞模様がなく,一面が濃緑色であり,中身は白色をしていることが認められる。(証拠)に写っている西瓜様のものの表面と,(証拠)(第41「懐かしい冬瓜スープ」という写真)に掲載されている冬瓜の写真のその表面とを比べると,色彩,色合い,模様が,極めてよく似ている。
また,被控訴人B自身も,本人尋問においては,本人の実家の隣家から入手した西瓜であることを強調しているものの,(証拠)によれば,当初は,「大分前のことなので記憶が定かではないのですが,これは,冬瓜だったかもしれません。」と陳述していたことが認められる。
そうすると,他に確定的に否定し得る格別の証拠でもない限り,被控訴人写真の上記西瓜様のものは,冬瓜であるとみるべきである。そして,本件全証拠を検討しても,上記認定を否定し得る証拠を見いだすことができない。
そして,被控訴人写真の,ざるに入れられた大きい楕円球の西瓜様のものも,上記西瓜様のものとの対比により,冬瓜であると推認することができる。
(4) 本件写真と被控訴人写真との表現の対比
() 本件写真と被控訴人写真とを対比すると,被写体の決定において,すなわち,素材の選択,組合せ及び配置において著しく似ていることが認められる。
すなわち,前面の中央に半分に切った大きな楕円球の西瓜ないし冬瓜を,切り口を上に向けて配置し,その上には,略三角形に切った6切れの西瓜を傾斜させて一列に並べて配置し,半分に切った大きな楕円球の西瓜ないし冬瓜の後方には,大きな円球の西瓜を配置し,その左後方に,やや小さい円球の西瓜を配置し,半分に切った大きな楕円球の西瓜ないし冬瓜の後方右側には,籐の籠ないしざるに,横長に入れられた楕円球の西瓜ないし冬瓜を配置し,その楕円球の西瓜ないし冬瓜の右前方に小さい西瓜を配置し,後方には,西瓜にからめた葉や花の付いた蔓を配置し,青いグラデーション用紙により背景を夏(盛夏)の青空を思わせる青色としたという全体の構図において共通している。
そして,前面中央の半分に切った大きな楕円球の西瓜ないし冬瓜の上に,略三角形に切った6切れの西瓜を,傾斜させて一列に並べて配置した構図においても,本件写真と被控訴人写真とが共通していることは明らかである。
() 一方,前面の中央に半分に切った大きな楕円球のものが,前者では,楕円球の西瓜であるのに対し,後者では,冬瓜である点(相違点①),上記楕円球のものが,前者では,水平方向に半球状に切られ,そのうえ,上記切り口がV字型に切り欠かれているのに対し,後者では,単に,水平方向に半球状に切られているだけである点(相違点②),略三角形に薄く切られた西瓜が,前者では,右側に傾斜しているのに対し,後者では,左側に傾斜している点(相違点③),前者では,中央前面に氷が敷かれているのに対し,後者では,これがない点(相違点④),上記の大きな楕円球の西瓜ないし冬瓜の後方右側にあるのが,前者では,籐の籠に,横長に入れられた小さな楕円球の西瓜であるのに対し,後者では,ざるに,横長に入れられた大きな楕円球の冬瓜である点(相違点⑤),右前方の小さい西瓜が,前者では,籐の籠に入れられているのに対し,後者では,入れられていない点(相違点⑥),光の当て方等について,前者では,配置した西瓜の全体に,水滴が付く程度に水を撒き,右前方から西瓜の表面に光を当てて,西瓜がみずみずしくみえるように工夫されているのに対し,後者では,格別の工夫はなされていない点(相違点⑦),カメラアングルについて,前者では,中央に配置された西瓜及び薄く切られた西瓜を,やや下方から撮影しているのに対し,後者では,やや上方から撮影している点(相違点⑧)で,それぞれ相違している。
2 被控訴人写真が本件写真に依拠したものかどうかについて
()
3 被控訴人Bの侵害行為について
(1) 相違点の検討
相違点①(前面の中央に半分に切った大きな楕円球の西瓜ないし冬瓜が,本件写真は,楕円球の西瓜であるのに対し,被控訴人写真は,冬瓜である点),相違点⑤(大きな楕円球の西瓜ないし冬瓜の後方右側にあるのが,本件写真では,籐の籠に,横長に入れられた小さな楕円球の西瓜であるのに対し,被控訴人写真では,ざるに,横長に入れられた大きな楕円球の冬瓜である点)については,前記のとおり,被控訴人写真も,本件写真と同様に,西瓜を主題(モチーフ)とする作品であり,このことは,被控訴人B自身も認めているところである。被控訴人Bが,本件写真に依拠して被控訴人写真を作成しつつ,楕円球の西瓜でなく冬瓜としたことは,本件写真を改悪したものといわざるを得ない。また,本件写真において籐の籠が与える印象を,ざるに代えたことで,個性ある表現をありふれた表現にしたものといわざるを得ない。
相違点②(楕円球の西瓜ないし冬瓜が,本件写真は,水平方向に半球状に切られ,そのうえ,上記切り口がV字型に切り欠かれているのに対し,被控訴人写真では,単に,水平方向に半球状に切られているだけである点),相違点④(本件写真は,中央前面に氷が敷かれているのに対し,被控訴人写真では,これがない点)については,本件写真中の表現の一部を欠いているものである。この表現の欠如から,被控訴人写真に,本件写真とは異なる思想又は感情を読み取ることはできない。
相違点③(略三角形に薄く切られた西瓜が,本件写真は,右側に傾斜しているのに対し,被控訴人写真では,左側に傾斜している点),相違点⑥(右前方の小さい西瓜が,本件写真では,籐の籠に入れられているのに対し,被控訴人写真では,入れられていない点),相違点⑧(カメラアングルについて,本件写真は,中央に配置された西瓜及び薄く切られた西瓜を,やや下方から撮影しているのに対し,被控訴人写真では,やや上方から撮影している点)については,いずれも,些細な,格別に意味のない相違にすぎず,これらの相違から,被控訴人写真に,本件写真とは異なる思想又は感情を読み取ることはできない。
相違点⑦(光りの当て方等について,本件写真は,配置した西瓜の全体に,水滴が付く程度に水を撒き,右前方から西瓜の表面に光を当てて,西瓜がみずみずしくみえるように工夫されているのに対し,被控訴人写真では,格別の工夫はなされていない点)については,本件写真の改悪であることが明らかである。
(2) 以上によれば,被控訴人写真は,本件写真の表現の一部を欠いているか,本件写真を改悪したか,あるいは,本件写真に,些細な,格別に意味のない相違を付与したか,という程度のものにすぎないのであり,しかも,これらの相違点は,そこから被控訴人B独自の思想又は感情を読み取ることができるようなものではない。
前述したとおり,本件写真は,作者である控訴人の思想又は感情が表れているものであるから,著作物性が認められるものであり,被控訴人写真は,本件写真に表現されたものの範囲内で,これをいわば粗雑に再製又は改変したにすぎないものというべきである。このような再製又は改変が,著作権法上,違法なものであることは明らかというべきである。
(3) この点について,被控訴人Bは,被写体を容易かつ正確に表現できることに最大の利点がある写真について,先行著作物と被写体が同一ないし類似のものである写真を撮影してはならないとなると,写真による表現行為は著しく制約されることになり,こうした結論が創作活動の動機付けを与えようとする著作権法の趣旨に反することは,明らかである旨主張する。
しかしながら,当裁判所は,先行著作物と被写体が同一ないし類似のものである写真一般について,そのような写真を撮影するのが著作権法に違反するといっているのではない。特に,先行著作物の被写体を参考として利用しつつ,被写体を決定し,自らの創作力を発揮して新しい写真を撮影することが,著作権法に違反するといっているのではない。当裁判所がいっているのは,先行著作物において,その保護の範囲をどのようにとらえるべきかはともかく,被写体の決定自体に著作権法上の保護に値する独自性が与えられているとき,上記のような形でこれを再製又は改変することは許されないということだけである。したがって,上記のように解したからといって,写真による表現行為が著しく制約されるということに,決してなるものではない。
4 同一性保持権侵害について
前記認定の事実によれば,被控訴人Bは,本件写真と類似する被控訴人写真を製作し,被控訴人カタログに掲載したのであり,前述したとおり,被控訴人写真が本件写真と相違していることからすれば,被控訴人Bは,本件写真の表現を変更しあるいは一部切除してこれを改変したものであることが,明らかである。
したがって,被控訴人Bの行為は,著作者である控訴人の承諾又は著作権法の定める適用除外規定に該当する事由がない限り,本件写真について控訴人が有する同一性保持権を侵害するものとなる(著作権法20条)。ところが,被控訴人Bにつき,控訴人の承諾を得ているとも,著作権法の定める適用除外規定に該当する事由があるとも認められないから,被控訴人Bの行為は,本件写真について控訴人が有する同一性保持権を侵害するものである。
()
6 被控訴人会社の発行する被控訴人カタログの発行差止め等について
(1) 被控訴人会社が被控訴人写真を,被控訴人カタログに掲載したことは,上述のとおりである。
上記カタログに掲載されている被控訴人写真が,控訴人の著作者人格権を侵害する行為によって作成されたものであることは,前述したとおりである。そうすると,上記カタログは,侵害行為によって作成された物であることが明らかであるから,控訴人は,侵害の停止又は予防に必要な措置の一つとして,上記カタログの発行及び頒布の中止を求めることができる。
なお,本件においては,控訴人が被控訴人会社に対し被控訴人カタログの頒布の中止を求めるためのものとして,著作権法113条1項2号に定める「情を知って」の要件が問題になることはあり得ないものというべきである。すなわち,著作権法113条1項2号は、著作者人格権侵害の行為等によって作成された物がいったん流通過程に置かれた後に、それを更に転売・貸与する行為を全部権利侵害とすることには問題があるために、その場合に限って「情を知って」との要件を付加しているものと解すべきであり、被控訴人会社は、被控訴人写真を上記カタログに掲載して発行した当の本人であって、物がいったん流通過程に置かれた後に、それを更に転売・貸与する者ではないから、被控訴人会社の行為は、同法113条1項2号にいう「頒布」の問題として扱われるべき事柄ではないというべきである。被控訴人会社は、被控訴人写真を上記カタログに掲載して発行すること自体が許されなかったのであるから、その違法な行為によって自らが作成した物を自ら頒布することもまた許されないことは、むしろ自明である。すなわち、被控訴人写真を被控訴人カタログに掲載して発行及び頒布するという控訴人会社の一連の行為全体が、全部であれ一部であれ、同一性保持権侵害の行為に該当するというべきである。
(2) 控訴人は,被控訴人会社に対して,既発行の被控訴人カタログについて回収したうえ廃棄することを求めているけれども,一般的にみて,既発行の上記カタログを回収することは困難であり,本件において,そのように困難な義務を被控訴人会社に負担させるほどの必要性はないものというべきである。なお,このことは,請求の根拠に,同一性保持権侵害に加えて翻案権侵害を入れて検討したとしても,変わりはないものというべきである。
()
8 損害について
被控訴人らは,それぞれ,本件写真についての控訴人の有する同一性保持権を侵害したのであるから,これにより控訴人に生じた精神的損害を賠償する責任を負わなければならない。
証拠によれば,控訴人は,出版用食品広告専門の写真家であり,独特の手法により,写真映像によって食材のおいしさ,みずみずしさなどを表すことに情熱を注ぎ,我が国のみならず米国でも高い評価を受けている写真家であることが認められる。そして,本件写真も,控訴人の上記手法を反映した写真の一つであり,西瓜を主題(モチーフ)として,盛夏の青空の下でのみずみずしい西瓜を演出した作品であったのである。本件写真を,平凡な写真に再製又は改変されてしまったのであるから,控訴人は,自己の意に反するこのような再製又は改変によって,名誉感情を毀損され,精神的な損害を被ったものと認められる。そして,改変の状況及び本件に現れた諸事情を考慮すると,控訴人の被った精神的な損害に対する慰謝料としては,金100万円が相当であり,これらを,被控訴人らに連帯負担させるのが相当であると認められる。